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「あなたがこういう映画を選ぶなんて、意外だな」
言いながら、アムロは盛りつけたチーズの皿をローテーブルに置いて、金髪の男の隣に腰を下ろした。
「いかんかったかね?」
「ううん。でも、俺本当に最後まで見られるかわからないぜ?」
出先で今夜は二人で映画を見ようということになり、借りて返しに来るくらいならば買った方がいいとショップでああでもないこうでもないと揉めた挙げ句(ホラーは嫌だというところだけは一致したのだが)、二人の妥協点になったのはクラシカルというよりは骨董品クラスの地球世紀に巨大映画産業を生み出し続けた国で撮られた、その黎明期のカラーフィルムの一本だった。
「君はアクションやサスペンスばかり見ているのだったな、誤算だったよ」
シャアが軽く溜息をつき、アムロはどちらかというと聞いたこともないような(面白いのかもしれないが)作品ばかりを挙げた金髪の元エリートを横目で睨んだ。
「どうせ俺には教養がありませんよ。ほら、ワイン抜けよ。始まるぜ?」
青年に促され、シャアは軽く溜息をつきながらオープナーを手にした。
アムロの些細な今まで知らなかった点、映画の好みや食べ物の好みを知ることはシャアにとって歓迎すべき事であったが、それによって微かに感情がささくれることがあることもまた否定はできなかった。
ワインを注いで無意識にティスティングを勧める男の手からグラスを受け取りながら、アムロの方も内心苦笑していた。
お互いの生活習慣や生きてきた道が一致していないことは頭では分かっていたつもりだったが、いざ一緒に生活を始めてみると、如何に自分がアムロ・レイという青年のことを知らなかったのかということを知る。生活は、飽きないくらい驚きの連続ばかりだ。
第一、ささやかな変装と言いながらシャアがかけている細縁の眼鏡姿だって、アムロはこんな風になって初めて目にしたのだ。
記憶の何処かで一度は耳にしたことがある有名なテーマソングを聞きながら、アムロは美味しいよ、とワインを注いでくれるよう促した。
ティスティングなんて本当は今までしたことがなかったんだと白状したら、シャアは驚くだろうか、と時代がかった衣装の女優を見ながらアムロはふと思った。初めて二人でワインを開けたとき―――第一、それまでアムロの世界ではシャイアン時代でさえ酒と言えばワインではなかった―――、差し出された少量のワイン入りのグラスにアムロは一瞬瞬きをして、これはなんだと聞きかけたものだ。
「でも、この女優さん、ものすごい美人だな」
こんな綺麗な人って実際に見たことがないよな、とアムロが隣から話しかけてきて、映画の服装や言動から、時代背景とこの時代の歴史がこのフィルムの脚本にどう関わってくるのかに思いを巡らせていたシャアは、一瞬詰まってからそうだな、と答えた。
「社会現象になったほどの、このヒロインの役の争奪戦に大抜擢されたそうだよ」
「ふぅーん。これだけ美人なら分かるなぁ」
どうも、アムロとの会話の間には些かずれがあるような気がしたので、シャアは逡巡した挙げ句、彼女の晩年が精神病であまり幸福でなかったことを口にするのは止めた。そんなことはこの映画には関係のないことだろう。いつも、アムロには余計なことを考えすぎる(または知りすぎている)と怒られるのだ。
アムロでなければ、そんなことを気にすることもなかっただろう、とシャアは思った。
逆に言えば、それだけ今まで他人に関心がなかったのだろうな、とチーズに手を伸ばしながら感慨に耽るシャアに、また隣から声が掛かる。
「で、この女の人はあっちの青年が好きで、それで?」
見ていながらストーリーが追えているのか居ないのか分からないアムロが解説を求めてくるのに、今度こそシャアはいちいち答えてやった。このフィルムを見たことはなかったのだが、粗筋くらいなら知っている。
「え、なに、結局あの男と結婚しないの?」
「…少しは黙って見たまえ」
映画に集中してきたシャアに煩そうに言われ、些か退屈してきたアムロはグラスを片手にソファに沈み、シャアの観察に勤しむことにした。
真剣にこんな古い甘ったるそうな映画に見入っている所を見ると、アムロの思っていたとおり、やはり根っ子はロマンティストなのに違いない。
ここに来てから随分長く伸びてきた金糸の柔らかな髪の毛が僅かな光りに煌めくのを見ていたアムロは、不意にそれに触れたくなって指を伸ばした。髪に触れる指を知覚したシャアがアムロに視線を移す。
「どうした?もう飽きたのか?」
「うーん、飽きたわけじゃないけど、セルフで楽しんでるから気にしないで」
「そんなに集中力が続かなくてよくパイロットなんてやっていたな?」
シャアが呆れたように言うのに、少し考えたアムロが俺って結構行き当たりばったりだったからなぁと呟く。
「結構、じゃないだろう。全く、君に物事を任せると危なっかしくて敵わないよ」
「うっわ、あなたに言われたくないなぁ、それ」
顔を顰めてシャアの言葉に抗議の意を伝えながら、アムロがふと琥珀の目を煌めかせて、シャアの耳元に唇を寄せた。
「俺のは寧ろ―――…」
そこで言葉を切って、ちらりと画面に目を遣る。話はまだ、中盤までも進んでいないがシャアならきっと結末は知っているだろう。
「―――"Tomorrow is another day."ということさ」
その言葉に、シャアが弾かれたように体を起こした。
「なんだアムロ、君この映画を見たことがあったんじゃないか!」
「意外だろ?」
それならそうと言いたまえよ、別の映画にしたのに、と抗議の声を挙げるシャアにニヤリと笑いながらアムロが答える。
始まったばかりの二人きりの生活は、まだまだ退屈という言葉からは程遠そうであった。
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...end.
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