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■1:貴方の隠された部分だとか -TOUCH YOUR SECRET:29-
触れたい。
はっきり思ったのは戦闘中、コックピットにまで流れてきた苛立ちの思惟からだった。
ぴりぴりと装甲を貫いて真っ直ぐ飛んでくる赤い矢にすぱんと射抜かれたみたいに。
俺は一瞬息を詰めて、それから回路を開いた。
「無事か、クワトロ大尉!」
返事は簡潔に唸るような肯定の。
気持ちは、分かる。
この戦闘は、死にすぎた、殺しすぎた。
怨嗟の声がびりびりと終わった後もフィールドを鳴り響いている感じだ。
ただでさえ少し不安定なカミーユは先に離脱させ、なるべくニュータイプ以外のパイロットで後方は固めて。
それでも、俺だって正直きつい。ジュドーも顔色が少し青く、カミーユに続いて先に帰らせた。
クワトロ大尉は最後方から他の機体と一緒に帰って来ているはずだ。
なんだもう音を上げたのかだらしない。君達よりも私は戦闘慣れして居るんだ、戦争屋だからな、と憎まれ口を叩いてカミーユを真っ先に反転させ、これは後で修正だなとこっそり含み笑いを乗せた通信を俺の所に送ってくる余裕があったくらいだから。
今日戦った相手は、ジオン軍の残党の、つまりクワトロ大尉に少なからず因縁がある相手だ。
ギリギリまで堪えていた思念が、さっき一線を超えたんだろう。
もっとも、またすぐに自意識のコントロールの下に入れてしまったようだけれども。
貫かれるような、魂の悲鳴を聞いてしまった。
平気な顔をしているから、だから。
平気な顔をしているから、平気だと思っていた。
「そんな訳がないだろうに」
気付かなかった自分が少し悔しくて拳を固く握って、振り下ろす先が何処にもなかったので太股を殴りつけた。
じんわりと丈夫なノーマルスーツ越しに痛みが広がる。
きっと、こんなものよりあの人はまだ痛い。
初めて、その傷口に触れてやりたいと思った。
嘘の上手なあなたが俺から隠している、全てのものに。
触れたい。
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□2:歩いている貴方の手とか -TOUCH YOUR HAND:15-
指を伸ばす。
引っ込める。
また伸ばす。
そして、引っ込める。
そんな動作を何度か繰り返していたら、最後には気配に気付いたのか呆れたようにあなたが振り返った。
「なにか、私の服の袖についていたか?」
言いながら腕を上げて華麗な軍服の袖口を確かめている。
その仕草に苦笑して、僕はほつれていた糸くずが気になったんですけど、今ので取れちゃいましたねと言った。
笑顔で取り繕った。
本当は、その指先に触ってみたかった。ちょっと先が触れるだけでも良い。
微かに、手袋越し、指先に、それだけで。
繋いだら、バクハツしてしまいそうだったから。
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■3:風に揺れている貴方の髪とか -TOUCH YOUR HAIR:29-
ヘルメットを脱いで、二、三回首を振る。
金糸が舞うのに見惚れていると、視線に気付いた男がこちらを見た。
「どうした?」
「いや」
慌てて自分の着替えに戻ろうとして、手が止まる。
先に着替え終わっていた俺は少し肌寒かったので上に羽織ったブルゾンの前のジッパーを上げようとしたのだが、慌てた所為で布を噛み込ませてしまった。
しまった、と何度か上げ下げしようとするものの、一向に動く気配がない。
仕方なく、隣の男に声を掛ける。
「シャア」
「なんだね」
この名前で俺が彼を呼ぶのは主にプライベートな時なので、彼も砕けた調子で返事をしてこちらを振り向く。
「これ、外せないか」
「…器用だなアムロ、或る意味」
呆れたように言いながら、クワトロ大尉は被りかけていた軍服のインナーを着てしまうとこちらに歩いてきた。
「見せたまえ。…結構しっかり噛ませているな」
「動かないんだ」
「ちょっと待ちたまえ、今外してやるから」
言いながら男は真剣に俺の前に屈み込んでジッパーをいじり始める。カチカチという微かな音と、合わせて少しだけ揺れる金髪が俺の目の前を掠める。
視界一杯に揺れ続ける黄金の波。
視線を落とせば、伏せられた長い睫と真剣な青い眼差し。
触れたいと思うのはいけないことだろうかと想像しながら、俺はもう少しジッパーの布が強情であってくれればいいと思った。
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□4:貴方が飲んでいたカップとか -TOUCH YOUR LIP:15-
一口飲んで、そのカップはこちらに差し出された。
「アムロ、君にあげるよ」
「飲みかけじゃないですか」
「いらないんだ」
「さっき入れて貰ったばっかりでしょう、我が儘言わないでください」
「だが、私が入れてくれと頼んだんだぞ」
「何が気に入らないんですか」
「甘いんだ。貰ってくれ」
いりませんよ、と言いながら僕は机の上の内線電話の受話器を取り上げる。
「すいません、シャア大佐のコーヒーを入れ直して貰えませんか。間違って砂糖を入れたらしくて」
用件を伝えて切ってしまうと、じろりと駄々っ子のような上官を睨む。シャア大佐はその視線に棘を感じたのか、僅かに首を竦めた。
「だけど、私が砂糖の入ったコーヒーが、ハマーンの癇癪の次に苦手なのは知っているだろう?」
「知っていますけれど、我慢できないでもない範囲でしょう?」
「うむ、だけれどたまに堪らなく我慢したくなくなる微妙に絶妙な範囲なのだよアムロ」
「口が減らないんですから、全く」
呆れたようにちくりと言ってから、僕はさも仕方がないようにカップに手を伸ばす。
「仕方がないからこれは僕が頂きます、勿体ないし」
「そうしてくれると有り難い」
シャア大佐は笑って、ついでに私はずっとコーヒーに勝手に砂糖を入れない副官が欲しかったのだよと上機嫌に付け加えた。
「軍人上がりはコーヒーの楽しみ方も知らないと見える。…ああ、いっそミルクも入れるかね、アムロ」
「なんか、その話の後だともの凄く嫌味に聞こえるんですけど」
言いながらミルクピッチャーを受け取って、ミルクを入れてかき混ぜる。
「頂きます」
「どうぞ」
一口飲んだそのタイミングを見計らったように、シャア大佐が嬉しそうに笑って言う。
「間接キスだな、アムロ」
僕は思わず飲みかけのコーヒーで噎せてしまった。
言われた内容にではなく、図星に気付かれたから、だったのだけれど。
赤くなった顔を告げられた理由で誤魔化すから、それは言ってやらない。
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■5:書かれた貴方の言葉の意味とか -TOUCH YOUR WORD:29-
日誌を書き終えて、前のページを見ると、几帳面で流麗な文字がきっちりと書き込まれていた。
最後の署名は、あの男の名前。それさえも字間も計算されたように綺麗に整列している。
―――Quattro BAJEENA.
こんな字を、書くんだな。
飛び抜けて目を引く奇抜な赤い軍服、顔を隠す意図の筈がかえって整った顔立ちを想像させて視線を惹き付けるばかりのスクリーングラス。
道化だよ、と戯けてみせる伊達男の意外な一面を発見した気がして、アムロの口元が緩む。日誌に書き綴られた報告の内容も嘘も誇張もなく真実を淡々と的確に書き留めている。
「頭がいいんだな。まとめるのも上手だし、良くできてる。何より文章が上手い」
ぶつぶつ言いながら、俺が先生だったらこの日誌には百点くれてやるのに、と指先でペンをくるくる回しながら思う。
クワトロ大尉はペンなんか回さないだろう、きっと。
几帳面なあなた。真面目なあなた。
クワトロ大尉の書いた部分に上からコメントを付け加えてやりたい衝動に襲われる。
そうしたら、俺の所にも何か書き加えてくれるだろうか、この滑らかな繊細な字で。
わくわくしながらペンを取って、すんでの所で思い止まる。
「何やってんだ、俺。これは公式文書で交換日記じゃないぞ」
言ってしまってから、その。「交換日記」という言葉の気恥ずかしさに気付いてしまって、ドツボにはまって赤くなって頭を抱えて撃沈する。
俺はもう、なんだかすっかり馬鹿みたいだ。
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□6:服の下の貴方の肌とか -TOUCH YOUR SKIN:15-
同室なのも考え物だと思う。
詰め襟の軍服の最後の所をぱちん、と少し勢いをつけて音を立てて止めるのがシャア大佐の癖だ。
その後で手袋は必ず、右から。履いてからきゅっきゅ、と二回端っこを引っ張るのが決まり。
多分、ジンクスなんだと思う。ゲン担ぎとか。軍隊にいるとそういう人が多いから。
命を懸けている場所にずっと居るからだろうけれど。
そして最後に、机の上の定位置に置くスクリーングラスをかけて、ちらりと鏡に目をやって、完成。
シャア大佐は基本的に肌とか顔とかあまり外に出さない。
「アムロ」
名前を呼んでこちらを振り向くまでに、僕の方の用意は完成させていなくてはならない。
起きたら超特急で顔を洗って、軍服を着るのだ。でないとシャア大佐の着替えを、じっと。
じぃっと。
見てる、なんて、誉められた行為じゃないんじゃなかろうか。もしかして。
もう癖まで完璧に覚えてしまった。頭の中で完全に再現されるほど。
やっぱり同室でもせめてもっと遠いところにベッドは置いて欲しいんだけれども。
狭い軍の官舎の中で、更に同室で二段ベッドの上下は如何なものか。
僕の方が体がちっちゃいから下の段でそれも何となく気に食わないんだけれども!
それより。
明け方、照明は電気をつけるのが勿体ないから窓のカーテンから射し込む隙間の光だけで。
まぁ、開け放しても僕達は男だから気にはならないんだけれども、シャア大佐の追っかけみたいなファンが結構居るからなるべくカーテンは閉めてくれと周りの人達に言われている。
その、僅かな光の帯の中でも、僕の鳶色の瞳と違ってシャア大佐の青い瞳は光をしっかり捕らえて結構ちゃんと見えているらしいが。
僕の方は生憎慣れるまでちゃんと瞬きしないと見られないんだけれども、それが返って。ちゃんと見えないのが具合悪くて。
薄闇の中に浮かび上がって光る、真っ白いシャア大佐の肌の色をくっきりと早朝の薄闇の中に浮かび上がらせて。
なんだかドキドキして、困ってしまうんだ。綺麗かも、なんて思ってしまって。
心臓に悪いから部屋替えしたい。でも、他の人が代わりにこれを見るのもいやだ。
どうにかしなくちゃ、と焦りだけが募っていく。
一日中あの服の下に隠れたものを想像してドキドキして仕事が手に着かなくなる前に。
シャア大佐にその事が隠せなくなってしまう前に。
どうにかしなくちゃ。
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■7:貴方が触ったものだとか -TOUCH YOUR WARMTH:29-
そっと上から指でなぞる。ほんの少し、まだあの人のぬくみが残っている気がする。
辺りを見回して、誰も居ないのを確認してからそっとコックピットに滑り込んだ。
この機体のパイロットは今頃はブリッジに着いて、ブライトに戦闘の報告をしている頃だろうか。
出撃の後の機体が全て引き上げてきて、パイロットが労いを受けて引き上げて、整備班が帰投した機体を受け取って整備にかかるまでの、ほんの一瞬の凪のような空虚。
この時間が好きで、特に当直が当たっていなくても隙間を狙ったようにハンガーに来る習慣のついている俺は、今日に限って飛んでもなく魅力的で素敵なものを見つけてしまったのだ。
クワトロ大尉の降りた直後の百式。
思わず側に寄って惚れ惚れ眺めてしまう。
出迎えをした後、皆に着いていかずにそのままここに残る俺を特に不自然だと思う人間は誰も居ない。だから、多少大胆な行動にだって出やすいというものだ。
この艦内に、俺のモビルスーツ好きは知れ渡っているからだ。用もなくてもモビルスーツに見惚れているのも、弄っているのも整備に加わっているのも。
だから、俺がここにいて何をして居ても、皆大抵頭の中でそれぞれの解釈を着けて見過ごしてくれる。
たとえば、そう、俺が―――こんな風に百式のコックピットに座って主の温めていたシートに多少うっとり埋もれていても、何処か整備点を見つけたんだろうな、くらいにしか。もしくは今日の好みの風向きは百式に向いているのかな、とか。
そういう風にしか思わないだろう。実際俺も、百式ばかりに擦り寄らないようにしているし。満遍なく色々な機体に用もなく触ってみたりとか乗ってみたりとか。
そりゃ、百式自体ちゃんと興味深いモビルスーツだとは思っているけれども、木は森に隠せというか、バレバレなのも、どうも気恥ずかしい。
たまに自分でも俺は馬鹿なんじゃないかと思うが。
息を吐いて、ゆったりと背中をシートに預ける。そこもまだ、ほんの少し温かい。火を落としたばかりのエンジンから来る熱もまだ残っているのかもしれない。
そこかしこに残る、あの人の痕跡を、拾い集めて充電して。
「…よし!頑張っていこうか」
勢いつけて、立ち上がる。これがここ最近の俺の気力の充填方法だなんて、恥ずかしくて誰にも言えない。
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□8:貴方が着ていた服だとか -TOUCH YOUR CLOTHES:15-
「持っていろ」
そんな言葉と一緒に、脱いだばかりの軍服がばさりと腕の中に降ってくる。
落とさないようにぎゅっと腕の中に囲い込んだ瞬間、ふと触れたあの人の匂いと体温の残滓に窒息しそうな錯覚に捕らわれて。
僕は慌てて顔を上げた。
「っ、いきなりなんですか、シャア大佐!」
ああ、今絶対に顔が赤い。自信がある。
「今から新型に乗せてもらえそうなんだが」
「あ、狡いですよ、一人だけ!」
言いながら指さす先には明らかに完成していない新型のモビルスーツ。
返事をしてからそれに気付き、それ、乗せて貰うじゃなくて乗り込む、の間違いじゃ、と言いたいのをぐっと我慢する。
シャア大佐は笑って素早く新型機の方に走っていった。
「アムロも後で一緒にな!」
「って、ちょっと、軍服!」
「邪魔なんだ、肩の辺りとか」
もう、と息を吐いて僕は軍服をちょっとだけ畳み直して腕にかける。ホントに、時々子供みたいになるんだから参ってしまう。
前々から興味を示していた機体だから、分からないでもないんだけど。
それでもまぁ、今のところ、あの人が何か企んだとき、悪戯っぽく微笑んで振り返って一番最初に呼ぶ名前が、必ず僕だから。
許してあげないでもないんだけれど。
そう思っていたら、向こうからシャア大佐が僕を呼んだ。
「アムロ、来い、一緒に乗れそうだ」
「狭いんでしょう?嫌ですよ。僕は後で一人で乗せて貰います」
「完成した試作機にか?つまらんだろう」
「骨格だけのに乗りたいっていうあなたの方がおかしいんです!」
「嘘を言いたまえ、モビルスーツが好きで仕方がない癖に。口元緩んでいるじゃないか」
「大きなお世話です!」
言いながら、僕は共犯者になるために少し早足で駈けだした。
―――僕だってモビルスーツは好きだし。いや、大好きだし。
そんなことをわくわくする弾む胸の言い訳にして。
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■9:貴方の見ているものだとか -TOUCH YOUR EYESIGHT:29-
眉間の皺は、空調の故障による艦内の異様な蒸し暑さだけが原因じゃなかった。
「クワトロ大尉を見なかったか」
もう何人に聞かれただろう。その度に青い連邦軍のジャケットはとうに脱いで机の向こうに放り投げてブリーフィングルームに陣取り、舌打ちしたい不機嫌さを隠しもしないで俺は何十回も繰り返した返事を口にする。
「クワトロ大尉なら、連邦と共同のステルス製ハイブリッドモビルスーツ素材の開発会議で留守」
つい拗ねたような口調になるのを抑えられない。くそ、本当なら俺が行きたかったのに。
溜息をついた。そうだな、できるなら、一緒に行きたかった。
あなたの隣で、一緒に新しい素材の切り口とか、利用方法とか、話し合えたら、どんなに素敵だろう。
俺だって、思わない訳じゃないんだ。―――あなたと同じものを見られたら。
分かっちゃ、居るけれど。俺とあなたが並び立てることができるはずもない事くらい。
今だって、二人が一緒に行くのは拙いだろうと、わざわざどちらか一人だけが派遣されることになって。
書きかけたまま全く進まない報告書を張り付けたクリップボードを机の上に投げ出す。
その時。
「不機嫌そうだな」
ブリーフィングルームの扉が開く音と共に、からかい混じりの声が降ってくる。
「どうして分かるんだ、クワトロ大尉」
お帰りの前にじろりと睨みながら言ってやると、クワトロ大尉は分からないわけがないよと笑いながら言った。
「扉の前を通りがかっただけで、プレッシャーに弾かれそうだ」
「そうだったっけな」
「そんなに君が行きたかったのなら、今回のアナハイム行きは譲れば良かったな」
「今更遅いよ」
ふん、と顔を背けると、まぁそう言ってくれるなと言いながらクワトロ大尉が近付いてきた。
「君のために土産を持ってきたよ」
言いながら、分厚いファイルとディスクの束を机の上に置く。
「あるだけ全部出してこいと、開発初期段階から全てのデータを巻き上げてきた。…どうだ?」
「うっわ、凄い!よく連邦が出したねぇ」
「そりゃ、行ったのが私だから」
にこりと微笑んで言ってのけ、クワトロ大尉がぽんぽんと俺の肩を叩く。
「いい子で留守番していた甲斐があっただろう?君が行ったのではこうは行くまい」
その言葉に僅かに反発は覚えたものの、まぁ大筋はクワトロ大尉の言うとおりなので俺は黙って頷く。
「じゃ、これ貰っていいんだ?」
「ああ、だけれども、その前に」
言いながらクワトロ大尉は俺の隣に腰を下ろし、分厚い資料を捲りながら俺の前に身を乗り出してくる。
「補足説明を入れよう、まず…」
暫く黙って拝聴して、クワトロ大尉が息を付いた所で質問をする。大尉が答える。俺が新しい切り口を述べる。
二時間くらいそうやって話し続けて、ひんやりとした風を感じてふと視線を上げる。
「あ」
「壊れていた空調が直ったようだな」
「そういや、暑かったよな、この部屋」
「忘れていたかい?熱中しすぎて」
「そうみたいだな」
苦笑しながら、現金に汗まで引いていた身体に服の裾をばたばたさせて一応冷風を送り込む。
そうすると、ふとクワトロ大尉がこちらを振り向いて微笑んだ。それがあまりタチの宜しくない種類のものだと看破した俺が眉を顰めて尋ねる。
「なんだ?」
「熱中していたのは資料?それとも私?」
「―――…なっ!」
「などと、尋ねてみたくなる暑さだな、アムロ。私も今気付いたよ」
君と居た所為だろうなと楽しそうに笑いながら言うクワトロ大尉には、全く持って冗談以上の意図はないに違いないが、ああ。
ああもう、全く。―――堪らない。
心臓に悪い。
「冗談でも俺以外に言うなよ、口説かれていると思われるぞ、それ」
「君は思ってくれないのかい?」
案の定、そう返してきたので睨むと、青い瞳と視線が合う。涼やかな。
俺の視線の熱とは、全く違った温度の冷たい蒼。
「思った方が、いいのか?」
夏も近いし。暑いんだし。
―――分かっている、危険な方向へ足を踏み出しちまったのは。
背中に「ラブ始めました」とか書き殴った紙張り付けてやろうか。
その位簡単に始められる恋ならば、良かったんだが。
クワトロ大尉が口を開くのがスローモーションのようにゆっくり見えた。
あなたが何を口にしようと、もう俺の知った事じゃない。
同じものを見たい、見ているものを知りたい時期なんか、大体とっくに過ぎてるんだ。
その、視界全部で。
俺を見ろ。
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□10:最後には貴方のその心、だとか -TOUCH YOUR HEART:15-
眠るとき。
ベッドに入って暫くは、目を閉じて意識を拡散させることに勤めている。
何度か、パイロットの精神集中の訓練でやらされたから、やり方は知っている。
自分の中を空っぽにして、そうしてしばらくすると。
二段ベッドの上の段から聞こえてくる規則正しい呼吸音に気がついて、軽く息を止める。
そして、それに合わせる。
同じように息を吸って、息を吐いて、目を閉じて、部屋の中一杯まで、上の段で寝ているあなたの所まで届くほど意識を広げて。
そうして、空っぽになったままの僕の中に、どんどんあなたを浸透させてゆく。
僕という人間の中身が、全部あなたという存在によって置換されてしまうまで。
そうして代わりに外に追い出してしまった僕を、あなたの中に少しでも潜り込ませられないかと考える。
僕が本当に、ニュータイプ、それも飛び切りのニュータイプなんだったら。
あなたの心に直接に、触れてしまいたいのに。
毎晩繰り返しても、シャア大佐の中に僕が欠片も残っている様子は感じられない。
気付いてください。
僕はあなたのことが、すき、なんです。
でも。
すきだから。
すきだとは言えないんです。
黙っていても気付かれるなんて奇跡はないって、幾ら僕が子供でも知っています。
気付かれない方がいいのかもしれない。そうも、思っているから。
迷いがあるから、あなたの中に素直に入り込めないのかもしれない。
僕の中はとても簡単に、あなたで一杯になってしまえるのに。
これからも勝手にあなたのこと、好きでいても、いいですか。
思いながら見えない精神の手を差し出すと、その指先に触れたあなたは、金の漣を浮かべて笑うように揺らめいた気がした。
―――スキダヨ、と聞こえたのは、僕の想いが反射したのだろうか。
それとも、もっと虫のいいことを想像しても良いのだろうか。
迷いながら、僕は今日も見えないあなたの心を捜す。
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+++END
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