一途な夜、無傷な朝
-So Weak Men-




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「シャア、お腹空いた」
「分かった」

 青年から突きつけられた欲求に文字通り唯々諾々と従いながら、豪奢な金髪と一分の隙もない美貌が売り物のネオ・ジオン総帥シャア・アズナブルは立ち上がっていそいそとキッチンへと向かう。

「ちゃんとした朝食がいいか?それとも、フルーツなら口に入るか?」
「あなたの作ってくれるものなら、なんでもいいかな」
「そんなことを言われると、朝からフルコースを作ってしまいそうだよ」
「よく言うよ。適当でいいよ、食べられる」
「了解」

 朝の会話というには些か以上に糖分過多なやり取りを交わし、シャアが部屋に備え付けの(聞く所によると改装したらしい)簡単なキッチンで冷蔵庫から卵を取りだして(いつの間に中身を整えたのだろうという問いは発しないことにした)フライパンでなにかを作り始めるのを見ながら、アムロは大の男二人が寝転がって、更に少々動き回るだけのスペースのあるキングサイズのベッドの上でごろりと寝返りを打った。


『…"This Ecstasy doth unperplex and tell us what we love, ......"』


 昨夜、寝床の中でシャアが呟いた詩を口ずさみながら、明るい日の光に映し出された天井を見上げる。
 夜の間はとてもシャアの顔など見ていられず、天井の模様を数えることに躍起になっていたはずなのだが。

(て、ことは、 全部 見て た)

 急に照明の光にまで羞恥を覚えて、アムロはもそもそとシーツの中に潜り込む。
 かあっと耳朶までが赤くなって熱を持つのを感じる。忘れかけていた身体の最奥の疼きまで復活する。
 今更、初心な乙女でもあるまいし、こんな風に反応してしまう方が恥ずかしい。


『"We owe them thanks, because they thus, Did us, at first convey, Yielded their forces, sense,to us......"』


 思考の狭間にシャアの甘く低い声が細波のように記憶として押し寄せ、アムロの全身から力を奪う。

(だけど!)


『"To our bodies turn we then, that so weak men on love reveal'd may look,......"』


(あの低い声で詩を囁くなんて、絶対 卑怯 だ)

 あれがシャア自身の言葉なら、思い切りからかってでもやれたのに。
 愛の言葉など知らないから、詩人に協力して貰うのだとしたり顔に言ってのける男に、照れ隠しに今までそれを何人の女にやったのだと悪態をついてやったら。


『言ったのは、君だけだ。…詩は私の貧困な心を遍く照らし出すから、誰にでも聞かせたくはない』


…返り討ちにされた。

 過去のシャアの行為の対象を思い浮かべて、揶揄するつもりがうっかり嫉妬してしまいそうになったアムロは、さらりと言い渡された誇張のない言葉に酷く恥ずかしくて居心地が悪くなり、瞳を閉じて腕で顔を隠したけれど、許されなかった。

 こちらを向いて、と視界を拓かれて、意識の隅々まで暴き立てられて、精神の津波に攫われて。

(もう、知らなかった頃には戻れないっていうのに)



「アムロ?」

 思考の深い海で遊んでいると、急にまた視界が拓かれて、其処に出現した金彩を身に纏う男に昨夜の記憶を喚起されたアムロは、真っ赤になって引き剥がれたシーツを必死に手繰り寄せた。

「なっ…!なんだよ、急に!!」
「いや、先程から呼んでいたのだが」

 聞いていないようだったので、とシャアは苦笑混じりの顔で微笑むと、朝食の用意が出来た、とアムロに告げた。

「ここまで持ってこようか、それとも起きてくる?」

 甘い声音で問われて、アムロは僅かに媚びたような目線で男を見上げる。

「…持ってきて、動けない」
「分かった」

 ちょん、と軽く額を指で押され、慌てて抑えている間にシャアはさっさとキッチンの方へ戻ってしまった。
 ベッドの中で寝返りを打つと、確かに鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いが漂ってきて、エネルギーを限界以上要求された身体への栄養補給を訴えかけてくる。
 程なくして、男は大きめのトレイを手に、再びアムロの枕元に戻ってきた。

「アムロ、食べられそうか?」
「うん、美味しそうな匂いがする」
「パン・ペルデュを作ってみたよ、ほら」

 シャアが甘いトーストの一切れを切り分けてアムロの口元に運ぶ。
 アムロは一瞬絶句して、思わず周囲を見回して誰も見ていないのを確認してから(いや、ここはそもそも二人きりのシャアの私室なのだが)それをぱくんと口に含んで、美味しいよ、と相好を崩した。

「そうか、沢山食べたまえ。ほら」
「……いいよ、自分で食べられる」
「甘やかしたいのだよ。…もう一口くらい、付き合ってくれないか?」

 言いながら笑顔で差し出された次の一口を赤くなりながらも口にしたアムロが、こんなペースじゃ三口で腹一杯になっちまうよ、と悪態をついた。シャアが嬉しそうに笑いだす。

「そうかい?」
「甘過ぎる」
「君は甘党だと思っていたが」
「限度があるよ!」

 シロップに浸した訳でもあるまいに、やけに舌に甘く感じるパンの欠片を咀嚼しながら、アムロは溜息を付く。

「新婚旅行に行けないからって、新居風に私室を改装するなんて、お飯事じゃあるまいし…」
「その位の権力は行使させてもらうぞ」

 威張ったように言い放つ子供のような最高権力者に呆れた顔をしながら、アムロが顔に手を当ててがっくりと項垂れる。

「使い方間違ってないか、なんか」
「どこが?」

 にっこりと笑いながら、シャアはベッドの上に腰を下ろす。手近に朝食の乗ったトレイを起きながら、私はこう見えてロマンティストでね、と続けた。

「普段は意に添わない仕事ばかりしているからね、結婚だけには夢を抱いていたのさ。…望むままに想う相手と暮らしたいと」

 いや、それ、権力者としてどうなの、と突っ込みたい誘惑に駆られたが、流石に自分が言うべき事ではないことを弁えているアムロは、なんとかそれを抑え付けた。

「…にしても、相手男だし俺だし第一結婚なのかも怪しいしロマンスとはほど遠いし」

 堂々と恥ずかしげもなく新婚だのなんだのと言い切るシャアに、自分の方が恥ずかしくなってきたアムロがボソボソと呟くと、シャアはふむ、と小さく呟くとその上に覆い被さって、アムロの額に軽いキスを一つ贈った。

「…っ!なに、すんだよ!」

 弾かれたように額を抑えて顔を上げると、シャアはしれっとした表情でアムロの瞳を見つめながら殊更きっぱりとした口調で言い切る。

「君がなんであるかなど、関係ない。重要なのは、私が君を選んだということだ。…そして、生憎私はこの通りの男でね。とりあえず、君の忍耐が未だ暫く続くようなら、この哀れな男の、『恋人のベッドまで朝食を運ぶ』というささやかな夢を完遂させてくれないか」

 アムロは、琥珀色の瞳を極限まで見開いた。最早、開いた口が塞がらない。

「なに…がささやかな夢だ、あほっ!」

 全身真っ赤になって叫び返す運命の恋人に微笑んでフルーツを勧めながら、一部の女性士官に『売約済みの札が掛かるのを厭わないようになっちゃカリスマもお終いね』などと囁かれ始めているネオ・ジオン総帥シャア・アズナブルは、本日も公私ともに順風満帆の生活を満喫していた。








 その頃。

「ハヨーッス!」

 定刻通りにいつもより三倍増しは爽やかに出勤してきた黒髪の青年に、ナナイ・ミゲルが驚いた顔を上げる。

 ここの所、アムロ・レイ大尉を同伴出勤(と、言いだしたのは私ではない、とナナイは慌てて心の中で不適切な表現を訂正した)する総帥の護衛を務めるこの黒髪の青年は、毎朝あのカップル(あえて言おう、バカップルであると!)の撒き散らすベビーピンクかショッキングピンク(紅白が混じるとピンクになるわよね、そういえば)のオーラに生気を削られて、げっそりしながら出勤していて来たのだが(可哀想だとは思うが、だからといって代わってやるには皆余りに我が身が可愛い)。

「どうした、ギュネイ。今日はやけに早いが、総帥はもうお着きになったのか?」
「ああ、総帥ですか」

 ナナイの問いかけに、ギュネイはあくまで晴れやかに言い放つ。

「置いてきました」

 あまりに正々堂々と言い放たれた職場放棄の言葉に、寧ろ驚愕したナナイが立ち上がる。

「何?!」
「俺、色々考えてたんですけど、あそこで生殺しになってる位なら、こっちで上官に修正された方がましかな、って」

 思ったんスよね!知らないでしょう、総帥公邸の壁は確かに完全防音ですけど、壁でプレッシャーは防げないんですよ!

 拳を握り締めて力説する我慢の限界を超えたらしい親衛隊の少年の姿に、やはり無理をしてでも新婚旅行に行ってでもくれた方がマシだったのか、と深い溜息をつきながら、ナナイはとりあえずもう一度止める人間が居なければいつまでも自室でいちゃこいているに違いない新婚馬鹿ップルをこの少年に迎えに行かせるべく頭を悩ませるのだった。



 とりあえずは今日も平和だ、ネオ・ジオン!(一部除外地域除く)







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+++END

 

 

アムロinネオジオン編、ベタ甘な朝の光景でございます・・・
いちおう、これでも周囲に遠慮してるつもりのシャアム。先が思いやられます(笑)
でも、ギューは常に貧乏籤で。人柱だよネオジオン!
つうかシャアのイメージを確保するのに周囲のスタッフが必死だとなお良い。(笑)

シャアが呟いているのはジョン・ダンの「恍惚」。
うちのシャアはジョン・ダンが好きです(笑)
意味は、それぞれ
「恍惚は謎を解き、真に我々が愛していたものが何か教える」
「肉体は天球。はじめに二人を結んだ肉体に、感謝すべきだ」
「そういうわけで、肉体へ戻ろう、弱い者にも愛を教えるために」
です(岩波文庫ジョン・ダン詩集より)

 

 

 

 

 

 

 

 

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