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アウドムラにアムロ・レイが合流して、自分の居場所を確保し始めた頃の話だった。
「シャア、”〜♪♪〜〜♪〜〜〜♪♪”って曲、聞いたことないか」
突然言われて、クワトロは驚いたように振り向いた。
「なんだ、アムロ。君はそんな風雅な趣味を持っていたのか」
「…失礼だな。軍で居た頃にはよくクラシックとか聞きに行ってたんだぜ?」
「聞きに行かされていた、の間違いではないのか」
「そんなに違わないだろう」
拗ねたように言うと、続きのメロディを口ずさみ始める青年の肩に、クワトロが手を置いた。
「うわ、なんだよ!」
「いいから続けて」
悪戯っぽく微笑みながら先を促され、アムロは困惑しながらメロディの続きを口にした。
それに合わせて、赤い手袋を纏った指が流れるようにアムロの肩の上を軽く叩いていく。
その動きがメロディと合っているのを感じたアムロは、驚いて男の方を振り返った。
「もしかして、ピアノか?!」
「正解だ」
「あなた、弾けるのか」
「楽譜があれば完璧だろうが、これくらいなら、なんとか」
くすりと笑ってアムロから離れようとしたクワトロは、その腕を逆にがしっと掴まれて目を見開いた。
「…どうした?」
アムロは、赤い手袋で包まれていてもはっきりと形の分かる長い指と大きな掌をじっと見つめて、ぴんと軽く指先で弾く。
「モビルスーツの操縦より、楽器の演奏に向いた手だな」
ほら、と自分の不器用そうなクワトロより一回り小さな手と合わせたりしている青年の表情とあどけない顔つきの下に、はっきりと老人のように疲れ果てた精神を感じ取って、男が息を飲む。
「…指先のタクトで君を踊らせる事ができればいいと思うのだけれど、ね」
「冗談。そう簡単にはあなたの思い通りにはならないよ…」
辛うじてクワトロが絞り出した軽口にアムロも苦笑して答え、手を離す。
解放された手を暫くじっと見つめた後、クワトロはスクリーングラスを外して、蒼い双眸でアムロの顔を覗き込んだ。
「そうだな、遠くないいつか、君に私の腕前を披露すると約束するよ」
「本当か?楽しみにしているよ、マエストロ」
「マエストロは指揮者だろう。全く君は、やっぱりクラシックを聞いてなど居なかったのだな」
ぶつぶつ言いながら、クワトロは後でスコアを探してみようか、と珍しく具体的な事を呟いた。
「ただし、指が動かなくても馬鹿にしてはくれるなよ」
「百式みたいな癖のある機体が操縦出来ているうちは、大丈夫に決まってるだろ」
べぇ、と軽く舌を出すアムロに、クワトロがふと思い出したように、ところでどこでその曲を聴いたのかね、と尋ねた。
アムロは不思議な微笑みを浮かべると、穏やかに指を立てて唇に当てる。
「…教えてなんか、あげないよ」
宇宙で、とは。アムロは結局、男に対しては告げることはなかった。
あなたの好きな曲らしいね、とも、彼女から聞いたことは彼にはひとつも、伝えることはしなかった。
(その位の意地悪は許されてもいいんじゃないのか。あなたはララァも俺も手に入れようとしているんだから)
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+++END
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