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”〜♪♪〜〜♪〜〜〜♪♪”
廊下をすれ違うときに、エマが歌いながら通り過ぎていった鼻歌に、カミーユが首を傾げた。
「どうしたのだね、カミーユ」
「いや、今エマさんが歌っていた曲に、なんか聞き覚えがあるんですけど、なんなのか思い出せなくて」
呟きながら自分なりにハミングを始めた少年をおかしそうに見ながら、クワトロは多分それは『月の光』だろうな、と言った。
「月の光、ですか。その割には静かな曲だなぁ」
「ジュニアハイの音楽の授業ででも聞いたのだろうな」
宇宙から見る月の光、いや、現実に人の住まう現在の月世界を想像すると、確かにドビュッシーもこんな曲は作らなかっただろうな、とクワトロはどこかおかしそうに呟く。
「大尉、この歌はよく知っているんですか」
「ピアノ曲では有名だからね」
クワトロの普段通りの少し捻った返事を暫く内側で転がしたカミーユは、ぽんと手を打つと期待に満ちた目で上官を見上げる。
「もしかして、弾けたりします」
「昔はね」
一言だけで返事を終わらせると、カミーユが聞いてみたいですと言った。
「でも、僕もピアノの作り方は知らないなぁ」
「そもそも、作れるものではないと思うが」
カミーユが頭の中で描いている、恐らく電子音であろう『ピアノ』とクワトロが先程から口にしている楽器との違いをやや明白に感じ取りながらクワトロが苦笑した。
「残念だなぁ、大尉がピアノを弾いてるのって、気障ったらしくて絶対絵になると思ったのに」
「もう、指が動かんよ」
苦笑しながらクワトロは僅かに指を動かした。楽器を演奏するようなその動きに、カミーユがひょいとクワトロの顔を覗き込む。
「それが、『月の光』ですか?」
「…外れだな。『子犬のワルツ』だよ」
にやりとスクリーングラスの下の薄い唇で笑うと、そのまま手袋をした手でぽんぽん、とカミーユの頭を叩いて去った上官に、一人残された少年は思いきり膨れっ面をした。
「なんだよ、キッザ!子供扱いしてくれちゃってさ!」
後日、カミーユのロッカーの中には『月の光』の楽譜と、ピアノとその楽譜が揃えば演奏家はいつでも参上する、というメモが置かれていて、その楽譜を手にしたカミーユは、早くクワトロ大尉にこれを弾いて貰える日がくればいいなと。
決意するようにそれを大切に机の引き出しの中に仕舞ったのだった。
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+++END
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