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ゆらゆらとたゆたうように、私は君の腕の中に囲い込まれる。
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「アムロ大尉、今日の哨戒のシフトなのだが…。」
「ああ、クワトロ大尉、俺の隊が先行するからバックアップ頼めないかな?今行こうと思っていたんだ。」
「了解した。」
短く用件のみの会話を終了させ、すれ違う時の一瞬の隙に、耳元に約束を流し込む。
『アムロ、今夜私の部屋で…。』
全部が終わる前に、コンと軽く拳で二の腕の辺りを小突かれる。「OK」のサインだ。
そのままアムロは立ち去り、後には受け容れて貰えたことにホッとする自分が取り残される。
余裕も、指導者としての威厳も微塵もない、ただの莫迦な男がそこには存在するだけ。
スクリーングラスの下に表情と感情を押し込み、有能だという評判通りに仕事をこなす。
ただ、ひとつきり交わされた今夜の約束だけを楽しみに。
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「シャア、いる?」
「ああ」
声がかけられると同時にドアが開き、アムロが部屋の中に足を踏み入れてくる。
当然、私の返事など待ちはしない。―――私に、アムロのために空けられない時間などないと知っているかのように。
彼は私が押しつけた私の部屋の合い鍵を持っているが、私は彼の部屋のパスポートは持っていない。
それさえも、二人の間の力関係を端的に示しているようで些か情けないが。
アムロを見初めた初め頃は。もっと己を良く見せようと必死だった。
抱き寄せる腕に力を込めて、追い詰めて。ただ彼の愛しているという言葉を欲しがって。
けれど。
微かな溜息が漏れる。何度力尽くで愛していると言わせても、彼が決して私のものにならないことを知ったとき、一気に私の中は空虚になってしまった。
純白、というのが彼に対する私のイメージだが、白銀の雪原は何者にも踏み荒らされることを厭う。
跡隠しの雪、とは良く言ったものだ。例え何者に踏み荒らされ蹂躙されようとも、深々と音もなく降る雪は、その後にうっすらと僅かずつ積もり、ついにはその痕跡を消してしまう。
―――そう言えば、昔話の跡隠しの雪は、飢えた旅人を救うための泥棒の跡を隠す、救いの雪だったな。
遙か昔妹に読んでやった本の中身などを思い出していると、琥珀色の瞳がひょい、と私の目を覗き込んだ。
「どうしたんだ?浮かない顔をして」
「いや…」
私は笑って何か言おうとして、綺麗に失敗した。
「―――…なんでもない」
「なんでもない、って顔じゃないぜ?」
苦笑しながらアムロが深い青色の連邦のジャケットを脱いで、その辺りの椅子の背にかける。
「コーヒー入れるよ。飲むかい?」
「ああ、頂こう」
頷くと、部屋に備え付けのインスタントのコーヒーを淹れてくれる。二つ手に持ったマグカップを片方私の前に置き、隣の椅子に腰を下ろした。
「で、どした?言ってみろよ」
「いや、本当になんでもないんだ。…君に何かしてもらえる類の話でもないし」
「でも、誰かに聞いて貰うだけで違う、ってこともある―――…」
そこまで言いかけて、アムロは何事か悟ったようだった。僅かに顰められる眉に、ニュータイプの勘の鋭さを見くびっていたか、と内心舌打ちしたい気分に駆られる。
「あなたがそこまで歯切れが悪いって事は、原因、俺?」
「ノーコメントだ」
「それって正解、ってことなんだな」
軽い溜息をついて、アムロは私の顔を覗き込んできた。
「また、なんか不安がっているのか?」
「不安だなどと、馬鹿馬鹿しい……」
言いながら、僅かずつ自信を無くしていくのを感じる。普段は私という人間は、自分でもおかしいくらいに自分の言動には自信があるほうなのだが。それが、例え虚勢とはったりだとしても、だ。
アムロには、仮面も飾る言葉も通用しない。ただ、私の内面をも見通すような透き通った琥珀色の視線と、穏やかな微笑み。それだけで、私に接してくれる。
その事が、益々私を至らない気分にさせるのだけれど。
ジオン・ダイクンの一子として生まれた私は、自分を取り繕うことにあまりに慣れ過ぎていたから、いざ素直になれと言われ、ありのままの自分を見せてみろと促されてみると、情けないくらいに自信の仮面が剥がれ落ちていくのを感じる。
アムロは私の顔を好きだという。輝く金色の髪の毛も、矢車草だと昔から褒め称えられる青い瞳も。
けれど、そんなものは所詮肉体という皮一枚だけの財産だ。
それが悪いとは言わない。私は寧ろ、頭に超のつく面食いのアムロに愛して貰えるこの姿を誇りにさえ思っているほどだ。
この姿でなければ、アムロに愛して貰えるのだろうか、などという子供じみた幻想も抱いたことはない。私は、今のこの外観を含めて『シャア・アズナブル』という人間であり、全てを内包して初めて、アムロの前に立てるということを誰あらぬ私自身最も良く承知しているのだから。
分かっていても、それでも時々果てしなく不安になる。
―――彼が、今は気まぐれに止まり木にしているこの腕を、すり抜けて飛んでいってしまったらどうしよう、と。
ふと、アムロが微かに溜息をつき、どこか諦めたように呟いた。
「あなたは、基本的に俺のことを信用していないからなぁ」
「私はニュータイプではないからな、君のような」
ただ無心に信じていたいとは思っているのだ。それでも、最後のラインを踏み越えるのは怖い、と私の中の一番脆い部分が言う。
アムロに愛されていると信じるのは怖い、と。
だから、大胆そうに見える癖にどこかしら遠慮している、こんな奇妙な関係が出来上がっているのかもしれない。
まぁ、と思考の川底に沈みながら、自嘲気味に笑う。
私自身が人間としては相当なフリークスなのだから、仕方がないかもしれないが。
そうしてもう、帰れない。浮かび上がれない、川面には。
このまま、君という川の底で、溺れて眠るようにたゆたうだけ。
行き着く先は分からなくても、きっと果てには海があるだろう。
それが、私の求めているものであれば、いいのに。
君の中に在る、遙かなる大海であれば。
人類の革新した姿と言われるニュータイプであるアムロの方が、私などより余程健全な思考形態をしている。
そんなことを思っていると、ぐい、と突然軍服の襟元が引かれた。
「?!」
「あなたってさ、以外にウシロムキだよな」
「君に言われたくない」
「いや、そりゃ俺も人のことは言えないけど」
苦笑しながら、スクリーングラスを外したままの瞳で睨む私を面白そうに見つめて、アムロが顔と顔の間の距離を詰め、なぁ、と問いかけの声を漏らす。
「俺のこと、愛してるって言ってみな」
「?」
突然なにか、と思いながら、私は口を開いた。その位なら普通にいつも口にしている言葉だし…と思った瞬間。
「!?」
ぐい、と心臓の辺りを何かに抑え付けられたような気がして、私の舌が鉛のように重くなって回転を止める。
なにが、と一瞬焦ったが、すぐになにが起こっているか理解した。―――アムロが。
彼のしなやかな白い思惟が、私の心の奥まで探りを入れるように、ゆっくりと乗り込んできている。普段他人の心には徹底的に不干渉を貫いている彼の突然の行動に驚愕した私は容易くアムロの侵入を許し、防壁さえ張り巡らせることなく、アムロは私の外側と内側から、じっとその琥珀の双眸で私の目を、心をひたと見据える。
「ほら、言えよ。言ってみろよ、俺の目を見て」
「…っっ!!」
「真っ赤だぜ、顔?」
「…うるさ…」
「俺のこと愛しているって、言ってみろよ、シャア。言えたら、俺も言ってやるよ」
楽しそうにアムロはいうが、私はそれどころではなかった。真実言霊入りの言の葉を引きずり出して、どうしようというのだ。君はそんなもの、必要としていない癖に。非難含みの思考を送ると、アムロがくすくすと笑い声を立てた。
「そんなものは俺が決める。…言ってくれるの、くれないの?」
「―――言わなければどうなる」
「さてね」
あなたには関係ないことだよ、それは。突き放すように言われ、私は溜息をついて覚悟を決めた。どうせ、どうせアムロを選んでしまった時点で私の敗北などとうに決定している。往生際が悪いだけなのだ。
渋々口を開き、アムロの暖色の散る瞳を見つめて、殊更ゆっくりと告げる。
「降参だ、―――アムロ、私の負けだ。…『愛している』、これでいいのかね?」
アムロが心底嬉しそうに笑う。…私の心の内からも、軽やかな温かい笑い声が弾けてきた。
「合格」
言うと、さーて、素直じゃない子にはお仕置きが必要だよね、と言いながらアムロは立ち上がり、私の頭を緩やかにその胸に抱え込んだ。
「勝った負けた、だなんて馬鹿馬鹿しいことを言ってる大きな駄々っ子には俺の心は見えないみたいだから、傷ついて不安になるんだよね、よしよし」
小さい子供のように金髪を撫でられ、私は思いきり不機嫌な顔を形作る。
「放っておいてくれ。―――私の心だ、君に心配して貰う事じゃないだろう、それこそ」
「うわ、可愛くないなぁ」
苦笑して、アムロはこつん、と私の額に自分の額を合わせる。
触れた肌から、ゆるゆるとアムロ自身の波に似た甘くて温度の高い波が流れてくる。
浮かれているようだ、とふと思うと、鈍いね、とアムロに抓られた。
「鈍くて悪かったな。どうせ私は…」
「ああ、分かったから、暫く黙って浸らせてよ……」
ぎゅ、と抱きつかれ、その男性にしては華奢な体を支えながら、私は非常に居心地の悪い思いを味わっていた。
アムロが悪戯めかして耳元で囁いてくる。
「……図体ばかり大きくて、聞き分けのない子はどうやったら機嫌を直してくれるのかな?」
軽く溜息をついて、私も仕方なく視線を上げ、アムロの顔を見つめる。ふと、思いついて囁くようにねだる言葉を口にすると、アムロは了解、といってゆったりと微笑んでくれた。
「では、飴玉の代わりに君のキスを」―――口移しで、君の愛情を。
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...end.
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