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chapter:1:宇宙は何も知らぬ
あーあ、と砂浜の上にだらしなくひっくり返って、抜けるような青空を見上げながら、アムロは呟いた。
「何だったんだろ、俺の十四年」
「それを言わないでくれたまえ」
「今直ぐティーンエイジャーに戻って青春やりなおしたい気分だ」
同じ砂浜にひっくり返るんでもさ、とぼやかれて、金髪の男はそうか?と首を傾げた。
その、腰の当たりにももたついたようにまとわりつくカナリヤイエローのノーマルスーツを指差しながら、それじゃ、暑いだろう、と言ってやる。
「大気圏突入した脱出用ポッドの中よりは、マシさ」
「よく言う、俺が随分冷却ガス出してやっただろうが!」
余計な事をした御陰で、メインエンジンがすっかり焼け付いて使い物にならなくなった、とアムロはぼやいた。
つい、と呆れたように金髪の男の眉毛が上がる。
「随分ヤワなエンジンじゃないか」
「金賭け放題のあんたのモビルスーツと一緒にすんな」
じろりと横目で睨んでから、取りあえず、着替え調達しなきゃな、と誰にともなく呟く。
「そうだな。……行こうか、立ちたまえよ」
言いながら、シャアが最早手袋も何も無い素手を、寝転がるアムロに向かって差し出して来た。
起き上がる為にそれに掴まろうとして、アムロが一瞬だけ逡巡する。
気付いたシャアが、首を竦めて、自分からアムロの手を握り、引っ張った。
「いいんじゃないか。……宇宙は何も、知らない」
私たちが多少騒いだ所で、静かなものさ、と苦笑してみせる金髪の男の後頭部を、立ち上がって並んで歩き出した鳶色の髪の青年が、あなたが言うなよ、と軽くひっぱたいたのだった。
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chapter:2:もしも君が裏切るのなら
服を調達して(手段については名誉の為に伏せる)、手持ちの現金をかき集め、なんとか辿り着いた田舎町の片隅のビストロで、グラスワインを片手に、アムロは目の前で優雅にチキンローストなぞを食べている金髪の男に珍しく熱く語っていた。
「だから、コロニーの動源としてのクリーンなエネルギーは……」
金髪の男は黙って、アムロの話に時々相槌だけ打っている。
それだけでもどこか楽しそうなのが、どことなくくすぐったい気持ちもした。
もう連邦軍になんか帰らないぞ、というのがアムロの真っ先にした決心だったが、それを金髪の男に喋ると、奇遇だなと苦笑された。
「私も、もうネオ・ジオンには帰らない。……いや、シャア・アズナブルには戻らないよ」
ただし、とそこで男が、青い瞳でじっと青年を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「もしも君が裏切るのなら、私はそれを許せる」
だから君は私などに関わらず、自由に生きていい、と言われ、アムロは一瞬口の中の肉を喉に詰まらせそうになった。
「アホか、あなたが掴まったら俺まで芋づるだろ」
俺は優雅な後半生を生きるって決めてるんだ、と殊更蓮っ葉な口調でアムロは言い切った。
「だから、そうならないように俺はあなたを監視してやる」
絶対逃げ切るぞ! いいな! と気合いを入れ直してフォークでジャガイモのフライを突き刺す青年を、シャアはなにか眩しいものでも見つけたような表情で見ていたのだった。
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chapter:3:とろとろ
もう、思考能力がとろとろに溶けてしまいそうだ、とアムロは思っていた。
気持ちが、良過ぎる。……金髪の男の、魔法のような指先は。
「アムロ、ここはどうだね?」
「あっ、……そこ」
「こちらも凄い事になっているようだが」
「こら、もっと……優しく」
「強くして欲しい、と押し付けて来ているくせに、よく言う」
くくっ、とシャアが愉快そうに笑った。そして、感心したように続ける。
「しかし、今日の大立ち回りは見物だった」
「あなた……見てないで助けに来いよな」
来るだろう普通、連れが絡まれていたら! と恨めしげに見上げられ、シャアはすまなかった、とあまりすまなさそうでは無い表情で答えた。
「どうも、あのチンピラ共の中の一人に見覚えがあったもので」
その言葉に、アムロが不審顔で眉を顰める。
「どこで」
「スイートウォーター周辺で」
さらり、と言われた答えを聞き、アムロが言葉に詰まっていると、だからね、とぐっと指先に力を込めながら、シャアが続けた。
「立ち回りの方は君一人でもなんとかなりそうだろうと思ったので、私としては精一杯の誠意で今夜は専属マッサージ師を買って出ている訳なのだよ」
「……そう言う訳なら、もっと気合い入れてくれよな」
畜生、貸しだぞ、と寝そべったまま顔を伏せてしまった青年の耳の先が赤いのを見て、シャアは任せたまえ、もっと蕩かして気持ちよくしてあげよう、とふわりと微笑んだのだった。
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chapter:4:理不尽な自由
当座の路銀が尽きればどちらかが、または二人ともが働く、という形で宛の無い旅を続けていた。
旅、というようなものではない。気に入れば数ヶ月滞在することもあったし、数日で早々に立ち去る事もあった。
軍属が長く、誰からも強制されず、規律にも縛られていない生活が初めての二人には、何もかもが目新しくもあった。
ただし、面白がってシャアがうらぶれたダイナーの皿洗いをしようとしたのは、流石に必死になって止めたが。
合成洗剤で一度はネオ・ジオンの華麗な軍隊の指揮を執っていた手を荒らすシャア・アズナブルなど、冗談にも笑い話にもなりはしない。
しかし、今回二人が足を踏み込んだ街は、シャアの叛乱の後で随分と荒廃したらしく、なかなか仕事に就くこともできなかった。早々に次の街に移動したい所ではあったが、それにしても路銀が心許なかったのだ。
何回目かの求職が空振りで帰って来た後、流石に多少の苛立ちが募って来たアムロは、安宿のベッドの上にひっくり返って、旅の同行者に、今日も駄目だったとぼやいた。
「そうか。やはり、私も探した方がよくはないか」
「馬鹿言え、この辺で身元がばれたらヤバいだろう、さすがにあなたは」
ふ、とため息をつき、機械系を探してたけど、この際文句は言わずに短期で割がいいのを当たるか、日雇い労働系だなと呟きながら、アムロは爪を噛んだ。
「自由というのは、なかなか高い対価を要求されるのだな」
どこか感心したような響きのその言葉に、僅かに気持ちがささくれたアムロが、ばっと上半身を起こして男を睨む。
「暢気だな、あなた。こんな、理不尽な自由、誰の所為だと……っ!!」
「私の所為かね?」
静かに問われ、アムロははっと我に返り、口元を抑えた。
「……俺は」
「言っただろう、”もしも君が裏切るのなら、私はそれを許せる”、と」
今からでも決して遅くはない、連邦軍に帰りたまえ、その方が君の為だ。
それだけ言い置いて、くるり、と身を翻し、部屋を直ぐにでも出て行こうとする男の腕を、焦ったようにベッドから降りたアムロが捕らえる。
「待て、……その、言い過ぎた」
「しかし、事実だ」
「事実でもっ……! その、俺だって、その理不尽さを、ちょっとは楽しんでる、ん、だ」
畜生、言わせるなよ、当たらせろ、ちょっとくらい、と拗ねたように言う青年に、金髪の男は、表情と雰囲気を緩ませるように、ふわりと微笑んだ。
その含む所の無い笑顔に、酷く動揺する。いつの間に、こんな風に許容し合える仲になってしまったというのか。
理不尽な苛立ちを無防備にぶつけても、受け止められてしまう程。
(ああ、全く。……調子が狂う、ったら)
アムロの苛立ちの根源的な原因は、もう暫く解消されそうにはなかった。
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chapter:5:血まみれの包帯
移って来た新しい街で、当座の宿の宿帳に二人分の偽名を書き込みながら、アムロはふと違和感を覚えた。
最新式の宿では、下手をすると名前を入れただけで端末からIDが照会できてしまうので、泊まるのは、宿帳に手書きでアドレスを印さなければならないような所に決まっていた。
こんな底辺の生活、耐えられるのだろうかと思っていたが、存外アムロの方が先に音を上げそうになったくらいだ。少し前の出来事を思い出すと、恥ずかしくて未だに顔が熱を持ってしまう。
つらつらそんなことを思いながら、鍵を手に、見事な金髪を栗色に染めている男と今夜からの部屋に入る。
大して多くもない手荷物を、それでも几帳面に荷解きする男の背中に向かって、ふと思いついたように声をかける。
「なあ、俺は、あなたを何て呼んだらいいんだろう」
「そうだな」
シャアは「エドワウ・マス」という偽名を使っていたが、アムロとしてはどうしても呼び慣れず、自然と「おい」とか「ちょっと」とか「あなた」という呼びかけばかりになってしまっているのが流石に気遣わしく思ったのだが。
しばし考え込んだ後、シャアはしかし、秀麗な顔に実に人の悪い微笑みを浮かべる。
「とりあえず、ダーリン、などではどうだろう」
アムロが、迷いないピッチングで丁度手に持っていたアンダーシャツを男に投げつけた。
「やっぱり大気圏で放り出してやりゃ良かった、って思ったぞ、今。しかも、付け加えると、今ので359回目だからな」
「そうか、1000回に達したら一発位は殴ってくれて構わないぞ、許可しよう」
「ほざけ、このっ……」
前言撤回、やっぱりおいコラでいいな、あなたなんか、と不貞腐れたように頬を膨らませる青年に、シャアは愉快そうに笑うだけで答えたのだった。
翌日。買い物を終えてアムロが路地裏を歩いていると、ストリートチルドレンと思しき派手な格好の少年の一団が前から歩いて来たので、さっと脇に避けた。
少年達は日用品の入った紙袋を抱えたアムロになど興味を示さず、下品な笑い声を立てながら我が物顔に道を歩いて通り過ぎて行く。
いい気分はしないが、関わり合いになるのは面倒なだけだった。所詮、自分は異邦人で、この街にも骨を埋める予定はないのだから。
それでも、用心の為かちらりと視線を後ろに送ると、どうやら、向こうから別のグループがやって来ているらしく、罵るような声が聞こえ始めた。
やばい、巻き込まれるのはご免だ、とアムロが足を速めた時、路地裏に突然銃声が轟き、硝子が割れる音が響いて来た。
「嘘だろ、こんな所でドンパチ始めんなよな、くそガキ共っ……」
ぼやきながら、戦場を幾たびもくぐり抜けているアムロに取っては別に恐怖を覚える程の事態でもない。面倒な事になった、と思うくらいである。
さっさと離脱しようと足を速めた時、突如ぐい、と横合いから腕を引かれた。
「アムロ、危ない!!」
「えっ、……うわっ」
アムロがそちらに倒れ込むのと、跳弾がアムロの立っていた場所を掠めて、近くの家の窓ガラスを粉砕するのはほぼ同時だった。
「シャアっ!」
「走れ、逃げるぞ」
促され、取りあえずアムロは金髪の男に引っ張られるまま、宿に向かって全速力で走り出した。
部屋に戻り、荒い呼吸を落ち着けながら、アムロがなんとか抱えて帰って来た買い物袋を、窓際のテーブルの上に置く。シャアがそちらを向いて安否を尋ねて来た。
「大丈夫か」
「ああ、俺は、なんとか」
「そうか」
ふわり、と微笑んだシャアの右手から、しかしかなり派手に赤いものが流れているのを見て、アムロが蒼白になる。
「シャアっ、あなた、怪我を」
言われて、シャアは己の右腕に視線を落とした。
「……ああ、落ちて来た硝子の破片で切ったんだろう。見た目程大した傷じゃない」
「ばかっ、その油断が命取りになるんだよ、早く洗って来い、今直ぐ!」
バスルームの扉を開けながら促すと、男は分かった、と存外素直にシャアはその言葉に従った。
男が傷を洗っている間に、アムロがフロントから消毒薬と化膿止め、包帯を借りて来る。
そのまま、出て来た男の右手を、軍属らしいてきぱきとした手際で消毒し、包帯を巻いて行く。どの位の深い怪我だろうと案じていたが、男の見立て通り、見た目の派手さの割には深い怪我ではなかった。大事な血管や腱が傷ついていない事にほっと胸を撫で下ろす。
「ったく、あなたの方がよっぽど鈍臭いぞ」
やっとのことで軽口を叩くと、男が肩を竦める。
「そう言ってくれるな。あの銃声の後、窓から君の姿が見えて、走っていったのだよ、これでも」
苦笑しながらばつが悪そうに髪の毛をかき上げる男の右手の、巻いたばかりの包帯には、もううっすらと血が滲んでいた。
大した傷ではなかったのだが、包帯の下に当てるガーゼの用意が無かったのだ。
それを見ているうちに、アムロの胸の中にせり上がって来る感情の波があった。
赤い色彩が、ぼんやりとぼやけて行く。……シャアが、驚いたようにこちらを見ていたが。
ぽたり、ぽたり、と。緊張の糸が切れた瞬間、胸元に熱いものが頬を濡らして滴り落ちる。
(良かった、俺はもう、シャアの無事を、生きている事を、喜べる)
困惑し切った男が、どうして君が、そんな風に、と言いながら腕を伸ばしてアムロの身体を抱き寄せる。厚い胸板に顔を埋めて、どことなく青年は安心したような心持ちになったのが不思議だった。
右手に巻かれた血まみれの包帯を見て、ああ俺は、俺には、もう絶対にこの人を殺せない、と。ただそれだけを悟った、アムロ・レイだった。
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+++END
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