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解説するならば。
ここで言ういわゆる「縁起物」とは、ロンド・ベルの誇る紅白二大エース、シャア・アズナブルとアムロ・レイのことである。
あちこちでぶつかっては衝突を起こして犬も喰わない痴話喧嘩を繰り返す目出度いコンビにブチ切れたブライト・ノアの言葉が切っ掛けになっているそうなのだが、まぁそんなことはいい。
最近、紅白の赤い方のシャア・アズナブル、またの名をクワトロ・バジーナ大尉が可愛がっている後輩が居る。
コウ・ウラキ連邦軍少尉。
クワトロは彼と一時シフト上でコンビを組むことになっていて、心の中で密かに「子犬のコウ」と呼びつつ可愛がっていたのだが、やっと慣れて可愛くなってきた頃にブライトと現在のコウのパートナーのガトーの二人に取り上げられてしまった。
まぁ、現在のパートナーはその代わりに最愛の(多分)アムロなのだから文句の言いようもないのだが。
私は盲導犬のパピーウォーカーじゃないぞ!とちょっぴりまだ釈然としていないクワトロである。
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コウとその彼女と四人で出かけることになった。
いわゆるダブルデートでは、多分無い。
男三人女が一人だし、そんな浮かれたことが言える見かけでないことはクワトロも、隣にいるアムロもよく弁えている。
「コウの奴、遅いなぁ。ニナさん連れてくるって言ってたのに。」
「なに。あいつの方が寝坊でもしたのだろう。…多分ね。それより、本当にいいのか?アムロ。」
「なにが?」
「コウ達と一緒で、だよ。君は、今度の外出を楽しみにしていたのではなかったか?」
本日、久々にラー・カイラムが連邦の勢力内の基地に繋留され、クルー達に短い休みが与えられたところである。アムロは苦笑した。
「いや、でもコウにナンパされてきたの俺だし。」
「…そうだったな。」
クワトロも笑う。
この基地はそこそこ大きな街に近く、そこまでなら外出しても良いという許可が出ていた。
アムロとクワトロも二人で出かける話をしていて、アムロが新しいハロの部品を見たいと言いだしたのを通りがかったコウが耳ざとく聞きつけたのである。
一緒に行っていいですか、アムロさんの解説付きで見たい部品があるんです、そのお店だけで後は邪魔しませんから、と言われて元々メカの好きなアムロは大して反対せず、コウのことを何気に気に入っているクワトロも特に異を唱えなかったのだ。
「アムロさん、クワトロ大尉、お待たせしました!!」
その時、ぶんぶんと大きく手を振りながら噂の当人が駆け足で走ってきた。その後ろから金髪の女性が少し呆れ顔で一緒に走ってくる。
「噂をすればなんとやら…のようだな。」
「本当に。」
アムロとクワトロが言葉を交わすそのうちにコウは二人の元に辿り着き、マシンガンのように言い訳を始めた。
「あ、あの、俺、すいません!ちょっと寝坊しちゃって、慌てて来たんですけど、あの!」
「ああ、いいよ。大して待ってないし。」
「そうだともコウ。アムロなどもう半時間は遅れるぞ、いつもなら。まぁ今朝は私が叩き起こしたから…痛っ!」
しれっと余計な一言を付け加えたクワトロの足を綺麗に踏みつけながら、アムロがコウの後ろに控えた女性の方に笑顔を向ける。
「えーと、整備班のニナさん、だっけ?コウの彼女の。」
言われて、コウも改めてカノジョを紹介しなくては、と言う気になったらしい。
「そうです。えーと。」
「ニナです、ニナ・パープルトンです。アムロ大尉やクワトロ大尉と、ちゃんとお話しするのは初めてですよね?」
「そうかな…ああ、整備の時に居るのは知ってるけど、改めて言うとそうかもな。」
アムロが頭を掻く後ろで、復調してきたクワトロがアムロの言葉を受けて軟派な微笑みを浮かべた。今日も律儀にかけていたスクリーングラスを外して胸のポケットに差し、秀麗な容を露わにする。
「そう思うと今まで特別に知り合う機会がなかったのが残念に思えるね。…あの薄暗いデッキの中でも君の輝く金の髪は一際目立っていたように記憶しているが。…それでは、初めまして、と言った方がいいのか?私はクワトロ。クワトロ・バジーナだ。」
一息で言いきり、すっとニナの片手を自然にとって手の甲に口付ける。長い睫毛が手の甲に当たりそうなのを一同は唖然として見つめた。
街に降りようとしているので今日はクワトロも私服だ。綺麗なロイヤルブルーのシャツを着こなしている様は、どこぞのモデルか俳優のようでもある。
「……宜しく。」
上目遣いで最後の残心まで忘れないその姿勢に、ニナは頬を赤らめ、コウとアムロは怒るより先に度肝を抜かれてなんだかいっそ拍手でもしたくなってしまった。クワトロのこれはここまで来ると立派な特殊技能と言えるだろう。
一応、脱力しながらアムロは言ってみた。
「あなたね…他人の彼女をそうほいほい口説くものじゃないよ。」
「口説く?…只の礼儀だろう、今のは。」
「あなたがやると洒落にならないから。オノレの破壊力を少しは弁えるように。」
「……破壊力?」
「も。いい。」
なんのことはない、アムロはちょっぴり焼き餅を妬いているだけなのだが。
縁起物が危険なオーラを臭わせ始めたと敏感に野生の勘で察知したコウが慌てて話題を変える。
「そ、そうそう、ニナはアナハイムの社員で、俺のガンダムを見てくれていたシステムエンジニアだったんです。」
彼女の紹介をしようと思ったらしい。
しかし。幸か不幸かその単語にピコーン、と反応した人間が一人居た。
先程のクワトロのように生き生きとした表情で前に出て、彼女に問いかける。
「ガンダム専門のシステムエンジニア?」
「ええ。」
「俺、前から思っていたんですけれどもコウのフルバーニアンのオペレーティングって無駄がないですよねぇ。コウの癖さえそのままプラスに取り込んでいるっていうか。人工知能との相性なんですかね?」
浮き浮きと話しかけ始めたアムロに嫌な予感を覚え、コウとクワトロが顔を見合わせる。ニナの方もこの手の話題が嫌いではない。いっそ楽しそうな表情で乗ってきた。
「ありがとうございます!コウのためだけに私がプログラムを書いたんです。」
「あなたが?…実にガンダム向きのプログラムですよね。」
「そうでしょう?実は、環境によって……」
風向きが怪しくなってきた、とクワトロの背中を冷たいものが流れ落ちる。どうもニナという女性、ただ者ではなかったらしい。何故か「あの」アムロの話に着いて行けている。コウは只唖然としているだけだ。
クワトロとコウの疑問は、しかしながら次の瞬間に氷解することになった。
一頻り熱く議論を戦わせた後、うっとりとした表情でアムロが彼女に問いかけたのだ。
「…ご趣味は?」
ニナも夢見るような表情で答えを返す。
「ええ、ガンダムを少々…。」
アムロがさもありなん、という風に深く頷いた。
「ああ、奇遇ですね、俺もガンダムが趣味なんです。」
ニナが微笑む。
「存じて居ますわ。アムロ大尉のガンダム好きは整備班に知れ渡っておりますもの。」
アムロが照れたように笑い返した。
「光栄です。」
ニナが軽い溜息をつく。
「大尉のνガンダムの設計図がアナハイムに持ち込まれたとき、私もチームに入りたかったのに、倍率が高すぎて入れなくて…。素敵だったんですもの、νガンダム。」
「え?そうなんですか?俺としては貴女みたいな優秀なエンジニアに入って欲しかったなぁ。」
「嫌ですわ、優秀だなんて…コウのフルバーニアン…いいえ、私のガンダムですけれど、いつでもプログラムの設計図をお見せ致しますわ?」
「本当ですか!じゃあ俺もνガンダムのやつを持ってきますよ。実はちょっと演算に気になる場所があって。回り道をしてるんじゃないかと。」
「まぁ大変。大尉の能力でバグは命取りですわ!!」
だったらオノレで弄るなよアムロ、と乾いた思考の元でクワトロはツッコミを入れる。同じように硬直していたコウがぎぎっと錆び付いた音と共にクワトロを振り向いた。
「クワトロ大尉、あれって…。」
言われてクワトロが肩をすくめ、きっぱりと言い切る。
「…見合い、だろう。かなりコアでディープなガンダマーとガンオタの。」
―――他に何がある。
コウが何故か他人事のように呟いた。
「邪魔しなくて良いんですかね、俺達。」
クワトロの返答も生彩を欠いている。
「…そうだなぁ。」
その返事にコウが改めてクワトロをじっと眺める。
「クワトロ大尉、焼き餅妬かないんですか?」
「コウこそ。第一嫉妬すると言ってもね、どっちにだ?」
コウが首を傾げた。
「…はい?」
クワトロが補足説明を加える。
「パープルトン女史にかい?ガンダムにかい?」
コウは暫く考えこんだ後、諦めきったような表情でぽつりと洩らす。
「………ニナ、ガンダムフェチなんです。」
「…………奇遇だな、アムロもガンダムマニアだよ。」
ふぅ、と更にコウが切なそうに溜息をつく。
「出撃して大破して帰ってくると、俺より先にガンダムの心配するんです。」
クワトロがいっそ泣きたい、というような複雑な表情になった。
「耳が痛いほどどこか身近でよく似た話を聞いたことがあるな。」
途方に暮れたようにガンダムカラーのオーラの放出される専門用語飛び交う見合いを眺めていたコウが、クワトロの腕をつついた。
「どーします、俺達。」
クワトロは溜息をつき、その背中をぽん、と軽く叩く。
「とりあえず、あれはほかっておいて二人で飯でも食いにいかないか?」
「いいんですか?」
「あの、だねコウ。」
クワトロが深々とした溜息をつく。長い指ですっと盛り上がっているニナとアムロを指差した。
「あれに嫉妬した時点で、だね。なんだか色々負けたような気分になりそうだと思っているのは、私だけか?」
コウがぶんぶんと首を振った。
「いえ、俺もそう思います。」
ぽむとそんな青年の肩を叩きつつ、クワトロは既に背中を見せて歩き出している。
「では行くか。私はいい加減腹が減ったよ。この町にはね、旨いイタリアンが有るそうだからそこに行かないか?昨夜調べたのだよ。久々に軍で出されるようなものではないちゃんとしたコースが食べたいのだ、私は。」
「あ、はい、お供します!」
「奢ってやろう、心配しなくて良い。どうせあの二人は食事よりもガンダムだろう。飽きたら追いついてくるさ。」
食事時の会話にまでガンダムだのガンダムだのガンダムを持ち込まれて堪るものか、とクワトロの顔には大きく書いてある。隣を歩くコウを既に今日のデート相手に定めたらしい。にっこりと微笑みながら好き嫌いは?と聞いてくる。
「あ、俺、ニンジンが駄目で…。」
「うん、…それならまぁ余り困らないな。アムロは偏食でね、凝ったものは食べてくれないのだよ。君達が来ればレストランも付き合ってくれるかと期待していたのだが、なぁに。別にアムロ抜きでも構わないだろう。ワインはいけるか?」
「あ、はい。」
そうか、と嬉しそうにクワトロが相好を崩す。
「だったら…今の時期なら何が旨いだろうなぁ。行った先でメニューを見ても良いが、個人的には白トリュフと…ああそう、フレッシュのポルチーニがそろそろ出回っているシーズンだろうな。チーズも艦の中では食べられないからなぁ…。」
「うわぁ。」
クワトロの心は既にイタリアンに飛んでいる。相当まともな食事が恋しかったらしい。
無論、コウに異存が有ろう筈がない。なんと言っても王子様の味覚、信用しなくてどうする。美味しいものが食べられそうな予感に既に瞳はきらきらと輝いている。
クワトロが彼にしては珍しいほど上機嫌に笑う。
「なんならその後でパーツ屋も一緒に行かないか?アムロほどではないがね、私もそれなりにアドバイスは出来ると思うよ。」
「本当ですか?」
「ああ、アムロがハロを組み上げたりバラしたりガンダムを弄ったり改造したりするのを一番近くで見せられているのは誰だと思う?」
「…お願いします。」
素直に頭を下げるコウの隣でクワトロが大きく頷く。
「任せておきたまえ。当初の予定とは違うがこれはこれでベストの組み合わせかもしれんぞ?」
「なんでですか?」
不思議そうな表情のコウに、クワトロが放置してきた見合い中のカップル…かもしれない二人組を指す。
「…あの二人。今からどんないかがわしいパーツ屋だのジャンク屋だの行くと思うね?聞きたいか?折角の休日にガンダムのOSのデバッグ方法?」
しばし考えて、コウは首を横に振る。
折角こんなに良いお天気なのになにが悲しくて終日ガンダムトークなんか。
「いいです。お腹いっぱいです。」
「実を言うと私もだ。気が合うな。」
クワトロがなんだかとても楽しそうに笑った。
もしかしたらアムロを出し抜けるのも嬉しいのかもしれない。
コウは心の中で思った。アムロさんとニナには悪いが。とっても悪い気はするのだが。
―――この二人の組み合わせなら、非常にお洒落でスマートな休日が送れるであろう。
ついでなのでニナと出かけるのだからと諦めかけていたお願いも提案してみる。
「大尉、じゃちょっと服も見てもいいですか?」
案の定、クワトロはとても嬉しそうだった。
「服!いいねぇ、アムロからはまず絶対聞けない単語だねぇ。」
「後、アクション映画とか。」
「それもまたいいな。カフェでお茶もしたいし本屋も見たい。…男同士の休日を満喫しような、コウ。」
「はい、大尉!!」
ぱたんぱたんと尻尾を振りながら、コウは迷わず金髪の男の後ろに着いていってしまったのだった。
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結局、この二組がこの日いわゆる「ダブルデート」を無事に出来たのかどうかは謎のままであったが、帰ってきた縁起物と子犬とその姫君の機嫌がそう悪くもなかったところからして、悪い休日ではなかったようである。
ちなみに。
その後一週間ほど、ラー・カイラムの中では『クワトロとアムロが別れてアムロがコウの彼女を略奪愛した』という噂が流れ、アムロが随分憤慨していたという。
その話を聞いたコウとクワトロも随分複雑な顔をしていたらしいが、彼等が嫉妬してそれぞれの恋人の元に怒鳴り込んだという話だけは。
不思議なことに、ついぞ聞かない。
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+++END.
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