|
**********
「お帰り、みんな!よくやったぞ!!」
その日、ラー・カイラムに本当に戦闘終了最短記録を更新して帰還したクワトロチームを真っ先に走ってきて出迎えたのはアムロであった。誰を捜して来たのかは明白なので他の人間は黙って最後に帰って来た黄金色の機体に向かって道を空けていく。そちらでは、今まさに百式からクワトロが降りてきた所だった。アムロがキャットウォークまで近づいてぽんと拳で軽く男の胸を叩く。
「シャア、久々にスマッシュヒットかましたじゃないか。…俺もうかうかしてられないな。」
「ご謙遜を、アムロ大尉。…次回ではもう少し差を広げに掛かるからそのつもりで。」
「言ってろ。次は俺が抜いて、そしたらもう渡さない。」
気安い好敵手同士の宣戦布告を交わした後、更に冗談を何かと間をおいたアムロとシャアの元に、ステイメンを降りたらしいコウがぱたぱたと走ってきた。そのまま興奮気味にシャアに向かって話しかける。
「クワトロ大尉、今日は素晴らしかったです!!遂に抜きましたよね、俺達アムロさんのチームを!!」
「ああ、一等賞だな。」
珍しくクワトロも上機嫌で返事をしてやる。その後でふと何かを思い出したようにコウに向かって微笑みかける。
「ウラキ少尉…コウの教えてくれたおまじないとやらの所為かもしれんな。」
その半リップサービスのような台詞に、コウの瞳がキラキラと光り出す。
「いや、そんな…クワトロ大尉の腕だから突破できたんです、おまじないの所為じゃありません!」
「そう謙遜するものでもない。…今日の働きは格別だった。」
滅多にないクワトロの手放しの讃辞である。憧れのクワトロ大尉に誉められて、おまけにファーストネームでも呼ばれてコウが有頂天になって舞い上がるのも無理はない。そんな瞳キラキラ笑顔全開、わんこの耳も尻尾も見えそうなコウに吊られたのか、シャアは何かご褒美でもやらねばな、と思いついた。既に気分はコウ・ウラキのトップブリーダーである。
「そうそう、コウ…この後、折角だから飲まないか?取って置きの酒があるんだ。…日本酒、好きだろう?名前からして君は日系人の筈だ。」
嘘ぉ、とコウが元々大きな目をまん丸にして顔を輝かせる。ファーストネームで呼ばせたどころかアムロとブライト、そしてカミーユ以外は立ち入ったことが無いと噂のクワトロプライベートルームご招待である。
「そうです、俺日系人です、日本酒好きです!!」
正しくマメシバ尻尾メトロノーム状態。すり寄ってくる愛玩動物に厳しい人間は居ない。にっこりとシャアも上機嫌に微笑む。
「では着いてきたまえ。…私の部屋でいいかな?」
「はいっ!!」
なんだか酷く仲睦まじげな兄弟…いや相方同士の様子にアムロの眉がぴくりとつり上がる。コウが一直線にシャアの後を追い掛けているだけなら気安く笑って許せたし、どうやら困惑している様子のシャアの様子も可笑しかったから黙って放置していたのだが(と言うよりはむしろけしかけた位なのだが)、尻尾を振ってわんこの如く後を着いてくる素直一直線のコウがどうやらクワトロも気に入ったらしい。…となると事情は別だ。
―――部屋で日本酒なんて…!俺の事なんて誘ったこともないのに。
それは酒に弱い上に酔うと確実に美味しく頂かれてしまうアムロがシャアの誘いを尽く蹴り飛ばしていたのが原因なのだが、生憎今のアムロにはそんな理屈は通じない。
「シャア、今日は空いたら俺の部屋の掃除手伝ってくれる約束じゃなかったか?」
突然背後から掛かったアムロの言葉にシャアが驚いた顔で振り返る。
「しかしアムロ、あの申し出は君が…。」
断っただろう、と言いかけてアムロの瞳の中に宿る不穏な光を発見する。幾らシャアが不完全なニュータイプだとしても…いや、それ以前に嫉妬深い嫁(?)を抱える一人の男として、気付かなければ家庭内を平和に生き抜いては行けまい。つぅっと背筋を冷たいものが滑り落ちる。
「…いや、そうだな、忘れていた。君との先約が有ったのだったな。」
シャアはあっさり白旗をあげた。アムロの焼き餅妬きは本人は絶対に認めないが実は相当なもので、そのことを何より身に染みてよく熟知しているのも文字通り身体に覚え込まされているシャアだったりする。三十六計逃げるに如かず、泣く子と怒るアムロには勝てない。
「と、いうわけでコウ、すまないが祝杯はまたの機会だな。…今度士官用の酒場に飲みに連れて行ってやろうな。」
「え?でも、…あ、はい、分かりました。また今度連れてって下さいね、クワトロ大尉。」
水を差されたコウはちょっと不満そうな顔をしたが、そこはブライト曰くロンド・ベルに『慣れてきた』彼である(スレて来たなどと言ってはいけない)。何となく事情を推し量ったのだろう、意外にあっさりと引き下がる。利口な子だ、とクワトロが思わず微笑んだ。大体カミーユといいギュネイといい、未だかつて自分の旗下に此処まで従順で素直な部下が着いたことがあっただろうか(反語)。全くついつい好評価も与えたくなるというもの。
「コウは賢いな。」
相好を崩してぽんぽんと肩を叩いてやるクワトロの親しげな様子に。
引き潮よりも静かに素早くアムロが切れた。にっこりと表面上は穏やかな微笑みを浮かべ、そういえばシャア、と口を開く。
「そろそろ慣れて来た頃だし、コンビ組み替えの時期だよね。あれだよね、今度はどうする?」
「…今度?」
シャアが首を傾げた。慣れるも何もやっと馴染んできた所でもあるし長所の伸ばし方も育て方も分かってきてコウ・ウラキトップブリーダーへの道が見えてきた所なのに。焼き餅の続きと思えばいいものを、既に交わした気になっていた妙なところで抜けている純粋培養のお坊っちゃまは疑問も差し挟まずすらりとその旨を口にする。
「しかし、やっとこれからという所なんだぞ、コウも私も。」
「そう?でもさ、俺は大体ガトー少佐の癖は把握したしバランス取れてきたし、潮時だと思うけど?ウラキ少尉のあなたへの依存度上がったら拙いじゃない。」
微かに混じる不機嫌のプレッシャー。『コウ』が『ウラキ少尉』に格下げされているのにシャアははたと気付いた。はぁ、と流石に軽く溜息をつく。全く自分がさんざアプローチをかけても鼻も引っかけない癖に、こういう時だけ女房面してくれるなよと少し恨めしく思うくらいだ。仕方ない、コウを矢面に出す訳にもいかないだろうと肩をすくめる。
「アムロ、異な事を言う。…だったら余計に君には渡せんよ。君を知るパイロットは否応なく君に依存する。この私でさえ例外ではない。そんな君にコウを渡すほど、私が心が広い男に見えるかね?」
声のトーンが半音階ほど低くなる。…甘くなる音の響きにギャラリーがすわ縁起物、と凍り付いた。
「…それって、もしかしてコウが俺慕うのが嫌だって言ってる?」
アムロの視線はシャアを全く信用していない。ちっ、ばれたか等とはおくびにも出さず鉄壁の営業用スマイルを続ける。
「逆だよ。…君を独り占めしたいのは何時だって私なのだと、そう言いたいのだよ。」
流石のシャアもギャラリー豊富なこの場所で戦闘から帰ってきた直後、頭のモードがクワトロからシャアに完全に切り替わっていない時にこの手の歯の浮く台詞を言うのは正直キツイ。きついのだが奥歯を噛み、ささくれ立つ様な鳥肌混じりの視線の攻撃に耐えつつ、それでもにっこりと微笑んでみせる。出来ればシャワーで汗を流してから、いやせめてノーマルスーツくらい脱がせてくれと言いたくても。
「な、アムロ。最初から私と組めば良かっただろう?」
「それもヤダ。」
「我が儘だな。」
苦笑して腕を伸ばす。さらりと頬を手の平で撫でると、調子に乗るんじゃないとぱしっとはたき落とされた。その後で、アムロは表面上は柔和な微笑みを浮かべつつコウを振り返る。
「コウ・ウラキ少尉、明日からガトー少佐と組んだら?」
永遠のライバルだし、垣根を超えて仲良くなれるかもよ、とアムロが他意無く続ける。しかし、その言葉にクワトロが過剰反応した。
「莫迦なことを言うな、アムロ!コウをガトー少佐なんかに渡したら喰われるのがオチだぞ?!」
はぁ?とアムロが鬱陶しげに顔を顰める。
「いいんじゃない?惹かれあってんなら。」
この台詞に、今度は先程から成さぬ堪忍を強いられていたシャアが不満を漏らす。
「君は何時からそんなに男同士の恋愛に寛大になったのかね?!私の時は絶対に嫌だと言っていたではないか!何故コウだけ危険に晒す真似をする?!」
アムロも元々気が立っていたところに頭ごなしに言われて腹を立てて言い返す。
「ガトーが相手じゃ危険じゃないんじゃないの?誰かさんと違ってストイックそうだし。士官学校、同期の桜なんだって?氏より育ちかなぁ、あなたとは随分違うよねぇ。」
アムロの当てこすりはかなりシャアの脳内の温度を沸点に近づけたが、何とか耐える。苛々とシャアは続けた。断固としてコウは渡さないからな、と珍しくアムロに強く言い放つ。
「危険に決まっているだろう!!…アムロ、男という性の本能は君だって十二分に理解しているはずだが?!」
ぴくん、とアムロの眉が吊り上がった。ここまで来たらもうアムロの方も後には引けない。
「…へぇ。じゃあシャアは何があってもコウを手放す気はない、と。」
「手放す?!アムロ、言い方に語弊がないか?!私は彼の保護者代わりだよ!!」
「…っ、あなたに保護者面が出来るもんか!」
叫ばれて、今度こそシャアが完全にブチ切れる。
「見くびらないで貰おう、私はこれでもモビルスーツ隊を率いて名将と唱われた男だよ。…下士官一人育てられずに『赤い彗星』の称号が在ると思うのかね?!」
「へぇ、その割にシャア隊はホワイトベース相手に苦戦してたよねぇ。ランバ・ラル隊とは随分違いそうじゃないか?」
アムロ大尉言い過ぎです、と流石に脳天気なコウさえ思ったが、誰も言葉に出して言える人間は居なかった。シャアの背中にゆらり、と炎のようなプレッシャーが現れ、スクリーングラス越しでも青の双眸に剣呑な光が現れたのが分かる。
「……言わせておけば。」
殆ど聞かせない低い唸るような声にシャアの本気の怒りを感じたが、アムロは視線も逸らさず睨み返す。
双方睨み合い、全身から立ち上る白銀と紅蓮のプレッシャーは殺気さえ帯びて触れれば切れるか焼き尽くされそうだ。
間に立ったコウはおろおろするばかりだが、ニュータイプの素養のあるパイロット達はそうはいかない。まるで赤潮か何かの被害にでも遭ったようにあちこちでバタバタと人が倒れる音がする。ラー・カイラムの艦内は今や阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を呈し始めた。
周囲を見回し、コウがおずおずと手を挙げる。
「あの、すいません…。」
アムロとシャアは返事もしない。仕方なくもう一度声をかける。
「あの、すいま…。」
「聞こえてるよ。」
「言いたまえ、コウ。」
双方から一斉に言われ、コウはびくっとしたがそれでも何とか台詞を続ける。顔色は幾分青ざめているが、恐怖のプレッシャーに負けないのは或る意味オールドタイプ最強というところか。
「俺、恋人居ますけど…整備班にいる、ニナ・パープルトンていう…」
だからその、俺がガトーとどうにかなるなんてこと絶対ないんですけど…。
「…その通りだ。誰でも彼でも自分たちの基準に当てはめて考えるのは止めていただきたい。」
もそもそと言うコウに被せるように額に青筋を浮かべたジオン軍の軍服を着た男が大股に入ってくる。その後ろからは眉間の皺を気にしながらブライトが続いてデッキに降りてきた。
「全くお前達は目を離すと直ぐにこれか?!あれほど痴話喧嘩は余所様にご迷惑をお掛けしないように自分の部屋限定でと言い渡しただろうが!!」
ブライトの文句にここに至るまでの艦長の苦労をちょっぴり推測したコウである。ファーストとZと逆襲のなんたら位までの人員はまぁ巻き込まれても文句は言えないがそれ以外の作品の人間が可哀相だろうが!という小言はちょっとどうかと思ったけれど。
ガトーが苦虫を噛み潰したような表情で言い放つ。
「シャア大佐!アムロ大尉とお組みなさい、ウラキ少尉は私が責任持って預かりましょう。」
「ああ、そうだな。アムロ、お前クワトロ大尉と組め。」
この台詞を聞いて、シャアとアムロがそれぞれ反応する。
「何だと?ガトー少佐、私はコウとのコンビを解消する気は…。」
「ブライト、俺だってシャアとなんか今更イヤだよ…!」
しかし、大佐より貫禄のある強面の少佐とそれより更に修羅場慣れした准将がエースパイロット二人を一喝する。
「反論は受付ませぬ!」
「異論は認めん!!」
それは、最強のニュータイプにオールドタイプの勝利する或る意味快挙な瞬間でもあった。…が。残念ながらぱちぱちと手を叩いて見ている観客はコウただ一人だけであった。
「…ったく、この…お目出度い馬鹿ップル共が…。」
紅白まとめてティターンズにでも破格で売り出したろかな…。
ブライト艦長の呟きは即実行され、翌日からシャアとアムロは強制的艦長命令シフト変更でペアのまま最前線に放り出されてしまった。
*:*:*:*
未だ納得していないアムロのやけっぱちの様な無敵さで敵機を沈めていくその後を百式で追い掛けながら、流石にシャアはぼそっと呟く。
「…なんで私はこいつが好きなんだろう……。」
途端回線を割って入り込んでくる不機嫌な音声。
『シャア、今なんか聞き捨てならない事が聞こえたんだけどなんか言った?』
「いいや、なにも?」
『ふぅん…?まぁいいや。俺さ、次の敵ギリでかわして一番奥のボス機狙うからエネルギー温存したいからそうだな、いち、に…先頭から数えて六機目まで落としてから後二機は煙幕にするから落とさずに飛べるくらいに半壊させて、それから回頭して囮やってくれる?百式目立つしさー。で、向こうの岩場まで飛んで岩盤ギリギリまでボス引き付けたら上にかわしてね。間違うなよ、上だからね、上。下に行ったら岩盤落下の責任取らないよ俺。』
その瞬間で立てられたアムロによる「作戦」を聞いて、無茶を言うなと流石のシャアの表情も引きつる。
「…おい、アムロ、君それはあまりに滅茶苦茶な要求じゃないか?!」
『えー、やれるよあなたなら。怠けてんじゃないよ俺には効かないからね韜晦作戦。多分左腕に一発被弾くらいで終わると思うから頑張って?』
「待ってくれアムロ、私と君の機体とは性能が違…」
『腕でなんとかできるでしょ、シャアなら。信じてるからねー、俺がこんな我が儘言えるのあなただけだよ?やっぱり俺あなたと組んで良かったかな。…最高だよね、俺達のコンビ?』
「…………。」
モニターの前のにっこりとした天使の笑顔を想像して、現金な奴とシャアは頭を抱えたくなった。
もっと御しがたいのは今の台詞がかなり嬉しかった自分自身もだったりするのだけれど。
ニュータイプはこれだから怖い。それがエースパイロットだったりしたら尚のこと。噂を聞くにそれなりに仲良くやっているらしいコウとガトーコンビを羨ましく思いながら、シャアは今日も戦場でアムロの手加減容赦一切なし能力値ギリギリ限界まで要求される高度なリクエストに耐えるのだった。
「戻ってきてくれ、コウ……。」
その呟きは或る意味とてもシャアの本音に近かったかもしれない。
アムロ・レイ。
我が儘で気まぐれで焼き餅焼きのお姫様にうっかり惚れ込んでしまったシャア・アズナブル王子の苦難の日々は続く。
…でもきっと多分それなりには幸せなのに違いない。
多分。
**********
...END.
更におまけ。
「大体、なんだって交換日記なんて言い出したんだ?」
「そうだよコウ。一体どうして思いついたのさ?」
「それは…。」
言いながらコウが視線を泳がせる。
「カミーユがアドバイスを……」
その台詞に縁起物両エースが素早く反応した。
「なんだって?!お前かカミーユ!!」
「カミーユ君、コウに何を言ったんだ!!」
ばっと同時に振り向かれた視線の先の青い髪の毛の少年は。
「……音声回路、損傷。」
と呟くなりZガンダムよりも素早く逃げ出した。
「「おいっ!!」」
叫んで後を追って立ち上がった縁起物紅白両エースに青いトラブルメーカーを足した大鬼ごっこがブライト艦長の更なる怒りを誘発したことは言うまでもない。
結局の所翌日からトリオ漫才で出撃を強制される事になったカミーユ・ビダン。
彼も或る意味自業自得の人生である。(笑)
**********
|