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翌日。
爽やかな朝の光に(といっても宇宙空間なので自然光の筈はない)負けないくらいキラキラの青春の光を全身にまとわりつかせ、コウは片手を大きく振りながら敬愛する上官の元に駆け寄ってきた。
「クワトロ大尉〜!!、おはようございますっ!!」
「……なんだウラキ少尉、朝から元気だな…。」
一部では有名な話だがシャアは朝に弱い。微かにまだ不機嫌さえ引きずっているシャアはもう恐らく一月ほどアムロとゆっくり二人きりで会っていないはずだった。寝付きのよろしい訳がない。
その、微妙に低気圧なクワトロ・バジーナ氏の気候に負けもせず、コウははたはたと嬉しげにその側に駆け寄り後ろ手に持っていた物を差し出しながら晴れ晴れした顔で言い放った。
「クワトロ大尉、交換日記をしましょう。」
言葉と同時に差し出されたピンクのウサギちゃんゥの柄付きノートに、クワトロのスクリーングラスがずるりと一センチほど下に沈む。しばし無言で痛む頭と視神経のダメージから復調した後、差し出されたものが嘘幻ではないのを確認して、クワトロはそれでもまだ半信半疑の声を出した。
「…頭は大丈夫か?ウラキ少尉。私の記憶が確かならばエイプリルフールはとっくに過ぎていたと思うが。」
「ええ、ごくごく真っ当ですとも!!」
微かに震えるものさえ含むクワトロの問いかけにもめげず、コウは当然でしょう!とでもいうような満面の微笑みと共にクワトロの手にノートをぐいぐい押しつける。未だ呆然としているクワトロはうっかりとそのウサギちゃんゥノートを受け取ってしまった。
「やっぱり、ペアを組む二人組には理解と信頼が必要だと思うんです!それにはもっとお互いのことを知り合わなくちゃ!でも俺、アムロ大尉みたいなニュータイプじゃないし、なんとかクワトロ大尉と分かり合う方法を見つけようと思って…。」
必死になってクワトロ大尉と分かり合う方法を考えたんです、ほら、オツキアイの第一歩は交換日記がセオリーじゃないですか!と言うコウの表情はどこか誇らしげだ。
「…いや、ウラキ少尉、ペアの理解というのはそもそもそういうものではなく…。」
かなり生彩を欠いた表情でクワトロが何か反論しようとしたが、コウはどこ吹く風だ。
「クワトロ大尉、アムロ大尉とガトーには負けないようにしましょうね!俺達戦績引き離されていく一方じゃないですか!悔しくないんですか?!」
「……それは。」
アムロをガトー少佐に取られているのは悔しいが、しかしそれとこれとも大きく何かが違う気がする。クワトロが言い出し倦ねている内に、けれどもコウは自分の中で勝手に何か結論付けた様だった。
「それじゃ、クワトロ大尉、お返事楽しみにしていますから!」
「…いや、ウラキ少……。」
「俺、ステイメンの整備あるんでこれで!」
「話を聞きたまえ、ウラキ…!!」
結局、伸ばした腕も虚しく、精神攻撃のダメージから回復し切っていなかったクワトロは片手にラブリーなノートを抱えたままその場に一人残されることになってしまった。行き場を無くした手をそのまま上に伸ばし、柔らかく波打つ金髪を苛立たし気に掻きあげる。
「…ええぃ全く、どうしてああ人の話を聞くことができないのだ、連邦の若手軍人はどいつもこいつも……。」
どうもコウばかりには向けられたのではない愚痴を零しつつ、律儀なクワトロは一応手元に残されたノートを開いた。…いきなり一ページ目に癖のある伸びやかな文字で記された『クワトロ大尉とコウ・ウラキの仲良し日記ゥ』というハート付きの外題にぴしっと背後の空間に亀裂が入る。止まりそうになる手を叱咤しつつも中身まで薄い桃色で地模様の入ったページを捲ると、そこには同じコウの筆跡で認められた日付と文章があった。
ざっと目を通し、…クワトロが苦笑する。
『クワトロ大尉、俺と組むことになって運が悪かったっていいますけれど、運勢って言うのは与えられたものをどう扱うかで吉凶はまだ出ていないと思います。俺はクワトロ大尉とコンビを組めたのは運命だと思っていますし、大尉とチームで動けて光栄です。…まだまだひよっこで足を引っ張ってばかりですが、そのうちクワトロ大尉が安心して背中を預けられるような、そんなパイロットに俺はなりたいです。クワトロ大尉が俺と組んでラッキーだったと思うような、そんなパイロットに。…なりたいです。俺、アムロ大尉とガトーに、…あの人達に勝ちたいです。』
「……アムロが読んだら壮絶に妬きそうな内容だな…。」
呟きながら、クワトロは頭の中で地球世紀時代の古い詩が再生されるのを止めることは出来なかった。
「…ソウイウモノニワタシハナリタイ、か…。」
…勝手にしてくれ、もう。
彼にしては投げやりな気分でそう呟くと、それでも律儀にノートだけは手にして去っていく煤けた背中のクワトロ・バジーナ氏であった。
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その日の夜は小惑星帯の側を通るとかで哨戒の要員が珍しく非番になり、星々の屑を避けながら必死にラー・カイラムの操縦を続けるブリッジの面々には悪いと思いながらも、久しぶりにアムロと休暇が重なったシャアは自分でも笑えるくらい上機嫌になっていた。
アムロの方ももう心得たもので夜這いをかけてこられるくらいならさっさと白旗を揚げてしまった方が後々楽だとでも思ったのか、どちらの部屋で過ごす?というシャアの問いかけにそう不機嫌になる風でもなくあなたの部屋かな、俺の部屋今足の踏み場無いぜ最近掃除する暇無くて、と素直に返して益々シャアを有頂天にさせた。つい軽口の一つも出ようか、というものである。
「だったら私が今度片づけもしておいてあげよう。」
シャアの提案にアムロの背中を文字通り冷や汗が伝った。
「…やめてくれよ、あれはあれでどこに何があるか分かってるんだから。」
というよりはシャアに見られて困るものの山というか、叱られるとか怒鳴られるとか。これで意外と常識屋で口うるさいシャア・アズナブルである。簡易麺とかジャンクフードとか合成着色料甘味料保存料満載のお菓子達のカスの一群なんか見つかった日には『体調管理』と称して一週間近く貼り付かれかねない。
アムロの態度から何かを嗅ぎつけたのか、重ねてシャアが問う。
「でも腐海の底なのだろう?…胞子が飛んで鱗粉が光るのが見えたとブライトが零していたぞ?」
「…大袈裟なんだよ、ブライトは何事も。」
憮然と言い返しながら、今度シャアを部屋に招くまでには部屋の片隅に積み上がった異臭発する生ゴミの山をどうにかしようと心の中で決意するアムロだった。
*:*:*:*
ぽたぽたと赤味掛かった髪の毛を暗色にしながら滴り落ちる水滴をタオルで受け止め、アムロはシャアの部屋に備え付けられた簡易のバスルームの中で部屋の主のバスローブを探して羽織る。どうせだから今度自分のも持ってきて置いておいてやろうと考えつつかなり大きめの袖を折り返しながら、かちゃりとドアを開けた。
「お先ー。」
「ん…。」
部屋の主の方はまだ持ち帰って来た報告書の束に目を通し終わっていないらしく、微かな生返事を返す。何だよ人を引っ張り込んでおいてとその態度が気に食わなくて、アムロは近寄って手元から書類を取り上げてやろうかとしてシャアの座るデスクに近づき、その傍らに無造作に放り出されたものが視界に入って視線を止めた。
暫く見えたものがなんなのか理解できずにしげしげと眺めた後、おずおずと口を開いて背中を向けたままの相手に問いかける。
「………シャア、何それ。あなたなんか…偉く可愛らしい…」
シャアがアムロの言葉を選ぶような表現に不思議そうに顔を上げて彼の視線の先にあるものを認め、ばさっと不機嫌そうに手元の書類を机の上に投げ出すとデスクを立って脇にある寝台に疲れたように腰を下ろした。腕を組み、ふてくされたように呟く。
「…悪いかね?」
「いや…でも、誰に押し付けられたのさ?」
先にシャワーから出てきたアムロは、帰ってきたシャアが机の上に放り出したままにしていたウサギ柄のノートを見つけて微妙な顔になっていたのだ。その存在を思い出してしまって憮然としながらベッドに腰掛けたままシャアが唸った。
「君のパートナーの元気のいいライバル君からだよ。…私をもっと良く知りたいとね、交換日記を提案された。」
アムロの目が文字通り点になる。
「交換日記〜〜?!」
呆気に取られた表情になったアムロが、その後直ぐに腹を抱えて笑い出す。
「うわ、そりゃ傑作だ!シャア・アズナブルに交換日記!!すげー、俺ちょっとコウのファンになっちゃったよ。」
「ならなくていい。…いい年の大の大人が、しかも男同士でなんでこんな子供っぽいことをせねばならないのか理解に苦しむよ、全く。」
苦言を呈するシャアにアムロがまだ笑いながらあっけらかんと言い放つ。
「えー、なんで?いいじゃん、やってあげなよ。喜ぶよ?」
「やかましい。…大体、君がガトー少佐と組むから私は……。」
文句を言おうと顔を上げたところで、シャアは近づいてきたバスローブ姿のアムロに両の頬を挟まれて言葉を失う。めっ、と軽くアムロが金髪の男を咎めた。
「今夜はもうこれでウラキ少尉の話もガトー少佐の話もお終い。…折角久しぶりに俺とあなたが一緒の時間に居られるんだから。」
暫く下からアムロの琥珀色に輝く瞳を見上げていたシャアが、視線を逸らさないまま呟く。
「……焼き餅妬きめ。」
掠れた声の響きに、アムロが顔を顰めた。
「普通でしょ、普通。あなたには負けるよ。」
「嘘をつけ。」
言った瞬間人差し指でつん、と眉間の傷の辺りをつつかれる。
「ほぉら、また。…眉間にシワ。それ嫌いなんだよ。俺。あなたの傷が見えなくなるし。」
「…ああ。」
ふっとシャアの眉間の皺が緩められる。ダメダメ、全部解いちゃわないと駄目だよ、と更に眉間の傷の辺りを撫でるアムロの指を取って手の平に口付け、腕を伸ばした。
「……お望み通りに。姫?」
「姫っていうな気色悪い。」
ぷっと頬を膨らませて顔を顰めるアムロに微笑みながらシャアが戯けてみせる。
「だったら他に何というのだね。私は君の王子様だろう?」
「あなたは王子じゃなくて…王様だろうが。図々しい。」
「成る程?…では王様らしく傍若無人に振る舞わせて頂こうか。」
言いながらバスローブの紐に手をかけると、アムロがちょっと待て待て!と慌てふためいて抵抗する。
「…っっ、あーなーたーはっ!!いっつもそうだろう?!調子に乗るなっ!!」
「乗せるのが上手なのだよ、君が。」
含み笑いをしながら抵抗を封じ込め、勢いに任せて腰紐を解いてしまう。
「ちょっ…!!」
「構わないだろう?どうせもう、後は脱ぐだけだ。」
アムロが盛大に溜息をつく。
「…切り替え早すぎだよ。」
「君に関してはせっかちでね。」
「早いと嫌われるよ、三倍速のシャア?」
嫌味混じりの売り文句に、シャアが青い瞳に愉快そうな光を煌めかせて買おうじゃないかと返事をする。
「……早すぎて不満かい?では…これからは反省してもっと時間をかけることにしようじゃないか。」
自分で言っておいて、これにはアムロの顔からさぁっと血の気が引いた。
「ちょ、ちょっと待って、嘘、嘘ですっ!!十分っっ!!」
「なに、問題点は早めに指摘して頂いて構わんよ。学習というものを知っているからな、私は。」
「学習なんてしなくっていい〜!!」
「人は革新する生き物だよ、アムロ・レイ。」
「…や、て…っ!!もう、この…こらぁっ!」
伸ばされた腕が背中に回って引き寄せられる。アムロの両手が行き場を失ってシャアの柔らかな金糸の髪の毛をくしゃくしゃと掻き混ぜ、そのまま縋り付く。
「アムロ……。」
「…なんだよ王様?」
ここはここでどうやら平和な時間が流れているようだった。
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「ウラキ少尉。」
呼び止められ、コウが慌てて振り返った。
「あ、はい!!」
「…ほら。君の番だ。」
差し出されたのは昨日コウが渡したばかりのノート。
「…ほへ?」
昨日の反応からしててっきり苦虫を百匹集めて噛み潰したような表情で突き返されるかと思っていたコウが目をぱちくりさせる。硬直してしまったコウにクワトロが不機嫌そうに声をかけて促す。
「えええ、と。」
「何をしている、受けとらないのかね?」
「え、いえ!!」
慌ててコウが手を出すと、そのクワトロの後ろからぴょこんとアムロが顔を出す。にっこりと微笑んでぽんぽんと仏頂面のクワトロの肩を叩いた。
「コウ、よかったねー。ちゃんと俺が横についてこの人自身に書かせたからね。」
その言葉にクワトロが深い深い溜息をつく。
「…アムロ、面白がっているだろう?」
「あははは、娯楽少ないからね、ラー・カイラム。」
「…認めるのかね……。」
スクリーングラス越しでもクワトロが憮然としているのは分かるが、言葉の端々は随分甘い。諦めきったように腕を伸ばし、子供がするようにアムロの頭をかき混ぜる。アムロがその手を避けながら抗議をした。
「なにするんだよ!子供扱いするなって言ってるだろ?」
「……おや、子供だろう?」
「ふざけるな!子供だと思ってあんなことするんなら淫行条例バリバリ引っかかるぜ、赤い彗星?!」
「その君が私の前でだけ幼いのが気に入っているのだよ。…構わないから甘えてくれたまえ。」
「頼まれてもイヤだね!!」
言い合いをする二人を前に、コウは僅かずつ後退しながら。
―――もしかして俺って今『縁起物』に遭遇してる?
と危機感を募らせる。なんでアムロ大尉がクワトロ大尉に着きっきりで、いやそれより日記をどういう手段でどうやって書かせたのか、とちょっぴりだけ気にはなったが。
「お、俺、次の仕事があるのでこれで失礼します!!」
…我が身の安全を優先したコウなのであった。
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その日一日の仕事が終わり、割り振られた部屋でデスクにきちんと座って交換日記のノートを開く。そこには流麗な筆記体で書かれた短い文章が並んでいた。
繊細でいて力強い、かなりの達筆である。ほへぇ、羽根ペンかなにかで書いたのかねぇとコウは感心しきりにインクの蹟も黒々とした流れるアルファベットの列を見て。
それから、おもむろに中身に取りかかった。
『…運か。ウラキ少尉、残念だが私は元来運命なぞ信じては居ない。…まぁ、君とタッグを組むことになったのがアンラッキーというわけではないよ。アムロと組めなかったのがそれ以上に残念なだけだ。私とて負けるのは嫌いだ。次の出撃は君の活躍に期待している。』
大尉、それ思いっきりアンラッキーって言ってますけどというツッコミはさておき。コウはこのたった一行の返事にいたく感激した。所詮はコウも根っからの軍人、回避率・撃墜率をアムロに次いで誇っているエースパイロットのクワトロに心酔していない訳がない。(この辺、弱肉強食体育会系はさっぱりしたものである)
「クワトロ大尉っていい人だなぁ…。」
などと感激でちょっぴり目をうるうるさせつつ、早速返事を書こうと新しいページを開ける。…絵日記でなくてせめても良かった、とシャアは思うべきであったのかもしれない。
翌日、主なエネルギー源であるアムロを十分以上に充電して貰って未だ調子と機嫌の悪くないシャアが百式の整備個所のチェックをしていると、コウがとことことデッキに入ってきた。シャアを見つけると目を輝かせる。
「クワトロ大尉ー!」
にこにこ微笑みながらコウが走ってくる。モチのロン、片手にはしっかりとあの件のノート。呼ばれて振り向いて、シャアは僅かに顔を引きつらせた。
「…なんだね、ウラキ少尉。」
なんだねも何も用件などニュータイプでなくても分かり切っているようなものなのだが。声に微妙なものを滲ませるシャアに気付かず、コウはノートを差し出した。
「はい、お渡しします。大尉のお悩みを助けるヒントが書いてあるから読んでください、是非。じゃ!」
昨日と同じように一方的にまくし立ててノートを押し付けていくコウから交換日記を受け取ったまま、シャアは深く深く溜息をつく。
「どうせ交換日記なんぞするなら、せめてもアムロに相手をお願いしたいのだが…。」
ぼやいてみても何にもならない。工具を脇に置いて機械油が着いた指をタオルで拭い、一体今度は何を書いてきたのかと根っ子の所が律儀なシャアは早速日記帳のノートを開いた。相変わらずページ一杯に踊る元気のいい文字に苦笑する。悪筆ではないが、決して上手とは言えない真っ直ぐな文字はそのままコウの性格そのもののようだ。
『お返事ありがとうございます、クワトロ大尉。俺感激しました。絶対絶対大尉のご期待に添えるように頑張ります。アムロ大尉みたいにクワトロ大尉のお気持ちを理解することは出来ないかもしれませんけど、その分は努力と根性でカバーしますね!(いや、その気合いだけで十分、とここまで読んでクワトロは呟いた。)
そうそう、俺とコンビ組んだことはアンラッキーというわけではないと仰ってくださいましたが、それで思い出したことがあるんです。何をやってもついていない、そういうときのおまじないです。凄い効果があるんですよ。まず両手の指を組み合わせて、"ホクスポクス・フィジブス"って唱えるといいんです。俺、じいちゃ…祖父に教わったんですけど。意味は「凶事よ、消え失せろ」っていうことらしいです。
軍人さんは縁起を担ぐっていいますけど、俺の祖父は実際このおまじないのお陰で何度と無く戦場から生還してるそうです。そうそう、唱える回数は多いほどいいんだそうですよ、試してみてください。』
「…おまじないねぇ…?」
シャアの口元が皮肉げにつり上がる。
「無邪気なものだ。前線にいる現役のパイロットとは思えんな。」
だったら一体何回唱えれば現在のこの不本意な状況から脱出できるのだと聞いてやりたい。
確かに軍人は縁起を担ぐ。ジンクスを煩く言うのも常に死線の上に居る体からすれば其程意外な事でもないのかもしれない。例えば陽気なようで神経質なデュオは勝っている間は三つ編みにしている髪を解かないといい突っ張って周囲に洗え馬鹿とブーイングを受けていたし、ドモンはレインの行ってらっしゃいのキスがないと必殺技が命中しないと駄々をこねて周囲を呆れさせていたし。
シャア自身も信じているわけではないのだが、手袋は必ず左手の方から手を通すことに決めていた。ジンクスというよりは癖を自覚してしまってそうしないとかえって気持ちが悪い、といったレベルの話ではあるが。
そうだ、一度何か縁起を担ぐ様なジンクスを持っていないかアムロに聞いてみるのも楽しいかもしれないな、と思考はあくまで方向真っ直ぐ収束アムロ・レイ向きなシャアなのであった。
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午後一番、静かだったラー・カイラムのデッキに第一種戦闘態勢のサイレンが鳴り響く。当直に当たっていた現場責任者のクワトロがブリッジと連絡を取った後、慌てることもなく簡単なブリーフィングを執り行った。
「諸君、出撃だ。敵はそう強くはないが数がとにかく多い様だ。おまけに飛行形態の奴が混じって居て、これが少々厄介だな。まず私とウラキ少尉が先に出て数を減らしてダメージを与えて置くから、残りの要員は後からそれらの掃討に掛かってくれたまえ。…いいかね。」
異議のないことを確認して後方からの援護射撃を重火器満載のトロワのヘビーアムーズに頼み、クワトロはぱしっと手に持ったファイルを指で弾いた。にっと微笑む表情は自信に満ちあふれている。
「では諸君、…ミッション終了の最短記録の更新と行こうではないか。行くぞ!!」
はったりと気合いは何よりも戦意の向上を促す。肌でそれを熟知しているクワトロの檄に、出撃チームは威勢のいい声を上げて立ち上がったのだった。
では行くぞ、と声をかけて背中を軽く叩かれるのは戦場でのパートナーの特権に違いない。ノーマルスーツのヘルメットを被りながらクワトロはコウに向かって更に細かい指示を与える。
「ウラキ少尉、とにかく数を減らすのが優先だ。とどめは他の機体に任せて我々はまず切り込んで敵の攪乱を計るぞ、いいな?!」
「はいっ!!」
デッキでそれぞれの機体の元に別れる直前、そう言ってクワトロがコウの背中を叩いた。
「期待している、…グッドラック!!」
「クワトロ大尉も!!」
お互いに声を掛け合い、百式とステイメンにそれぞれ駆け寄っていく。黄金の機体に乗り込む赤いノーマルスーツの男にコウが最後に視線を送ると、クワトロはデッキの上方、ガラス張りのブリッジの方を見上げていた。つい追ってしまう。遙かに見晴るかす様な青い視線の先に居るのは。
―――アムロ大尉。
アムロが微かに微笑み、親指を頑張れと言うように突き出す。クワトロも答えて手を軽く挙げ、百式のコックピットに滑り込んだ。目には見えないけれど確かに通わされる心。ニュータイプは精神感応で会話が出来るというのは本当なんだろうか。
”行ってらっしゃい。…当然魅せてくれるんだろう?”
”ご期待に添えるよう全力を尽くすつもりだが。…君がそこで見ているのならば。”
”お手並み拝見と行きましょう?”
”では、後ほど。”
ふいと頭に浮かんだ会話を首を振って打ち消す。これは只の想像だ。コウ自身にはちらりともニュータイプの素養の片鱗はない。クワトロが最終的に支えにしているのは、例え隣にいても居なくてもアムロ・レイただ一人。…まだまだ相棒と認められるほどにはコウの位置は来て居ないということだ。
―――今の俺じゃまだ眼中にも入らない、ってことか。
だからといって別にアムロのように公私に渡るクワトロのパートナーになりたい訳ではないが。何故だかそれが寂しいような悔しいような複雑な気分のまま、コウは自分も愛機のコックピットに身体を滑り込ませた。
『クワトロ・バジーナ、百式出るっ!!』
『コウ・ウラキ、ステイメン出ます!!』
カタパルトデッキから順々に射出され、打ち合わせ通りの場所に散っていく。百式の後を追うコウが、敵の機影を見つけて百式に向けて敵機影捕捉の通信を入れる。カメラを向ければ百式も既にメガ・バズーカー・ランチャーを構え、臨戦態勢に入っていた。
「クワトロ大尉、敵発見しました!」
『承知している、それでは我々二機は打ち合わせ通り突っ込むぞ!!…中央突破して、後に右後方から回り込んで味方の援護に回る。出来るな?』
「はい!!」
コウがぎゅっと唇を噛み、無意識に何度も瞬きをした。どうもいつになく緊張している。…クワトロに良いところを見せようという気負いなど捨てなければいけないのに。そんなものはあっても今は邪魔なだけだ。首を振り、戦いだけに集中しようと操縦桿を握り直した。自分のポジションは囮も兼ねている。浮ついて出来る類の役割ではない。
そんなコウの機体の動きを硬いとでも判断したのだろうか、突入直前クワトロから再び回線が開いた。
『行くぞ、コウ・ウラキ少尉!気を引き締めたまえ!!』
「はい!!」
『合い言葉は…なんだったかな。』
突然のクワトロの言葉が理解できず、コウは首を傾げた。そのままオウム返しに問い返す。
「合い言葉?」
『そうだ、確か…。』
クワトロは愉快げに嗤いながら機体の速度を上げてゆく。
『思い出した。"ホクスポクス"…以下省略!!』
叫びながらメガ・バスーカー・ランチャーを一閃させつつ文字通り敵陣のど真ん中に突入していく百式に、コウは一瞬呆気に取られた後。
「…わかりましたー!!」
と嬉しそうに叫んで後に続いた。虚を衝かれた瞬間に妙な気負いは消え去っている。プレッシャーもなく生き生きと動き回れれば、コウの腕前は決して他のパイロットに引けを取るものではない。
そしてその日、遂にクワトロ・バジーナ大尉とコウ・ウラキ少尉のコンビはアムロ、ガトーコンビを撃墜数で抜き去ったのだった。
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...END...?>>>More sequel to the Episode Coming Soon!!
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