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告白はしないでおこうと、そう決めた。
俺があの人に耐えきれず真実を告げるのが先か、あの人の正体がばれてしまうのが先か。
分からないけれど、それでも今のこの時間が欲しいと、俺には必要だと思ったのだけは。
嘘だらけの二人の生活の中での、たったひとつの『本当』のことだったから。
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「アムロ大尉、今夜…お部屋に行っても構いませんか?」
隣の部署の、最近どうやら悪しからず想ってくれている風な所謂職場のマドンナ(古)に突然言われ、アムロは僅かに慌てた。
「…え?」「いえ、突然ですし、おイヤなら良いんですけど…。」「ううん、イヤじゃないよ!!全然!!」
即答で応えてついでに首まで振ってしまってから、僅かにアムロは後悔する。…俺、この受け狙いの八方美人だけはどうにかしないとどっか後で絶対首締めるよな。
案の定、彼女はぱぁっと表情を明るくした。歴戦の、伝説の英雄であるエースパイロット、嘗て所属していたロンド・ベルだけではなく、連邦にその人有りと唱われるアムロ・レイ大尉である。この間の戦役で恋人のチェイン・アギを亡くしたばかりで現在は独り身の筈、とまで彼女の頭の中のコンピューターには即時に弾き出されている。そろそろ次が狙ってもイイ頃よね、みたいな。いきなり部屋、というのも誘いとして突然だとは思わない。彼女は自身の容姿と評判を良く承知していた。手順を踏んで途中で誰かにかっ攫われるくらいなら、短期決戦に持ち込んだ方がいいのだ。
「じゃあ、私…ワインとかお総菜とか買って行きますから、食事も…。」
これは落とせるか、と彼女が勢い込んだその時、アムロはあ、でもね、と語尾を失速させた。
「俺んち、今預かってる動物が居て……ちょっと、神経質なヤツでさ。人を入れられないんだ。…ゴメン。」
俺のうちじゃ無ければつき合うけど、どっか食事でも行かないか、という台詞に、恋路の永遠のお邪魔虫ペットの登場か、と彼女は内心舌打ちした。しかし、大抵の人はペットのことを貶されると怒るもの。ここは動物好きな一面をアピールしなくては、と彼女は取って置きの笑顔を形作りながら続ける。
「構いませんわ。じゃあ、美味しいレストランがあるんです。予約しておきますね。…アムロ大尉、動物お好きなんですか?」
「え?…いや…まぁ…。」アムロの返事はいまいち冴えない。
「なんの動物ですか?犬?猫かしら。それとも最近流行のブタとか…。」
まさかあると思っていなかった追求に、アムロは一リットル近い冷や汗を背中に流しながらなんとか答える。
「え、ええっと、犬…そう、犬、犬が居るんだよ、大型犬。ご、ゴールデンレドリーバー…だった…か、な…?」
きゃあ、と彼女は手を打つ。勿論演技だが、アムロ大尉を落とすためなら犬の一匹や二匹、手名づけてみせる自信はあった。
「犬ですか?!私、わんちゃん大好きなんです!人見知りしない子だったら、見せてもらいたいなぁ。」
上目遣いに見上げながらおねだりすると、アムロはああ、うん、と微妙な相づちを打った。
「ああ、……その内に…ね。」アムロの笑顔は引きつっている。見せられるか、あんなドーブツ。
「ね、お名前はなんていうんですか、そのわんちゃん。」
今夜の話題の一つはそれに決まり、と心の中のメモ帳を取り出す彼女に、試練を潜り抜けたつもりのアムロがへ、と声を上げる。
「な、名前。名前は…。」名前。名前ったって、そのまんま言えないしなぁ…。
そこで泳いだアムロの視線がふと、眼下のコンベアの上を流れていく深紅に塗られたモビルスーツの装甲を捕らえる。反射的に口から言葉が転がり落ちた。
「さ、サザ…サザビー、そう、サザビーっていうんだ、うちの犬。」
へぇ、変わってますねぇ、でもカッコイイ!と手を打って微笑む、現在の職場のアムロもちょっといいかなー、と思っていた子を前にして、赤味がかった鳶色の髪の毛の青年は内心めちゃめちゃに落ち込む。ああ、ニュータイプ居なくて良かった、うちの職場。
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しかし、こうやってまた俺の人生大嘘が増えていくのか…と思いながら、アムロは笑顔を取り繕って彼女と別れ、誰もいない男性用トイレの個室に駆け込むと、携帯用の電話機を取り出す。
短縮ダイヤルを押すと、基本的に家からは外に出ない相手はすぐに出た。
「もしもし、俺!」『ああ、アムロ。』受話器の向こうの嬉しそうな声に僅か、良心が疼く。…けれど。
心を鬼にしてアムロは用件を告げることにする。
こいつのために久々に巡ってきた女の子からの誘いを断るなんて、冗談じゃない!
そろそろ真剣に身を固めないと、独身者ってのは優先的にドサ回りさせられるんだよ、しかも男なら尚更!
嫁でももらわないと出世出来ないって周囲にはそれとなく言われてるしさー…でも俺、家柄無いから上司のお嬢さんの紹介とかないんだよ、自力で見つけないと!と実にアムロの頭の中では同時に様々な打算が渦を巻いたが、それはさておき。
「あのさ、俺今夜多分ちょっと遅くなると思うから、先に飯喰って風呂入って寝てろよ。」
一気に言うと、電話の向こうの声が僅か湿ったトーンになった。
『え…しかし、今夜は私と一緒に映画を見る約束…。』
あー、そういえばしていたな、そんな約束。思い出したが、アムロも今更後には引けない。
「仕方がないだろ、職場の付き合いなんだよ。」言いながらアムロがあっちにもこっちにも嘘をつくやましさに髪の毛をかき上げる。
『アムロの為に、ビーフストロガノフ作ったのに…。』電話の向こうでしょぼくれた声が続けた。
「え、マジ?!」好物の登場にアムロの気持ちがちょっと揺れた。しかし。
「…あ、でも、それ楽しみに帰るから、俺の分残しておいてくれよ。【となりの○トロ】は明日見ような、一緒に。」
『ト○ロは構わないが、キューティ○ニーはレンタル期限今日までだったぞ?…アムロ、金髪の巨乳好きじゃなかったのか?』
「余計なことは言わなくていい。…あ、ああっ、そうか、○ニー今日までか…。」
『…分かった。キュー○ィハニーは私が一人で夕食を食べながら見て返して置くから、アムロは気にせずゆっくり職場の付き合いに行ってくれ。』
「えっ、あ、おい!あなたが今夜トト○見て、ハ○ーは延長して明日返せば…。おい、もしもし、もしもしっ?!」
がちゃん、と切れる電話口の向こうに向かってアムロは怒鳴ったが、無情な通話切れの音がするだけ。ちくしょー、俺だって見てないんだぞ、キューテ○ハニー!と毒突きながらアムロは携帯電話をポケットに仕舞った。
個室の外に誰もいないことを確認して、こそこそと外に出て、何食わぬ顔で午後からの会議に顔を出す為に基地の廊下を歩き出す。―――しかし。デート一つにこんなに苦労するなんて、とアムロは何だか泣きたくなってきた。
子供を抱えるシングルファーザーにでもなった気分だ。基地詰めだと自宅ではなく寮に長期間入らなくてはならないから、とわざわざ申請してアナハイムに出向してまで自宅からの通勤勤務にしてもらったりして。
もう一線を退きたい、俺は疲れたんだ、戦争はしたくない、あの人さえこの手で失わせてしまったんだ、と切々と情に訴えかけて半泣きでブライトを泣き落としに口説き落としたのが嘘のつき初めだったなそういえば、と半年以上前の出来事を懐かしく思い出す。
思えば怒濤のような日々だった。…はぁ、と壁に手を付いて溜息をつく。
―――言えません。誰にも言えません。自宅ででっかい大型の霊長類ホモ・サピエンス種別雄を一匹飼っているなど。
しかも。
―――それが記憶を無くした元ネオ・ジオン総帥ですなんて、絶対にカミングアウトできっこないだろう、俺〜〜〜??!!
お陰様で家に人は招けないし、この世で構ってくれるのはアムロ一人、という人間を家に抱えているためおちおちデートもできやしない。…あれ抱えて結婚してくれる剛毅な女の子なんてのもアムロには当面全く思いつかないし。
―――ああ、俺の春は何時になったら何処にやってくるんだろう。
答えてくれ、ララァ…てゆーかハヤトのこと忘れたかー、とかフラウ・ボウにメールでもすっかな…お互い四十になっても相手見つからなかったら子供抱えて(アムロのは厳密には子供じゃないが)ケッコンしない?とか、俺ホントはずっと君のこと求めていたんだよとか今なら言えそうかも…あー、でもフラウ・ボウ、ハヤトの遺族の恩給で暮らしてるもんな、絶対首縦に振らないわなぁ…ああ、俺今、ちょー人生負け組っぽい……と、さめざめと泣き崩れるうっかり記憶喪失の元ライバルに同情してしまった優しいというよりは優柔不断なアムロ・レイ連邦大尉の心休まらない日々は続く。
将来の夢は、ちなみに『ブライト・ノアのようなマイホームパパ』だそうである。無理、とか無茶、とか無駄無駄無駄ァ!とか未だそんな叶わぬ夢見てるんですかアムロさん、等とは可哀想だから言わないようにしてあげて頂きたい。
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