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ネット速報のニュースを読んでいたアムロが、眉間に深い皺を寄せて画面から顔を上げ、ちょっと来い、とシャアを手招きした。
「どうした、アムロ」
夕食後の後片づけをしていたシャアがタオルで手を拭きながらアムロの方に近付くと、アムロはこれを見てみろよ、と画面上を指差した。横合いから覗き込んで、シャアが首を傾げ、真っ先に目に付いた先日から世間を賑わわせている社会記事を読み上げた。
「コロニー公社の職員の汚職事件がどうかしたか?」
「違う、その下、下の記事読んでみろよ」
「下の記事?」
言われてシャアは今度も素直にアムロの指先の記事を読み上げる。
「『夫婦間に広がる深刻なセックスレスの危機』……?」
言いながら、不審そうにアムロの方に視線を送るのに、赤褐色の髪の青年はいかにもと深く頷く。
「そう、月の製薬会社の調査でさ、あるコロニーに住む夫婦のうち、三分の一位はセックスレスなんだってさ」
ただでさえ宇宙は戦争が続いていた上に少子化が言われているのに、大変だよなぁと呟くアムロに、健康な男性として産まれながらにして人口減少の一因には少々手を貸しているものの、もう一つの方はさっぱり心当たりのないシャアが不思議そうな顔をする。
「しかし君、このニュースのどこが気になるのかね? 相手に一ヶ月以上性的に無関心で居られるなどと、私と君にはあまり関係がない話だろう? 現に、昨夜だってしたばかりじゃないか」
それとも足りなかったのか、というシャアの台詞にさっと頬を染めたアムロが、あなたはむしろ一ヶ月くらい禁欲ってのをしてみろよ、と小さく悪態をつく。
「……ていうかあなたはサカり過ぎだろう。マジで中三日とか中二日とか挙げ句連投とか止めてくれって。俺ピッチャーでもなんでもないんだから」
言いながらじろりと睨むアムロに、シャアは怖い怖い、と言いながら指を伸ばしてその耳元をくすぐった。
「しかし、中継ぎもリリーフも交代も居ないのだから、君が先発して完投するしかないだろう」
「うるさいなぁ、だったら労って三回くらいで終わらせろっていうんだ。……まぁ、それはいいから!」
アムロの例え話に小さくくつりと笑い、段々顔を寄せながら腰の辺りに手を伸ばしてきたシャアをぴしりとはたき落とし、アムロはぐるりと椅子の上でシャアを振り返った。
「なぁ、シャア」
「なんだね?」
「あなたさ、……俺のどこが良くて付き合ってるわけ?」
「……なに?」
それこそ今更の疑問にシャアが目をぱちくりさせていると、アムロがやや焦れたようにシャアの着ている服の裾を引いた。
「うん、なんか、このセックスレス解消の記事とか、なかなか涙ぐましいんだけどさ。普段着ないようなセクシーな下着とかシチュエーションを変えてみるとか」
「私は別に今の君に対して不満は何もないが、もしも君が試したいというのならば、付き合うのは吝かではないが」
きょとんとした表情ではありながら、それでもちゃっかりとアムロの腰に腕を回してくるシャアの手からするりと逃れながら、笑い話じゃないぞ、とアムロが真面目な表情でシャアに顔を寄せた。
「あなた、今はそうやって笑ってるけど、結構他人事じゃないかもしれないぞ?」
「まさか」
アムロの意見を一笑に伏そうとしたシャアに、まぁ聞け、とアムロが話を続ける。
「生真面目な人がなりやすいんだって、セックスレスって。『これ以上幸せになったら恐ろしい』とか」
「それはそれは」
シャアが皮肉げに唇を吊り上げて笑った。全くもって自分には関係ない、といった顔つきだ。
「笑い事じゃないぞ、あなただって、俺と付き合い始めて暫くは指一本伸ばしてこなかった癖に」
「それは、……あれは、君がどんな風に私のことを思っているか知らなかっただけで……」
「だけど、結婚してからずっと自信がないとか不安だとかで夜の生活がないのだって、セックスレスに当たるって記事では書いてあったぞ」
「君と私はきちんと結婚して暮らし始めた訳ではなかっただろう、というか、君、一体どれだけ真剣にあの記事を読み込んでいたのかね……」
アムロにやや痛いところを切り返され、それでも自分達の場合はセックスレスのそれには当たらないと主張しようとしたシャアを、大上段からアムロが袈裟懸けに切り降ろす。
「つまり、天下の伊達男シャア・アズナブルであっても、セックスレスになる危険性は十分にあるって事だよな」
「……君がそう思うのならそれはもうそれでいいが」
しかしあまり表では言わないで欲しい、と何がどうあっても自分達の間に危機があることにしたいらしいアムロに項垂れて白旗を上げながら、シャアが力無く呟いた。
「だから、シャアは俺のどの辺が良くて付き合っているのかな、って思ったんだよ」
「どこ、と言われても、……なぁ」
どこもかしこも全部、と本当のことを告げたところで今のアムロには信じては貰えなさそうで、シャアは深く溜息をついた。
「君に関しては魅力的な部分が多すぎて、一々挙げていくだけでもかなりの時間が必要だ」
一応、それなりに誠意を込めて言ったつもりの台詞は、しかしそれ以上に真剣なアムロの表情の前に滑り落ちる。
「本当か? 隠しごとはするなよ? もしかして、縞パン偏愛趣味嗜好とか、ランニング着てないと勃たないとか」
「それは君だろう……」
なんならその縞パンツの裾にレースでもつけてみるかね、という喉元まで出かかった皮肉をシャアは何とか寸前で押さえた。
しかし、その裾野が広がりすぎて飛躍しきった議論を、アムロの次の台詞が一気に収束させる。
「だって、俺さ、話してて楽しい訳でもないし、どこにでもいるような、誰も取り立てて気付かないような男だし」
いつの間にか、シャアが気付かない内に徐々に言葉をトーンダウンさせていたアムロが、そこまで言ったところで遂に言葉を切り、ふっと瞳の奥に不安を閃かせてシャアの方を見た。
無論、瞬時にその自信のなさそうな瞳は逸らされて、いつもの勝ち気な口調がまぁ、シャアは物好きだからどうだか知らないけど、と憎まれ口を叩く。
そんなものに騙されはしない、とシャアは僅かに口元に苦笑を浮かべ、手を伸ばしてアムロの片手を取り、手の甲に口付けて青年の名前を呼んだ。
「そんなことはない。君は自分自身の魅力を知らなさ過ぎる。……そんなに言うなら、アムロ、こちらを向いて」
言いながらそっと手を引くと、最初はおずおずと、しかし最後にはくっと挑戦的に顎を引いてアムロが顔を上げる。
「なんだよ、あなたが俺の何を知ってるって?」
挑むような口調が堪らなく愛おしいような気がして、シャアはつと指を伸ばしてアムロの大きな丸い瞳の目尻をなぞった。
「まずは、君のこの瞳だ。琥珀色に光って、時には黄金を煌めかせて私を誘う。稀少な宝石のようでいながら、実に生気に富んで瑞々しい。……それにね」
言いながらアムロの恥ずかしげに付せられた瞼の上を慈しむように撫でた指をそっと下に降ろす。
「この、唇も。柔らかくて、ずっと触れていたくなる」
囁きながら指の腹で唇をなぞられ、その後に感触を楽しむかのような長い口付けを落とされて、アムロはすっかり赤くなった頬を持て余し、眉根を困ったように寄せながらシャア、と男の名前を呼んだ。
「まだだよアムロ、私がどれだけ君のことを知っているのか、まだほんの一欠片しか伝えていないのだから。さぁ、私の言うとおりにしてご覧?」
白々しいことを口にしながら胸の中に自分を抱き寄せる二本の腕に身を預けながら、アムロがどこかまだ悔しそうに、見え見えだぜ、下心って奴が、と低く唸った。
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さて、とシャアは腕の中ですっかり息が上がったアムロの顔を覗き込んで問いかける。
「私の愛しいアヒルの子は、自分の魅力をそろそろ自覚してきただろうか?」
それまでに全身を隈無くシャアに弄られ、嬲り尽くされて殆ど息も絶え絶えになっていたアムロが、琥珀色の瞳を熱情で潤ませ、知るか、バカ、と最後の気力を振り絞った悪態をついた。
「おや、まだそんなことを言うのかい? 辛いね、どうも」
「う、るさ、……大体、あなたの趣味はどこもかしこもマニアック過ぎるんだよ!」
こんなことがしたかっただけの癖に、大丈夫だなんて言葉のどこに信憑性があるんだとぼやくアムロに、シャアが疑り深いね、どうもと首を傾げた。
「第一、君が不安に思っているのは自分自身の「私への」セックスアピールなのだろう? これ以上煽られたら、私は君をこの家に監禁して、太陽や月にさえ嫉妬するしかないではないか」
溜息混じりの言葉は七割方本音でもあったのだが、アムロはやはりそうは見なしてくれなかったようで、耳まで赤くしながらもその手には乗らないとぷいと顔を背けてしまう。
頑固なアムロの様子に深い溜息をつき、シャアは奥の手を出すか、とぼそりと呟いて再びアムロを抱き寄せた。
「仕方がない、取って置きの呪文を使うか。アムロ、耳を貸して」
「……?」
言われるままにシャアに耳を貸したアムロは、次の瞬間さぁっと赤くなって上目遣いに狼狽えたように男を見上げた。シャアはにんまりと微笑んで、アムロの額に軽い口付けを一つだけ落とす。
「……だろう?」
「う、……うん、まぁ、それは、確かに」
そうだけど、とボソボソと呟きながら先程よりずっとしおらしくなった腕の中の恋人に、やはりこれに勝る最強の呪文はないなと内心で先程告げた言葉を転がして、シャアは青年を抱き上げると、連投じゃないかと騒がれずに寝室まで運び込むためには、後どの位この呪文を唱えればいいのかな、などと計算していた。
―――大丈夫。だってほら、私は誰よりも、君のことを愛しているから。
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+++END.
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