Beauty and the Beast
〈君よ、謳え其の愛を〉




**********





「いいではないか艦長、子供達には気晴らしが必要だよ。」

 階級は下だが実際の地位は雲上人にも等しい部下に快活な言葉を返されて、ブライト・ノア大佐は面食らった。
 しかし、そんな浮かれてる場合では、と口の中で言い淀んでしまうのは同意したい気持ちが強いからだ。けれど地球連邦軍人としての立場が邪魔をする。そんなブライトの意思を理解した上で、隊を支えるエースの一人、クワトロ・バジーナ大尉は解決策を提案した。

「戦いに明け暮れるばかりでは息も詰まろうし、楽しい思い出が心の支えになる事もある。
 …パーティの間の戦闘配備は年長者でシフトを組めばいい。哨戒は…この宙域ならば私とアムロ大尉が交替で出れば事足りる。 そうだろう? アムロ大尉。」

 不意に話の矛先を向けられた童顔の青年が手元の資料から目を上げた。鳶色の大きな瞳でやや不満げにクワトロを見やり、幼子のように唇を尖らせる。

「えー、俺もパーティに参加したいなぁ。」
「君もあの子たちの上官ならば諦めたまえ。…そのかわり、パーティの後は休ませてもらうぞ? ブライト艦長。」

 同じ階級というだけでなく、終生のライバルたる気安さで言い放たれるクワトロの言葉に、アムロ・レイは地球連邦軍MS隊に誂えられた青いフライトジャケットに包まれた肩を小さく竦める。それだけで了承の意を解したクワトロが話の最後に願い出た譲歩案に、ブライトは勿論、と深く頷いた。

「すみません、クワトロ大尉。…迷惑をかけます。」
「なに、これくらいであの子たちが満足してくれるなら安いものさ。」

 クワトロの赤い手袋に包まれた手が、顔の半分を覆う大仰なスクリーングラスを外す。彼のもうひとつの姿、ネオ・ジオン総帥シャア・アズナブルが臣民に広く向けるのと同じ博愛に満ちた笑みが、露になった白皙の美貌に刻まれた。


 全人類共通の地球の敵との戦いを続けるロンド・ベル隊旗艦ラー・カイラムは、モビルスーツからスーパーロボットまで多くのマシンとそのパイロットを乗せていた。そして、主にガンダム系のパイロットの多くは未成年かつ民間人であり、彼らは軍の規律で縛るにはいささか難しい存在であった。
 実際、彼らはよく戦ってくれた。しかし、まだ若い彼らには、長きに渡る戦闘の日々の中で蓄積されたフラストレーションとストレスを発散するための心安らぎ華やぐ時間が必要だった。そしてついに彼らは行動に出た。
 まもなく迎えるクリスマスか、地球に還るまでに時間がかかる場合は新年か。そのどちらかでいいからパーティを開催することを、子供たちは要求してきたのである。
 今は非常時だぞ!と頭ごなしに叱る訳にもいかず、痛む胃を擦り胃薬を流し込む艦長を慮ったクワトロが、ブリーフィングルームでのミーティングの後にブライトの相談を聞いているところにアムロが加わり…。テーブルを囲む指揮官とその両腕たちは、艦内の子供たちから寄せられた要望書の山を一枚ずつ検討しつつ、許可と却下に振り分けていった。

 地球や、それを模して造られたスペースコロニーでは自然の移り変わりによって時を計る術はなく、ましてや宇宙を往く戦艦の中では季節など感じようもないが、カレンダーをめくるという行為が辛うじて時間の経過を実感させる。宇宙世紀の暦でカウントされる艦内のカレンダーがその年の最後の一日を刻んだ日、艦内は朝から年若いパイロットや準軍属の子供たちのはしゃぐ声と歓喜の気配にざわめいていた。未成年グループはそれぞれにシフトを組み、下準備に奔走するもの、イベント進行を担当するもの、後片付けを担当するものに分かれ、昼食と同時に始まるパーティの幕開けを今や遅しと待っていた。18時までとの期限が設けられてはいたが、年相応の子供のままでいられるささやかな宴の開催は、彼等の表情を明るいものにしていた。
 その様子をキャプテンシートからモニターで眺め、浮かれ過ぎるなよと胸の内で忠告しながら、ブライトはクワトロの進言に改めて感謝の念を抱いたのだった。

◇■◇

 まもなく哨戒任務から戻ってくるアムロの報告次第では再度交代して出ることを検討してブリッジに向かう途中、士官食堂の横を通りかがかったクワトロは、通路まで響き渡る喧騒に思わず足を止めた。開け放たれたままの入口から中を覗くと、紙細工や銀テープで飾られた部屋の真ん中に、うねる銀髪と褐色を中心にした人垣が出来ていた。

「なんの騒ぎだ?」

 手近なところにいた乗組員に声をかける。それだけで、このパーティを開催するにあたって大恩あるクワトロ大尉のお出ましに会場内が湧き上がった。興奮気味な子供たちに背を押され、困り顔で途方にくれるロラン・セアックと、彼に詰め寄るクェス・パラヤの前に押し出される。

「大佐! 聞いてくださいよ〜! 王様の命令なのにロランが歌わないっていうんですよ〜」
「ち、ちがいますよ! 歌わないんじゃありません、歌えないって言ったんです!」

 王様ゲームなどやっていたのか、君たちは。苦笑するクワトロの前で、幼さの残る少年少女が押し問答を続ける。

「クェスさんが持ってきたこの曲、デュエットじゃないですか。僕一人じゃ歌えませんよ。」
「いいじゃない、この唄好きなんだから! 歌ってよ!」
「そんな…、しょうがないなぁ…じゃあ誰か一緒に歌ってくれませんか?」

 クェスの我が侭に困惑しながらもなんとか彼女の命に応えようとする人の良いロランが人垣に視線を巡らし、助力を求めるが皆、遠巻きに見守るだけで晒しものになるのはごめんとばかりに傍観を決め込んでいる。
 救いの手は、思わぬところから差し伸べられた。

「あ…クワトロ大尉。」
 
 途方に暮れるロランの手から、赤い手袋に覆われた指先がやさしく譜面を摘み上げた。スクリーングラスをずらして楽譜に斜に目を通し、その曲が知ったものであることを確認し、クワトロはあどけなく自分を見上げるガンダムのパイロットに問うた。

「ふむ…女性パートの音は出せるかね? ロラン・セアック。」
「あ、はい! 大丈夫だと、思います…けど…?」

 小首を傾げて目を覗き込む仕草がどこか白い悪魔の異名をもつ恋うる男に似ている気がして、知らず、品良く整った薄い唇がかすかに緩む。

「このままでは収まらんようだしな。私が相手では不足かもしれんが、及ばずながら力を貸そう。」

 帰投するアムロを出迎えるにはいましばらく時間はある。このくらいの助太刀は許されるだろう。
 緩やかに波打つ豪奢な金髪の下、滅多に見せることのないブルーアイズと端整な容貌も露な笑みに男女を問わず居並ぶものはみな息を呑み、目を奪われる。美の神の会心の作ともいえる完璧な微笑に動じないのは、純朴少年の域を出ない、色気よりもモビルスーツ愛な連邦士官コウ・ウラキと、青い瞳をきらきらと輝かせてクワトロを見つめる、純真を絵に描いた銀髪の少年くらいのものだった。

「えぇっ! よ…よろしいんですか…?」

 ほんのりと歓喜に染まる褐色の頬は、永遠の思い出の住人となった少女を思わせる。
 どうやら自分が思っている以上に白い悪魔と、白鳥を思わせる少女に惹かれているらしい。自嘲めいた笑いを浮かべてスクリーングラスを掛け直すと形の良いロランの頭を軽く撫で、クワトロは傍らの少女の了承を取った。

「構わないか? クェス・パラヤ。」
「もっちろん! 大佐が歌ってくださるなら大歓迎ですよー!」

 慕ってやまないシャア大佐の歌声が聞けるならば、彼女に断る理由などあろうはずもない。語尾にハートマークの三つも付きそうな勢いで一も二もなく賛成するクェスに綺麗な笑みをひとつ返し、クワトロはロランと曲の打ち合わせに入った。

◇■◇

 漆黒の空間を、白銀の軌跡を描いて純白の光が飛び往く。

 片翼の天使を思わせる巨大なフィンファンネルを背に備えたνガンダムの白い機体が、宇宙を切り裂くように滑空する。闇に煌めく天の光を切り取って映す全天周モニター上には何の異変もなく、星々の海は静寂そのものであった。操縦桿を巧みに操るアムロ・レイは、各計器が示す数値を正確に読み取りひとりごちた。

「ラー・カイラムの進路、オールクリア。生体反応なし、敵影なし、熱源反応なし。…到って静かなものだな、この宙域は。」

 CG変換された映像のみならず、アムロ自身の感覚がこの周辺に危険がないことを教えている。子供たちのお楽しみの時間が終わるまで後少し、その間はなんのトラブルもなさそうだ。アムロは星の光を浴びて白銀に煌めくモビルスーツを反転させ一路ラー・カイラムを目指してエンジンをふかすと、自然と口角を上げ、通信回線を開いた。

「νガンダムよりラー・カイラムへ、進行方向に異常なし。これより帰投する。」
『了解。…今帰ってくると面白いものが見られますよ、アムロ大尉。』
「おもしろいもの?」

 艦橋から返ってきた言葉をそのままに訊き返す。モニターの向こうで笑う通信士が、艦長に聞こえないよう声を潜めて教えてくれた。

『音声回線繋ぎます。聴かないと損ですよ! 宴会の余興にしちゃあ、過ぎるくらいに豪勢なもんですから。』

 通信が切れると同時に、ヘルメットに内蔵された小型スピーカーからミノフスキー粒子の干渉を受けたノイズ混じりに子供達のさざめくような声が聞こえてくる。それに混じって聞こえてくる、低く甘いメロディ。確か地球世紀の時代に作られた、古い童話をモチーフにした長編アニメーション映画の主題歌だったと記憶している。いかにも女の子が好きそうな曲だが、アムロも嫌いではなかった。BGMを選んだのはクェスかな? クスリと小さく笑うアムロの耳に、聞きなれた声が飛び込んできた。

『さて…覚え…たか? ロラン。』
『は…、…当にすみません、クワトロ大尉。』
『なに…、気にすることはない…。皆、君の歌声を聴きたく…仕方ない…だよ。いつものよう…好きに唄えばいい。…私の方が緊張している、なんせ歌など久し振りだからな。』
 
 ロランの気負いを解しながら苦笑めいて語る男は、その癖どこか楽しげだった。アムロの前ではあまり見せる事のない、気さくな上官としての姿が声音から垣間見えて、アムロはふっと表情を緩めた。意外なほどに面倒見が良く、理不尽な修正や命令をすることもない。戦場に於いては戦術を知り尽くした上での思いもよらぬ作戦を立て先陣を切って飛び出していき、いざと言う時に皆の心の支えとなれる存在であるこの男は、説教臭いのなんのと言われながらも年若いクルーたちから親愛と信頼を得ていた。

 そう言えば、あの男は決まって「子供達に一番慕われているのは君だろう?」と綺麗な笑みを添えて返すのだけど。

 艦長であるブライトに対しては勿論だが、未熟なパイロット達はクワトロにも無意識に絶対的な父性を求めている感がある。それはクワトロにとっては迷惑なことだろうに、よく耐えていると思う。その上今は子供達に付き合ってパーティの余興で…。

「歌だって?」

 通信士の言葉と流れる音楽、クワトロの声。
 散漫だった思考がようやくかちりと噛み合って、抑揚の無い声で呟き、アムロは可能な限り着艦準備を早めた。

◇■◇

 未成年クルーの中でも年長者に入るカミーユ・ビダンはパーティを途中で抜け出して年長者から請け負った艦内警備を終え、低重力の通路をふわりと漂っていた。クワトロやアムロを始めとする大人達の申し出は非常に嬉しかったし、皆喜んでいるけれど、同じパイロットである以上子供であるという理由だけで彼等に甘えてはいけない。そして何よりも、あの人達がいなければ楽しさなど半減するのだ。あと少しで祭の時間は終わってしまうけれど、少しなりともその空気を味わってほしくて、カミーユは任務の交替を申し出るべくクワトロの姿を探し求めて艦内を彷徨っていた。

 そのカミーユの精神に、よく知ったはずの気配が触れた。グラスに注がれた金色に煌めくシャンパンの底から細かく沸き上がる気泡のようにそれは美しく、日頃は近付くものをぱちりと弾くのに、今はまろやかに人を酔わせる甘い気配を漂わせていた。

−クワトロ大尉?

 ふ、顔を上げ、気配のする方へと流れていく。幾つか通路の角を曲がって辿り着いた士官食堂の中央に、カミーユは探していた男の姿を見つけた。祭のフィナーレにしては些か落ち着いた雰囲気に包まれたその空間で、クワトロは年齢の割に幼く見えるパイロットのひとりと一枚の紙を覗き込み、何事か言葉を交わしていた。

「なんだ? どうかしたのか、クワトロ大尉?」
「ロランと一緒に歌うんだって。巧いのかな、あのおっさん。カミーユさん聴いた事ある?」

 声をかけるタイミングが掴めず、とりあえず出入り口の近くにいたジュドーを捕まえて訊ねると、草原の瞳の少年は興味津々の顔で答えてくれた。

−クワトロ大尉が歌う?

 クワトロ・バジーナは存在そのものが人を虜にする男だが、本人は自分を飾ることにも特技をひけらかすことにも全く関心がない。クワトロが歌を披露する場面なぞ、カミーユもついぞお目にかかったことがなかった。それこそラー・カイラムに乗艦してどころか、おそらくは連邦の軍服に袖を通して以来、いや…コウを探してたまたま会場に居合わせたガトー少佐ですら瞠目しているところを見るにもしかしたらジオン時代にも例が無い…つまり、おそらくは史上初のことなのだ。
 その現場に、彼と浅からぬ因縁で結ばれ、今となっては互いに想い合う仲であるアムロ・レイがいないなどという事が、あっていいのか?
 冷たい針がつきんと額を突き抜けるような不安にかられて、カミーユは眉を顰めた。アムロは哨戒任務中だが、クワトロが余興に参加していることを知った上で、この男を放置しているのだろうか。
 ひどく嫌な予感がする。
 
「…このこと、アムロさんには?」
「言ってないよ。哨戒中でしょ?」
               ・・
 アムロ・レイの、アムロ・レイだけが預かり知らぬところで、自身についてはほとんど語らぬ男、シャア・アズナブルが己の秘する一面を垣間見せる。そんな事、神が許しても…あの最強無敵で無自覚に独占欲の強い1stニュータイプが許しはしないないだろう。

−もしかしなくても…これって抜け駆けしたことになるんじゃないか? …そんなの、バレたら殺される…!

 口元を押さえ、白い面をさらに青ざめさせて息を飲むカミーユを案じて、子犬のような仕草でジュドーが覗き込む。その顔もカミーユの瞳には映っていなかった。

「カミーユさん?」 
「…もうすぐ帰ってくるんだよ! …クワトロ大尉! 交替の時間ですよ、大尉!」

 カミーユの叫ぶような呼び掛けに、クワトロは小さく手を上げて少年を制し微笑んだ。近付いて止めようにも金髪の男の周りには幾重にも人垣が出来て近付く事も出来ず、呼ぶ声すらざわめきにかき消されて届かない。

−駄目だ。あの人全然わかってない。

 ニュータイプ能力と勝負勘と嫉妬深さは天上知らずな恋人を持つ男の華やかな舞台の幕が上がるのを、カミーユは半ば絶望的な気持で見守る事しか出来なかった。

◇■◇

 νガンダムをラー・カイラムに着艦させながらヘルメットの中から流れてくる音声に耳を傾ける。慣れた手順でクルーの誘導に従い機体をハンガーに固定すると、開いたコクピットの中から白いノーマルスーツに身を包んだ青年が煌めく流星のように飛び出した。
 艦内に入ってクリアになった音声は、ヘルメットの中に谺してパーティの様子をつぶさに伝えてくる。

『…いいですよ。じゃあ、ロラン、クワトロ大尉。お願いします!』
『ン。評点はなしだぞ? …では音楽を。』

 耳に心地よい、いつにも増して柔らかな男の声を聞きながら、手摺を蹴って通路を曲がり、壁に取り付けられたハンドグリップを掴んでモビルスーツデッキを後にする。ヘルメットが煩わしかったが音が途切れてしまうかと思うと外すのも躊躇われる。とりあえずバイザーを上げてみると、耳元の音声と廊下に設置されたスピーカーから流れる音がサラウンドになって聴こえてきた。艦内放送でも同じ音声が流されているのを確認してヘルメットを外すと、アムロは迷わず士官食堂を目指した。

 
 
 ロンド・ベル隊旗艦、ラー・カイラムの艦内は、未だかつてない静寂に包まれていた。



 ブリッジも格納庫も個室も水を打ったように静かで、人々は時が止まったかのように一切の動きを止めて、頭上を流れる音楽に吸い寄せられるようにただ耳を傾けていた。
 
 唄われるのは、古くから伝えられる、美女と野獣の物語ー。
 
 少年とも少女ともつかぬ不思議な歌声をリードするように、男の甘やかなバリトンが主旋律にそっと絡んでは離れていく。たどたどしく唄いながら必死に歌詞を目で追うロランの肩に軽く手を添え身を寄せあい、一枚のカードに視線を落としながらクワトロが澱みのないメロディを唇から紡ぎ出す。
 優しく心の襞に触れる旋律にのって踊る二人の姿が容易にイメージ出来てしまうほどに鮮烈な…けれど穏やかな空気に包まれたその調べは、緊張に満ち殺伐とした日常に追われる戦艦を満たし、戦闘に尖る乗員たちの心を円やかに溶かしていく。特にクワトロの低く響く錆びた歌声に酔いしれる女性クルー達はとろりと瞳を潤ませ、ほぅ…と甘い吐息を漏らした。それは男性陣も同様で、急にそわそわしだしたり、ほんのりと頬を上気させて俯く者が少なからずいた。…それくらい、クワトロとロランの織り成す歌は本人達の意識しないところで官能を誘うものになっていた。

 曲が進むにつれ、歌詞に共鳴したクワトロの思惟が黄昏の漣となって静かに溢れる。頑な岩壁の隙間からひたひたと染み出す湧水のようなそれは、敏感な感応力を持つハイレベルのニュータイプだけが感じ取れるほどの微弱なものではあったが。



 巡り会ったのは偶然で 通う情は憎しみでも 友情でも ましてや恋ですらなかったはずなのに
 いつの間にか 嵐に攫われるように 心を奪われていた 
 幾年が過ぎようと想いは消える事なく 降り積もる雪のように静かに 募るばかり
 熱病のように胸を焦がす これが愛だというのならば
 君に裁かれ 君に殉じるもまた 我が人生の至福でないと誰が言える?
 
 顔も 声も 姿も 血統も 名前すらも知らぬまま 
 魂が惹かれ合う者に巡り合えた僥倖を その身と心に刻み
 ただ君の幸せだけを祈りながら生きるも一興と思っていた
 けれど 他ならぬ君が 私を選んでくれたから

 絶える事なく溢れ出ずる魂宿る愛の言葉と 満たされぬ飢えを抱えた愚かな男の魂と
 その存在のすべてを君に捧げよう

 君がこの胸に咲かせた想いを抱えて ふたり生きる事が叶うならば それだけで−




 睦み合うように重なりあう歌声は深く静かにどこまでも澄み渡り、甘露のごとく艦内を満たす。最後のフレーズが中空に消え、クワトロの手がロランの肩から離れた瞬間、士官食堂は割れんばかりの拍手と喝采に包まれた。
 興奮する観衆にもみくちゃにされそうなロランをさり気なく庇い壁際の席に座らせて幼さの残る歌い手を讃え労うと、豪奢な金髪を靡かせる男は押し寄せる人波を巧みに泳ぎ絡み付く腕を躱して出口を目指した。子供達の高揚しきった雰囲気にあてられたか、その場の座興にすぎないはずが存外本気になっていたらしい。クワトロは御しきれぬ己の若さに苦笑しながら、纏わりつく子供達を軽くいなして開いたままのドアに辿り着く。一歩士官食堂の外に出れば、そこはもう緊張が支配する日常の…祝祭とは無縁の世界。踏み出すのをなんとはなく一瞬躊躇うクワトロの周りにいたのは、ドアの手前で物言いた気な目で睨むカミーユと、通路に見えるもうひとつの陰。

 癖の強い赤毛を引き立てる、白を基調としたノーマルスーツに包まれた少し小柄な身体。向けられた瞳は出会った頃と変わらぬ…いやむしろ憂いと慈しみと、苛立ちとが深みを増した琥珀。周囲に漂う気配はどこまでも白く冴え、男の魂を灼く−。

 彼の姿を認めた白皙の面にはっきりとしまった、という表情が浮かぶ。が、次の瞬間にはスクリーングラスの下にいつもの薄い微笑を貼り付けて、クワトロは悠然と歩き出した。
 カツンと踵を鳴らし大股に歩を進め、壁に背を預けて佇むアムロとすれ違う。微笑を湛えた青年が、やさしい声音で言の葉を放った。

「聴かせてもらったよ。芸達者だな、あなた。」
 
 にこりと微笑む青年の瞳は底冷えするほどに鋭く凍え、クワトロを映す。狂おしく焦がれた色彩に充たされたその眼差しすら綺麗に受け流して、男は涼やかな笑みを返した。

「…器用貧乏というのだよ、私のようなのはね。」
 
 開かれたままのドアから金髪の美丈夫の背に熱く寄せられる秋波を断ち切るように、ゆっくりと身を起こしたアムロが男に歩み寄る。その後ろで二人を見守っていたカミーユが野次馬根性丸出しのジュドーを食堂内に引っ張り込んだ。

 未だ賑わい止まぬ士官食堂に、歌声の余韻覚めやらずざわめく艦内に、二人が見つめ合う通路に。
 祭に幕を下ろすブライト艦長の無常のコールが響き渡った。

『諸君、お楽しみのところすまんが1800時、定刻だ。各員すみやかに持ち場に戻れ! 手の空いている者は片付けに参加、終了次第通常任務に復帰するように。以上!』

 艦内のそこかしこで嘆息とも非難ともつかぬ悲鳴が上がる。12時の鐘はなってしまった。豪奢な馬車は大きなカボチャに、麗しの姫は煤を冠った少女に。魔法は解け、いつもどおりの日常に放り出される。宴が終わる約束の時間を知らせる声に、夢の名残りを惜しみながら子供達は熱気と興奮の覚めやらぬ面持ちでわらわらと散り始めた。けれど人が溢れ出した士官食堂の外の通路のどこにも、ロンド・ベル名物である二人のエースの姿は見当たらなかった。
 
◇■◇
 
「…どうした? こんなところで、…君らしくもない…」

 低く抑揚のない声が、人気のない室内に響く。艦内一斉放送が流れると同時に食堂のすぐ裏手にある食糧庫に引きずり込まれたクワトロは、忙しない接吻の合間に途切れ途切れに呟いた。
 ねだるように首に回された腕が僅かな隙間も埋めようとクワトロを引き寄せ、ぴたりと合わせた胸から布越しに速い鼓動が伝わってくる。幾度となく唇を重ね、濡れた舌を押し込めてくる口づけに応えて己のそれをするりと絡めると、甘い刺激にノーマルスーツを纏った青年の肢体がぴくんと跳ねた。無意識に飛ばされる思惟は甘やかな悦びと小さな棘が入り乱れている。追い縋る舌を宥めて深い接吻を解き、息あがるアムロの顔中にあやすようなキスを降らせて、クワトロは細く締まった腰をそっと抱き寄せた。

「一体どうしたというのだね、アムロ…?」

 部屋まで待てなかったのか? からかうように耳元に落とされた艶を帯びた囁きに華奢な肢体がぶるりと震え、緩く開かれたふくよかな唇からあえかな息が漏れた。力の入らない身体を広い胸に預け、髪を梳くクワトロの指先が肌に触れるだけでか細い悲鳴にも似た声をあげる。驚くほどに扇情的なその様は男の目を楽しませる以上に驚かせた。
 色事においては理性的すぎるほどに公私の区別をつけるアムロが公の場に近しいところでここまで欲情しきった姿を見せたのは始めてで、さしものクワトロもスクリーングラスの奥の目を瞠った。

「…あぁ、そうだよ…。…みんなあなたが悪いんだ…。」

 あなたのせいだ。俺をこんな風に変えてしまったのはあなたなんだから…! 
 吐息混じりに責める声音すら甘く、白皙の額に傷を戴く男を映す瞳はベッドの中のそれと同じくらいに情慾を色濃く宿し睨め付ける。少しだけ背筋を伸ばし細い顎を仰のかせて男の口を封じると、アムロは密やかに眉根を寄せて綺麗に揃った瞼を伏せた。

−俺が本当に悪魔だったら、あなたを世界中から忌み嫌われる野獣に変えてやれるのに。

 放っておいても強烈に人を魅了する存在なのに、その上あんな歌声まで披露されたら。何もかもが完璧な神の寵を一身に受けたあなたを、誰もが好きになる。あなたの周りに今以上に人が溢れる。
 それはとても良い事のはずなのに、アムロの奥底に住まう我が侭な子供が癇癪を起こす。僕だけを見つめて、僕だけを愛する、僕だけのあなたでいてほしいのに、と。いっそクワトロが醜い野獣だったなら良かったのだ。誰も愛さず誰にも愛されず顧みられることのない、アムロの愛だけを糧に生きる孤独な獣だったなら、この胸に抱いて世界を閉じてしまえたのに。
 そんな妄想に縋りたくなるほどに、長い年月に醸成された想いは甘く優しいだけの生温いものではなく、むしろその執着は狂気にも近しいものになっていた。
 …破滅へと続く道へとシャアを引き摺り込んだ事をすまないとは思うが後悔はない。生も死をも分かち合う唯一の存在であり、愛憎や友愛を遥かに飛び越え互いの力を認め合った、かけがえのない男。

 けれど、もう躊躇わない。彼の歌に込められた想いを、知ってしまったから。

「…俺には一度だって、歌ってくれたこと…ないくせに…。」

 互いに向けられる想いの深さと情熱の温度が、ふたつの強欲な心を充たす。詰る言葉はやわらかく、切なく愛おしむ思いに充ちて震え。赤い軍服に押し付けられた唇から直にクワトロの胸に注がれる。見下ろす角度で覗き込むアムロの顔は微かに歪み、泣き笑いが浮かんでいた。揺れるその瞳から、震えるその唇から滲む想いの欠片を感じ取って、クワトロは嘆息した。
 気を緩めれば顔を覗かせる、言葉にする以上に恋に溺れた男の愚かしさをしっかりと見られてしまった己の自制心の甘さに自嘲して、クワトロは片腕でアムロを抱いたまま些か乱暴にスクリーングラスを外し涼やかに微笑んだ。

「…私は恥ずかしがり屋でね…君に笑われたら哀しみのあまり胸が張り裂けてしまいそうで、恐ろしくて歌うことなど出来んよ。」
「よく言う…人前であんなに朗々と歌っておいて、何を今更。」
「なに、君が聴いていると知っていたら逃げ出していたさ。」

 年齢の割にいつまでもまろやかな輪郭を描く頬に掌を添え、視線を合わせたままやさしい愛撫のようなキスを与え合い、睦言めいた囁きを交わす。
 野獣を元の美しい王子の姿に戻したのは、ただひとつの心からの愛−。物語の麗しき少女の想いさながらに、今は赤い彗星のためだけに煌めく白き流星の輝きが、この魂を幾重にも縛る呪いを解いていく。クワトロ・バジーナの仮面の陰からシャア・アズナブルの素顔を覗かせて、男は地球の海よりも蒼く神秘的に輝く瞳に、初めて教えられた愛を湛えて微笑んだ。
 
「…君が信じると信じないとに関わらず、私の心と魂は君のものだ。身体は…残念ながら完全にくれてやることはできないが、君が望むだけ持っていくといい。それこそが私の願いであり…ただひとつだけの真実だ。」

 公人であるシャアは、宇宙に住まう者達の希望の星たる宿命を背負って生まれた高貴な者として生きる事を、既に自ら選び取っていた。今はこうして傍らにあって共に戦い、愛を囁きあっていても、いつか進む道故に袂を分かつ日が来るやも知れない。かつてそうであったように。

−その時は…君がその手で私を殺すがいい。私の心も魂もー、命さえも…君のものなのだから。

 静謐に満ちた微笑はどこまでも透明で、アムロの胸に鋭い刃先のイメージでひたりと触れる。男の示す覚悟にも似た愛の究極形に、アムロは琥珀の色味を帯びた瞳を眇め、眉を顰めた。

「あなたの命なんていらないよ。まだ、ね。…あなたの声は本当に好きだけど、…歌ってる時は格別に好きだな…。」

−他の奴に聴かせるのはちょっと癪だけど……歌に真摯すぎて、あなた、嘘がつけないから。
 
 初めて出会った頃のように気恥ずかしそうにはにかむと、不意にノーマルスーツの背に回された腕に力が篭った。嬉しいような、愛おしいような色が複雑に入り混じった瞳に間近に覗き込まれて、そのあまりの率直さにおもわず躱そうかと思ったがすんでのところで踏みとどまり、アムロは大人しく恋人の腕の中に納まった。

「……愛してるよ、シャア。」

 その言葉に偽りなどないけれど。
 呪いなんて解けなくていい。あなたを俺だけのものにできるのならば。
 
 ちいさく震える唇に想いを乗せて重ねる。歌声の繊細さとは裏腹に力強く抱きしめる腕の逞しさに、アムロはそっと目を伏せた。


 その後、男女の別を問わず俄かに信奉者の増えたクワトロだが、人前で歌う事は二度となかった。




 彼の偽らざる想いが込められた歌声は、いつだって腕の中の青年のためだけに捧げられるのだから。





Fin.







**********


 

 

カウンタ3000を踏まれた雨野とりせ様からのリクエスト、
『SRW版歌姫シャア』でございます〜。

最初はギャグでいこうと思ってたんですが、
書き続けてる間にこんな話になってしまいました(笑)。
うちには不足しがちな『格好良いシャア』を目指してみました。
どうでしょう……(不安)。
きっと懸命なニュータイプの諸君は、
ピンクのオーラにあてられる前に逃げ出していることでしょう。
ヤだよこんならぶらぶオーラ全開な上官たち…(笑)
日頃理性的な人の箍が外れると恐いという話かも(笑)

ロランが出てくるのは完璧に趣味です。えぇ。もう大好き(笑)

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大神さんのサイトで3000HIT踏んだ記念に頂きました〜〜v愛。
以前に一度お目見えした(っていうか私が強請って書いて貰った)
歌姫シャア(その歌声でアムロ魅了シリーズ)のSRW版!とお願いして、
みんなの前でシャアを歌わせて!!ということで書いて貰いましたv
もう想像以上にシャアは格好いいわ男前だわ色っぽいわタラシだわ(笑)
アムロは気が気じゃないわ暴走するわ挙げ句襲い受け!ということで、
更にらぶらぶ増量の焼き餅妬きアムロさんにカミーユまで絡んできて!!
どっちかっていうともう私の妄想全部形にして貰った感じです〜〜〜v
大神さん、ほんとにありがとう!!!
で、この後ストックヤードになだれ込んだ男二人はどうな・・・げほん。

 

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