easy on the eye〈魅惑の歌声〉
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初めてその歌声を聴いたとき、魅了の呪文にかかったらこんな感じなのかと思ったものだ。 身も心もなけなしのプライドも全部まるごとあの男に捧げてしまえたらと本気で考えた自分を止められた、ガンダリウム合金なみの強度を誇る己の理性に感謝した日は、まだそんなに遠くはなかった。 ***** 共に暮らし始めてどれくらい経っただろう。それすら思い出せないほどに二人の生活は自然で、もう十年も一緒にいるような気にさえなる。家に他人を入れる事を好まないシャアのお陰で、自然と家事も分担してこなすようになっていた。食事の時なら調理するのはシャアで食後の片付けはアムロ、というように。 そしてシャアが洗い上げた洗濯物を畳んでしまおうとしていたアムロは、昨夜自分が風呂に入った時に浴室の棚に置いてあった最後のバスタオルを使い切っていた事に気が付いた。そういえばさっきシャアがシャワーを浴びるとか言っていたような気がする。ついでだから届けてやるか、そんな軽い気持ちでタオル片手にバスルームへと向かった…その先で待つものなど考えもせずに。 「シャアー、タオルここに…」 中にいる同居人がしっかり閉めなかったのだろう、指先で軽く触れただけで浴室の扉が細く開いた。隙間から溢れ出す湿り気を帯びた空気と、耳を打つ柔らかな水音、そして−。 雨垂れに寄り添うように奏でられる、天上の歌声。 「−−−−っ!!」 しまった、と思った時にはもう手遅れだった。手にしたバスタオルははらりと宙を舞い、アムロの足元に音もなく落ちた。いや、もしかしたら耳に届かなかっただけなのかもしれない。身体の中を駆け抜ける嵐のような情動がアムロを支配し、もはや彼の歌声以外の何物も知覚させようとはしなかった。 聴いてはいけないと知っていたはずなのに、こんなの不意打ちだ! 歯噛みしようにも全身の力が抜けていくのを止められない。代わりに心と身体の最も奥深いところからどろりと何かが溶け出す感じがして、アムロは熱い吐息混じりの呻きを漏らし、たまらずその場に膝をついた。 あの男の腕の檻に閉じ込められている時と同じ感覚。互いを隔てる肉体の稜線を取り払う交歓の瞬間を思い出させる精神の昂揚。自分の全身が悲鳴を上げてながら、ソレを望んでいるのが解る。 俺を狂わせる あの 歌声。 愛しいローレライに誘われるまま、二度と戻れぬ水の王国に足を踏み入れるのは、いつだって愚かな男だ。 人の革新だなんだと言われても、所詮はアムロだとて年相応の健全な肉体を持った、ただの人間の、男だった。何より正直な身体の欲求を理性で捩じ伏せ執拗に拒む事は、己の内に歪みを生じる。それは不自然だった。 手を伸ばせば必ず応えてくれるものを求めて何がいけない? あれは俺のものだ。俺を求めるものだ。それだけ確たる真実としてここに在るならば、この衝動に身を任せてもいいだろう? 頭の芯が痺れて酷い目眩に教われながら、壁を頼りに生まれたての子鹿のように脚を震わせて立ち上がると、人ならぬものに魅入られた者の足取りでふらりと歩を進め、禁域の扉をそっと開いた。 立ちのぼる湯気が一瞬視界を曇らせたが、己の五感のすべてで、アムロは男を感じ取っていた。 降り注ぐ温かな水しぶきを浴びる彫像のごとき白い裸身に贅肉は欠片もない。実戦の中で鍛え上げられた柔軟な筋肉は程よく引き締まっているが、それを包む肌は触れれば見た目より滑らかな手触りを返す事を知っている。鼻腔を満たすシャアが好んで使うボディソープの香りは共に過ごす濃密な夜の空気を思わせて、交歓の期待にアムロを酔わせた。 濡れそぼる黄金の髪は水を含んで常より重く鈍い色彩を放ち、伏せた瞼の下の蒼眸を思うだけで身が内側から蕩けそうになる。楽しげに詩を紡ぐ薄い唇から漏れ聞こえる妙なる調べに呼応して震える、仰のいた顎から喉にかけての精悍なラインに吸い寄せられるように、アムロはゆっくりと浴室の中に足を踏み入れた。 とんでもなく被害甚大なもの垂れ流しやがって… ひとこと、言って、やらなくちゃ…。 服が濡れるのも構わず、また一歩踏み出す。ぱしゃり、床に溜まった水を弾く音に、ふとシャアの動きが止まった。それと同時に歌声も途切れてしまう。あぁ。天上の調べを、もっと聴かせてくれよローレライ。 内なる熱にあてられてとろり情慾に濡れた瞳に映るシャアが怪訝そうな顔で振り返って、視線を交錯させた。 そして。 「…? アムロ?」 名を呼ばれた、あの声で。それが白旗をあげる、まさにその時となった。 「どうした−? …っ、おい!」 後はもう、激情に流されるだけ。温い雨に打たれて重くなったTシャツやジーンズが肌に張り付いてべとつくのも構わず一気に間合いを詰めると、無防備なシャアをすぐ後ろに迫る壁に力ずくで押し付け、問いかける唇を己のそれで封じた。伝播する体温と当惑の感情がさらにアムロを掻き立てる。 「−−−っ?!」 瞠目するシャアの表情を間近に見て取って、唇を重ねたままアムロは嫣然と微笑んだ。啄むように口付けていたのは始めだけで、いつしか吐息まで奪い合うほどに深くなっていく接吻に、アムロはそっと瞼を伏せた。シャアから伝わってくる雑多な感情が、視覚を閉ざすことによってよりクリアになる。驚悸、喜悦、艶笑。そこに混じるさっきまで流れていた心地よい歌声に似た柔らかな波動が、よりアムロを興奮させた。 こんなシャアを感じられるのなら、たまには自分に素直になってみるのも悪くない。名残惜し気に離れる唇から淫靡な熱を孕んだ息を漏らせば、同じくわずかに息を弾ませたシャアが、熱いシャワーに濡れた前髪を掻き上げて露になった顔に隠すつもりもない楽しさをたたえた笑みを浮かべて囁いた。 「君にはいつも驚かされる…まさかこんなところで襲われるとは思わなかったな」 「油断大敵だな赤い彗星。いつも言ってるだろ? 背中にも目を持てと」 唇が触れ合う距離で、胸を合わせてさざめくように笑い合う。奇妙な高揚感に包まれて、もう、アムロは自分を抑える事を放棄した。 「脱がせろよ。…これじゃあ、あなたを感じられない」 上気してほのかに赤みのさした白い頬に手を滑らせ、もどかしさに腕を差し伸べる。互いの熱を確かめあうには、水を含んで肌に絡み付く服が邪魔だった。 「…仰せのとおりに。白き流星殿」 濡れそぼったTシャツの裾に手を差し込みながら艶を含んで小さく笑う男の喉元に、アムロは噛み付くように唇を押し当てた。シャアを抱き締めるこの時には、身を包む何もかもが煩わしく、咽から発する己の声すらも打ち捨てたかった。耳の奥に谺する低く甘い歌声に狂わされるままにシャアの首筋に剥き出しの腕を絡めると、慈しみを込めた腕が腰を抱き寄せる。耳元に囁かれる自分の名こそが媚薬であるかのように、ざわり、歓喜に戦く四肢を震わせ、やっとの事で愛しい男を叶うかぎりの力で抱き返す。 いまはただ あなたの声だけ 纏っていたいんだ。 Fin.
大神さんのサイトでばっちり2000HITを踏みつけて書いていただきました! 大神さんが以前に書かれた迦陵頻迦なシャアの続編を!とおねだりして、 相変わらずシャアの歌声に身も心もメロメロにされるアムロさんを書いてもらいましたv ありがとうございますー!アムロ襲い受け!!(笑) シャワー中に入ってきて濡れたシャツで襲うアムロにもんのすごぉぉぉぉく萌えたのは内緒です(笑) 大神さん、また宜しく!(・・・なにを?)
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