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("HAPPY BIRTH-DAY Amuro RAY"、と夢現で誰かが囁いた気がした、そういえば)
目が覚めると、柔らかい布団の中だったので、そのまま暫くぬくぬくと丸まっていようとぎゅうっと腕の中の枕を握り締めると、ばさりと無情にも掛け布団が引き剥がれた。
「こら、いつまで寝て居るんだ?起きたまえ、アムロ」
同時に振ってきた容赦のない声に、眉を顰めてじりじりと布団の中を温もりを求めて移動する。
「…まだ、…ねむ…い」
「眠いからといっていつまでも寝ていて良いわけがないだろう、さぁ、起きた起きた、朝食の準備はできているぞ?」
「あさごはん、…いら、ない…ねたい」
「君という男は…」
夢うつつを行ったり来たりしながらもう一度眠りの翼の下に飛び込みかけている青年に焦れたのか、軽い舌打ちの音と共に、耳元にさらりと柔らかいものが降りかかる。ああ、金色が見える、綺麗だな、とふと霞んだ意識の下でアムロが思ったのも束の間。
「いいか、アムロ。最終通告だ」
「…ほぇ」
「今すぐ起きないと、……犯すぞ?」
低い声で告げられた本気としか取れない脅しと共にパジャマのボタンに掛かった指に、ばちっと完全に目が開いたアムロが飛び起きる。
「分かった、分かった、起きる、起きるからっ!!」
「おや、朝食も要らないで眠りたいというから手伝いをしようと思ったまでだが」
「していらないから!もー、朝っぱらから心臓に悪い冗談はやめろよ……」
ぶつぶつと文句を言いながら、やっと人間としての活動を開始したアムロがベッドの上に座り込んだまま、枕を腕の中に抱えてシャアのことを恨めしげに睨み付ける。
「この位本気で望まないと君を動かすことは出来ないと知っているのでね」
「相変わらず口が減らないなぁ」
ぼやいた後で、アムロは欠伸をしながらふと、壁に掛かったカレンダーに視線を止めた。
「あれ、捲られてる」
「君の部屋の時間は八月から止まったままだったようなのでね、少々時間を早送りさせていただいたよ」
「ええー、俺あの八月の水着のお姉ちゃんが好きで八月のままにしておいたのに」
「だったらもう一つまともなカレンダーを壁にかけたまえよ」
呆れたように言いながら、シャアは君のお姫様は居間のダストボックスにいるから、今ならまだ助けに行けば間に合うかもしれないぞ騎士殿、と付け加える。
「うっわ、あなた俺の彼女をゴミ箱に捨てたわけ!」
「私は存外嫉妬深い性分でね」
「ひっど…十一月の写真なんて露出少なくてつまんないじゃないか」
その辺の御伽話の魔女の婆さんより酷いなぁとどこまで本気か分からないことを呟いていたアムロが、件の十一月のカレンダーの日付を追う途中でふと何かに気付いた表情になる。
「あ」
「どうしたのだね?」
不思議そうに問いかけるシャアに、アムロは暫く何事か考え込んだ後、じぃっと下からシャアのことを見つめた。無遠慮に眺め倒されて居心地の悪さを味わったシャアが、一体どうしたというのだ、と言いかけたとき、アムロが小さく手招きをして男を呼ぶ。
「シャア、ちょっと」
「なんだね?」
シャアが言われるままに顔を近づけると、アムロは内緒話をするかのように声を潜めた。
「あのさ」
「うん?」
「実はさ、俺、今日が誕生日みたいなんだよね」
「…へぇ、それは」
お祝いするかい、と続けようとしたシャアの唇にアムロの軽いキスが降り、驚いて目を見開くシャアの前で殊更にっこりと微笑むと、アムロはシャアの首筋に腕を巻き付けて、誕生日の贈り物を貰いたいんだけど、と続けた。
「誕生日プレゼントに、昼過ぎまでベッドの中で心ゆくまで二度寝する権利を要求する」
「あのな、そんなもの認められる訳がないだろう?第一そろそろ昼が来る時間帯だぞ」
「じゃあ、夕方まで」
「冗談ではない!」
誕生日の祝いはもっと健全にしなくてどうする、一年の計は誕生日にありというだろう、と些か以上に怪しい屁理屈を付けながらシャアがアムロの腕を解こうとしたときに、アムロは反対にシャアの首筋に回した腕の力を強くする。
「で、さ、できれば、隣りにあなたも居てくれたら最高なんだけど。…ねぇ、折角誕生日なんだから、俺のお願い聞いてくれてもいいんじゃない?一日、ぎゅって抱っこして甘やかして欲しいな」
にこにこと笑いながら天使のような表情で言うアムロに、シャアが困った男だよ君は、と深い溜息を付く。
「添い寝だけ、なんだろう?」
「そうそう」
「仕方がない、他ならぬアムロの誕生日だからな」
言いながらシャアが地球の色にも似た深い青色の瞳を優しげに細めて微笑んでみせたので、アムロは一瞬それに見惚れた、のだが。
「…などと、私が言うと思ったら大きな間違いだよ」
「うわっ?!」
一転して瞳だけは微笑んでいないにこやかな笑顔に切り替わったシャアが徐にアムロの身体の下に腕を入れて抱き上げる。弾みでシャアに抱き付く形になったアムロは、そのまますたすたとリビングに向けて歩き出すシャアに慌てたように抗議の声を上げた。
「ちょ、シャア、それはないだろう?!俺はベッドでぬくぬくしたいんですけど!」
「生憎、私には隣でぐうすか眠り込む恋人を愛でて眺める趣味はなくてね。希望通り、今日は一日こうやって甘やかしてやるから覚悟するんだな」
「ちょ、待っ、なんで覚悟?!」
ちょっと酷いんじゃない?折角人が珍しく下手に出てお願いしてんのに、と食い下がるアムロに、シャアが溜息をついた。
「暮らし始めて一年目や二年目ならそんな甘いおねだりも通用したかもしれないが、こうも続くと流石の私も耐性が付くというものだよ」
「なんだよそれ、倦怠期だって荷物まとめてブライトのとこに帰るぞ!お昼のワイドショーに電話するぞ!」
言いながらじたばたと腕の中で往生際悪く藻掻き続けるアムロの耳元で、シャアがやれやれ、と言いながら低い声で呟く。
「好きにしたまえ。どうせ君の帰ってくるところはここより他にないんだからな」
その言葉を聞いて、アムロが不意にぴたりと動きを止めた。腕の中で借りてきた猫のようになったアムロに、シャアが不思議そうにどうしたんだ?と問いかける。
「それさ、正気で言ってるんだよね、真剣にね」
「?…なにかおかしな事でも言ったか」
「いや、変なことは何一つ言ってないとは思うんですけどね〜…」
言いながらみるみるうちに耳まで赤く染まっていきそうな顔の熱を自覚したアムロが、照れ隠しに一人で歩けるから降ろせ、ちゃんと歩くから!とシャアの耳を掴んで引っ張る。
「痛い、痛いじゃないかアムロ」
「痛くしたんだよ!」
いいから降ろせ、と言われて、分かったと苦笑しながらシャアがアムロを床に降ろす。
「着替えて起きる覚悟はできたかね、またひとつ年を重ねた身としては」
「あんまり嫌味なことばっかり言ってると、今夜から俺のベッドに侵入拒否するぞ…」
ぼやくアムロの目元や頬におはよう、と宥めるようなキスを幾つか落としたシャアは、笑いながらその肩を叩く。
「第一、君の誕生日など、私が知らない訳がないだろう。月並みだが、祝う準備ができているんだ。ここはホスト役として心を広く持って、大人しく祝われてくれたまえ」
「来年は、気が済むまで布団の中で眠らせておいてくれって、今からリクエストしておくからな」
「年のせいかな、最近記憶力が良くないのだが、君が望むものを贈れるように鋭意努力すると約束しておこう」
「おい」
とぼけてみせる金髪の男を軽く肘で小突きながら、アムロは改めてシャアに向けて腕を伸ばし、少し高い位置にある男の頭を柔らかな金髪ごと掻き抱くように抱き寄せて、ところで誕生日おめでとうってもう一回言ってくれる?と囁いた。
―――”それで、誕生日プレゼントには「楽園」が欲しいって言ったら、あなたは何を用意してくれる?”
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