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たとえばどうにかして
君の中 ああ 入っていって
その瞳から僕をのぞいたら
いろんなことちょっとはわかるかも
*:*:*:*
「カミーユ、ちょっと歩かないか?」
突然部屋をノックして入ってきた青年に、カミーユが驚いた表情を見せる。
「アムロさん…。」
「それとも、そんな気分にも成れないほど落ち込んでる?」
わざとなのだろう、戯けた口調で聞いてくる青年に、カミーユはいえ、と苦笑して立ち上がる。
「行きましょう。少しでもなにかをしていた方が、気が紛れます。」
「そっか。」
「はい。」
先に立って歩き出す年嵩の癖に自分と殆ど身長の変わらない童顔の青年に、カミーユはちょっと不思議な気分を味わった。
アウドウムラの廊下に響く靴音が一人分しか聞こえないような…。
―――そんな訳がないだろ、俺は。
自問自答する。いつも思うことだけれど初めて見たときからアムロはあまり『生きている』臭を感じさせない。カミーユにも上手く説明できないのだが、人間というより寧ろ妖精とか精霊とか、そっち方面に片足を突っ込んでいるとでも言えば良いのだろうか。
ぎらぎらと『生きる』臭いとパワーを全身から放っているようなクワトロとは正反対だと思う。
変な人達だよな、と思う。どちらにしても。一年戦争の英雄っていうのは誰も彼もこんな人間ばかりなのだろうか。それとも、史上初めてニュータイプという存在が登場し、苛烈すぎたというあの戦いで揃いも揃って精神か心を病んでしまっているのだろうか。昔読み耽っていたアングラ雑誌の一部を思い出しながらカミーユは考える。
ニュータイプ理論についての記事はどれも皆どこか背徳めいた響きが常に付き纏い、正直読むのは好きだった。革新された人類、宇宙に適応した進化の過程。…美しく賛美される裏には人体実験と戦争の道具として服従させられ、踏み躙られる人権があった。
目の前の青年は、その犠牲の最たるものではなかったかと思う。偶像のように崇められ、モルモットのように貶められた。
―――『アムロ・レイはニュータイプにとって神であり奴隷であった。その存在は全てに愛され、愛されるが故に憎まれて蹂躙された』、とかいう論文があったな、そういえば。
あれを書いたのは何処の学者だったか、記者だったか。アムロ・レイという個人の存在そのものに関する考察の論文だった。雑誌はよく覚えていなかったが、視点が鋭くて深かったのとその一文があまりに印象的だったのでそこだけは良く記憶していた。作者は確かエドガーとかエドワウとかなんとかそんな名前だったと思う。
あの時は、まさか自分がその渦中に飛び込んでガンダムと呼ばれる機体に乗り、しかもニュータイプ能力が有るだなどと…想像さえしていなかったのに。
つらつら思いながらカミーユは殆ど意識しないでアムロの後をただ着いて歩いていた。アムロも特に何も彼になにかを話しかけることはなかった。
*:*:*:*
突然。
「カミーユ。」
呼ばれて、カミーユは視線を上げた。アムロが微笑んでいる。透明な笑みに思わず見惚れてしまい、カミーユは言葉を失った。
「アムロ…さん?」
アムロは黙って一点を指さしている。
そこには、まごうことなき『神』が居たような。
そんな。
―――カミーユは慌てて首をうち振って飛びそうになった思考を呼び戻す。馬鹿馬鹿しい、なにが『神』だ。そんな存在信じてさえいない癖に。
アムロの差す先に視線を向ける。いつの間にか彼等は開けた丘陵のような所に出ていた。開けた視界の向こう側には、地球上で見るにしては大きな月が出ている。
何処か泣いたような潤んだ光はくっきりした宇宙空間では見慣れない輝きで、カミーユは圧倒されて息を呑んだ。
「すごい。」
アムロが嬉しそうにそうだろう?と笑う。
「宇宙では見られないよな。大気のある地球だから月も哭くんだよ。」
「…泣いて居るんですか?」
同じ事を思ったアムロに驚いて振り返り、それはそうかと納得する。他人と感応できるのだ。アムロも自分も同じように。ちょっと頑張れば最後にはもう言葉も必要ないのかも知れない。視線を向けるとアムロも同じ事を思ったらしい、苦笑していた。
「カミーユとならこんなに簡単なのにな。」
「…アムロさん。」
「俺、さ。地球に来て初めて海を見たときに、あの男みたいだって思ったんだ。」
アムロが話題を変えた。誰のことを言っているかは明白なのでカミーユも黙っていた。
「何もかも包み込んで許してくれるみたいでいて、気を許すと手酷いしっぺ返しを喰う。寄せて返しているだけのようで、一度として同じ表情は見せない。新しい物を産み出して育む片方で、全てを奪って破壊していく。」
おかしいよな、あいつが『赤い彗星』なんて。あいつはどこからどう見ても青い存在だと思わないか?と尋ねられて、カミーユは戸惑った。クワトロのパーソナルカラーまで考えたことが無かったから。
仕方無しに他人の意見を口にする。
「ファがサファイアみたいだって。」
スクリーングラスを外したときに見えるあの瞳が。とはいえクワトロの素の瞳を見たことなど、カミーユにも数えるほども無いのだけれど。
カミーユの言葉に、アムロが多少腹立たしそうに言う。
「…なにがサファイアだよ。…俺は知ってるよ、あれはね、『ラピスラズリ』って呼ぶんだよ。微かにさ、金色が混じっているだろう?」
ラピスラズリ。…太古の予言者に神が与えた人類を導きたもう啓示の十戒は、この石に刻まれて人に渡されたのだという。
カミーユはそんなことは知らなかったが、空の青さと星々の金を散りばめた青い石だと言われて何とはなしに納得する。そもそも、天然の宝石等というものをカミーユは殆ど見たことがない。
クワトロを青いと思ったこともないが、赤いと思ったこともない。カミーユにとって青は自分のガンダムの色、安らげる色だ。
あえて言うなら…カミーユにとってクワトロの色彩は何処までも金色だった。
黄金に燦然と輝き、何よりも尊大で高貴でどんな物からも造り上げることは出来ず、かといって溶け合うこともない。なのに柔らかくて、何よりも熱伝導は早く安定している。
―――そして目にした皆が求めて欲っするようになる、存在。
アムロは言葉に詰まったカミーユを察したらしく、ああそうなんだと感心したように言った。
「そうだな。俺が傷さえ付けなければ、あいつは結構完全な存在に成っていたのかもしれないな。」
「アムロ、さん?」
さっきから二人とも言葉は僅かしか口にしていないのに、地下水脈か何かのように心の中で交わされるものはそれよりもずっと多い。アムロはカミーユの心の端々に触れ、カミーユも躊躇いながらもアムロの提示する意識の末端に触る。伝わってきた啓示という言葉に反応して、カミーユは口を開いた。
「クワトロ大尉も、心の中に啓示を持って居るんでしょうか。」
アムロが苦笑して首を振った。
「心じゃない。…あいつの心はどこにもないよ。少なくとも、地上には。」
地上には。
その言葉と共に、カミーユの心の中にはまるで夜の海のような宇宙が広がっていった。
赤い彗星がぐるりと飛んでいる。回帰はしてくるけれども目的は分からない。…ひょっとしたら彗星自身にも分かっていないのかもしれない。まるで何かを探し求めるように……
「…アムロさん!!」
思わず叫んでいた。そうでないと引き込まれて足下から崩れ落ちて捕まってしまいそうだった。
焼き尽くされる、灰燼になるまで。燃え上がる深紅の彗星に。
―――なんだ、今のは。
アムロがくすりと小さく笑ってカミーユに背を向ける。そこで初めて、カミーユはこの人は怖い人だ、と感じた。背筋を意識の氷塊が滑り落ちていく。
これが分け与えられた彼の意識の一端だというのなら、紛れもなく、さっきの光景をアムロは見ているのだ。いや、感じているのかもしれない。それも、常に。…これでまともな意識を保っていられるという方が異常だ。
……『アムロ・レイはニュータイプにとって神であり奴隷であった。』
その一文がカミーユの頭の中をぐるぐると回り始める。
まさか、まさか…全部分かってやっているのか、この人は。
そんなカミーユの思いを知ってか知らずか、アムロが背中越しにぽつりと呟く。
「真っ白い鳥が飛んでいくんだ、俺の心の中を。…その感覚は誰にも分けてあげられない。」
その言葉はアムロの言うとおり、カミーユに何も抱かせなかった。思わずほっとする。急に落とし穴に放り込まれるような感覚は一晩に一度で十分だ。
カミーユ、分かったかい、とアムロが笑う。
「あの男はね。びっくりするぐらい…この地上には多分もう存在しない、純粋で綺麗な生き物なんだよ。」
「アムロさん…。」
だけれどね、心を預けてはいけない、とアムロは警告するかの如く続ける。
「俺達は地球に生きている人類とはちょっと違う。悲しいことにね。宇宙に適応するように生まれ変わった俺達にとって、あの純粋さは…致死の毒にも等しいんだ。」
言いながらカミーユの方を再び振り向き、近づいてくる。琥珀の瞳に間近で覗き込まれると、そこにはカミーユが愛した青い少女が見えた。思わず、アムロの腕に縋り付く。
「…っ!!」
アムロが表情を消したまま微笑んだ。ほの白く輝き、カミーユの意識を映す鏡のようだった。
「俺も君も、もうそういう相手に巡り会ってる。…シャアはジョーカーなんだ。引き寄せられちゃあ、いけないよ。」
ジョーカー。言い得て妙だとカミーユは感心した。アムロは七年間、地球でその事ばかり考えてでも居たのだろうか。
カミーユの為に、アムロの為に用意された絶対的な半身以外に、彼等の魂を引き寄せる抗えない存在。
でも、その巡り会えた存在を同じように無くしてしまった自分たちにとって。その場所を埋められるジョーカーの札というのはどれだけ魅力的に映ることか。
―――引っ張られて引き込まれて、地球の重力よりタチの悪いあの深淵の孤独の底へ。…そうしたら、俺みたいになってしまうよ。
諭すように言うアムロの中にフォウが見えたのは、彼の心の中をいつまでも飛び続ける白鳥が居たからだろうか。問いかけるように意識を揺らすと、カミーユにはこんなに簡単に分かるのにね、とアムロが寂しそうに笑う。
「あいつになれたらあいつのことも少しは分かるのかも知れないけど、生憎と俺はシャアじゃないし、あいつも俺達ほどのニュータイプじゃないし…。」
微かなズレが大きな罅となって二人の前には横たわっている。断層は深く、今更架け橋など望めない。
本当に、嫌になるほど今更。
*:*:*:*
アムロは滴り落ちる月光を浴びるように両手を広げた。
「人身御供の家系なんだよな、あいつは。結局の所。」
照らされて光り輝く姿は全てを超越した存在のようだ。
呟いた言葉はクワトロを哀れんでいるようでもあり、自分に言い聞かせるようでもあった。
「知ってるか?キリストってさ、34歳で死んだんだよ。十字架に掛かって。もしもあいつが34歳より先に生きられるのなら…。」
アムロはそこで言葉を切る。予言者のように救世主の名前を語り、切り裂くようにカミーユを見据えた眼差しは断罪する存在のそれであった。
その唇から、明確な意志を持って言葉の矢が放たれてカミーユにざくりと突き刺さる。火箭のように、その言葉はそこからカミーユの胸の中で燃え広がって炎を宿らせた。これはアムロが分け与えた炎。ニュータイプの始祖として、後続のカミーユ達に灯して伝えて行けと与えられた啓示……?
「あいつを信じて、そして疑え。力を与えて、何もさせるな。愛して…憎め。」
その瞬間、カミーユには全ての刻の絡繰りが見えた気がした。
―――彼は神であり、あの人は神に愛された人間である。
愕然とする。そして自分は明らかに向こう側の人間で、アムロも向こう側で…。
そんなもの、逆らえる訳がないではないか。誰あろう『彼』がシャア・アズナブルを選んでしまっているのに。
「…分かりましたよ、アムロさん。俺にはみんな分かった気がします。」
ニュータイプが神ならば。自分たちの意識が感応することで宇宙に溶けて一つになれるのならば。…愛さずにいられるだろうか?
アムロが内緒話をするように唇に指を当てる。
「これは、俺とカミーユだけの秘密だよ?」
そう言って、アムロは仄かに笑った。
クスクスとさざめく笑い声は儚げで消え入りそうでも希望のようだとカミーユは思った。
―――それはもしかしたら『神の愛』という名前の。
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+++END.
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