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もう暦の上では春だというのに、暖かくなるどころか風にまだ雪が混じる天候の中で、寒い、と震えながら長蛇の人の列に並んでいた。隣に立っている金髪の男が、呆れたように言う。
「だから、言った事じゃない。絶対に並んでいると言っただろう?」
並んでいるのは本日封切りの話題の新作映画で、普段シャアと余りこんな所に出かけてくることはないのだが、バレンタインデーにプレゼントを貰ったお返しになにが欲しい?と聞いたら君とデートがしたいな等と殊勝なことを言われたので、ついその気になって、普通のカップルのようなプランを立ててしまったのがそもそも失敗だった、とはかくりと項垂れた。
しかも、只でさえ目立つシャアは周囲の視線を一身に集めていて、その余波としてこちらにもちらちら注がれる他のカップルの女性達からの視線が実に痛くて居たたまれない。お似合いじゃなくて悪うございました、と内心で舌を出しながら、顔を上げてすまなさげにシャアに尋ねた。
「そうだね、どこか別の所に行こうか?」
「まぁ、結構進んだし、こうやって君とゆっくり話をできるのは嫌いじゃない」
シャアはそう言って苦笑し、首にかけていたマフラーをの首にくるりと巻いてくれる。ありがとうと言おうとしたのに、立ちっぱなしで冷えたのか、先に口から出たのは軽いクシャミだった。
「おやおや、風邪を引いてしまうな」
言いながら、シャアが今度は着ていた上質そうなコートを脱いで羽織らせてくれたので、ふわりと包み込むようなシャアの体温の残滓と微かに香る体臭に混じるトワレの香りにドキドキしながらも、いいよ、と焦って返そうとした。
「だって、シャアが風邪引いちゃうし」
「私なら平気だよ。さぁ、着て。君に風邪など引かせたら、それこそシャア・アズナブルの名折れだ」
そのシャアの言い草に、はほんのり頬を染めて(鼻の頭が赤くなっているのは頂けなかったが)ありがとう、と口の中だけでもごもご呟いた。
「だけど、ホントにシャアは寒くない?」
「なぁに、私なら、こうするつもりなのさ」
言葉と同時にコートの上から抱き込まれ、はうひゃあ、と些か間抜けな悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっと、シャア!!」
「例え凍えても、君の身体で温めてくれるだろう? 」
じたばたと藻掻く一回り小柄な身体を両腕で抑え込み、シャアはの耳元に唇を寄せて囁いた。
「君さえ側にいれば、外が寒いのも、長い時間並んで待つのも、全然嫌いじゃないのさ、私は」
は周囲の羨望とやっかみと、ついでに呆れたような視線まで一身に集めてしまって、最早なんと返事していいのか分からずに、シャアの腕の中で顔を真っ赤にして、お手軽な男だよね、と呟いた。
「そうさ、お手軽な男なのだよ、私は意外にね」
リーズナブルでお買い得な物件だよ君、とシャアが相変わらず耳元で囁き続ける。耳朶を掠める吐息がくすぐったくて、は思わず首を竦めた。
「百万回、『愛してる』と言われるよりも、一回だけがぎゅっと強く抱き締めてくれた方が、ずっといいのだから」
さて、君の返事は?と楽しそうに聞かれ、は仕方なしに、背中から抱きついてくる金髪の男の腕を両手で持って、ぎゅっと抱き締めた。すると背中越しにシャアが忍び笑いを洩らすのが聞こえてきたので、何となく腹が立って手の甲を抓ってやった。
もう二度と愛してるなんて言ってやらないからね、と拗ねた口調で言った言葉には、代わりに私が百万回でも言うさ、と返ってきた。
結局、その日見た映画の内容が(また、よりによって柄にもなくラブロマンスなんて選んでしまったのだ!)さっぱりの頭の中に入ってこなかったことは、言うまでもないことであった。
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