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ただもう心の内から押し寄せてくる叫びをどうにかして伝えたかった。
「私には?」
唐突に投げかけられた問いに、アムロは困惑して男を振り返った。
「え?」
「私には、くれないのか?」
アムロの手元には、たった今空になったばかりの箱が一つ。
昼前に休憩を取ったとき、なんとなく口寂しくて買ったチョコレートだった。市販のありふれたメーカーの。
アムロは結構甘党だが、流石に全部食べる気にもなれずに、半分以上残ってしまった。
なので、たまたま書類を届けに入ってきたギュネイとクェスの二人に、分けてやってしまったのだ。
今時もっと小さい子供でもこんなものじゃ喜ばないだろうと思ったら、二人は結構喜んでアムロに礼を述べて立ち去った。
なんだ普段はナマイキでも結構可愛いところあるじゃないかとアムロが口元を綻ばせかけたその時に、背後からその、声が。
振り向いた視線の先、整った表情には特に怒った色はない。これがアムロではなかったら、シャアは冗談を言っているのだろうと思ったに違いない、けれど。
「欲しかったの?」
「君から貰えるものなら、できれば」
あーあ、『できれば』だって。
僅かに口調が拗ねているのに気付いてしまって、アムロは呆れた。
このバカ総帥、三十路も半ばにかかった分別盛りで、コロニー丸ごと一つその双肩に背負って、なおかつ俺が子供達に配った高々一個や二個のチョコレートまで欲しいか、この欲張り。ワガママ。暴君。
そんな言葉を脳内でぐるぐる洗濯機宜しく回転させつつ、にっこり笑っていつもの手を使う。
アムロ・レイしか使えない、ネオ・ジオン総帥丸め込みテクといえば聞こえは良いが、要は単なる色仕掛けだ。
「仕方ないなぁ、残り物には福があるっていうし、残り物で我慢してくれるか?」
「残り物?」
空箱でも捨てておけと手渡されるのじゃないだろうかと、僅かに身構えながらせがまれるままに手を出したシャアの掌に、ぽんと置かれる一回りちいさい掌。
「じゃ、あなたにはアムロ・レイの愛情をプレゼント!…どう?」
にっこり微笑んで、手を伸ばして。心配ないよと、どこにも行かないと全身が伝えてくる。
少しからかってみるつもりだったシャアは、それで自分が存外本気で拗ねていたのかもしれないということに気がついた。
気付いてしまうと急にそんな自分が恥ずかしくなり、あえて軽口で応酬する。
「そんな物騒なものはいらんよ」
「うわ、ヒデェ」
ぷぅ、と膨らませる頬が愛おしかった。くすりと小さく笑って手を伸ばす。
自分は欲張りになった。―――『彼』を身近に感じるほどに、益々酷く。
反省しないと、手の中の大事な一番星、アムロという名のラッキースターまで取り零す羽目になりかねない。
「君からの愛情など、独り占め出来るものでもないのに」
頬に触れる指の冷たさと、どこか諦め混じりの口調に、おや、とアムロが目を見開く。
シャアはそんな青年の様子に気付かず、アムロの頬を二、三度つついて指を離した。
「シャアらしくもなく、弱気だな」
「生憎と、君に関しては」
短く言うと、黄金の豊かな睫がふっと僅かに下向いた。
それをうっかり目撃して、アムロは今度は頭を掻きむしってみようかなと思った。
嫌味を素直に受け止めるなってーの。いつもなら遠慮なく言い返してくるのに。
はいはい閣下、今日の所は俺の負けです。なんだってそう突然突拍子もなく拗ねたり子供っぽかったりそれを隠そうと平気なふりしたりするんですか。
しかもそれに気付いてないと来るんだから始末が悪い。鈍いんだよバカ総帥。…くそう、可愛いじゃないか。
あんまり悔しいので腹の中で可愛い可愛い、超可愛いサイコー可愛い三十路だけど!と謎の罵倒をぶつけつつ、アムロはとりあえず立ち上がって部屋の鍵を掛けてみることにした。
まぁ、仕事に疲れたダンナを癒すのも、いわゆるひとつのツマの務めということで。
ナナイが怒って走ってきてドアを叩くまで10分?……5分?頭の中で逆算しながらモノクルは外して机の上に放り投げて。
「シャア」
「うん?」
顔を上げる動作までいつもよりゆっくりだ。ああもう、なんて……愛しい。
仕事中に相手に向かって困るようなこと色々叫び出したくなるのはあなただけじゃないんだよ分かれよたまに。
「チョコレートよりマシなもん食わせてやるから、ちょっとこっち向け」
かつん、と片眼鏡が机の上で書類作製途中のモバイルに当たって止まると同時に、シャア、可愛いと囁いてキスをした。
金髪の男が嬉しいのか困惑したらいいのか微妙で半端な顔をしたのはいうまでもない。
構うもんか、とアムロは唇を重ねたまま笑いそうになった。
三回に二回、いや五回に四回は俺の方が手を焼いているんだから、折角だからもう少し困っていればいいんだ、この、物騒な俺の愛情で。
―――愛と平和!悲しみで花が咲くものか!
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+++END
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