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09: 留守電再生、君の声
ほんとにそっくり、と他人事のように呟いて、ライルはハロの頭を片手で撫でた。
もう片方の手の中には、家族の写真が入った携帯端末がある。
「兄さんは、……何を考えて戦ってたんだろな」
呟いて、そういえばこの傍らのハロの中には戦闘中のコックピットの映像データがほぼ残されていると聞いたことを思い出した。
規則だからバックアップは取らせて貰ったけれど、誰も見てはいないのよ、とフェルトが言っていた気がする。
「ハロ、お前、兄さんの映像、持ってるか」
「ロックオン、ロックオン」
ハロがぴかぴかと目を光らせる。
「そうだ、俺だよ。……つっても、五年前の。ちょっと見せてくれよ、な?」
言いながら、ライルはハロの端子に映像を取り出すための機器を繋いだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆
日時を適当に打ち込むと、画面が切り替わった。
モニター一面に、いきなりの紺青の空が浮かび上がる。じきにくるりと映像が回って、今の自分が着ているのによく似た、深い緑のパイロットスーツが映し出された。ハロが向きを変えたらしい。
(ああ、兄さんだ……)
感慨深く、ライルが身を乗り出す。ならばこれは、ガンダム・デュナメスのコックピットの中だ。
『ちっくしょ、あともうちょっとだったんだけどな』
映像の中のパイロットが自分そっくりの声で言い、ライルはぎくりとした。腹の底がひやりとする。兄だ、ニールの声だ。
僅かな違いを、ライルの耳は聞き逃さない。気取らない兄の声は、記憶にあるよりも深みを帯びているのに、どこか不安そうに聞こえた。
『ゲンキダセ! ロックオン!』
『ははっ、慰めてくれるのか、ハロはおりこうさんだな』
『ロックオン、キニナッテル。シンパク、ジョウショウ』
途端、ぎくりとしたようにパイロットの声が固くなる。
『……えっ、ハロ、何いってんだよ! 俺が何で、あいつなんかに……』
『ロックオン、ロックオン、カオアカイ、カオアカイ』
『赤くねーっつーの!』
やや上擦ったような声が、大体、あり得ないだろ、とぼやく。
『ったく、眠り姫だと? ばっかやろう……』
ああくそ、と悪態をつく自分そっくりの声に、伝染したライルは自分まで顔を赤くして、盛大に照れる羽目になってしまった。……よりによって、酷いブラックボックスを開けてしまった気がして。
☆ ★ ☆ ★ ☆
翌日、ライルは兄について尋ねてもきちんと返事をしてくれそうな仲間を捕まえる。
「なあ、刹那、ちょっと聞きたいことがあんだが」
「なんだ?」
振り向いた黒曜石の瞳が心の奥底まで見通してくるような青年に、ライルはうん、あのな、と頭を掻きながら口を開く。
「その、どこの所属かは知らないんだけど、兄さんが眠り姫って呼んでたパイロット、いないか」
眠り姫。その単語を聞いた瞬間、刹那がぴたりと動きを止めた。何か言いたそうに口唇を数回奮わせて、ライルを真っ直ぐ見ていたはずの視線を逸らせる。
「……ロックオンだ」
「へ? 俺?」
話の接ぎ穂が分からなくてきょとんとするライルに、刹那は無表情で告げる。
「……違う、……姫、と呼ばれていたのは、ロックオンだ」
今度はなんとか、兄のことだとライルにも分かった。しかし、謎は深まるばかりで、は? とライルの頭上にクエスチョンマークが点った。
おかしい、それでは筋が通らない。だって、映像の中の兄は確かにその相手に好意を抱きつつあったはずだ。
双子のライルには、兄の気持ちの流れが手に取るように理解できた。戸惑い、躊躇い、……それでも惹かれていく心。
もしも敵方だったとしても、ライルは兄の思い人に少しならず興味を抱いたのだ。眠り姫と表現されるようなら、さぞかし嫋やかな乙女だろうと。それが。
「待て、兄さんは男だぞ?」
刹那が首を振る。全ての説明を放棄する、とでも言いたそうな顔つきだ。
「もっと正確には、あいつのガンダムだ。俺に聞くな。俺はただ事実を言っているだけだ」
「ってよ、ガンダムを姫扱いするって、一体どんな機体……」
刹那はくるりと振り向くと、手短に言った。
「黒いフラッグだ」
それだけだ、と呟くと、今度こそ刹那は自室へ逃亡してしまった。後には、どこから質問して良いのかすらさっぱり分からなくなった、取り散らかった心情の双子の弟だけが残された。
☆ ★ ☆ ★ ☆
アロウズが解体され、ソレスタルビーイングとして再出発を決めた刹那達の元に、家族の墓参りを兼ねてアイルランドに帰郷していたライルが戻ってきた。
「ロックオン・ストラトス、ただいま帰還したぜ!」
ほれ土産、とフェルト達女性陣に故郷で作られたという素朴な雑貨を中心とする土産の品を渡したライルが、アイリッシュ・ウイスキーの瓶を下げてスメラギさんは、と刹那に問うた。
「まだ寝ている」
「んだよ、これ迎え酒になっちまうのか……?」
変わらないねえ、と苦笑して刹那の黒髪を見たライルが、突如何かを思い出したように声を上げた。
「あ!」
「どうした、ロックオン」
「そういや俺、黒いフラッグってこの戦いで一度も出会わなかったな……」
ケルディムは兄さんの機体に似てるから、絶対一度くらい襲って来ると思ってたのにと首を捻るライルに、忘れて居なかったのか、と刹那がため息をつく。
「……恐らくは」
「?」
きょとんとして首を傾げるライルは、同じ仕草をしても兄より少し無防備だ。だからこそ刹那は真実の所を言って良いのかどうかいつも迷うことになるのだが。
「ロックオン・ストラトスが別人だと、分かっていたのだろうと考える」
ぽかんと、ライルが口を開いた。顔を見ても判別するのにも時間が掛かるのに、ガンダム越しに違いを感じることなど、イノベイターでも難しいと思うのに。
「なんだよ、それ。同じカラーリングのガンダムで、同じポジションだぜ? 普通だったら、」
普通という言葉は無意味だ、と刹那がライルを遮った。
「それでも分かったのだろうと思う。俺にはそれしか言えない」
「イノベイターの勘ってやつか?」
「そう取ってくれて構わない」
そう、ガンダムへの妄執を愛だのなんだのほざき倒していたあの金髪の士官なら、ディランディ兄弟が双子であることと、兄の喪失を感じ取っても不思議ではない。
むしろ気付いた方が自然だ。
言わせないでくれ頼む、とでも言いたいように、責任取ってその黒い機体の始末を付ける仕儀になってしまった刹那はそそくさと自室へ引き上げて行ってしまった。
刹那への土産だった、渡しそびれたアラン編みのマフラーの包みを手にしたまま、呆然とライルは呟く。
「……んだよ、イノベイターになっても秘密主義だな、あいつ」
後には、疑問符を山ほど抱えたライルが一人取り残される羽目になったのだが、イアンからすぐに建造するお前の専用機の打ち合わせをするから来てくれと言われ、うきうきとそちらに向かう間にそんなことは忘れてしまった。
>>>END.
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