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07: 寂しいときの約束
ノックして部屋に入ると、部屋の主は小休憩中のようであった。金髪の男の姿を見て、箱に満載のドーナツを差し出してくる。
「やあ、いらっしゃいグラハム、ドーナツ食べる?」
「……いや、今はいい」
甘いものは間に合っている、と手にしていた携帯端末を閉じながら言ったグラハムに、友人でもあるビリー・カタギリはあれっ、というような顔をした。
「なに、ダイエット?」
「減量の必要は今のところ感じない」
「だよねえ、君、体重増えないって悩んでたよね、どっちかっていうと」
ビリーの言葉に、グラハムは眉間に皺を寄せた。それは、恋人の方が自分よりウエイトがあることを知ったからだ。
ちょっとそれは男の沽券に関わると、頑張ってビルドアップに励んでみたものの、元々の体質なのか体格差はそう変わらなかった。そもそも、向こうの方が身長も高い。
俺はあんたの鋼みたいな筋肉嫌いじゃないぜ、と恋人は嬉しそうに言っていたので、それでやや慰められはしたが。
(抱え上げて新居の敷居をまたげるくらいには鍛えなくては)
そう誓ったら止めろと言って頭を叩かれた。何故だ。不条理だ。
そんなことを思って居ると、百面相になっていたらしい。目の前にことりとコーヒーのカップが置かれ、礼を述べる前に親友から先手を打ってご馳走様、と言われた。
「ご機嫌だよね」
「そうか?」
そんなつもりはなかったが、と頬に手を当てる。無自覚に緩んででもいたのだろうか。ビリーがにやりと笑った。
「やっぱ、恋人が居る独特のテンション? 恋愛フェロモン? いいよねえ」
「そうだな」
「……って、独り身の僕相手なんだから、加減してくれる?」
グラハムは翠の目を瞬かせる。恋人ができたということを言ったきりで、後は誰ともどうとも言っていないが、やはり言葉や行動の端々に如実に現れるものなのだろうか。
「帰ったら可愛い恋人が毎日ご飯作ってて、お帰りなさいダーリン、ご飯にする、シャワーにする、それともア・タ・シ? なんでしょ。いいねえ」
くねりと妙なしなを作って言う親友に、グラハムは翠の瞳をくるりと回して呆れた表情を作る。
「いや? 忙しい人だ、もう長いこと逢ってない」
妙に盛り上がられても困ると、さらりとグラハムは真実を告げた。最後に逢ったのはもう二ヶ月も前のことだ。言うと、ビリーはうっそでしょ、と呟いた。
「寂しくないの?」
「寂しい? どうして」
グラハムは再び瞬きをする。ああそうだ、君が普通のマニュアル通りの恋愛してるはずがなかったよね、そうだよね、とビリーが頭を抱える。
「いや、だってなかなか会えないみたいだし」
君だってそう暇じゃないでしょうと言われ、グラハムは頷いた。
「そうだな」
「色々謎めいてるみたいじゃない」
恋愛までグラハム・スペシャルでなくていいのにと言われて、グラハムは苦笑した。薄々感づいている恋人の正体は、誰にも告げることはできない類いのものだ。
感づいてから、グラハムはニールと未来の話をするのを止めた。約束を結ぶのも。それは、彼を苦しめるだけだろうと思ったからだ。
それでも、良かった。
「……寂しい、とは余り感じたことはないが」
ビリーの問いを、グラハムはあえて受け流した。そう、寂しいとは思わないのだ。送りだしてくれるときの彼の笑顔は、元気でな、とグラハムの身の安全を願う言葉は、それだけはいつだって本物だ。
「木漏れ日に、新緑に、空の青さに、海の深さに。……私はあらゆる所で恋人のことを思い出せる」
例えばフラッグで空を駆けているときには、と言うのに至って、ビリーは目を眇めて親友を睨んだ。
このモビルスーツ馬鹿に近いパイロットにその台詞を言わせるとは、相当に惚れ込んでいる相手のようだ。
幸せそうなのに免じて、ガンダムとどっちが好き、と聞くのは止めてやった。きっと真剣に考え込んでしまうのではないか、そんな気がする。
「惚気だね、惚気だろう」
「聞きたいと言ったのは君だ、カタギリ」
文句を言うなとグラハムは苦笑して、インスタントの味気ないコーヒーを口に運んだ。
ちなみに、恋人は紅茶の方を好むので、特に拘りがないと思っていたグラハムも合わせていたのだが、やはり根本的に好んでいるのはコーヒーだったようで、この間ニールが去ってからは一度も紅茶を口にしていない。
「まあ、要は」
「?」
湯気を顎に当てながらグラハムは呟いた。半ば、独り言のようだった。
「恋人の笑顔だけがあれば、私はそれを胸に抱いて戦える。例え戦場で戦って死んだとしても、悔いはない」
そう、例えその戦う相手が当の恋人であったとしても。……彼を守るためにも、グラハムは戦っている。そう信じている。
彼が彼なりの大義に則って戦っているというのならば。彼の守るものを自分もまた自分なりの方法で守るだけだ。
まあ、大義はこの際色々あったとしても、実際フラッグに乗ってしまえばシンプルに相手を追い詰めるだけだが。
ごちゃごちゃ余計なことを考えている人間は間違いなく命を落とす。シンプルに与えられたミッションのみをこなす、それがいい軍人の条件だ。
生真面目な親友の恋愛観に、ビリーが、またくすりと笑った。
「なーんか、麻薬みたいだよね」
「ドーピングはしていないぞ」
「近いんじゃない? チョコレートも恋愛も、罪深いから依存しちゃうんだって」
言いながら、ビリーは箱の中からチョコレートのたっぷり掛かったドーナツを取り上げて、罪深い食べ物って美味しいんだよねえと言って口に運んだ。
太るぞと呆れたように言いながら、グラハムはコーヒーだけを口にして、流石に少し口寂しいなと言葉にせずに呟いたのだった。
>>>END.
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