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06: 瞳の裏で探す君
鳶色の髪の男と黒髪の青年は、顔を見合わせて、同時に深くため息をついた。
「……お疲れさん」
「そちらも」
貧乏くじだねえ、と言って、ロックオンは立ち上がる。
「コーヒーでいいか?」
「ありがとうございます」
正直、断りませんと言うアレルヤに、お兄ちゃんは辛いねえとロックオンは肩を竦めた。
ついさっきまで、また険悪な空気になった刹那とティエリアの仲介をお互いにしていたのだ。ロックオンはティエリアを、アレルヤは刹那をお互いの部屋に押し込んできた所だった。
まあなあ、とアレルヤにカップを手渡しながらロックオンは苦笑する。
「こーゆーのって、本当は放っといてもいいんだろうけどさ」
「駄目なんですよね、気になっちゃうんですよねえ」
アレルヤが相槌を打つと、自分の分を入れに行きながらロックオンも笑った。
長男坊に生まれついた以上、生まれながらの調停者なのはもう諦めが着いている。同じ苦労性の仲間が居るだけ有り難いというものだ。
「そうそう」
あはは、と笑い合いながら、ベンディングマシンのカップに入ったコーヒーを並んですする。
ふと、黒髪の青年は鼻先を甘いミルクの香りが擽った気がして顔を上げた。嗅覚だけでなく、超兵となるべく実験を受けていたアレルヤは五感が常人より鋭い。
「ロックオンのはそれ、紅茶ですか?」
「ああ、甘いのが飲みたくてね……」
ロイヤルミルクティーを手にしているロックオンに、そういえばこの人はAEUのその辺り出身なんだっけ、とアレルヤは思った。
人なつっこくて、決して気取った物言いはしないが、歴史の古い国の出身らしく、どことなく物腰は優雅だ。
しかも、最近その男としての深みに色気のようなものが増している。……客観的に見て、かなりないい男だろう。
そういえば、ここのところフェルトがやたらロックオンを意識していることを、アレルヤは思い出した。
(昔から、もてたんだろうな、ロックオン)
ふとそんな風に考えた瞬間に、澄み渡った青い瞳と視線が合って、アレルヤは訳もなくどぎまぎしてしまった。その青い目が、慈しむように細められる。
「そういやさ、刹那、好きな女ができたみたいでさ」
ふと、ロックオンが話題を変えた。あれで少しは大人になってくれるといいねえ、と付け加える。
「えっ! それって、まさか」
もしや、件のアザディスタンの王女のことだろうか。そう思うアレルヤの前で、単純な色恋ではなく、刹那が精神的に崇拝する相手だと、ロックオンはマリナ王女のことを踏んでいた。
「でもさぁ、他人に惚れる、ってことは、自分以外を気遣えるってことだろ? 俺は歓迎するね」
「ああ、分かります」
ロックオンの言っていること、とアレルヤは意外そうな顔をしつつも頷いた。
「恋人同士とかいうより、お姫様と騎士、って感じだけどな。命を賭けて護る誓いを立てて……」
ガキの頃、そんな話をよく読んだっけ、と言ってロックオンは笑う。その後で、軽い調子でアレルヤに話題を振った。
「そういやお前さんは、惚れた女はいるのか?」
「……僕ですか?」
アレルヤは瞳を瞬かせたが、すぐに肯定するように表情を緩める。
「そうですね、惚れた、というよりは、もっと……もっと大切な、運命の人なら……」
「へえ、そいつはすごい」
ロックオンがひゅう、と口笛を吹いた。案外隅に置けないな、羨ましいねぇと突かれて、からかわないで下さいよと苦笑する。
その後で、少しだけ苦いものをその表情に滲ませた。
「だけど、彼女はいつか、僕を滅ぼすかもしれません……」
マリーの事などずっと忘れて居たのに、最近妙に思い出す。脳量子波が何かを感じ取っているのかもしれない。
「敵同士、ってことか?」
意外なくらいに静かな声で、ロックオンは尋ねてきた。
「……さあ、分からないです、まだ、どうとも」
だけれども、それが一番しっくりくる気がした。彼女が超兵として戦場に現れたのなら、ソレスタルビーイングの自分は敵だ。
ぽんぽん、と頭を子供のようにはたかれて、アレルヤは苦笑した。慰めて貰うような年齢ではない。流石に。
「もう、覚悟はついていますから。……ロックオンは? そういえば、恋人が居るらしいって、スメラギさんから聞きましたよ」
「なんだと? あの人、ほんとお喋りだな……」
ロックオンが頭を抱える。アレルヤは苦笑した。
「そうでもないと思いますよ、ティエリアがあなたの行動が妙だと騒いで、スメラギさんが口を割らされた感じでしたから。僕はたまたま居合わせて」
あー、ティエリアか……とぼやいて、ロックオンは天井を仰いだ。今から、問い詰められたときのシュミレーションでもしているのかもしれない。
「僕は言いませんし、ティエリアだって他人には」
「いや、あと刹那は知ってる」
「……へえ、珍しい」
正直に思ったので言うと、うん、俺も思ったけど、関心持ってくれたのはちょっと嬉しかったと言って、ロックオンが微笑んだ。
「なんだかな。全然知らないでもいいんだけどさ。……なんか、聞かれるの、嬉しくってさ」
「刹那はあなたに懐いているから」
「……」
ロックオンは黙ったまま立ち上がり、カップの中身を飲み干すとダストボックスに投げ、綺麗に落とし込むのを見届けずにひらりと手を振った。
「たとえ、俺たちの行く道に、夜の闇より恐ろしい真っ暗な闇が、口を開けて待っていても。その先に……」
パンドラの箱の底にあるものが見えれば、とロックオンは続ける。アレルヤは頷いた。
「そうですね、それならば、進めます」
じゃあおやすみ、と出て行くロックオンを見送り、アレルヤはそっと宇宙に向けて呟く。
「マリー、……僕のマリー」
君は今どこに居るんだろう、と呟く琥珀色の瞳に、もう片方の目の奥で意味深長な光が瞬いたが、それはすぐに星明かりに混じって消えてしまったのだった。
>>>END.
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