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03: 新着メールに深呼吸
ワアオ、と口が音を立てずに動く。愛用のベストの胸のポケットを抑え、きょろきょろと左右を見回して、誰も居ないのを確かめて。
物陰に滑り込み、ポケットから携帯端末を取りだして、深呼吸して、新着メールを開く。
「……うっわぁ」
思わず口を手で押さえてしまっていた。背筋がもぞもぞする。ちなみに、口元は隠しきれなく緩んでいる。
メールは別人かと思うくらい素っ気ない金髪の男は、ただ単に細やかなメールをする習慣を持っていなかったようだった。
まあ、ニールだって仕事上のやり取りくらいしかしていないが。
な、暫く会えないから、メールでも交換してみようぜと気紛れに持ちかけたのはニールの方だったが。
女学生のやるような交換日記とはいかないが、その手のことを金髪の恋人が同年代の友人とやって来ているようにも思えなかったのだ。
ああ、君が望むのならばとグラハムは気楽に請け負い、その足で二人で買いに行ったいつでも切れるプリペイドの個人用回線の端末、画面にはのたうつような情熱的で恥ずかしい口説き文句が並んでいる。
(……あいつ、ほんっと、どんな顔してこれを)
いや、普段でも素面でこの位のことは言ってのけるから、きっと至極真面目な顔で打っているのだ。そう考えたら際限なく口元が緩みそうになって必死に平静を取り繕う。
(そうだ、保存、保存っ……)
次に会ったときにからかうネタにしてやろう。慌ててメールに保護をかけ、ニールは返信のメール作成画面を立ち上げた。
(何を書いてやろうかな)
とりあえず、グラハムはまさか絵文字系は使えないだろうと、赤とピンクのハートを二つ三つ散らしてみて、内容の長考に入る。
(どうせだったら度肝抜いてやりたいよな、メール一発でこう、心臓停まるみたいな)
しばし考えて短い文面を打ち込み、ニールは送信ボタンを押した。
「狙い撃つ、ぜっ!」
えいっ、と送った画面が送信済みに切り替わったのを見て、満足して端末を胸ポケットに仕舞い直す。その後で、些かひやりとした。もしも自分の身に何かあれば、この携帯端末だけは処分してしまいたいものだ。
この際、死なば諸共で出撃の時も持って出ておこうと考えて、ニールは赤面した。まるで、ずっと一緒に居たいみたいじゃないか、これじゃあ。
「……あれっ」
物陰から出て、二歩ほど歩いたところでまた端末に着信があった。なんだよあいつ、暇なのか、と思いながら、それなら部屋に帰ろうと早足になったところで、戦術予報士の美女が角を曲がってくるのに出くわした。
「おっと」
「あら、丁度良かったロックオン、デュナメスの次のミッションだけど……」
言いかけて、スメラギはニールの顔を眺めて僅かに苦笑のような笑顔を浮かべる。
「ロックオン、顔がにやけてるわよ、恋人?」
「うおっと」
ぱっと頬を押さえると、地球に残してきたの、と言われたので曖昧に笑って流した。どちらにしても、プライバシーの詮索はしないことが船内の不文律になっている。
「……羨ましいわ、若いわねえ」
ふ、と息を吐く横顔が淋しそうだったので、つい先程までふわふわと幸福感に包まれていたロックオンの胸に罪悪感が兆す。
「いいこと、じゃないよな」
「どうして? 気持ちを止めることは誰にもできないわよ。いいことじゃない、そういう些細な幸せを知っている人は戦っても強いわ」
言い切って、ふふ、と微笑むスメラギに、しみじみとあんたいい女だよなあ、スメラギさんとニールが言う。
「俺さ、あいつと出会ってなきゃ、スメラギさん、好みなんだけどなあ」
そうお世辞でもなくニールが言うと、悪い気はしなかったのか、スメラギはぱちんと一つウインクをくれた。
「あら残念、あたし年下はちょっと……」
にっこりと微笑みでかわされて、ニールは苦笑する。
「ま、俺みたいなんに引っかかったら碌なことはねえよな」
「否定はしないわね、八方美人の恋人はやぁよ」
「手厳しいねえ」
ははっと笑うニールに、スメラギはあら、と意味深長に微笑んだ。
「もう心で決めてるたった一人、以外は誰でも同じってことなんでしょう? ご馳走様」
スメラギの言葉が耳に届いた瞬間、さっとニールの顔に赤味が差した。
「……あー、いや、なんつー、か」
ふふっとスメラギが笑う。
「やだ、こんなので赤くなるなんて、意外に純情なのね、ロックオン・ストラトス?」
「勘弁っ、して……!」
なんだかんだで鋭い戦術予報士の女の勘の矛先から逃げ出したニールが、部屋に入って端末を開けた瞬間、先程の比ではないくらい顔を真っ赤にして、ずるずるとドアを背にへたり込むのは、この直ぐ後の出来事だった。
>>>END.
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