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01: この恋の距離
ロックオン、とこちらをじっと見ていた刹那に声をかけられた。
「調子が悪そうだが、どうした」
「……ん、べつに」
「そうか?」
明らかに、と言いかけた刹那に、部屋に居合わせたスメラギ・李・ノリエガが分かった、と手を叩く。
「例の恋人と喧嘩でもしたんじゃない?」
「スメラギさん!」
さっと焦ったように遮るロックオンに、スメラギが口元を押さえる。
「あら、内緒だったの? ごめーん」
何が内緒だ、ごめーんだ! 年上の美女の悪びれない笑顔にロックオンが肩を落としていると、背後から弟分の呆れたような声がした。
「なるほど、つまり、恋人と喧嘩をして拗ねている、ということだな、理解した」
「すんなあ!」
お兄ちゃんの威厳台無しよ、とロックオンは軽く傾ぎながらいいもんね、と呟く。
そのロックオンの目の前に、刹那が座った。自分も知らなかった恋人の存在を、スメラギには話していたというのがなんとなく面白くない。
「俺が相談に乗ろう、普段の礼だ」
「え、いいって」
「話してみろ。いつもお前が俺にしてくれるように」
さあこいバッチコイとでも言いたげな刹那の目は据わっている。なので、ロックオンも覚悟を決めた。
「んー、まあ、大したことでもない、んだが」
「しかし、それで喧嘩になったのなら十分大事なのではないか?」
ロックオンは基本的に人当たりが良くて穏やかだ。派手な喧嘩を恋人とするということがそもそも刹那には新鮮だった。何を言われてもにこにこ受け流しそうな気がしていたのだ。
(面白くはない。……しかし、俺だって)
なんとはなくの対抗意識が首を擡げ、真剣に先を促す刹那に、どうもやりにくいと思いつつロックオンもぼちぼち話し始めた。
「こないだの、休暇の時に、逢ってたんだけれ、ども」
「ああ、浮気でもしたのか」
刹那の知る恋愛の常識では、恋人との喧嘩原因のうち、九割がそれだ。
まだKPSAに居た頃、リーダーだったサーシェスは派手な女関係を誇っていたが、ただの少年兵だった刹那から見ていても、常にその手のトラブルに見舞われていたような気がする。
自分の知っている恋愛観が偏ったものだとは今ひとつ思って居ない刹那が言うのに、慌てたロックオンはぶんぶんと首を振った。
「してない! 俺は浮気はしないし、向こうにだってさせねえよ!」
咄嗟に叫び返してしまって、ロックオンは赤くなった。
スメラギが、ヒューヒューと無責任に冷やかしている。止めて下さいよスメラギさん、と言っているロックオンも満更ではなさそうに思う。
「……じゃ、なくて!」
「照れるところなのか?」
よく分からない。刹那の胸にやや不安が兆した。
「あー……いや、うん」
「説明はいい、簡潔に喧嘩の要因を述べてくれ」
エクシアで紛争を駆逐するときのような表情で言われて、ロックオンはややばつが悪そうな顔で頬を掻いた。
「べつに、ほんと、大したことじゃないんだぜ? ただな、なんか軽く食うもの作ってくれっていうから」
「うん」
「丁度その辺にあった袋入りのチップスをバター塗ったパンに挟んで出したら、喧嘩になった」
くらり、と刹那の視界が揺らいだ。
ーーーーーロックオン・ストラトス、それは十分に「大したこと」だ。
刹那の脳内に、残念なことに味の記憶付きのリアルなイメージが沸く。
そういえばその食べ物は、いや、あれを食べ物と言って良いのかは分からないが、少なくとも料理というものではないそれは、刹那にも作ってくれたことがあった。まだ刹那とロックオンが同室で寝起きしていた頃だ。
「あれ、を、作ったの、か」
「おーよ、お前も食ったの、旨かっただろ?」
作られたものを廃棄するのも勿体ないし、食べられなくはなかったので文句は言わずに食べたが、二度と目の前の男の言う「サンドイッチ」は信用しないと思った瞬間だ。
それまで、素朴な平たいパンに肉汁滴る羊の肉をたっぷりの香辛料で炒めたりしたものを挟んだ物が普通だと思ってよく食べてきていたので、余計に。
「なるだろうな、それは、喧嘩に」
なのできちんと相槌を打った。ロックオンはきっと自分に作ってくれたときの事も都合良く取っているに違いない。ならば、刹那にも責任の一端はないとはいえない。多分。
「なんでだよ! 俺はあれ、ちいせぇころよく食ってたんだぜ!?」
憤慨するロックオンに、刹那は深々とため息をついて戦略的撤退を決めた。なんだか、無性に顔も名前も知らないロックオンの恋人とやらに同情してやりたい気分だ。
「ならば逆に問う、なぜ相手の好物を挟んでやらなかった。普段のロックオンの性格からして、知らなかったとは言わせない」
「……」
うっ、と鳶色の髪の毛の男が弟分の正論にたじたじになる。確かに、マッシュポテトだったら、金髪の男は相好を崩して喜んだだろう。それは分かる。分かるのだが。
「ロックオン?」
答えを促され、尋問状態のロックオンがぼそぼそと小さな声で言う。
「だってよ、俺の好きなもん、ちっとでも好きになってくれればなーって、思うだろ」
「思わない」
事実そうなので即答すると、そうだよな、お前に恋心はわかんねえよな、とロックオンはため息をつく。
「お前と一緒にするな、刹那」
「確かに、難解だな」
「んー、まあ、俺も大人げなかったわ」
ちょっとふざけ過ぎたかもな、マッシュポテト挟んでやれば良かった、と労しそうに遠くを見るロックオンに、ならばなぜその気遣いを自分に作ったときには見せてくれなかったのかと刹那は言いたかったが、賢明にも口を噤んだ。
(やはり俺にはまだ他人の恋愛相談を受け入れるだけの器量はないようだ、ガンダム……)
遠い眼差しで一人はどこか宇宙の彼方を、一人は己の内面の奥底を見つめ始めたガンダムマイスター達を前にして、スメラギはこれは今夜も美味しいお酒が飲めそうだわ、本当に飽きない子達、と小さく苦笑していた。
☆ ★ ☆ ★ ☆
苦虫を噛み潰したような表情というのは久々に見た。
「何やってんの、グラハム」
昼食を一緒にしようと誘うと、えらく思い詰めた声がサンドイッチが食べたいと言ったので、珍しいと思いつつ折角だからとパンと具材を用意して好きに挟む形式にしたのだが、グラハムの前の紙皿にはサイドメニューの筈のチップスが山ほど挟まれたサンドイッチが鎮座している。
グラハムはサンドイッチもポテト系が入っているものが好きだが、それにしてもこれはなかなかアバンギャルドと言わざるを得なかった。
ビリーの質問を聞いて、絞り出すような声でグラハムが言う。
「……私の姫は、これが好物なのだ」
「へえ、変わってるね」
思ったので、正直に言ってみた。驚くことはなかったが。その辺り、この長髪で眼鏡の技術顧問は、実によくこの親友に慣らされてしまっている。
まあ、料理が壊滅的に苦手な女というのも珍しくはないし。なんせこのグラハムの恋人だし。グラハムの恋人だし。大事なことなので、脳内だがこちらは二回言ってみる。
「しかし、姫が好きだというものを一方的に受け付けなかった私にも、非はある……と思うのだ」
だから好きになろうと思った、というグラハムは随分と前向きだが、前向きの方向性が些かずれている感じはしなくもない。
まあ、相手がグラハム・エーカーなのでビリーも今更言いはしないが。
精神的修行の一環だ、精神統一すれば火もまた涼しいはず、と山ほどのチップスの挟まれたサンドイッチを前に葛藤を繰り広げる男を前に、それさあ、なんか他の具も挟めばいけるんじゃない、今度は君が作っておあげよ、と無責任な感想を漏らして、ビリーは自分のパンにバターを塗ると、向こうにあるハムとレタスに手を伸ばしたのだった。
余談だが、暫く後にグラハムとニールの二人が、今度はパスタの湯がき方で更なる大喧嘩に発展する未来を、この時点ではまだ誰も想定していなかった。
>>>END.
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