帰還
-Amuro's Counter Attack-

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 ※世界はSRW設定です。



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+VIII+



 シャアの様子がおかしい。

 アムロはこの前の出撃から二三日してそう感じた。どことなく、心が地面に着いていなくて浮遊しているような気配がある。己を律するのに厳しいシャアにしては珍しいことだった。
 原因は、何となく分かっている。数日前にアムロの作ったサザビーにシャアを無理矢理試乗させたのだが、その帰りに何を見たのか、酷く慌てた感じの通信が入り、挙げ句に彼女の名前を呼んだ。本来ならばアムロにも安らぎを与えるはずの名前。でもその時は、焦燥感しか浮かばなかった。

 彼は逢ってしまったのだろうか、彼女に。まさか捕らわれてしまったのだろうか。

―――"ララァ"


 過去の亡霊が、俺達を呼んでいる。


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 それでも数日は平穏に過ぎたのだ。シャアの中の優先順位で、アムロは彼女に勝てない。…そのことだけはよく弁えているので、アムロもあえて何も問わなかった。シャア自身もあれ以降折角アムロが丹精したサザビーにもまるで何かから逃げるように近寄りもせず、相変わらずのバックアップの任務に勤しんでいた。

 話してくれるまで、シャアが心の整理を彼なりにつけるまで待とうと思った。…のだけれど。
 もしかしたら、シャアは『連れて行かれてしまう』かもしれない、という不安が消えない。ニュータイプの勘だから的中するなんてそんな後ろ向きに不吉なことは考えたくもないのだけれど。
 落ち着かない気持ちで数日を過ごし、挙げ句打ち合わせの最中にブライトに爪を噛む癖が復活していることを指摘されてアムロは苦笑した。当のシャアはアナハイムとの新作パーツ作製と機体整備の互助システムの打ち合わせで数日前から留守にしている。

「どうした?相方が居ないのが不安か?」
「いやー、そうじゃないんだけどね。」

 あははと明るく笑ってみせるアムロが時折落とす暗い表情にブライトは痴話喧嘩だろうかと見当を付け、それ以上は追求しなかった。そのことを、ブライトは後になって酷く悔やむことになる。


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 結局やせ我慢は長くは続かなかった。三日ほどして痺れを切らしたアムロは当直をモビルスーツの部品と引き替えにシローに押し付け、出張から帰ってきたばかりのシャアが居るであろう自宅へと急いだ。永の不在でもあるまいし、会わなくったって平気だよ、と強がって入れたシフトだった癖にと急ぎながら苦笑が漏れる。歩調は完全に駆け足に変わっていた。

 鍵を開けるのももどかしく玄関を入り、同居人の帰宅を未だ放置されたままの鞄で確認すると、彼が居るはずの部屋へ向かう。ノックもそこそこにドアを開けると、青い瞳が驚いたように開かれるのと出くわした。

「おや?アムロ、君は今日は帰ってこないのではなかったの……。」

 皆まで言葉は言わせて貰えなかった。どんとぶつかるように抱き付いてきた青年に意表をつかれたシャアが受け止めきれずに尻餅をつく。咄嗟に受け身を取ったのはまぁ流石というところだったが。着替えかけていたのだろう、解かれたネクタイと僅かにボタンの外れた胸元にアムロが顔を埋める。シャアは驚いたようだったが、理由など何も聞かずに腕をアムロの頭に回し、ゆっくりと収まりの悪い癖毛を撫でてくれた。

「…どうした?」

 聞いてくる声音は酷く優しい。アムロはぶるぶると首を振って、縋り付いた。シャアの姿を見つけた瞬間に込み上げてきた安堵とそれを上回る恐怖をどう表現したら良いのだろう。


―――自分がこんなに不安になっているなんて思いもしなかった。


 お願いだから、彼を連れて行かないで、と心の中で聞こえるはずもない『彼女』に向かって繰り返す。シャアの後ろにララァの影は見えなかったけれど、それでも一時に比べると遙かに濃厚に気配を感じる。それがアムロを益々怯えさせていた。今更。あんなに葛藤してやっと受け容れて、漸く居心地も良くなった初めての『自分の居場所』なのに今更。…手放せるものか。

「アムロ?」

 シャアが耳元で名前を呼ぶ。ゆっくりと顔を上げると、深青の双眸がふわりと緩められてにこりと微笑んでくれた。

「…そんなに会いたかったのか?君にこんな風に出迎えて貰える日が来るなんて感激だな。」
 あのコロニーでの感動の再会も此処まで熱烈じゃなかったぞと戯けるように言われ、アムロはかっと赤面した。うるさいよと身体を離そうとするがそれより先に素早い男の腕に絡め取られ、再び胸の中に沈没する。くくくと耳元で低い含み笑いが聞こえた。

「悪いが、もう離さんよ。」
「…別に逃げたりしないってば。」

 往生際悪くじたばたするのは止めて、アムロも息を吐いてゆったりと身体を預けにかかる。
 誰かにシャアを取られたらどうしよう。
 その恐怖はアムロの中にはそれこそ常時存在している。ハンデどころか手持ちの材料には不備が多すぎる。何といっても同性だし、素直でもないし可愛気もないし華奢でもなければ美形でもない、胸だって柔らかくないし当然ながら膨らんでもないし手は機械いじりで豆だらけで勿論だがシャアを包み込める身体もない。飛び抜けて頭がいいわけでも豊かな訳でも……。

 彼に求め続けて貰えるようなものなど、何一つ。

 ぐるぐると思考に沈没するアムロを腕に抱えたまま、シャアが上機嫌に呟く。

「そういえば……ララァが言っていた。」

 その言葉の瞬間、アムロが切れた。
 やはり、シャアは。自分の知らない何処かでララァと逢っていたのだ。嫉妬の色で目の前が赤く染まるような気がする。おかしな位に腹が立ち、思わず勢いに任せてどんとシャアを突き放し、がばっと立ち上がった。

「アムロ?一体どうしたというのだ?」

 シャアはアムロの暴発に呆気に取られたようであった。

「うるさい!何だよ事あるごとにララァララァララァって!そんなに俺よりララァが良いならあの娘の面影だけ追っていればいいだろう?!」

 一瞬絶句したシャアだったが、直ぐにアムロの誤解を解こうと口を開く。
「…何を言う、ララァはそんな存在ではない!君だって知っているだろう、ララァは…。」
「知ってるけど、俺は吹っ切った!!」

 叫び返され、シャアが言葉に詰まる。

 その後、ひどく切なそうに訊かれた。

「君の中にはララァはもう…居ないのか?」

 その声の悲しげな調子に、アムロは完全に癇癪を起こした。

「ララァのことを忘れた訳じゃない、だけど、何もかも忘れずに抱え込んでどうやって人間は生きていけるんだ?!忘却するから、薄れるからじゃないか!!ララァは俺の側だけじゃなくてあなたの側にも居るんだよ!!」
「しかし、今や彼女と話を出来るのは君だけなのだよ!」
「できるか!俺が話しているのは俺の中のララァであって『あなたのララァ』じゃない!!」

―――俺に彼女を求めるなって、何度言えば分かるんだ!!

 シャアがどうして分かって貰えない、と苛立たしげに言った。感応させようと意識を向けてくるのが分かったが、頑なに拒否する。感情など、そんな甘い気持ちなど分かってやるものか、と。もどかしそうに言葉でシャアが心情を告げる。

「求めてなどいないが吹っ切ろうとも思わない!私はララァを愛した私として、君のことを必要としている!」

 勿論、足りない言葉などではアムロにはシャアの真意は届かなかった。返って火に油を注ぎ、アムロは男を怒鳴りつける。
「綺麗事を言うな!!あんたのエゴで振り回される俺やララァの身になってみろ!」
「ララァはこんな私を認めてくれた存在だぞ?!忘れられるか!!何故なら彼女は…。」
 言いかけた言葉を、アムロが引き取る。

「あんたの『母親』なんだろう?!産み直して貰いたいなら尚更俺以外を当たれ!!俺は女じゃない、なにかを生み出して育む存在には成れない!!」

 俺が持っているのは破壊の手だ、全ての縁を壊すだけ、断ち切るだけなんだ…。酷く哀しそうに呟くアムロに、シャアが焦れる。

「だからッ…!それでいい、それで構わないと言っているのが何故わからん、アムロ!!」

 女が欲しいわけでも恋人が欲しいわけでも愛さえ欲しいわけではない。…私はただ、君を。

―――君であるからこそ欲しいと。

 しかし、アムロが一瞬にして二人の間に築き上げた壁はシャアの予想以上に厚く、高いものであった。

「分かりたくもないさ、そんなもの!良いんだよ、俺だってどうせあんたの中のララァには勝てないんだ!悪いけど俺は俺が一番じゃないあんたなんか要らない!」

 ぐっと、シャアが言葉に詰まった。

 いつものアムロが追い詰められたときに見せる売り言葉に買い言葉であることは分かっていた。微笑めば、決まり悪げにアムロは言葉を濁してごめんとかなんとか言うであろう。そこでシャアがいいや私もつまらないことをとでも言えばそれで。…しかし。

 今回は、珍しくシャアも純粋に腹を立てている自分を自覚した。

「…要らない、か。随分とはっきり言ってくれるものだ。」
「……悪いかよ。」

 いや、とシャアが苦笑する。
「悪くはない。アムロが、私がアムロに拘るほど私を好きではないことなどとうに承知している。そうではない、そうではないのだ…。アムロ。」

 振り回して試すことでしか愛情の確認を出来ない不器用なアムロを知っている。無理難題や無茶を言い、それをどこまで許容するかでしか相手の愛情を計れない。それでもいいのだ、とは思っているが。

「私は、私の思っていることなど結局君はひとつも受け取る気にはならなかった、その事が…。」

 だからといって別段悲しくもないしそんなことだろうと薄々思ってはいたけれど。届かなくても分かり合えなくても、そのこと自体を肯定して楽しんで行くことに決めたのは他ならぬシャアだ。今更アムロにルール違反を求める気にもならないし改正を訴えようとも思わない。

 けれど。

 だけれども。

「…流石に、時々疲れるよ。」

 一方的に注ぎ込む愛情。見返りなどは期待しないが、補給も無しではエネルギー切れを起こすことは必至だ。それでも別に構わないのだけれど、補給がないと覚悟を決めても無限の存在でない以上尽きるものは尽きる。…シャアだって別に全能ではない。無尽蔵の愛情などは持ち合わせていないのだ。

「悪いが、持ち直すまで暫く独りにして貰いたい。」

 呟くように言葉を落とし、シャアはゆっくりと立ち上がると上着さえ取らず部屋を後にした。隣をすり抜けられてもそのままに立ち尽くすアムロの耳に、玄関のドアが閉まる音が届く。どうやら、シャアはこの家からも出ていってしまった様であった。


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「…なんだよ、クソ。」

 アムロが漸く、誰に対してなのかさえ分からなくなった悪態を吐く。
「なんだってんだよ!結局あなたはララァが大事なんじゃないか、俺がっ…!!」

―――いつもは俺が、どんな我が儘を言っても無理を言っても笑って聞いてくれる癖に!!

 子供以下の癇癪で有ることは分かっていた。
 酷いことを言った。
 いつの間にかシャアに依存し、甘え切っている自分に吐き気がする。
 手酷く何度ひっぱたいても戻ってきてくれるあの男の懐だから、臆病な自分も飛び込む覚悟を決めたのに。
 捨てたのに、捨てられたような気分になるのは何故なんだろう。この関係の主導権は何処まで行ってもシャアに握られっぱなしで。

 いや。
 覚悟など、やっぱりいつになってもアムロの中には存在してはいないのだけれど、本当は。

 だから追えない。責めることしかできない。俺を見捨てるなと。

 シャアが枯渇させてしまった愛情が、再び戻ってくるとは限らないのだ。補給もしてやらずに注ぎ込むのは勝手というなら、止めるのも向こうの勝手だろう。


―――止めるのも。


 ちくりと胸が射し込んだ。…思わず肩を押さえる。



 シャアに付けられた古傷が痛んだ。






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+++To be Continued.

 

 

シャアを取り合いになった場合、アムロは結構自分に自信のない方なので(笑)
そのくせ行動は自信満々なんですが(笑)不安になっちゃうと思います…が。
うちとこのアムロ君はシャアが看破しているように憎まれ口と意地悪でしか愛情表現できません(大爆笑)
どこまで引っ掻いても良いかが命です(猫じゃないんだから)
言葉にするのも行動にするのも苦手だしねー。ニュータイプなのにねー。(だからか)

さて、家出した旦那様は何処へ行くのでしょうか。家なき子シャ(もうええって)

 

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