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※世界はSRW設定です。
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+VI+
「はい、着いたよ。」
「アムロ、此処は…?」
ブライトに断って艦を降り(ブライトは何故かとんでもなく苦々しい表情だったが)、連れて行かれた先は想像を絶する場所であった。建物に刻まれた社章に、所有者を推測したシャアが口を開く。
「…ここは、…アナハイムの工場ではないのか?」
「うん。」
にっこりと微笑むアムロに、シャアが彼の目的を計りかねて首を傾げる。
「…なんだ?νガンダムのカスタマイズでもしたのか?…いや、此処は軍需産業用の施設ではないか。」
辺りを見回し、記憶を探りながら憶測を呟くシャアにアムロが軽く手を叩く。
「さすがに詳しいね。…うん、ホントはね、此処でモビルスーツは造ってない。」
「なら、どうして…。」
大体自分は最近νガンダムの改造の上申を三つほどごり押しして通したところだったが、あれから更に無断で決行するような改造の余地があっただろうか(この辺りシャアもガンダムに関しては全く己の相方を信用していない事が伺える)と更に記憶の奥を探るシャアの腕を取り、アムロが工場の中へ誘った。
「ほら、こっち。…来てよ、シャア。」
「あ、ああ。」
薄暗い工場の中、何故か行き交うスタッフの姿もない。シャアは段々に思い出す。職業柄、アナハイムの内情に関しては必要以上に詳細を心得ているが、この工場は数年前に操業を停止した部門の工場の筈だ。…それならば人の姿がないのは当たり前なのだろうが、だったらアムロは廃工場を使ってまで一体何をしていたというのか。
疑問符だらけのシャアの頭の中身に答えが与えられたのは、暗闇にも慣れた調子で先を歩いていた幾度も此処を訪れていたと思しいアムロがライトのスイッチを点けた瞬間。
パチン。
軽い音を立てて、暗闇は急に昼間の世界に変化する。突然の眩しさに対応できなかったシャアが咄嗟に手の平で色素の薄い瞳を庇い、何度か瞬きをして、アムロより一瞬遅れて工場内の様子を知覚する。
そして、眼前に現れた存在に息を呑んだ。
場内は、狭いながらもモビルスーツを組み上げる専用ドックに作り替えられていた。無機質な足場と転がる工具。アムロがコンと軽く蹴飛ばした螺子はそのまま低重力に流されてあり得ない距離を飛ぶ。
其処の中心に、以前以上の偉容を見せて佇んでいた機体は。
「………サザビー?」
見上げたシャアが信じられなくて名前を呼ぶ掠れた声を上げる。アムロが得意げに胸を張った。
「そうだよ。」
―――燃え上がる深紅の華麗な機体。持ち主の精神の強さを現す無数のファンネル。刻み込まれた印章にも似たパーソナルマークは、この機体が唯一個人のためだけに造り上げられたものであることを無言で示している。そして。
その名前はかつてシャア・ダイクン自ら戦場に於ける宇宙の一等星なれと天を焦がす天狼星セイリオスの古の名前に肖って授けたもの。
シャアは機体から目を逸らせないまま、アムロに尋ねる。
「ア…ムロ、これは…?」
「俺からあなたへの贈り物。…受け取ってくれる?」
「………何故?」
問いかけた声は震えていたが、アムロは気付かない。綺麗な微笑みを浮かべ、思いの丈を口にする。
「あなたをもう一度、宇宙へ誘いたいから。…以前はいつもあなたが俺を宇宙へ誘っていたよね?今度は、俺があなたを宇宙へ連れて行く番だ。シャア。」
「……アムロ。」
それ以上の想いは、言葉にならなかった。辛うじて彼の名前を呼ぶことで遙かな宇宙へ彷徨いそうな己の心をその場に繋ぎ止める。
―――君は、何と罪深く、恐ろしく…蠱惑的な誘いをそんなに軽やかに私に迫るのか。
そのままアムロは得意げに新生サザビーの解説に入った。
「あのね、特別製なんだよね。見た目は全然前と変わらないだろうけど、中身はちょいと違うんだよ。ほら、傷ついたときに塗装の下の金属板の味気ない色見えたら興醒めじゃない?だからね、金属本体に色を付けるんだよねー。それが大変でさぁ…苦労したよー!」
「……。」
「その金属の色もさ、普通の赤じゃつまんないでしょ?フェラーリレッドを何とか出そうとしてね、あの鮮やかな赤って発色難しいんだよねぇ。両方合わせ技でやろうっていうんだからその苦労は並大抵じゃなかったよそりゃホントに。」
「………?」
「あとあと、後ね!聞いてくれる?!メインのファンネルに使った素材なんだけど、高精度レーダーにも感知されない新素材でさ、ものはカーボンなんだけど元素の結合の比率工夫して高熱と密度で圧縮かけて強度はダイヤモンド並に上げてあるんだけどね、更にそれの中身にチップ組み込んで……。」
嬉々として嬉しそうに搭載あるいは導入した新技術をしゃべくり倒すアムロにシャアが絶句する。お陰で流れていた緊張感も一気に崩れ去ってしまったのだが。
―――分からない、何がそんなに「凄い」のかその感覚が分からないぞアムロ!!
自分が中途半端なニュータイプなのがいけないのだろうか、とシャアは一瞬以上悩んだが、(しかし恐らく他のニュータイプ…例えばジュドー辺りに聞いてもこの感覚の共有はできません、と突っぱねられる類のものだろうが。)だが、アムロの瞳が余りに嬉しそうに「誉めて」と言っているのでついつい表情を崩してしまう。聞いても一緒になってはしゃげない不甲斐ない自分を心で詫び、(諄いようだがシャアが謝る必要は本来全くない)取って置きの微笑みを浮かべる。
「ありがとう。やはり君は天才だな、アムロ・レイ。」
シャア・アズナブル。何のかんのといいながら結局根っこの所はお育ちの良い世間知らずの貴公子である。
せめて「へぇ〜」ボタンが在れば連打でも何でもするのだが、とアムロとの暮らしの間にすっかり世間ズレした思考を抱えて感慨深くサザビーを眺めるシャアに、アムロは微笑んだ。
「気に入ってくれた?」
「ああ、…とても。驚かされたよ、正直。」
思っても見なかった、と正直に照れ笑いするシャアの目元は柔らかく緩んでいる。
その彼に、アムロが強請るように上目遣いでお伺いをたてる。ご丁寧にも両手でシャアの片腕を取って子供がするように揺さぶってみたりして。この辺り、アムロはガンダムだけでなくシャアの操縦方法にも卓越した才能を発揮する様である。
「ね、シャア。…乗ってくれるだろう?」
シャアは正直にたじろいだ。宇宙に出ることも前線に出ることも恐怖はないし不安も感じない。還ってきた赤い機体を駆ることも望むところだ、とすら思う。一度乗って感覚を取り戻せば、未だ十分以上に自分は現役のパイロット達の中に混じって戦うことが出来る。
其処にあるのは果てしない迷いだけだ。…以前のシャアならそれも躊躇い無く吹っ切っていただろうけれど。
だけれど。結局シャアの唇が紡いだのは、はっきりとしない答えだけ。
「有り難いが…少し、考えさせてくれないか。」
―――ララァの声が、遠い波飛沫のように弾けて耳の奥に木霊した。
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自分はつくづくアムロに甘い、とシャアは正直情けなくなる。
個人の誓いとか信念とかそういうものを、自分は殊の外大事にしてきた人間の筈だ。それなのに、あの白いガンダムに乗るエースパイロットに掛かるとそういったものはまるで脱着可能な衣服かなにかのように軽々しく翻るものになってしまう。そんな己が不甲斐なく、苦々しくもあり。…挙げ句の果てには少し愛おしいとさえ思ってしまうのがもう末期症状なのだろうが。
等と内面描写でどんなに言い訳しても言い逃れをしても、結局の所事実として現在シャアはアムロが新造したサザビーのコックピットの中に座っているのだった。
モチのロン、アムロの度重なる「お願い」と「折角造ったのに」と拗ねてみせる攻撃に負けたのである。目元を潤ませて「俺が造った機体には乗れないんだ…一緒に宇宙に昇りたいだけなのに、好きじゃないんだ、俺のこと。」なんてやられた日にゃ個人の誓いなど風の前の蝋燭の火より儚いだろう。惚れた弱みというか恋愛は先に落ちた方が負けというかなんだかんだ言いつつアムロが絡むと何処までも押しが弱くてヘタレな赤い彗星である。
そのアムロの嬉しそうな声がシャアの思考回路にサザビーの通信回線越しに割って入ってくる。
『シャア、調子はどう?』
何処までも上機嫌なその声音に苦笑しつつ、テスト飛行中のシャアは幾つか計器を弄る。
「ああ、前よりも調子がいいくらいだ。感度良好でね。」
『そいつは良かった。…その子はあなた向けの特別チューンだもの。』
嬉しそうなアムロの声についつい少し意趣返しを兼ねた嫌味を言ってやる。
「よく、私が感度がいい子が好きなのを知っていたな?…経験則か?」
一拍置いて、この上なく不機嫌になった声が返事を返す。
『…落とすよ?』
アムロの極端な言い草にシャアが笑い出す。
「勘弁してくれ。君に一体何度落とされていると思って居るんだ。」
『人聞き悪いこと言わないでよ。サザビーに乗ってるときくらいじゃないか、俺があなたを本気で落としたの。』
一年戦争の頃はまだ俺はモビルスーツの操縦に慣れてもいなかった、と言いかけるアムロの言葉を途中で遮る。
「なに、落とされっぱなしさ、連邦の白き流星にはね。…心も身体も、と注釈を入れた方がいいのかな?」
アムロが豪快に絶句した。…ちなみにそのアムロはνガンダムで後を着いてきているはずだ。個人回線と思っているからシャアも気安い軽口を叩いているのだが、アムロはそうは思わなかったようだ。モニターの向こうで真っ赤になっている様子が安易に想像できてシャアの含み笑いが爆笑に変わる。アムロが心底不愉快そうに怒った声で噛み付いてきた。
『…なーんーであなたはっ、宇宙に上がった途端に人格変わるかなっ!!もういいよ、適当に遊んだら独りで帰って来なよねっ!!さよならっ!!』
ぶつっと通信が途切れる。くっくっくっと納めきれない含み笑いを漏らす。機体テストだと無理矢理にノーマルスーツを着せられてコックピットに押し込まれたことをこれでも少しは根に持っているのだ。
全天周のモニターを見上げる。かつてのサザビーのコックピットに居るときも宇宙に浮かんでいるようで気分は良かったが、…この感覚は特別だ。
暫くそうして宙に浮かんでいると、ふと正面のメインモニターを何かが過ぎった気がした。
「…なんだ?」
感覚は不快とも危険とも告げていない。それを余計に不思議に思いつつシャアは青い視線を走らせる。一体自分は何を捕らえたのだろうか、と。
その時。シャアは我が目を疑った。
話には聞いていたが、昔話としてしか聞いたことのない過去の情景が眼前に出来する。
―――漆黒の宇宙。その彼方より居出て天上を翔る一羽の美しい白鳥。
「…まさ、か…!!!!」
……ララァか?!
あの時百式の上で聞こえた声はこの邂逅を示していたのか?
呆然とするシャアの前で、白鳥は明確な声を伴った意志として彼の名を呼ぶ。
―――大佐、シャア大佐。
「…ララァ!!」
その時、自分の意識が完全に刻の外の世界に出てしまったことにも、シャアは気付いていなかった。
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+++To be Continued.
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