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※世界はSRW設定です。
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+IV+
「す…ごい。」
一部始終を見守っていた人々の間に感嘆の声が挙がる。加速度を付けて高速で落下する機体を叩きつけられず地面ギリギリで反転させるだけでも難しいのに、その体勢で敵を射程に収めて攻撃してあまつさえ爆風の推進力も借りながら飛び上がって体勢を立て直すなんてその時点で乗り手の技量は既に神業を超えている。
「…あれは…やれっていわれても出来ないかも。」
やってやれないことはないかもしんないけど追い込まれるまで勘弁だよあんなトリッキーな操縦、と呆然としながらジュドーが呟く。
元々殆どのパイロットが卓越した腕前を持つガンダム系はどれを取っても従順な機体ではないが、中でも百式はシャアが好む機体だけあって相当ピーキーに出来ている。パワーがあって扱いにくいとなれば尚更あんな荒技には向かない。百式に懲りてサザビーはもう少し甘めに設定した、とシャアが何時だったか洩らしていた位だ。それでもそのサザビーでさえもあんな気難しい機体他に知らないよ俺、とあの天下のメカフェチ・アムロでさえチューニングをしながら零していた程なのだが。
「是非とも一度手合わせ願いたいものだな。」
物騒な感想を呟くヒイロにお前って奴は…とデュオが頭を抱え、カトルとトロワが苦笑した。五飛だけはちらりと視線を泳がせ、児戯だよと苦い言葉を吐き出した。
「まるでサーカスだ。…最も、魅せようと思ったのかもしれないが?」
泳いだ視線の先には、子供がヒーロー映画を見たように表情を輝かせるエースパイロットの姿があった。
「あの整備の半端な百式でねぇ…。」
アムロはどちらかというと機体それ自身を愛する傾向は多大にあるが、操縦だけを純粋に楽しむということは余りない。操縦も勿論好きだがそれよりガンダムと居るのが好き、というメカフェチ一直線なアムロに対して、クワトロはモビルスーツに乗ること、操縦することを至上の喜びとする生粋のパイロットだ。機体に対する拘りはアムロよりは薄いが(というかアムロが度を超えて異常なのだという話もあるが)淡泊だからといって愛機と呼べる百式に固執しない訳ではない。
「流石は大尉ですよ、無茶苦茶しますよね。」
カミーユが呆れたような感心したような声でクワトロの健闘を称える。
アムロはそれを聞いて、自分のことのように誇らしげに笑った。見たか、と叫んでやりたいくらいだ。
―――あれが伝説の『ジオンの赤い彗星』…俺の生涯最大のライバルだよ。
そう言い放ってやれればどんなに胸が透いたか。シャアはアムロの誇りでありプライドの一つなのだと。
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敵は殲滅した。
バーニアを噴射させながら、百式はゆるゆると下降する。
そのまますとんと地面に足を下ろしたところで丁度よくエネルギーの残量も"EMPTY"を差し、パイロットの卓越した腕前により一騎当千の働きを見せた黄金の機体は完全に沈黙した。
「…ふぅ。」
シャアが暫く前からエアコンディショニングの切れた狭い空間で襟元のネクタイを外す。緊張の連続を強いられた身体には流石に不快に感じるほど汗が流れていた。当然のようにコックピットの電源も予備に切り替わり、モニターからも外の風景が消える。外部電源の緊急通信機で旗艦のブリッジに通信を入れると、シャアは手動でハッチを開けようと腕を伸ばした。
百式の沈黙した計器の上を愛おしそうに撫でる。よく自分の無茶な要求に応えてくれたと思う。こういうときに、慣れた自分の愛機で出るのと他人の機体を使うのとの信頼の差が出てくるのだ。他人の機体に命は預けられない。既にサザビーを知る腕には随分焦れったく機体反応を感じたが、その辺りは余分なシステムや重さを全て切り落とすことで対応した。あえてエネルギーを少しも補充しなかったのはその所為もあったのだ。
最も、お陰で最後は空調からオートマニュアルまで咄嗟に必要ないものは全て切る羽目になったが。短時間だから大丈夫だろうとオートで身体への負担を軽減するよう調節してくれるサスペンションを切ったのは流石にやり過ぎたかな、とシートからの普段の倍以上の衝撃に耐えた身体を伸ばす。ぱきっと凝った関節が軽く音を立てて伸びた。
パワー機能が落ちているので重量を軽減するものが無いハッチを全身で押し上げるようにこじ開け、全身で外の空気を吸い込んだ。開放感に身体が喜びの声を上げるのを感じる。
ラー・カイラムから機体とパイロットを回収するための運搬機が出てくるのだろう、閉じられていたハッチが再び開くのを、眩しげな表情で見上げる。色素の薄い瞳はスクリーングラス無しでは強い日差しに未だ慣れず、何度も瞬いて闇から出たばかりの己の身体を表の明るさに慣らそうとする。
そのとき。
―――光の当たる場所にようこそ、大佐。
耳元で、海馬の遙か彼方に忘れ去っていた少女が囁く声が聞こえた気がした。
「…ララァ?」
名前は一瞬にして記憶の大河から拾い出され、過去は現実のものになる。酷く落ち着かない気分になり、狼狽えたように周囲を見回した。何故か、自分がとんでもないことをしでかした様な焦燥感に捕らわれる。シャアにしては珍しいことだった。これがニュータイプの勘働きなら、絶対に何かトラブルが起こる予兆に違いない。
「そうでないことを、祈りたいものだが…。」
どちらにしても「平凡」とか「平穏」などという言葉が自分には似つかわしくないことを熟知しているシャアは、軽く諦めの溜息をつく。
涼やかな風が、身体と綿のシャツの隙間をすり抜けて熱くなった体の熱を奪い取っていった。
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「シャア。」
「…復帰はないからな。」
帰ってくるなり開口一番嬉しそうに相方の名前を呼んだパイロットのシフト管理を任されている責任者に、シャワールームから出てきたばかりのシャアは先制で釘を差した。図星だったのだろう、アムロが顔を顰める。
「まだ何も言ってないだろう?」
「ほう?では言ってみたまえ。」
「いや、百式であれだけ動くって凄いなぁって純粋に誉めに。」
「それは光栄だ。ありがとう。」
「で、ものは相談なんだけど。」
「却下。」
「早すぎるだろー?!」
落ちかかってくる柔らかい金髪を煩そうに掻き上げながら、シャアは顔を顰めた。
「確か君には二度と乗らない、と言ったな?私は。」
やんわりと、しかしきっぱりと言い切られてアムロが不服そうな顔になる。
「…だって。」
「個人の誓いなどラー・カイラムの安全より優先するものではない、と思っただけだ。」
今回のことはな、と続く言葉に、アムロは納得はしながらも承伏できかねるものを感じていた。
大体シャアは狡いよ、と思う。アムロ一人だけ残して、さっさと自分だけ落ち着いた振りをして。パイロットはいわば花形であるから、艦の中で一番大切にされて然るべき存在なのだけれど、そんな彼等だから一番に裏方の有難味を身に染みている。今やクルーの誰一人としてシャア抜きのロンド・ベルなど考えられないだろう。精神的にだけじゃない、物質的にもだ。
ふぅ、と軽く溜息をつこうとしてアムロは不意に閃いてしまった。
「…シャア。」
「なんだ?今の話題ならお仕舞い…。」
「そうじゃない、あなたもしかして…。」
自分が再びこの場所に戻ってくるのにはアムロ自身の葛藤はあったが仲間からの反発はなかった。けれども、シャアは?確執がないとは思えない。派手に死んだ振りをして全てを放り出して消えていた男が戻ってくるのに、今まで何度も有ったこととはいえ矢張りいい気持ちはしないだろう。騙したな、と。ネオ・ジオンはシャアの帰還を今のところ無視しているし、シャアも昔居た組織に特に拘りを持っては居ない様に見えるが。
アムロが帰ってくるのにも自分に付き合わせていいものかと思ったが、自分は二人で暮らしていたコロニーに残ろうと思うと主張するシャアを結局は何だかんだと理由を付けて一緒に引っ張ってきてしまった。分かったよ、と言ったときシャアが軽く溜息をついたのを見て見ぬ振りをしたのも他ならぬアムロだ。…離れるのがイヤだった。
今まで生きてきて築き上げてきたもの全てより、アムロを選ばせた。そうして、アムロと二人やっと手に入れたその穏やかな日々を捨てさせたのも、他ならぬアムロ自身。
お陰でシャアは、最短で自分が無くてはならない存在だと印象づけなければならなかった。…かつて『赤い彗星』としてジオン公国に取り入ったように。この部隊に足りないのはパイロットよりブレーンだ。科学者クラスは幾らでもいるが…。
これで花形第一線のパイロットに返り咲いていれば、幾ら才能がなければ成れないとはいえ目立つ分だけ風当たりは逆風に近くなるのは必至。昔のシャアならそれでも気にはしなかったかもしれないが、余りに飛ばせばアムロにまで余波が出ないと限らない。
―――めちゃめちゃ愛されまくっとるなぁ、お前。
シャアも一緒に帰ってくるよ、と嬉しげにブライトに連絡を取ったとき、呆れたような声音の友人の第一声はそれだった。
その、言葉の裏の本当の意味を。
おかしな事まで今の今までアムロは気付いていなかったのだった。
「…アムロ?」
押し黙ってしまった青年に不審を感じたのだろう、シャアが声をかけながら肩を叩く。アムロは顔を上げて微笑んだ。
「…家に、帰ろうか。」
家に。…あなたが休まる唯一の場所に。
「ああ。」
シャアはふわりと微笑み、エスコートするようにアムロに片手を差し出した。アムロが目をぱちくりさせる。
「…何この手。」
「繋いで帰ろうかと。」
アムロの脳裏に旧世代の有名な家庭用食器洗剤のコマーシャルがリプレイされる。
浮かれたBGM付きの映像に、首を振って雑念を追い払うと赤くなってシャアに噛み付いた。
「馬鹿なこと言うな。…恥ずかしいだろ?」
「私は別に恥ずかしくなどないが?」
「あなたじゃなくて俺が恥ずかしいのっ!!」
それでも、廊下の人影が途切れている間だけ、指の先だけ絡めて上機嫌のシャアに引っ張られていったアムロなのだった。
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+++To be Continued.
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