帰還
-Amuro's Counter Attack-

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 ※世界はSRW設定です。



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+II+


 照れも恥ずかしさもあったが、一緒に暮らせる『家』を選んだ。

 なのに。

 話が違うだろ、とアムロはひとりごちる。


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 後方支援ばかりの担当に回ってもそれなりに…というより思った以上にシャアは忙しく、アムロはそれこそ家に帰ったときしかシャアに会えず、しかも相手は自宅の一室を改造した仕事部屋でコンピューターや書類と格闘中、という日々が続き…これじゃあ士官フロアに居るのと変わらないよ、とふてくされる羽目になる。以前は自分が休暇ごとにハロの整備だの趣味の工作だのにかまけてぶうたれるシャアを放置していたことは頭の中から綺麗さっぱり消えてしまっているらしい。

 それもこれも。
 穏やかに二人きりで過ごした満ちた空間を知っているからこそ生まれる不満で。

 ぶうぶうと今日も自分の方こそ久々に帰ってきた赤毛の青年に文句を言われ、シャアは仕事用の細い金縁の眼鏡を外して苦笑した。
 彼は色素が薄いので目が弱く、長時間の光源の照射で頭痛を起こしてしまう。その為の画面からの光を偏光させる特殊なグラスだとアムロは聞いたことがある。かたんとサイドテーブルに置かれる髪の毛の色と合わせたと思しいくすんだ艶消しの黄金のフレームに、相変わらずお洒落なんだよなぁ、とアムロは変なところで感心してしまった。
 疲れた目を指で解しながらシャアは首を振り、構ってくれと我慢しきれず仕事部屋までやって来た傍らの青年を見上げる。

「まぁ…仕方ないだろうなぁ。書類系や交渉事が出来る人間は私かブライトしか居ないんだから。」
「それは分かってるけど、さ…。」

 アムロが口を尖らせた。気を許して甘える仕草にシャアが目を細める。

 補給や資金調達やデータ作成の地味な裏仕事をその道の天才がやっているのだから、表舞台には出ないとは言え以前より確実にロンド・ベル隊の所帯は楽だ。パイロットや整備班も自分達の仕事に専念できて効率も能率も相当に上がっているし、ともすれば苦情も出がちな民間人居住区域の隅々まできちんと目が行き届き、無駄なく管理されているのが一目で分かる。

 実際面でも切れた部品はいつの間にか補充されているし、νガンダムなどの機体のカスタマイズの上申書が通る確率もぐっと跳ね上がった。アムロを初めとするパイロット達も、最近出撃ごとに機体との微調整の精度が上がって行くので整備班を誉めたら、実はクワトロ大尉がパイロットの全データと体調と精神面のコンディションから機体の精度や反応値を併せてベストの整備調整状態を叩き出す最先端のプログラミングを作ってきたんです、とかいう返事が返ってきたし。

 私は構想を出しただけだ、コンピューターとデータベースは有効利用するもんだろう?人材も、と嘯くシャアはどうやらカミーユやコウやウッソ辺りを上手く唆した合わせ技であるそのプログラムを汎用化し、ついでに連邦軍と敵方にまでそれぞれ売りさばいて莫大な特許料で所帯の裏金まで整えてしまったらしい。最も、常に使いやすいようにまめなメカフェチプログラムオタク…もとい優秀なシステムエンジニア達が微調整と修正を続ける御本家本元のとは大違いの内容だろうが。

 道理で申請書で許可が出なかった部品まで届くことが有るわけだ、とアムロは呆れた。シャアが途中で全て目を通し、連邦軍に申請できそうなものと私費で購入するブツに分けているのだという。此処まで来るともうその素晴らしいマネージメント能力には手放しで拍手するしかない。そりゃあ、総帥なんて胡散臭い職業にも就けるはずだ。

 ブライトは頭痛と胃痛の種が半減どころか殆ど根絶されて頗る機嫌がいいし、艦長の機嫌がいいとパイロットへの精神面の影響も大きい。正しくシャア効果様々といったところで、ブライトは自分の英断を自画自賛している節さえある。
 にこにこと別人のように穏やかな笑みを浮かべながら対外的にはエドと名乗っているシャアが通り抜けていくと、こっそり後ろで「ジーク・ジオン」コールが起こるという噂さえ在るくらいだ。『シャア・アズナブル教』は今までで一番信者と崇拝者を拡大し続けている。もし今ネオ・ジオンの総帥にシャアが再び返り咲いたら、ロンド・ベルは艦長ごと親衛隊として投降するだろう。間違いない。ひょっとしたら自分より先にブライトが後を追うかもしれない。それはそれでアムロにはなかなか複雑なものであるのだが。

 頑張ってるね、というとアムロが自由に動けるようにね、とシャアは微笑んで魔法のように次々に事を成し遂げてゆく。改めてシャア・アズナブルという男の才能というか異能というか桁外れの天才ぶりを目にして、アムロは自分のことのように誇らしかった。


 それも本当。
 でも裏腹に。


 以前は。彼もパイロットのシフトの中にいたから、彼が出たときはモニター越しでもその颯爽とした姿を見られた。詰め所で、格納庫で。出撃前や帰還の後のシャワールームで。出て行きがけに帰ってきたばかりの相手とすれ違い、グッドラック!と差し出される手。ふとした機会に視線を交わし合い、叶うことなら触れるだけのキスもして。

 死線の緊張感の糸の上にあるか細い幸福。ほんの微量でも媚薬のように心から酔えた。


―――自分と彼とはツートップを張るエースパイロットだった。被弾数の少なさも撃墜数も、競えるのは彼一人だった。


 きびきびと人が嫌がる仕事をこなすシャアもそりゃあ惚れた欲目を差し引いても格好いいのだけれど。その度に、アムロは誰にも言えない願望を抱えて煩悶する。…あの勇姿を、もういちど見たいと思ってしまうのも我が儘なのだろうか?幸せに慣れすぎて刺激を欲しがっているだけ?

 思考の海に沈没しかかっているアムロを眺め、シャアは苦笑する。

 何を考えているかは長い付き合いで大体は分かるが、幾らアムロの望みでも今のシャアにはそれは到底出来ない相談だった。本当はこの場所にもう一度戻ってくることすら躊躇いがあった位だ。
 けれど、アムロに着いていくと決めたから。だったら、来てしまった以上はその場所でベストを尽くすのが以外と貧乏性な所のあるシャアの性分だ。『アムロ・レイ』という名前と存在は何時だって、彼にとって最上のカンフル剤であることだし。

 覚悟と思いきりの良さはシャアの身上でもあり最大の長所でもある。余人なら後込みする場面でも不適に笑って怖じずに前へ出る。ウダウダ悩むより先に行動在るのみ、それこそが『赤い彗星』の本分だ。

 長い指を伸ばし、手近にある頬に触れてアムロの意識をこちらに向けさせる。
「アムロ、…コーヒーを入れてくれないか?それを飲み終わる頃までには終わらせるから。」
「え?…うん。」
 声をかけるとアムロは素直に立ち上がった。部屋を出ていく後ろ姿に声をかける。

「今夜は久々に家に居られるんだろう?…頼むから深夜に呼び出されたりしてくれるなよ。」
 アムロが戸口で振り返り、少しむくれた口調で言い返す。
「あなたこそ。…携帯の電源、切っておいてやろうかな。」
 シャアは微笑んだ。
「お互い様、と言っておこうか。夕食のリクエストも考えておいてくれ。」
「了解。」
 軽く手を挙げ、アムロはドアの外に消えた。視線で見送り、シャアは言葉を落とす。

「…こういうのも、幸せと言うのだろうかな。」

 自分達には縁遠い言葉の筈だったが。シャアは苦笑し、仕事を中断させるべくデスクの上の片づけを始めた。
 明日までに議案の資料と分析が出来ていないと次の会議でブライトはちょっと…いやかなり困るかもしれないが、それにはもう目を瞑ることにする。たまには泣いて貰ってもいいだろう。以前に比べたら随分と胃痛の原因も減っていることだし可愛いものだ、と勝手に結論付ける。大体シャアが何をしにロンド・ベルに来たのかといえばアムロに来いと言われた為なのだから、アムロのご機嫌を損ねるようでは本末転倒になってしまう。

 今夜はもう、仕事になりそうにもなかったので。

 階下から、コーヒーが入ったと彼を呼ぶ浮き浮きとした声が聞こえてくる。シャアの口元に微笑が浮かんだ。

 今すぐ行くと返事を返し、シャアはデスクの明かりを落として持ち帰りの仕事を残し部屋を後にした。
 それきりその夜に仕事部屋の扉が開かれることはなかった。

 シャアという個人の世界の中心にアムロが居座っている以上、優先順位は推して知るべし何をか況やという所であっただろう。


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「…敵機影だと?!」

 眉を顰めながらブライトが立ち上がる。ラー・カイラムのブリッジに緊張が走り抜けた。

「奇襲ですね、数は其程多くはないです、五機程でしょうか。…割り出し急ぎます。」
「詰め所に待機中の人間は本当に誰も居ないのか?!」

 ブライトの言葉に先程から艦内放送を繰り返していたオペレーターが蒼白になりつつ振り向く。

「それが…パイロット勢は艦を降りてしまっていて…。」
 オペレーターの言葉に、その場の全員が凍り付いた。

 ラー・カイラムは現在地球連邦の基地の一つに補給を兼ねて停泊中であったが、船の大きさが巨大なため基地に直接接艦せずに敷地の外れの方に追いやられていた。その内にやれ健康診断だの研修だのと一人二人とパイロット勢が引っ張り出され駆り出され、挙げ句詰め所に残っていた待機中の面々まで演習相手に貸して欲しいと横車並の要請が向けられ、連邦の基地の敷地内という気安さもあって次々に許可を与えていた気もする。
 判断が甘すぎたか、とブライトが溜息をついた。

「基地から援軍を出しては貰えないのか?」
「要請は先程からしているのですが、許可に時間が掛かるとかで…。」
 ブライトはその言葉に珍しく舌打ちをした。
「…っの、頭の固い官僚共。」
「ロンド・ベルなら時間稼ぎも出来るだろう、と……。」
「平常時なら誰が要請なんぞするものか!!」
 カッとしてブライトが叫ぶ。そもそも、抱えた戦力のイレギュラーさからしても冷遇気味のロンド・ベルである。主力ではないはぐれ部隊一つ、多少の損傷を受けたところで痛くも痒くもないと言うことだろう。だったら自力で何とかしてやろうじゃないか、と思う辺りブライトもやはりこの部隊の隊長が板に付いているが。

 オペレーターが索敵を終了したらしく椅子ごと艦橋を振り仰ぐ。
「敵数、分かりました!六機です、量産型のモビルドールです!!後十分ほどで射程に入ります!!」
 報告を受けるなり瞬時に判断を下す。

「…仕方がない、艦の威力を駆使して出来る限り遠くへ…小回りが利かないのだから主砲を整射しながら逃げるしかない。外に出ている面々には気の毒だが、迎えに来ることで許して貰うしか無いだろうな…。」

 その時、長身で細身の人影がブリッジに現れた。朗々とした通る声で艦長の決断を止める。
「ブライト艦長、…私が出よう。」

 ブライトはその人物が誰であるかを認め、そうか、この人が残っていたかと瞳を丸くして直ぐに微笑んだ。
「それは…心強い。でも、いいのですか?」
「仕方がないだろう、緊急事態に我が儘は言えまい。五分で出るからデッキに通信を入れて置いてくれたまえ。」
 既にスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めたシャアが踵を返してデッキに走り出す。

「サザビーは居ないが格納庫の奥にまだ百式が居ただろう?…百式があれば十分だ。」

 ブライトに向かって叫び、角を曲がって廊下に消えた。ふぅ、とブライトが安堵の息を吐く。量産型モビルドールの五機や六機なら、シャア一人でも十分だろう。デッキに百式を超特急で準備するように通信を入れてパイロットが既に向かったことを告げ、ブリッジの面々に緊急離陸の中止を言い渡し、手の空いている人間を機関銃の砲台に振り分ける。

「ラー・カイラム、主砲をいつでも発射できる状態でスタンバっておけよ。」

 最後にそれだけ言って艦長席に座り込んだブライトに、周囲の人間は複雑な色を見せた。仕方がないとブライトは苦笑する。パイロット達や以前からの乗組員とは違い、オペレーターの中には彼の素性を知らない者も多い。最も、整備班の連中だけは還ってきた赤い彗星に今頃お祭り騒ぎだろうが。

「あの、大丈夫ですか?一機で。」
 新任のオペレータが不安そうに艦橋を振り返る。ブライトはにんまり笑んで心配はない、と告げた。

「大丈夫に決まっている。…彼は『赤い彗星』だぞ?」

 さぁ高見の見物と行こうかね、とメインスクリーンの用意を命じる艦長は、我知らず浮き浮きと楽しげにさえ見えた。


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―――百式。


 久々の愛機は整備こそきちんとされているものの、今ではテスト機程度にしか使用されていないのでメインの武器や装備もそう強いものではない。格納庫にはそれよりもっといい機体…それこそアムロのνガンダムもヒイロのウィングもジュドーのZZもあったが、シャアはあえて嘗ての愛機を選んだ。

 メイン火器のメガ・バスーカー・ランチャーをチェックするとエネルギーの残量は一発分、百式自体の燃料も満タンとは言い難い。ビームサーベルだけはアムロのものを無断で借りていくことにして、残っている整備班に指示を出す。間の悪いことに整備主任のアストナージもパイロット達に着いて艦を降りているらしい。条件は良くも悪くも重なるときは重なるものだ、とレインやニナに指示を与えながらシャアはいっそ楽しげに嗤う。

 非常事態結構、トラブルの火種の一つや二つ、無くてはつまらないではないか。
 折角、信念を曲げて誓いを破ってまでモビルスーツに再び乗ろうとしているのに。

「…上等だな。」
 黄金に輝く機体を見上げ、シャアは感慨深げに呟いた。
「…久しぶりだが、よろしく頼む。」
 ぽん、と軽く機体を叩いてコックピットにするりと身体を滑り込ませる。馴染んだシートに座ると百式自体が自分の体の一部になった気がする。自分に合わせたノーマルスーツは持っていないので着ない。量産の誰にでも合わせたパイロットスーツなど、着ない方がマシだった。

 エンジンに火が入ると、コックピットのスクリーンに外の景色が映る。サザビーの360度視界のスクリーンに慣れてしまった体には狭すぎる視界。タッチパネル形式ではなく旧型の計器を弄りながら、シャアはどうしようもなく高揚していく自分を感じた。

…こうなるから、離れていようと思ったのに。もう一度走り始めてしまう前に。


―――矢張り、生粋の軍人でモビルスーツ乗りなのだろうな、私は。


 例え長い間離れていても、モビルスーツに乗り込む感覚は覚えている。いや、忘れることなど決してない。後方で部品や機材を確認しているときだって、いつも心は前線にいる状態を保っている己の業の深さに自嘲する。

 カタパルトが用意され、射出準備が整う。シャアはすぅと息を吸い込んで、百式の感覚に己を委ねた。


「…クワトロ・バジーナ、百式出る!!」


 聞き慣れた懐かしい掛け声と共に出ていく黄金の機体を、残ったクルー達が頼もしげに見送っていた。






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+++To be Continued.

 

 

なんていうか、書き手がシャア好きなのでシャアが贔屓なのはもう仕方がないって言うか(笑)
アムロさんが珍しく甘えてます。(そりゃそうか)
シャアさん、一応「お預け」と「待て」を覚えて大人になって居るんです、この話では(笑)
というかアムロと暮らした日々が彼を真の意味で君子に変えたというか…(大爆笑)
ちなみに、このシリーズで赤い人はよく自分のことを「老兵」だの「じいさん」だの言いますが。
本当に自分でそう思っている人間は絶対言わないだろう…(大爆笑)
実際「オッサンは引っ込んでろ!」とか言われたらマジギレ確定と見た。(笑)←君子じゃないじゃん。

百式で出撃する大尉が書きたかっただけとも。幾ら金色のPS2が嬉しかったからって私。(笑)

 

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