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※世界はSRW設定です。
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+XII-2+
「…今夜はありがとう。来てくれて、嬉しかったよ。」
「…いいや。」
微笑みながら戸口まで見送られても、アムロは何も言えなかった。
結局、あの後シャアはキスだけで満足したのか幾らか他愛のない会話を交わしただけで明日は朝が早いから、とアムロに帰るように促した。
戸口を出る前にもう一度軽いキスを交わし、じゃあまた、と別れの挨拶と共にとんと背中を叩かれる。
追い出されたと思うのは、被害妄想に過ぎるだろうか?
泊まって行けとは言われなかったしそれ以上の無体も強いられなかったのは、シャアがまだアムロに対して気を使っているからだろう。…こんな時ばっかり弱気で、とかえって腹立たしくなる。
どうして。
胸の中で金髪の男を責める台詞ばかりがぐるぐる回る。身勝手な台詞だと分かっていても、今までのルールがルールだったから、勝手が違って戸惑うのは仕方がないことだろう。
…どうして、俺を求めてくれない?
とてもではないけれど口に出して伝えることなど出来ない言葉がアムロの中で渦巻く。
こんな夜だから、明日からまた暫く会えないから、あんな風にすれ違ってしまった後だから、その腕を、温もりを、…熱を分けて貰いたいのに。
もっと力押しに押してくれれば、俺は何時だって堕ちるのに。
こんな時ばっかり、俺の意志を尊重して。…もっといつもあなたがやるように、強引に引っ張り込んで巻き込んでくれれば楽なのに。
―――全部、あなたの所為に出来るから。
あんまり大事にしないで欲しい。お願いだから。
乱暴なくらいの想いの方が呼吸は楽だ。
これじゃあ、俺が選ばなくちゃいけない。…あなたと居ること、あなたと在ること。
なのに、結局アムロに出来たのは弱々しく微笑んでじゃああなたも元気で、と言うことだけであった。シャアも軽く手を挙げて微笑み、それを切っ掛けに二人の間を電気仕掛けの扉が隔てる。
扉がぱしゅんと閉まった瞬間、微弱に最小限持続させていた微笑みは消えた。
ドアの向こうのシャアも、少しは寂しいと思ってくれただろうか。
シャアは結局、優しいけれど甘くはないのだ。共に立って歩んで行こうとする人間が相手なら尚更。自力で立っても居られない今の自分をシャアが望むとは到底思えない。
弱くても狡くても甘くても卑怯でも何もしなくてもいいけれど。…覚悟だけは決めてこいと、それは今までシャアが決して譲らなかった妥協点だった。
再び閉ざされたドアを振り返りながらアムロは溜息をついた。
その証拠に、帰ってこなかったではないか。
アムロと一緒に、二人の『家』に。
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外に出て暫くすると、歩く速度が鈍る。
独りでまた灯の消えたあの家に帰るのかと思うと本気で気が滅入った。けれども引き返してやっぱり泊めてくれとも言うわけにいかず、アムロはのろのろと明かりの落ちた通路を歩き続けた。
「夜道をか弱い青年一人で歩かせるんじゃないよ…何かあったらどうしてくれるんだ。」
最早完全な言いがかりである。溜息が一歩毎に深くなる。家路に着くというより、入水自殺でも図って沖に向かってゆく人間のようだ。
家に帰るのが嫌で嫌で、遂に途中で方向転換してνガンダムの様子でも見に行こうかとモビルスーツの格納デッキに足を向ける。
ほの暗い中にはνガンダムとサザビーがいつもの様に並んでそびえ立っている。闇に浮き上がる純白の機体を見上げながらアムロは何処か弄るところはなかったかなと記憶を巡らせた。
「トランスミッション…はこないだ調整したし、OSは更新したてで手加えるところもないし、エンジンはバラして整備したところだしなぁ…。」
ほぼ毎日何かしら世話を焼いている愛機である。ここの所はシャアが居なかった所為もあって整備に一層熱が入っているνガンダムに当座手を加えるところはない。溜息と共にアムロは頭をがしがしと掻いた。
「…掃除でもするかな。」
溜息を着き、アムロは清掃道具入れに近づく。こんな深夜にいきなりガンダムを磨き始めるのもどうなんだろうという気がちらりと頭を掠めたが、いっそやけっぱちに持て余した気持ちをぶつけることにした。
「今ぴかぴかにしてやるからな、待ってろよνガンダム。」
ついでにサザビーも磨き上げてやろうかな等と思いながらアムロは道具入れを開けてモップと雑巾を手に取る。
「機械洗浄も簡単でいいけど、やっぱり仕上げは手で磨かないと。」
独り言を呟きながら棚の上のワックスを物色する。徹夜仕事にする気になって着ている服の袖を捲り上げた。
体を動かしているのが一番気楽だ。特にモビルスーツを触って忙しいのが一番いい。楽しいし、気は紛れるし、シャアのことばかり考えなくてもいいし。
明日からの一週間、また自分は殆どの時間をこのデッキの愛機の隣で過ごすことになるのだろうか。
一瞬だけ横切った思考に捕らわれ、アムロの足が思わず止まった。
瞬間に。
さわり、とアムロの隣の空気が揺れた。と、同時に肩に触れる気配と温度の変化ではない温かさを感じる。
ああ、やっぱり来た、と感知して苦笑しながら頭の一部にある回線を開いた。
―――なに、ララァ。シャアとなら仲直りしたよ?
困った子ね相変わらず、と呆れたように空気が揺れる。ララァはアムロの心の鏡のような物だった。ララァが困っているということは、アムロが今の状態に納得していないということだ。
―――アムロ、ガンダムは…逃げ込む為の場所じゃないのよ?
―――逃げ込んでなんか。
―――、-----め、よ。
暫くじっと待ってみたが、今日はそれ以上は聞き取れなかった。溜息をついて諦める。
年々アムロのニュータイプの感覚は鋭くなっているが、その分何故だかララァの声は遠くなって行っている気がする。
己の中の海が確実に広くなっていって居るのを感じて、アムロはいっそ憂鬱になった。
あんなにララァに拘っていた癖に、さっさと彼女と折り合いを着けてしまったシャアが或る意味妬ましい。
情けないやつ、と彼を野次っていたのは自分ではなかったのか?
こんなに沢山、自分の中に『他人』は要らない。
自分一人の自意識と感情でさえ、持て余して振り回されるのに。
すっかりガンダムを洗う気も失せて、アムロは深々と溜息を着いた。こんなもやもやを長い間抱え込むことにアムロは慣れ切って居たが、慣れているからといって悩まないわけでも辛くないわけでもない。寧ろその逆だ。日々どうしようもない想いは広がって、持ちきれなくなって……。
考えすぎるな、と頭を振る。熱く焼け付いてきた思考はじりじりと脳髄の奥に鈍い頭痛を産み出し始めてさえいた。
「ああもう、…どうしたら良いっていうんだ?!」
声に出して喚いた視線の先に、丁度良く蛇口とホースとバケツが置いてあった。
視界に捕らえたその瞬間から先、アムロは自分の行動を吟味さえしなかった。足音高く水場に駆け寄り、ホースでバケツの中に水を入れると思い切りよく頭の上から被る。
「…冷てっ。」
俺、ひょっとしなくても今めちゃめちゃ馬鹿野郎だなともう一人のアムロが囁いたが無視をする。
水を被ると確かに頭が冷えた。…身体も冷えたが。
こういう衝動的な行動は子供がするものだけれど、それの何が悪いんだ?
行動に全て理由がなくちゃいけないなんて、誰が決めたんだクソッタレ。
意味が欲しくてやっている訳じゃない。欲しいのは、切っ掛けだ。
このクソ忌々しい重い足の方向を変えるに足るだけの力だ。
力をくれ。
俺に、俺の為だけの。
勢いも。
「…よしっ!!」
両足が軽くなる。
気合いを入れ直し、アムロはたった今帰ってきたばかりの道を再び走って引き返した。
―――家族を連れて家に帰る為に。
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カードキーを胸のポケットから出し、インターホンを鳴らすと同時に解錠する。
返事なんかは待たなかった。暗証番号は想像通り自分の誕生日だったのでさっき入ったときに既に理解している。
考えるより先に身体が動くなんていうのは本当はアムロには希なことだ。
基本的に、アムロは自分自身を其程信頼していない。
立ち止まって、考えて吟味して。自分の能力や経験からしてそれでトントンだと思っているし、生来臆病で用心深い。
躊躇いもなく衝動に身を任せるなんて、いけないことをしているような冒険心と背徳っぽい雰囲気が、今回ばかりは逆に余計にアムロを駆り立てる。
濡れた服が身体にべっとり張り付いて気持ち悪い。視界は常にぽたぽた落ちる水を拭わなければならない。
雨が、降っていた。…いや、本当は雨ではなかった。
濡れているのはアムロの身体で、雨が降っているのはアムロの心の中のイメージだ。
ずっと雨が降っているような気がしていた。
荒野に幾ら振り続けても、それは恵みの雨なんかじゃない。不毛な土地に緑は生えない。押し流されるだけだ。
何処にいても寒くて、冷たくて寂しくて。触れ合える暖かさなんてどこにもなくて。
―――以前、一瞬だけその雨の湖畔を白鳥が飛んだことがあった。優しくて、独りじゃなかったと心が温かくなった。
ドアが開く。中から覗いた明るい色彩に心がホッと安堵するのが分かった。
不審そうな顔で出てきた人間はアムロの姿を見て絶句し、その後怒ったような表情になる。
未だ私服のままだった所からして、彼も眠れては居なかったのだろう。そのことにひどく安堵して笑いたくなった。
一番最初に言う言葉は決めていた。
「…迎えに来たんだけど。」
困ったように微笑む青年の髪の毛も、雨に打たれてブラック・ティーの色に変色しているように見えた。
戸口に立つ不機嫌な金髪の男はくるりと身体を翻して奥に消えると、直ぐにまた帰ってきて、黙ったままタオルを差し出した。
「…一体全体、宇宙を航行中の戦艦の中の何処で通り雨に会うような器用なことをするんだ、君は。」
呆れ果てる男だな、と怒ったような口調は心配の裏返し。ありがとうと微笑んで受け取った瞬間指先が触れた。
ピリっといつものように空気が感電するように震える。
―――傘が。
視覚に近いイメージとして眼前に浮かび上がった。
赤い傘だ。
アムロの上にはいつの頃からかちゃんと傘が差し出されていたらしい。
耳に届くお帰りと迎えてくれる温かい言葉。
冷え切って凍り付く心に回される、強くて優しい腕と共に。
精神の海を終わりのない冷ややかな雨から守ってくれる。
もう、雨が降っても寒くないし冷たくない。
―――あなたがいるから。いつでも、側に。
アムロはタオルを手に持って暫くそれを見つめ、やがてゆっくりと顔を上げる。琥珀色の視線が青い双眸を捕らえた瞬間、唇が開く。
「あなたはララァを好きだったあなたのままで俺を愛していると言ったな。」
「…ああ。」
またその話を蒸し返すのか、と流石に渋い顔で頷くシャアにアムロが首を振る。
「俺は、それじゃ嫌なんだ。俺だってララァは好きだ、けれど、俺。」
―――ララァにだって一息も盗られたくないくらい。
「…俺は。」
―――あなたが。
再び顔を上げ、アムロはシャアの整えられた表情のない顔を見上げる。
「シャア、帰ろうよ。」
「……。」
次は何を言えばいいんだっけ、ええと。…いいや。
アムロは考えることを完全に放棄した。ただ己の唇が紡ぎ出すに任せる。
「…ね、愛してる、から。」
俺はあなたの「救い」にはなれないかもしれないけど。
「でも、その代わり……愛してる。」
愛してる、馬鹿みたいに愛してる。…あなたの愛した彼女に負けないくらい。
不意にシャアの表情が崩れた。泣きそうな笑い出しそうな、隙だらけの。
「馬鹿だな、アムロ…君はララァと競うことなど何も有りはしないのに…。」
君がそこにさえ存在していてくれれば、それでいいのに。
救ってもらおうだなんてそんな大それた事、考えたことさえない。いいや、そもそもアムロに何かを求めたいとも。
やっとシャアがもどかしく抱え込んだ言葉に出来ない想いが分かったのか、アムロが不意に笑い出す。
「ああ、馬鹿だよ。大馬鹿野郎だ、俺も。…あなたも。」
シャアが苦笑した。
「私もかい?」
その通りだとアムロが大きく頷く。
「馬鹿だよ。なんで信じないんだよ、俺があなたを……その。」
―――アイシテル、こと。
「アムロ。」
金髪の男がようやく気付いて息を呑む。…今、アムロは何と言った?
そういえば、さっきから何やら途方もない物が大盤振る舞いされているのではないだろうか。もしかして。
「アムロ、君、今……。」
言葉が舌を上手く滑らない。
演説だの説得だの交渉だの口説き文句だのは普段自分でも笑えるくらい次々に湧いてくるのに。
こんな肝心なときにだけ、自分の言葉は役立たず極まりない。
あの、膨大な語彙の海は何処に行った?
初めてアムロが『愛している』と言ってくれたのに。
衝撃で言葉もないシャアを余所に、アムロの口調がいつもの拗ねているそれに変わる。
「ね、渡したくないんだよ。分かれよ、何で気付かないんだよ、一番じゃないと、俺だけじゃないと嫌なことくらい。誰にも心なんて、欠片でも渡さないでくれよ。あなたは……。」
息を吸い込み、責めるように睨み付ける。
「俺だけのものに、なってくれるって言ったじゃないか。」
抑え付けられることなく溢れ出すアムロの本音はこんなにも子供じみていて我が儘で素直で単純だ。
シャアがつり込まれるように微笑んだ。
「アムロ、君は……。」
「何度も言わせんなバーカ。」
ほら、帰るぞ!と素っ気なく言い放ちながらくるりと踵を返すアムロの後に、くすりと小さく微笑みを漏らして。
「ああ、……帰ろう。」
短く呟き、シャアも後を着いて歩き出した。
十歩ほど歩いたところでアムロが突然立ち止まる。シャアも足を止め、今度はなにかと首を傾げた。
アムロが後ろは絶対に振り返らないまま、この上なく不機嫌な声音でぶっきらぼうに言い放つ。
「手!!」
「手?」
オウム返しに繰り返したシャアが僅かに視線を落としてアムロの手を見ると、アムロの片手がこちらに向かって差し出されていて。
「ほら!ぼやっとしてんじゃないよ!恥ずかしいんだから!!」
視線を再び上げると後ろからまだ濡れて貼り付いた髪の毛に隠れて垣間見えるアムロの耳が真っ赤に染まっているのを見て、そこでやっと事態を把握し、シャアはこの上なく幸せそうに微笑みながらアムロの手を握ったのだった。
「手を繋いで家に帰る…新婚さんのようだな、アムロ。」
「ばっかやろう。…相変わらずくだらないこと言ってんじゃないよ。」
すげなく言われて、シャアはふむ、と暫し考え込んで続ける。
「そうだな。新婚さんはこんな時間に外は歩いていないか。確実にベッドの中だな。」
アムロが空いている腕を伸ばしてぺちっとその後頭部を叩いた。
「やかましい、もう黙れって。」
痛い、と憮然としてシャアが咎める口調になる。
「アムロ、他人の頭は殴らないようにとご両親に教わらなかったのか?」
「あー、俺父子家庭だったし母さんとはずっと生き別れだったから無理。」
「無理じゃないだろう無理じゃ…自分の不作法を棚に上げて言い訳するんじゃない。」
「じゃ聞くな。どうせあなたほどお育ちは良くないよ。根っからの庶民だし。」
ちょっと待て、とそこでシャアから物言いがついた。
「私だって士官学校に入ってから後は自分一人で世間の常識を学びつつ、だな……。」
「ないじゃん常識。ジオンの士官学校だろう?胡散臭いよな。な、制服ってタキシードってマジな話?」
アムロの質問にあんまりだ、とシャアが肩を落とす。
「そんな訳がないだろう、士官学校だぞ?連邦にはどんな噂が流れているのかね…。」
「シャトルのチケットとか自分で取れないし、タクシーとか一人で乗ったことないだろ、あなた。」
「……生活不適応者かね、私は?!」
端から見なくても他愛ない言い合いを繰り返しながら家路を急ぐ。
本音をバケツをひっくり返したように頭からぶちまけることを許されたこの夜には、限りがあるのだから。
だから、焦れ、焦れ。
脳味噌を引っかき回して手に当たる物を投げつけて。
―――もう他に言いたいことはなかったっけ?
シャアが思考を探る前にアムロが先回りする。先程言葉通り自分で自分にバケツの中身をひっくり返した人間は強い。
「だからさ、俺もいいとここんな半端でいい加減な人間だけど、あなただって人のこと言えないと思うんだよ、俺は。」
「…尤もだと言いたいところだが君に言われると無性に腹立たしいのは何故だと思う?」
憮然とするシャアを知るか、とアムロが笑い飛ばす。その後で不意に表情を変えた。
「それでもあなたにはもう俺しか居ないんだから、それで満足しろよ。」
吃驚して振り向くと、笑っているような怒っているような、摩訶不思議な表情をしている。
その顔を見た瞬間、シャアは愉快になって吹き出しそうになった。ここで笑い出したら怒るだろうな、と思いながらシャアは緩む頬を何とか崩さないように精々努力しながら返事をする。
「違うな。やっと君という存在が出来たのだよ。私の為にね。」
「逆だろ。あなたが俺の為に居るんだろ。」
「いーや、私の方が前から君は私のものだと決めていた。」
「順番なんか関係あるか。俺が優先。」
「……優先って、一体何が何処でどんな風に。」
「…さぁ。」
そこで手を繋いだまま顔を見合わせて盛大に笑い出す。まったく、天国にでも居るような気分だ。こんな軽口が許されるなんて。
目尻に浮かんだ涙を拭うシャアの隣で、アムロが不意に現実に帰って溜息をついた。
「あー、明日の抜き打ち監査どうするかなぁ。」
甘い雰囲気になりかけた空気を引き戻されたシャアがニヤリと微笑んでアムロの顔を覗き込んだ。
「派手にちらつけと言われたんだろう。いっそタキシードとかどうだい?」
「あなたも結構根に持つ人だよねクソむかつく。俺じゃないの。あなた。あなたのこと言ってるんだよ。理解してるか?キャスバル・シャア・アズナブル・ダイクン元総帥閣下?」
こいつ、わざわざ『元』だけ強調したなと内心ツッコミながらシャアが肩をすくめる。
「なに、私は艦を降りているさ。大人しくね。…匿ってくれるそうだよ、ネオ・ジオンが。」
アムロが流石にぎょっとした表情になる。
「え、ええ?!なにあなた昔の仲間とヨリ戻してんのさ!!」
責めるように言われ、シャアが君が心配するようなことは何もないよと苦笑した。
「もっとも、困ったときには相談役として閣議に参加することを了承させられたが。」
「うっわ、絶対取り込み狙ってるよそれ。…ナナイさんその辺抜け目ないからなぁ…。」
ロンド・ベルに来てあなたまた政治手腕の評価上がってるしねぇ、とアムロは恨めしげに金髪の男を見上げる。
「そうか?…まぁ、君が心配するのは分かるが…。」
「するさ!もっぺん総帥なんかに返り咲いてみろ、俺あなたを二度と助けてなんかやらないからな。」
「助けてって…。」
「決まってんだろ、前の時引きずり降ろしてやったの誰だと思ってんだよ。」
噛み付くように言った後、空いた手を拳銃の形にしてシャアの胸元に突きつける。
「今度ややこしい事になってみろ、あの空っぽの馬鹿でかい墓に本当にコンパクトに詰め込んでやるからな!!」
ばぁん、という擬音を交えつつ滅茶苦茶を言い渡すアムロにシャアが声を上げて笑い出す。
その後でぎゅっと繋いだ手を握る力を強くしてきた。
「もしかしなくてもアムロ。」
アムロが不機嫌そうに傍らの男を見上げる。
「なに。」
シャアが唇を上げて笑う。微笑むというより、愉快そうに。
「君、ひょっとして…相当嫉妬深い性分じゃないのか?」
アムロからの返事はなかった。
代わりに耳まで真っ赤になった赤毛の青年は、隣の金髪の男の向こう臑を容赦なく蹴り飛ばすことにしたようだった。
―――繋いだ手は相変わらず離さないままで。
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「おはよう、ブライト!!」
にこやかな笑顔と声と共にブリッジに現れたアムロに、ブライトは思わず目眩を覚えた。
なんて現金な奴なんだ、こいつは。
なんなんだこのハイテンションは。
昨夜クワトロ大尉と逢わなかったのか?いや、しかし昨日帰った時点で大尉に貸していた部屋は無人だったはずだが、とブライトは寝不足気味の頭で考える。
しかしそんなブライトの思惑を余所にアムロは早朝からとことん上機嫌だ。
「いや、今日もいい天気だよねぇ。出撃日和だなぁ。今日はないの、敵襲?」
俺ミッション終了の最速記録も撃墜数も更新できそうだよとにこにこと微笑むアムロにブライトは敵に対してちょっとばかり哀れみを覚えた。
同時にこれは完全に仲直りどころか仲良しこよしだな、そこ通り越して、と当たりをつける。
またも復活してきた眉間の皺を揉み解しながら、呆れた声で聞いてみた。
「お前なぁ…分かりやすい奴だなぁ。」
仲直りした途端にもうそれか?
言ってやるとアムロにしては珍しくもの凄く素直に嬉しそうに分かる?とへにゃっと表情を崩した。
「うんそうなんだよね、仲直りできたんだよね。シャアがさ、珍しく素直に謝ってくれちゃってさー、夕べあの後暫く留守にするからって俺の好物ばっかり作ってくれてさー、帰ってきたらサザビーも乗ってくれるって!」
おいクワトロ大尉、仮眠するって帰ったんじゃなかったのか貴方は、というツッコミはこの場に当人が居ないので後回しにすることにして、ブライトが肩をすくめた。
「それは何よりだ。で?お前ちょっとは反省したのか」
「え、何を?」
きょとんと首を傾げるアムロにブライトが盛大に溜息をつく。
「……クワトロ大尉はやっぱりつくづくお前には甘いんだな、相変わらず。」
「いや、考えすぎるのは俺の悪い癖だって夕べ散々シャアに言われたし、もうちょっと自分に素直になろうかなって。」
「だからってなんでそんなに極端なんだお前という奴は。」
それじゃいつまで経っても大人になれないし他人との関係も、と早速お小言を始めるブライトにアムロがにっこりと微笑む。
「うん、あの後良く考えたんだけどさ、別に他人と上手くコミュニケーション取れなくてもそれはそれでありかなぁって。」
「……はぁ?」
ブライトはまたも聞き返すことにしてみた。会話が噛み合って居ないような気がするのだが、気のせいか?
「いーよもうシャアが居ればそれはそれで。あの人そういうのだけは抜群だからさぁ、俺ができなくってもあの人がやってくれるでしょ。色々と。」
「……アムロ?」
たらりとブライトの背中を嫌ぁな汗が伝う。
これは。
これはひょっとしてもしかして、自分は惚気られているのだろうか。
ていうか、あのアムロが惚気るってか。
ブライトは思わず自分の思考回路にセルフツッコミを入れたが、今のアムロの発言はどう考えてもそれ以外の答えではない気がする。
こんな場合、浮かれた目出度い縁起物カップルからは距離を取るに限る、と経験から判断したブライトは速やかに戦略的撤退を頭の中でシュミレートしたが。
しかし、最後に嫌味の一つでも言ってやろうと思ったのが結果的に彼にとっては仇となった。
「ほほう?アムロ、ではお前に聞くがもしクワトロ大尉がお前の元に戻ってこなかったらどうするつもりだったんだ?」
―――シャア・ダイクン総帥のように未来に絶望して地球にアクシズでも落とすつもりだったのか?
言った瞬間、アムロの笑顔が一段と明るくなる。
「やだなぁ、そんな。アクシズだなんて…生ぬるい。」
耳に聞こえてきた言葉が信じられなくて、ブライトは思わず聞き返した。
「…は?」
ぐっとアムロが拳を握りしめる。瞳は何故かきらきらと光り輝いている。…はっきり言うと、とんでもなく怖い。
「時代は隕石落としじゃなくて核の炎でもなくて宇宙征服…じゃない宇宙の完全平和でしょう!シャアが二度と誰かに連れ回されたり振り回されたりしないように俺宇宙の平和を守る正義の味方に為ることにしたから!」
だからブライトも頑張ろうね一緒に!と熱くぶち上げるかつて一度も見たことがないポジティブシンキングなアムロ・レイに、それこそどこぞのネオ・ジオン総帥でも乗り移ったか?!と焦りつつブライトが暴走を止めようとする。
「アムロ、ちょっと待て、考え直せ…!!」
無論、聞いてなどくれない。アムロがにこにこと笑顔を浮かべたままで続ける。
「でもね、シャアに宇宙が欲しいかって聞いたら要らないっていうからさ、意外と奥ゆかしいよねあいつ。まぁしょうがないから地球連邦くらいは一発びびらせて黙らせておこうかなって。協力してよねブライト。」
ブライトがまた言葉を失った。
いやそりゃあシャアだってラインハルトじゃ有るまいし別に宇宙の覇権なんか欲しくないだろう。
権力欲とは無縁の男だし。ていうかその気もないのに権力の方が寄ってくる希有なタイプだし。
第一あの男は権力を手に入れるために何かを為すのではなくて、何かを為すために権力を欲する人間だから。
…尤も、彼の場合その「何か」というのが「アムロを我が手に」とかいう素敵にハードルが高いのか低いのか分からない所に設定されているのが余人には予測も想像も付かない所なのだけれども。
その時、ブライトの視界の隅にブリッジを覗きに来たらしい当のシャアの姿が映る。
スーツ姿に手にはブリーフケースを持っているところからして、昨日の打ち合わせ通りこれから艦を出るつもりなのだろう。
彼はブライトに詰め寄るアムロの姿を見かけると、軽く溜息を付くような仕草をみせた後、ご愁傷様とでも言うような哀れみの一瞥を向けて早々に立ち去った。…アムロに声さえかけずに。
後ろ姿がどことなく疲れ果てて煤けているのはブライトの考え過ぎか見間違いなのだろうか。
「ちょ…クワトロ大尉?!」
クワトロは振り向かない。
ついでにブライトの言葉は聞こえない振りをすることにしたらしい。
―――逃げやがった。
マジですか大尉、と愕然とするブライトの腕に、宇宙屈指のエースパイロットが取りすがる。
端から見たら親に取りすがる子供のようで或る意味非常に微笑ましいような光景だが、おねだりの内容は凶悪だ。
「ブライト、シャアの事なんていいからさ、俺と二人で今後の作戦立てようね。」
「今後の作戦ってなぁ、アムロ。高々戦艦一隻で何が出来ると思うんだ?」
アムロはあっけらかんと言い放つ。
「大丈夫、ロンド・ベルの戦力が有ればなんだって出来るさ!俺の作り上げたガンダムもあるし。」
ブライトがけたぐり倒したい表情で言いたい放題の弟分を睨む。
「アムロ、世界征服は悪役がすることだぞ!!」
アムロは微笑んだ。あくまで明るくにこやかに。
「あっはっは、成功させれば悪事じゃないって。だーいじょうぶ俺そんなへましないから。それにブライト言ったじゃん。『二人の間でどういう結論が出ても後は二人でやってくれ。』って。だから二人で決めちゃった、みたいな…。」
がくぅ、と深く深くブライトが首を垂れる。
ああ、やっぱりクワトロと仲直りなんてさせるんじゃなかった。
『決めちゃった』じゃないだろう。
『決めろと迫った』の間違いだろう?!
そう反論したかったが、賛同してくれるはずの逃げ足三倍速のクワトロの姿は既にない。
アムロがにっこりととどめのエンジェルスマイルを浮かべる。
「てわけで俺、この視察終わったら暫く地球行くね。色々さ、やっておきたいこと出来たから。さ、頑張ろう!今日も一日張り切って行くぞー!!」
―――色々って、何をする気だアムロ。
「ま…誰か、誰かアムロを止めてくれーーーーー!!!!!」
「アムロ、いっきまーす。」
「行かなくていい!頼む、止まれ、止まってくれ!!」
勿論、ブライトの願いを聞き届ける人間もアムロに逆らう人間もこの艦にはもう誰も居なかった。
*:*:*:*
かくして再び宇宙は平和になったが、その方法と手段については未だ関係者各位が固く口を閉ざしているため真相は知られていない。
ただ、その影に一度は死んだと思われていた二人(正確には一人半)の英雄の影があったとか無かったとか。
後に「逆襲のアムロ・レイ」と呼ばれるようになるこの事件の発端と経過は、ブライト艦長の胃壁の穴と共にロンド・ベルでも極秘中の極秘として扱われることと相成ったのだった。
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DON'T LEAVE ME だれもいない
僕を許してくれるのは 君以外に
IT'S TOO LATE 後戻りのない
人生を今はじめて振り返る
DON'T LEAVE ME,BABY だれもいない
僕を包んでくれるのは 本当にいないよ
IT'S TOO LATE 君の代わりは
身を切り血を流しても 癒せないPAIN
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+++HAPPY END.
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