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※世界はSRW設定です。
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+XII-1+
ブライトの持ち込んだ問題はシャアが最初推測していたものより根が深かった。
己の存在は連邦にもいずればれるだろうとは思っていたが、予想よりは時期が早かった。連邦政府もそうそう間抜けばかりが揃っているわけでもないと言うことだ。
たっぷりその後何時間にも渡って存分に気が済むまで議論を戦わせ、状況を調べて根を回して手を打ち、漸く一段落ついた頃にはもう一日で区切ると深夜に当たろうかという時間帯に差し掛かっていた。
「では大尉、明日早朝に艦を出るという手筈で宜しいですか。」
「ああ、構わない。…が、それまで仮眠させて貰えないだろうか?」
「結構ですよ。どうぞお先に部屋に帰って休まれてください。明日から強行軍ですし。」
流石に疲労を覚え、ブライトに断りを言って先にブリッジを退出する事にする。
結局、一ヶ月もの長期ではないが一週間ほどシャアは近くのコロニーにある基地を転々として身を隠す事になった。無論、仮にもシャア・アズナブルに逃亡劇などさせるのだから連邦には後でそれなりの高額請求書が回ることになるだろうが。
ブライトが微笑みながらお休みなさいと告げた。彼の方は事態が収拾されるまでもう少し居残りを強いられるようだった。
「ゆっくり休んでください。…ああ、そうだ。部屋の方にナイトキャップを手配しておきましたから。」
ブライトの言葉にシャアが苦笑する。
「…用意周到だな。拗れることを予測していたのか?」
その台詞に、ブライトはとんでもないと首を横に振る。
「まさか。偶然ですよ…お休みなさいクワトロ大尉。いい夢を。」
「ああ、艦長も程々にな。」
軽く手を挙げ、シャアはブリッジを退出した。
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ラー・カイラムの廊下の照明は既に夜間のそれに切り替わっていた。宇宙では日時と曜日の感覚はないが、乗務員が体調を崩さないように居住区画では地球連邦の標準時に合わせて照明が点けられたり落とされたりしている。
士官用の一角に向かいながら、シャアは凝り固まった筋肉を解すように大きく伸びをした。どうにもこうにもここ数日の運動不足が祟っているようだ。
歩く足下が流石におぼつかない。疲労が肩にのし掛かる感覚は久々に覚えた気がする。…原因は明白だ。癒される存在にここ暫く逢っていないのだから。
しかも、どうやら後一週間ほど離れることになりそうだ…アムロ・レイという名の支えから。
久々に胸に浮かばせた名前に、シャアの口元が微かに綻ぶ。
彼を思い出すときの色彩はいつでも純白だ。心がさらさらと冷たい清冽な水に晒されるように漂白されていく。真っ新になって、新しくやっていこうかとそう思える。
一度は涸れ果てたと思ったが、自分の中のアムロの存在は其程大きく、想う底なしの泉は其程深い。表面に張った氷も呆気なく内側から沸き上がり壊して叩き割ってしまうほど。
―――それなのにそんな大切なことさえ忘れてしまうのだものな、とシャアは苦笑する。
人とはなんとあやふやで不安定な生き物で有ることか。
揺れながら過ぎてゆく毎日。
無駄なことも仕方がないさと笑ってしまえるほど「大人」になったのは何時のことだろう?
いや。欲しいものをただ欲しいと言うことにすら息切れするようになったのは。
齢を重ねれば重ねるほど迷うことはないように思えた道は揺らぎ、回り道は増えた。鬱蒼とした森に彷徨い込んで抜け出せないまま、時間だけは過ぎて陽はどんどんと暗く傾いてゆく。
独り取り残されたなら、きっと発狂してしまうだろう。闇にさえ冴え冴えと白いあの青年がシャアの行く手に輝いていなければ。
―――帰ってきたら真っ先にアムロに会いに行こう。
其程の存在が自らの内に在るというのは、きっと幸せなことなのだろう。弾き出された他愛ない結論に自分でも苦笑し、シャアは幾分軽くなった足を引きずりながら現在の自室へと一歩ずつ足を進めていった。
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士官フロアの仮の自室に辿り着き、カードキーを出す。本当は民間人フロアに立ち寄ってアムロの様子だけでも見てこようかと思ったのだが、逡巡した挙げ句に止めた。
パイロットの朝は早い。アムロはもうとっくに寝ている時間帯だろう。明かりの消えた真っ暗な窓を外から見上げているだけなんて、それこそストーカーではないが怖いし情けなさ過ぎる。誰かに万が一見つかったら言い訳が効かないどころの騒ぎではない。尤も、シャアに関しては今更という話もないではないのだが、それは当の本人が与り知るところではなかったりする。
シャアがコロニー巡回を終えて帰ってくる頃には熱しやすく根に持ちやすいアムロの頭も冷えているだろうし、仲直りはそれからだ。ちょっとしたトラブルが常にとことんまで拗れてしまうのは自分が生真面目なのかアムロが頑固なのか判断に迷うところではあるが、きっと両方なのだろう。
「先はまだまだ長そうだな…。」
溜息をつき、キーを通して暗証番号を打ち込んで部屋の扉を開ける。
そして。
シャアは文字通り息を飲んだ。
「―――アムロ。」
掠れた声で呼ばれた相手は、窓際の椅子に腰掛けていた。名前を呼ぶ声に不機嫌そうに月光だけに照らされた部屋で振り向く。
「遅いよ。何処で油売ってたんだ?」
第一声からして素っ気なかったので、逆にシャアはこれが幻ではないと確信してしまった。
つかえそうになりながらやっとの事で返事をする。
「…今までブリッジで、艦長と会議を……。」
ナイトキャップを用意したと聞いたが、まさか君のことか?信じられない声で呟くシャアは無視し、アムロが舌打ちをする。
「あの、クソ親父。わざとだな。」
今回のことはほんっっっっとに覚えてろよブライト、と歯噛みする待ち惚けを喰わされまくったアムロを、そうとは知らないシャアは信じられない思いで見つめる。
「君は、なぜ此処に…。」
問いかける声が意識せず掠れて震えた。
「あァ。」
決まり悪げにアムロが表情を崩す。
「…ほら、あのさ。あなたへのプレゼントって…無理矢理連れてこられたんだ、コウとかに。」
ここまで来て往生際悪く言い訳する自分を、アムロは流石に嫌悪した。どうしてこんなに素直になれないのだろう。「会いに来た」のは紛れもなく自分だし、コウ達は理由に使われただけだ。なのに言葉はこんなにも容易くアムロを裏切る。
嘘が重なって折り畳まれて行く。
「…あの。あなたが…その。不調だと困るって、言われてさ。仕方なく。なんか、今夜からまた暫く居なくなるらしいじゃない、あなた。」
―――仕方なく、なんてない。
誰より逢いたくて逢いたくて逢いたくて、一目でも姿を見て声を聞かなければ死んでしまいそうに焦がれて身を切られる想いでこの場に居るのに。
想いと関係ない回転を滑らかに続ける自分勝手な舌をアムロは恨めしく思う。
シャアが震える声で囁いた。
「…でもいい。コウ達に感謝したいよ。…私も逢いたかった、正直に言うと。」
素直に、喜びの言葉が胸の奥から零れる。ちりりと肌でそれを感じてしまって、罪悪感で居たたまれなくてアムロは舌を噛みたくなる。彼の素直さは得てして自分には眩し過ぎる事が多い。…まともになんて見たら、瞳が灼かれてしまいそうだ。
シャアがゆっくりと歩み寄ってきた。殊更動作が緩やかなのは、そうしないと暴発しそうだからなのだろう。炎の激しさを押し殺す、こんなシャアをアムロは誰より良く知っている。
視線が引き寄せられて、逸らせない。…仕方がないので改めてつくづく眺める。ホントにもの凄い美形だよなぁと何処かのんびりと思う。その瞬間、華の容が極上の笑顔としてぱぁっと綻ぶように大輪の花として咲き誇った。
―――見惚れるしか、ないじゃないか。
まるで阿呆のようにぽかんと口を開けて。今の自分はさぞやかし間抜け面だろうと自覚してちょっと狡い、と流石に思う。
「つまらない意地など張るものではないな。」
手を取って、手の甲に、手の平に口付けられる。息を飲むと、その手を頬に当てて本当に嬉しそうな顔をする。堪らなくて視線を逸らすと、それを契機に腕が背中に回され、柔らかく抱きしめられた。
持ち切れなくなったらしい想いが言葉となって吐息と共に耳元に降り注いで来る。
「君に逢いたかった。…アムロ。」
胸が締め付けられた。こういうのは止めて欲しい、本当に。純粋に過ぎるのはシャアの一番手に負えないところだよと勝手なことを考える。…足りないのはアムロの方なのに、先にこんなに強く求められたら狡く立ち回ってしまえる。欲しいのはあなたなんだからね、と。
シャアが顔を上げて小さく苦笑した。
「ブライトではないが、確かに三日が限度だな。一日目は我慢、二日目はやせ我慢。三日目で限界。上手いことを言うものだ。」
いつの間にこんな風に弱くなってしまったのだろうな?
シャアの自問自答の台詞はそのままアムロにも跳ね返って胸の中に響く。素直な言葉は速度を落とさないままアムロの中で何度か反響し、全く違う言葉になって彼の口からぽろりと零れた。
「シャア、俺さ、ララァに会ったよ。」
シャアが深青の双眸を驚いたように見開く。
「君、会ったって、何処で…まさか。」
他に選択肢のない正解をアムロが告げる。
「うん、そう。俺、サザビーに乗ったんだ。」
シャアは暫くアムロをしげしげと眺めていたが、彼の言葉の何処にも嘘がないのを確信するとひとつ深々と溜息をついた。
「……そうか。」
その言葉に背中を押されるようにアムロが一気に話を始める。
「あなたを頼むって…言われた。あなたは寂しがり屋だから、絶対に側を離れないでやってくれって。」
そこまで言うと、苦笑する。
「…ふられたって言ってたぞ、彼女。」
シャアが軽く肩をすくめた。
「仕方がないだろう。私はそこまで器用な人間では無かったと言うことさ。」
アムロが更に調子に乗ったように続ける。
「妬けるって、散々責められたぞ、あなた一体何を言ったんだ?」
シャアが笑い出す。
「悪いが、内緒だ。これでも過去の恋人には義理を立てる口でね。」
―――『過去の。』
その言葉を聞いた瞬間、アムロの中でずっと蟠っていたシャアとの間の距離感がクリアになる。本当はきっとちゃんと彼の言葉に耳を傾けていたら、ずっと以前に分かっていただろう事なのだろうけれども。
往生際悪く、シャアは未だ彼女が好きなのではという思いから目を逸らせずにいた。
アムロにとっては、その方が楽だったから。シャアが言うことを全て本気だと取ってしまったら。…そんな恐ろしいこと。
けれど、揺らぎ始めたアムロの防壁に気付いているのか居ないのか、シャアはそのまま言葉を続ける。本当はきっと、二人が喧嘩をした『あの時』に言いたかったはずの事なのだろう。
「ここに帰ってきてから、何故こんなにもララァの存在を感じるのかと自分でさえ不思議に思っていた。今、やっとはっきり気付いた気がする。ララァは私にとって一つの「救い」の象徴なのだ。」
ぼそぼそとアムロが口の中で呟く。
「俺はララァじゃない、ララァには…なってあげられない。」
シャアがまたその話か、と苦笑する。その後で表情をどことなく淋しげなものに切り替えた。
「私の中のララァは消えた。…多分、もう二度と逢うことは叶わないだろうな。」
アムロがその言葉に過剰反応してばっと顔を上げた。
「だったら!」
まぁ聞け、落ち着いて、と諭すような口調で静かにシャアが続ける。
「馬鹿を言うな。君に救われたいとも癒されたいとも思っていないさ。そうだな…。」
―――君は私の『覚悟』そのものだよ。
アムロにそう告げた声は酷く静かで、けれどもこちらを見つめてくる双眸はその静謐をものの見事に裏切るほど熱く熱されて揺らめいている。…アンバランスな雰囲気に居心地の悪さを感じ、アムロはごくんと唾を飲み込んだ。
二人の間は元に戻った…と一瞬だけ信じかけたけれど、違う。元に戻ろうなんてしていない。シャアの気持ちは、アムロの心は今やもっと今までとは別の場所に辿り着こうとしている。そんな予感がアムロをそわそわさせた。
「だから、君はただ、私の前に存在していてくれればいい。それ以上は何も望まない…と言いたいところだが。」
言いかけて流石に其処まで割り切っては居ないと苦笑する。
「…その琥珀の瞳も私だけを映してくれるのなら、これ以上の幸せはないがね。」
シャアの本音の言葉が、アムロを取り囲む分厚い偏光硝子にも何にも邪魔をされずにやっと直接胸に届いた。
すとんと素直に受け取ってしまって、その後からアムロが狼狽を始める。
駄目だ、と心の中の奥底のアムロがまたブレーキをかけようとする。シャアの言葉を本当として受け容れてしまったら、もう二度と自分は彼無しでは居られなくなるだろう。アムロは自分がこの世で最も愛情に飢えていることを良く知っていた。
足りなくなりそうなのに。…あなたの全てを貰ったとしても。
なのにシャアは長くなってきた付き合いでアムロの乾きも飢えも知らないわけではないだろうに、いつだってアムロの想いを煽るようなことばかり言うのだ。満足なんて一生しなくても良いと。自分はそれに応えてみせるから、と。
程々で止めておけば楽なのに、なんでそんなに自分の全部を与えようとする?俺だってあなた程の存在を受け容れようとするなら、それなりの覚悟と準備が必要なのに。
表面をなぞるだけの関係なら、あなたの本心は他にあるからと自らが唯一絶対であることさえ認めなければ、酷く淋しいけど心は穏やかなのに。
シャアがそっと手を伸ばしてアムロの頬に触れる。それだけでびくっとアムロが不安そうに彼を見上げた。どうして彼はいつもこんなに不安気なのだろうと可笑しく思いながらシャアが敢えて尋ねる。
「アムロ。」
「うん?」
「…キスくらいは構わないか?」
問われてアムロは半拍遅れて赤くなり、ぷいと顔を逸らす。
「……わざわざ言うな、そんな今まで一遍も聞いたことも無いようなこと。」
そうだな、とシャアは浮かれた様子で微笑みながら唇を近づけてくる。
間近に迫る真摯な思いを浮かべた顔に、アムロの心臓がまた落ち着かなく飛び上がり始める。
―――神様。…神様神様神様、ちょっと、待って。
馬鹿みたいに何処の誰とも分からない神様の名前を呼びながら焦る気持ちを押さえ付けようとする。僅かに逃げようとする身体はシャアの腕にかっちり捕らえられて動けなかった。
アムロは震えながら瞳を閉ざそうとして、射抜くような青い視線に捕らえられる。…瞳も逸らせない。
――――シャアも目を閉じなかった。
潤んだ視線が絡み合って、熱が触れた。
懐かしくもない感触なのに泣き出しそうで、与えることと摂ることに夢中になって…時さえ忘れた。
変わってしまった、とアムロは口付けを受け容れながら心の中で泣いた。
扉は開いてしまった。シャアが中に入ってくる。この場所はまだ、本当に誰にも見せたことも入れたこともないのに、と泣きそうになりながらドアをこじ開けた男を琥珀の双眸で睨む。
シャアの瞳が呆れたように、中から鍵を開けたのは君だよ、と煌めいた。
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+++To be Continued.
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