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※世界はSRW設定です。
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+XI+
ブライトが予言したタイムリミットの三日目。
アムロはものの見事に低血圧の人間のような寝起きの悪さを見せ、この上なく不機嫌そうに艦橋に…すら現れなかった。どうやら本気で腹を立てているらしく、自室からブリーフィングルームに直行したらしい。あれに当たる、いや当たられる人間は可哀相にと思いながらブライトは艦橋で優雅にコーヒーを啜っていた。昨日の自分の態度が特に冷たいとは思わない。まぁ、素っ気なかったかもしれないが。
一度アムロも昔はともあれ今は自分が結構幸せなことを自覚すると良いのだ。クワトロは故意にそれを気付かせないようにしているきらいがあるが、彼はアムロを甘やかし過ぎなのだ、大体。際限ない幸せの泉など、注いでやらなくてもいいと思うけれど。
ブライトは久々にブラックに戻したコーヒーを卓に置きながら思わず苦笑した。第一、厳しくすると言った側からこんなことを気にしている辺り自分だって相当アムロには甘いではないか。
「過保護な家族ばかりだな、アムロの周りは。」
独り言を呟きながら通信機の電源を入れ、当のクワトロを呼び出す。朝早い時間にも関わらずクワトロは既にきちんと服装を整え、顔にはトレードマークのスクリーングラスをかけていた。
『ああ、艦長か。おはよう。』
「おはようございます、クワトロ大尉。」
心なしかクワトロも流石に少し憔悴している様だ。休暇中の人間が憔悴してどうするんだか、と苦笑いを漏らしつつ、ブライトはモニターの中の金髪の男に話しかける。
「明日行われる補給艦からの物資の搬入ですが、モビルスーツ隊は護衛から外そうかと思っているのですが。」
クワトロが不審そうな表情を浮かべた。
『何故だ?機動性と小回りを考えるとモビルスーツが向いていると思うのだが…。』
大体においてこの手の仕事は最後タイムリミットが掛かって護衛の筈が搬入の手伝いまでしていたりすることも良くあるので器用な機体の方が有り難い。そう続けようとしたクワトロに、ブライトが先に事情を告げる。
「予測の通り、アムロが全然駄目でね。使い物にならないんですよ。」
クワトロがモニターの向こうでがたんと立ち上がる。
『艦長、そんなことを暢気に言っている場合かね?!アムロが不調だと?!一体どんな風に…!!』
直ぐにでも電子ロックを外して部屋を出ていきそうな気配にだから落ち着けって、と苦笑する。その後でにんまり微笑みながらクワトロに向かって揶揄するような言葉を投げる。
「大丈夫、ちょっと重症のただのクワトロ大尉が足りない病なだけですから。」
モニターの向こうで。
クワトロが一瞬だけぱっと白皙の顔を朱に染め、直ぐに焦ったように大振りのスクリーングラスの位置を直した。その変化にブライトが呆気に取られる。
『…人をからかうのはあまり感心しないな、艦長。』
どことなく責めるような響きの言葉もいまいち普段の覇気がない。
―――もしかして。
金髪の男は今やひたすら無表情を装っているが、取り繕ったポーカーフェイスであることは間違いがないだろう。
『艦長、では引き続き私は仕事に戻る。補給艦からの物資搬入の護衛任務については艦長の判断に任せるので何かあったら連絡をくれ。』
言いながら一方的に切られた回線のこちらで今度こそブライトは大爆笑した。
『照れるシャア・アズナブル』などという希有なイベントに遭遇するのはこの宇宙で間違いなく自分が二人目だという確証を持ちながら。
アムロがシャアを純粋で可愛い人だと影で評する気持ちがちょっとだけ理解できたブライトであった。
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「…ブライト。」
早朝から艦橋に詰めた所為で遅めになってしまった朝食を艦長室で書類に目を通しながら摂っていると、突然ドアが開いて地の底から響くような不気味な声に、ブライトがぎょっとして顔を上げる。
「なんだアムロか。」
「なんだ、じゃないよ。シフトの変更聞いたよ。なんで俺が外されてるんだ?!」
つかつかと歩いてくるアムロは左手にファイルを抱えたままだった。右手で振っている書類は今朝ブライト自身がサインしたシフト変更の命令書だ。そのままブライトの目の前のデスクにばんと叩きつける。
「納得行く説明をして貰おうじゃないか!」
「そんなもの。情緒不安定なパイロットに指揮権は渡せない、理由は以上だ。」
「俺の何処が情緒不安定だって言うんだ!!」
「だから、そういうところだ。」
しれっと言い返される台詞にアムロが一瞬詰まるが、すぐに反撃に移る。
「別に俺は情緒不安定なんかじゃない、それにプライベートを仕事に持ち込むほど子供でもないさ。」
「おや、そうか?ではアムロ、お前に相談なのだが…。クワトロ大尉に暫く後方支援の基地勤務に移ってもらっても構わないか?」
ブライトのこの言葉を聞いて、今度は可及的速やかにアムロは切れた。
「はぁ?!なんだよ、それ。ブライト、あんたあいつの事情わかってんのか?!エドワウとかなんとか名乗っててもあいつは、シャアだ、シャア・アズナブルなんだぞ?!」
言い聞かせるように声を荒げるが、ブライトはどこ吹く風だ。
「ああ、そんなことは分かっているが?大尉ならなんとかするだろう。実際何とかしてきた人だしな。」
ばん、とアムロがブライトの机に両手をついて身を乗り出した。
「馬鹿、ブライト、俺達の目の届くところならいいよ、でも連邦の息の掛かった所なんかに居たら…あいつが暗殺計画のリストのトップに居座り続けているの、知らない訳じゃないだろう?」
「連邦軍の基地ではないし、シャア・アズナブル氏は公式見解では死亡している。もうリストには名前は載っていないはずだ。」
分かってない、本当に分かっちゃいないとアムロが怒りも露わに艦長に食ってかかった。
「だから!死人をもう一度殺しても罪にはならないんだよ!!シャアはもし殺されても、誰にも文句を言えない身分なんだ!!」
「そうだな。」
「そうだよ!だから…って、ブライト?」
急にブライトが舌鋒を引っ込めた事により、アムロの弾劾も失速する。勢いを削がれてぽかんとするアムロに向かって、ブライトがちょいちょいと手招きをする。アムロは少し嫌な顔をしたが、渋々顔を近づけた。
「なに。」
ブライトが表情を消して連邦軍人『ブライト・ノア准将』の顔に戻る。
「極秘情報だが、今度の連邦からの補給艦には上層部のお偉い査問委員会とやらのご一行が同乗してくる。今のところクワトロ大尉も知らない事だろうとは思っているが…。俺も昔のツテで少し前に小耳に挟んだ所だからな。勿論、彼等は『ネオ・ジオン総帥』の顔を知っているだろう。忘れても居ないだろう。あれだけ煮え湯を飲まされた存在でもあるし、当然だが。」
そこまでで言葉を一旦切り、ふぅと深い息を吐き出す。再び射る様な視線をアムロに向かって投げる。
「アムロ。…連邦上層部に既に漏れて居るぞ、この船に大尉が乗っていることが。まぁ、あれだけ派手に立ち働いているのだからいつかは来るとは思っていたが。今日までこちらに連絡もない所から見て、委員会の抜き打ち査察の本当の目的は情報収集だろう。だから大尉にはもう暫く隠れていて貰って、出来うることならほとぼりが冷めるまで艦を降りて貰いたい。お前に護衛に出るな、と言ったのも同じ理由だ。お前が戻ってきたことだけは報告はしてある。だから、精々派手に艦の中を歩き回ってろ。」
アムロがやっと合点がいったように苦笑した。
「…囮かい?」
ブライトが肩をすくめる。
「νガンダムといいお前自身といい、大人しくしていても目立つことこの上ない。精々大尉の代わりにたまには道化を演じるんだな。」
ぷぅとアムロが子供のように頬を膨らませる。
「酷い言い方だな。それじゃまるで俺が地味派手みたいじゃないか。」
「みたいじゃなくてそう言っているんだ。」
苦笑しながら言った後で、ふと表情を消す。
「…大尉には、それだけ後がないんだからな。」
「……ブライト。」
アムロが胸を衝かれたような表情になった。他のクルーを信じていないわけでもないし敵だとも思っては居ないが、あらゆる意味でこの艦の中でシャアを護る事が出来る人間は自分一人しか居ないことに不意に気付く。気付いてしまった事実に愕然としてその事実を反芻していると、ブライトが見透かしたように追い打ちをかけた。
「他でもないお前自身が選んだ道なんだから、今更どうにもならないぞ。大尉にはもうお前しか居ない。そのことを、もう一度良く考え直してみるんだな。」
最後にアムロの親代わりとしての苦言を呈しつつ、ブライトは首を振った。
「まぁしかし、大尉も素直に言うことを聞いてくれるとは限らないしなぁ。」
苦笑いと共に与えられた台詞に誘導されるようにアムロが頷く。
「う…ん。」
ましてやクワトロは逃げるのも隠れるのも得意なのだけれどもあえてやらないという斜めに真っ直ぐな人格構造をしているし。何よりアムロが困っていたら真っ先に助けに現れそうだし。
そんなアムロの内心を見透かしたようにブライトが説得するように続ける。
「この作戦が終わるまで、お前の顔を大尉に見せない方がいいのかもしれないな。会ってしまうと気持ちが鈍る。」
アムロが困ったような顔で頭を上げた。
「ブライ…。」
「大尉のお前への執着を知らない訳じゃないだろう?常なら大尉も納得は絶対しないだろうが。」
そこでブライトが初めてにやりと笑う。
「好都合なことにお前達、夫婦喧嘩の真っ最中のようだしな。」
「…だから。夫婦喧嘩って言うなよ。」
今度はアムロも直ぐに反応した。言った後で、何かに気付いたような顔になって、恐る恐るブライトに問いかける。
「ブライト、それって、もしかして…。」
ブライトが大きく頷いた。
「いいなアムロ。お前に会わせずに大尉には今夜発って頂く。この際折角だから視察も兼ねて一ヶ月くらい支援者の基地を巡って貰う予定だ。」
そんな、とアムロが小さく呟いた。パイロットの管理責任者である自分は基本的にラー・カイラムを離れることは出来ない。ということはこの先更に一ヶ月も会えないと言うことか。…顔も見ないで、仲直りもしないままで。
ブライトは更に無情な言葉を続ける。
「言っただろう?二人セットだと目立つというか浮き上がるんだよお前達は。バラバラにした方がまだしもマシだ。ラー・カイラムにアムロ・レイ有りというニュースが伝われば、暫くはここも騒がしくなるだろう。お前にブラフまで演らせる以上、大尉の身柄は完全に隠さないと意味がないだろう?」
暫く前からどうしようか悩んでいたのだが、全く良いときに喧嘩してくれたものだとどことなく嬉しそうに小声で呟いたブライトに、この間からの彼にしては珍しい煽るような言動にようやく得心がいったアムロが愕然として口を開く。
が、言葉は出てこずに金魚のようにぱくぱく開閉させるだけだ。
―――ハメられた!!
アムロの頭の中身が衝撃で思わず白紙になる。そう。ブライトは千載一遇のチャンスを見事に掴んで物にしたのだ。
ブライトもいいとこ老獪になったというか腹芸が出来るようになったというかアムロ達の操縦法を遂に会得したというか。説得できる自信はないし確かに拠ん所ない事情だし緊急事態だとは頭で理解しても流石に猛然と腹が立ってきて、この上なく不機嫌な仏頂面で問いかけてみる。
「でも、もしかしてあいつになんかあったらどうするんだよ?」
ブライトは聞いた瞬間思い切り意地悪く微笑んだ。
「おや、お前達ニュータイプは離れていても人の意識が分かるんじゃないのか?…クワトロ大尉のことなんか手に取るように分かるんだろう?」
「……っ!!」
絶句するアムロに向かってどこか嬉しそうにブライトは言い放つ。
「だったらなんにも不都合なんて無いじゃないか。こちらは生憎と言葉がないと理解し合えないオールドタイプなのでね、このオペレーションの終了までは大尉の身柄は借りていくぞ?アムロ。」
確かにニュータイプの妻を持つブライトはあらゆる意味で正しい。ノア家自体単身赴任家族の見本例みたいな存在でもあるし。
けれども。
……このカミナリ親父、大人になった分根性は悪くなってるんじゃないか?!
アムロの感想は被害妄想とも一概には言えないものであった。
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ブライトの意見は尤もだ。手段はあまり誉められた物ではないが、それも自分達のことを真剣に考えていてくれたのがそもそもの根底にあると分かっているから強く怒ることも出来ない。
もう諦めようかな、と自問自答する。けれど。
―――会いたい、会いたい。…会って、話をしたい。感覚なんかじゃ物足りない。もう後一ヶ月も会えないなんて冗談じゃない!
胸の中でもう一人のアムロが哭く。
おかしいなと更に別のアムロは呟く。出会ってから、シャアに会える事なんて七年置きにしかなかったじゃないか、と。
そこでまた違うアムロが首を振る。そうじゃない、あの頃のシャアと今のシャアでは自分に対して…アムロに対して持つ意味も存在の価値も全く違っているのだ、と。
たっぷりと十分ほど逡巡したり往生際悪くブライトに食い下がったり躊躇ったりした後で。
遂にアムロは覚悟を決めた。
「ブライト…。」
「なんだ?」
アムロは俯いて、決まり悪げに片手を差し出す。
「持ってるんだろ、シャアの居る部屋の合い鍵。…貸してくれよ。」
「…お前、それが人にものを頼む態度か?」
呆れたように言い返され、只でさえ恥ずかしいのを無理矢理押さえ込んで言ったアムロが羞恥心と怒りで耳まで深紅に染まる。それでも己を抑えつつなんとか再び頼むことに成功した。
「…っっ、貸して…クダ、サイ!」
「ヨクデキマシタ。」
戯けたようにブライトが言い、今度こそアムロはばっと顔を上げてブライトを睨み付ける。無論のこと、全く説得力のない表情だが。
「〜〜っ!!!いいからさっさと寄越せよ!!」
「はいはい、そう急かすな。…ほら。」
思いの外あっさりカードキーが差し出され、アムロが目をぱちくりさせた。さっきまでの様子からして当然ここから更に押し問答が始まるに違いないと思っていたのだ。手を出さないアムロにブライトが問いかける。
「なんだ?やっぱり止めるのか?」
「いや違う、要るよ!…いや、なんでそんなあっさりくれるのさブライト。…まさかまたなんか企んでる?」
どうやらすっかり息子代わりの青年の信用を無くしたようである。苦笑しながらブライトが言う。
「企んでは居ない。理由は説明したが、現実としてお前に脱走されるわけにも大尉に失踪される訳にもいかないからな。蟠りがあるのならこの際きっちり片づけてこい。そして出来れば大尉を説得してくれ、お前の口から。」
アムロはぱっと表情を輝かせ、嬉しそうな目をしたが口からはわざと拗ねた風な事を言う。
「なんだよ、やっぱり企んでるんじゃないか。俺だけ悪者にしようとしてさ。」
「言っておくが俺は事後処理はしないぞ。二人の間でどういう結論が出ても後は二人でやってくれ。」
面倒くさげに手を振りながら言うブライトの態度の裏に流れる温かい物を感じて、アムロが照れ臭げに小さく微笑む。その後でゆっくりとカードキーに手を差しだし、取り上げた。
まるで全ての悩みと苦しみの解決の鍵ででもあるかのように。
「了解。……ありがとう、ブライト。」
彼にしては珍しく、アムロの顔には何かを決意したような覚悟の色がはっきりと浮かんでいた。
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アムロが鍵を持って部屋に向かったのを確認すると、ブライトは通信用の携帯端末を取り出す。
「ああ、クワトロ大尉ですか?申し訳ないですが直ぐ部屋を出てブリッジまで来てください。連邦との交渉の件で緊急にお話ししたいことがあるのです。」
言って了解の返事を聞くなり端末を切る。
例えアムロが真っ直ぐにクワトロの部屋に向かったとしてもクワトロが出てくるのには間に合わず、また途中で逢うことも無いはずだ。ブライトは先程までの慈父の表情が嘘のような人の悪い微笑みをにんまりと浮かべ、七年間も幽閉されていた過去のある弟分に対するとは思えない言葉を口にする。
「…人間、ちょっとは辛抱と我慢も学ばないとな、アムロ。」
ブライト・ノア。最近性格が変わって根性が座ってきたんじゃないかと言われる所以だった。
…ちなみにこの話のサブタイトルは「逆襲のブライト」ではない。多分きっと。
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+++To be Continued.
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