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※世界はSRW設定です。
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翌日。
自室を出て艦橋へ向かう道すがら、ブライトは後ろから全力疾走してきたエースパイロットに捕獲された。
「ブライトっ!!!」
「おや、アムロじゃないか。おはよう。…いい朝だな。」
勿論後半は皮肉である。アムロの表情にはくっきりと「疲労」の文字が刻まれていた。にっこりとこちらは爽やかに微笑むブライトにアムロが食ってかかる。
「”いい朝だな”じゃないだろっ?!シャアどこなんだよ、出せよっ!!」
ブライトがとんでもない、という顔をする。
「心外だな、まるで俺が隠したような言い方は止めろ。」
「あんたが匿うんじゃなきゃ何処に行くっていうんだよあいつ友達少ないのにっ!!何遍携帯かけても電源切ってるし、一体何処の部屋に居るんだ?」
ブライトがおやおやとにんまり笑った。単純な作戦だが、それだけに結構堪えているらしい。今のアムロを見たらクワトロ大尉は泣いて喜ぶだろうな、と思いつつブライトは素っ気なく言う。
「それは秘密だな。」
「ブライト!!」
しゃあしゃあとした返事を返すブライトにアムロが幾ら憤慨しようと、今回のブライトは強硬だった。教えられないの一点張りで、結局アムロはその朝はシャアの居所を聞き出すことに失敗したのだった。
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「ああもう、ブライトの奴、一体何処に隠したんだよ…!」
どこから聞いても大人げのない台詞と共に、アムロはラー・カイラムの廊下を大股で歩いていた。今日一日、どこに行っても誰に聞いてもシャアの姿を見た人間は居ない。不思議なくらい目立つ男だから、本当にどこかへ雲隠れしているのだろう。
この世でどこの誰が攫われようと捕らえられようと虜囚という単語とは一番程遠い人間の筈なので、きっと己の意志で姿を眩ましているのだろうが、それにしたって補給班の面々さえ今日は声は聞いて指示書は受け取ったけれども顔は出さなかったと言うし。
多分、艦の中のどこかには居るのだ。ブライトは絶対に居場所を知っているに違いないが。ていうかあいつはきっと共犯だろうが。
午後から少し空き時間があったので一人で味のない昼食を摂った後再度ブライトの所へ押し掛けてシャアの居場所を聞き出そうとしてまたしても断られ、不機嫌のどん底ですオーラを出しているエースパイロットに近寄る人間は殆ど居ない。通行人を無自覚に蹴散らしながら、気分転換に愛機でも弄ろうかとドックへ足を向ける。
工具置き場で自分専用の工具を取り、νガンダムの方へ歩いていこうとして、その奥に格納されている機体が目に入る。嫌でも目に付く深紅の燃え上がる機体。それはネオ・ジオン総帥専用機でもある。
「…サザビー。」
意識するより先に足はそちらを向いた。
一体、この間シャアに何が起こったのか。…全ての鍵を握っているのは、聳える赤い機体だけのような気がしたのだ。
実は自分で作っておきながらサザビーのコックピットにアムロは数えるほども乗り込んではいない。他人の癖が付くのをシャアは嫌がるだろうと気を使い、殆ど白紙状態で渡してやった所為だ。
そのハッチの扉を開け、身軽に身体を滑り込ませる。シャア個人専用機なのでどちらかといえば小柄なアムロには少々サイズが余ってしまうシートの位置を調整すると、扉を閉めてサザビーの意識だけを起動させる。微かな音と共に、暗闇だったコックピットに明かりが灯り、モニターが生き返る。ぐるりと周囲を見渡せる中に自分だけ浮いている気分は同じ筈なのだが。
―――この機体は、シャアの匂いと感触がする。
それだけで、アムロは自分が良く知る他人とダブって物事を感じているような不思議な気分に囚われた。
「なぁ、教えてくれよ。この間お前はあの人に…何を見せたんだ?」
口を開き、物言わぬ機体に向けて問いかける。当然のことながらサザビーは沈黙を守ったままだ。軽く溜息をつき、シートに身体を預けた。全自動でクッションは動き、もたれ掛かったアムロの身体に沿って包み込むように固定する。ゆっくりと腕を伸ばしてコントロールに手を置いた。機動プログラムが反応して動き出し、更なる指示を操縦者に求めてくる。アムロは少し考えて、モニターの記録を再生するよう促した。戦闘の記録などが取れるように、過去の時点でモニターに映った物は、ある程度の期間データが保存されているのだ。ざっと周囲が切り替わり、味気ない無機質のドック内の映像が星々の浮かぶ漆黒の宇宙に変化する。
目前に、アムロのνガンダムが見えた。過去の時点の映像だけなので音声はない。シャアもこの映像を見たはずだ。彼の視線までは完全に追えないので確かなことを言えないが、今のところ正面にいるのは相変わらず純白のνガンダム……νガンダム?
「待てよ、おかしいだろう。」
アムロは思わず声を上げた。あの時、サザビーは確かにアムロの前を飛んでいたはずだ。アムロはガンダムで後をずっと着いて行っていて、挙げ句シャアの軽口に怒ったアムロが先にシャアを見捨てて帰ってしまったのだから…この映像は明らかに変だ。
「なんで俺が追っていた筈なのに、シャアが俺を追いかけている?」
データを弄ってみたが、日付も日時も間違いないし編集も改竄もされた後がない。一体なにが、と考えながらもう一度モニターに視線を戻して。
白く見えていた機影はガンダムでは無かったことに気付く。…いや、何故あれをνガンダムなどと思っていたのだろう、自分は。
絶句した。唇が震える。心なしか身体も腕も、全身が小刻みに振動を始めた気もする。
「………ララァ?」
正面で、微笑んでいる褐色の肌の少女がアムロには見えた。
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憔悴した様子でサザビーのコックピットから降り立ったアムロを待っていたのは怒濤のような仕事の山だった。ちょっとνガンダムを弄るだけで来たつもりだったのにサザビーの中で結構な時間を食っていたらしい。
結局アムロはνの整備を諦め、呼び出される関係各所のトラブルシューターとして走り回ってその日の午後を終えたのだった。
一人よろよろと自宅に帰り、習慣になっている共同予定表のボードのチェックをしようと目をやって苦笑する。
「更新されてる訳がない、か。」
シャアの予定は先日の出張から先動いていない。この液晶ボードはアムロの作製したプログラムに直結しているもので、二人の持っている携帯端末からも打ち込めるようになっているはずなのだが。もしかしたら端末自体がシャアの手元にないということか。大体はこういうことにはまめなシャアによって、アムロが帰ってくる時間とすれ違っていても労いの一言と共に彼が今何をしているかが書き込まれて居るのだが。
アムロのシフトは熟知しているだろうに。
「…ホントに、どこで何をして居るんだよ、あなたは。」
シャアの行動が分からないのなんていつものことなのだけれども。それでも、ここの所は深いところで何となく分かり合えている気がしたから気を緩めていたのだ。
思っても詮無いことばかりが頭に浮かんでは消えるので首を振って持ち帰りの書類をそこら辺に放り出し、シャワーを浴びることにした。取りあえずは何もかも洗い落として深く寝て今日起こった出来事は尽く一旦忘れてしまおうと、思考より休息を優先するほど。
其程アムロは混乱していた。
シャアととにかく話がしたかった。
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翌日、アムロの寝起きは最悪だった。
いい加減に身なりを整えて取りあえず艦橋へ向かう。流石に今朝はブライトを問い詰める気にもならず、朝の挨拶の後もの問いたげな視線だけ送ったが相変わらずブライトの方はすましていた。こいつ本当に本当は底意地が悪いよなと恨めしく思いつつブリーフィングルームへ向かう。
朝礼を執り行いながら、アムロは何処か上の空だった。昨日の出来事が頭をこびり付いて離れない。もしも自分が会ったのが本当にララァだったとしたら、一体全体自分は何を造ってしまったのだろう。
シャアがサザビーを避けるはずだ。
「…さん、アムロさん!」
呼ばれて、はっと気がつく。
「あ、ごめん。ぼうっとしてた。なに?コウ。」
「珍しいですね、アムロさん。寝不足ですか?あの、機体の整備のことでお聞きしたいことがあるんですけれども、お時間宜しいでしょうか?」
「ああ、いいよ。」
気を取り直して微笑む。せわしなく流れる日常の時間さえ始まってしまえば、シャアのことを考える機会は減るはずだった。多分、彼等の一人にでもシャアを知らないかとでも聞くことが出来ればみんな真剣に探してくれるのだろうけれど。
アムロは何となく躊躇って、そのタイミングを逸し続けていた。コウのフルバーニアンの機体調整のバランスを見てやってアドバイスを与え、待機中の組や哨戒行動中の組に指示を出したり状況を分析したり、パイロットの管理を一手に任されているアムロには特に何もしなくても仕事は振って湧いてくる。
走り回って一日を終えたかったのに、ふとした時間に探す影がある。
アムロ自身は全く意識していないのだが。
例えばドックで整備を手伝っていたら目の前をニナが横切っていって、その金髪に見とれたりとか。
背の高い颯爽とした人影を思わず追って角を曲がったらゼクス特佐にぶつかったりとか。
ガトー少佐の身につけているジオン軍の軍服に目を取られていたり意味もないのに補給班の辺りをうろうろしていたり。
その度に自分の無意識の行動の理由が分からなくてアムロは首を傾げていたのだが、アムロよりは鋭いというか何となく理由を察している周囲の人間達も流石にアムロに面と向かって「もしかしてクワトロ大尉欠乏症ですか?」等という恐ろしいことは訊けず、ひたすら沈黙を守っていたのだった。
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夕食の席でアムロの隣りに腰を下ろしたのはブライトだった。彼の元にはカミーユやウッソを始めとするアムロを心配する部下達からアムロ大尉をなんとかしてください、という訴えが幾つも寄せられている。まさか自分も今回は一枚噛んでいるとは言えないブライトは苦笑しながらその直訴を受け容れたのだった。
「アムロ、ここ空いているか?」
「っていうか、もう座ってるじゃないか。なんだ?俺を笑いに来たのか?」
「被害妄想だな。」
苦笑し、ブライトはぱきんと自分の低重力用容器に入った飲み物の封を切った。アムロの方は黙って鶏肉を口に運んでいる。暫くはブライトも黙々と食事を摂ることに専念していたが、やがて思い出したように口を開いた。
「クワトロ大尉だが…。」
ぱっとその名前に反応してアムロが顔を上げたけれど、直ぐさま恥じたように伏せた。やせ我慢は止せばいいのに、と思いながらブライトは続ける。
「ここの所ちょっとオーバーワーク気味だったので、無理矢理休暇を取って貰っている。代わりに別シフトの仕事も頼んである事だし、艦内にはいるから心配しなくていい。」
「……別に、心配なんかしていない。子供じゃ有るまいし。」
アムロの口調が完全に拗ねている子供のそれで、ブライトは思わず笑ってしまった。
「そうだな、確かに大尉は大人だ。」
「ブライト、さっきから何が言いたいわけ?」
じろりと不機嫌そうに焦げ茶の眼差しがブライトに一瞥をくれる。ブライトはあえてそれを無視した。
「アムロ…"The man who does not read good books has no advantage over the man who can't read them."という言葉を知ってるか?」
ばっとアムロが顔を上げる。いい加減苛々しているところにブライトの一言で、元々の気が短いアムロは良いところ臨界点に近づきつつあった。
「知るか!なんであんたまでシャアみたいなこと言うんだよっ!!」
格言ジジイの仲間入りかい、と嫌味たらしく言われ、何も書籍を読めと言う意味じゃないんだが、とブライトが苦笑する。
「…Mark Twainの言葉だがな。良書を読まないのは読んでいないと同じだ。…人の心もそうだろう。お前、少しは他人の心ってものを分かろうとした方がいいぞ?」
そのまま、漆黒の瞳に真摯な色を浮かべながらブライトが続ける。
「元々物臭なお前が神様とやらから変にニュータイプなんて能力授かったから、余計に他人の気持ちを分かろうとしてないだろう、アムロ。…感覚で捕らえた他人と実際接した相手は違うんじゃないか?それともそんなことももう分からなくなったか?」
分かってくれないと嘆くばかりでは何の解決も見えないというのはお前が一番良く知っていることだろう、とブライトが熱く語る。その台詞に自分の言葉足らずには自覚のあるアムロが言葉に詰まった。
「…っ!!ブライト、シャアから何を聞いたんだよ!」
ブライトはただ肩をすくめる。
「何も。」
「嘘をつけよ!」
「ついてなどいないが…俺がクワトロ大尉の方が大人だと言ったのは、彼が他人というのは基本的に分かり合えない存在だと知っているからだ。…だから伝えようと努力する。お前やカミーユは人類の『救い』だろうさ。だけれど、お前達はだったら、どうしてその力に振り回される?…大尉は内心悔しいだろうな、そりゃ。自分にそれだけの力が渡されたならもっと上手く使えるのに、と……。」
言いさしてブライトは首を振る。
「…いや、使えるから渡されなかった、と思うだろうな、あの人なら。」
アムロは黙ってしまった。分かったように言うな、と唇と噛んで俯く。いつもいつも生真面目なブライトは一番自分にとって辛いことばかり言ってくれる。図星を指されるのが人は一番腹が立つと知っていてあえてそこを衝いてくるのだから、本当に頭に来る。…例え正論だと分かっていても。
どうして俺ばっかりこんな事を言われなくちゃいけないんだ、理不尽だ、と拳を握りしめる。…シャアが居なくなっただけでも十分にダメージは大きいのに。
どいつもこいつも自分が本当に甘えたいときには突っぱねて、どうでも良いような時にばかり手を差し伸べて来やがって、と段々に頭に血が昇ってきたアムロは。
「そうだな、俺だって出来ることならこんな力、脳味噌越し全部あんたにくれてやりたいよ。」
絞り出すようにそれだけ言い放つとブライトを睨み据え、がちゃんと乱暴に食べかけの食事のトレイを手に取ると立ち上がって食堂を出ていってしまった。
「少し薬が効きすぎたかな?」
残されたブライトは悪びれる風もなくそう呟き、中断していた夕食を悠々と再会することにした。
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+++To be Continued.
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