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「アムロッ、照度500ルクス以下!照明ツケロ、照明ツケロ!」
ハロにせっつかれ、顔を上げた。
確かに手元はすっかり見づらくなっている。
いつまでも引かない暑さに誤魔化されていたけれど、
夕暮れの時間がこんなに早くなっている分には、きっちり地球の季節も巡っているらしい。
「……まぁた欠片でもアクシズを落とせば良かったとか考えだしてるんだろうな」
地球温暖化だからだとかなんだとか、考えるのはアイツ。
いいけどね。今度そんな真似してみろ?
お望み通り、オレがきっちり殺してやるから。
…なんてね。わかってる。アイツは、もう二度とそんな真似なんかしない。
ありえない冗談にくすくす笑いがこぼれるだけ。
手暗がりになっても、別にもう構わない。
蓋を戻してねじ止めするだけだから。
「……できた!」
達成感におおきく息を付く。床にへたり込んで、ほれぼれと眺める。
目の前にあるのは、アンティーク趣味も極まれり!な蓄音機。
昨日、出かけた先でたまたまやっていた骨董市でたまたま見つけた一品、だった。
埃を被って隅っこに追いやられていたそいつを一目見た途端、コレだ!って思ったよ。
売り主は使い物にならないインテリアだ、って言ってしシャアもそのつもりだったみたいだけど。
オレにはわかる。コイツ、よっぽど大切にされてきたんだ、って。
だから少し埃を綺麗にして部品を入れ替えたりすれば、またすぐに音を出すようになる。
コンピュータ制御なんか入っていない本物のアンティークだからこそできる芸当…なんだけれどさ。
でも。
ゴメンナサイ。
オレ、アンティークを舐めてました。
だってさ。
針をキープするアームの先端一つ取ったって。
勢いよく回るレコードの回転ってか遠心力の物理的な力に耐えて、
しかもレコードを可能な限り削らないような針の取り付け角度!
繊細すぎる芸術的技術とそこに残った技術者の神業に、脱帽。
ゼンマイ動力だって、電気モーターがないから…じゃなくって、
静かでコンスタントに回転させられるからなんだと、いじってみて初めて気付いた。
今は作られていない部品とかあって、ジャンクの山からなんとか使えそうなのを見つけては付けてみて…
試行錯誤の繰り返し。
取りあえずの暫定修理ばかり。
待ってろよ。そのうち純正部品をみつけて、きちんと修理してやるからな。
そんなこんなでずうっと手を掛けて徹夜までやって、
なんとかなんとか修復完了までこぎ着けられて、
万歳三唱でもしたい気分!
まぁ、回りの惨状はちょっとばかし目をつぶってくれると…嬉しいんだけどなぁ……あはは。
もともとこの部屋は、オレの寝室…だった。
シャアの寝室とはウォークインクローゼットを挟んで繋がってて、いちいち廊下にでなくてもそっちから行き来したりして。
大体さぁ、夜はたいていアイツと…なんだ。
毎晩さんざん鳴かされて泣かされて、めちゃくちゃに翻弄されて搾り取られてみろ。
ちょっとの距離だって動くのが億劫…どころか指一本動かせないんだから。
結局、アイツと同じベッドに沈没。
で、こっちの部屋がPCとか電子機器とかのジャンクで溢れかえっているのも、
今のところ、お目こぼし頂いてる…ってとこかな。
でもいいや。お小言あとでもらっても良いから、呼びに行こう。
「おっと」
ドアを開ければ、もうそこにアイツが立っていた。
…びっくりしたぁ!これってやっぱり以心伝心?
「ちょーどよかった!シャア、直ったよ!」
「…本当か?」
あ。信じてないな?むくれるぞ。
まあいいや。持ってきてくれたアイスティーに免じて、許して上げる。
部屋に入ってもらったら、……シャアが目を丸くした。
大きく開いた、百合の花のような形のスピーカーは真鍮本来の色を取り戻していたし、
オーク材の本体も、木目も美しく飴色に磨き上げた。
ターンテーブルを回せば、くるりとなめらかに動く。
年月を経た本物にだけ許される、重厚な存在感。
技術者の端くれとして、こんなモノと出会えるなんて最高に嬉しい。
「…驚いたな」
「バラしてみてびっくりだよ。
基本はゼンマイ仕掛けなんだよ。ターンテーブルの動力はゼンマイなんだけど、
回転速度があんまり速すぎてもだめなんだろ?だからこのネジでリミッターを掛ける仕組みなんだ。
で、針が拾ったちいさな震動がアームを伝って共鳴箱【サウンドボックス】で増幅されて、
それがスピーカーから大きな音になって出てくる、ってとこだね」
「動力源は?」
「だからゼンマイ仕掛け、っていったろ?電気増幅は全然いらないんだ。むしろゼンマイの方がいいって。
何か掛けてみようよ?」
シャアはトレーを一旦工具箱の上に置くと、
蓄音機と一緒に買ってきたレコードセットとにらめっこし始めた。
顔より大きいレコード盤は扱いにくいし、その分傷も入りやすい。
埃にも弱くて、耐久性も今ひとつ信頼性がない…
そんな理由でCDやMDのスマートメディアにどんどん押されていった。
けれど、レコードにはレコードの良さがある。
デジタル処理されない音源そのままを記録するから、音の伸びが違うのだそうだ。
例えば、コンサートホールで演奏されたクラシック。
可聴域を越えた部分の音も、レコードはそっくりそのまま写し取る。
それがなんともいえない、音の心地よさにつながる。
デジタルにはない、アナログならではの温もりだと言う人もいるけれど。
選び出したレコードを、シャアがセットした。
針のついたアームを、オレが慎重に落とす。
古いレコード盤の上を、先にダイヤモンドの欠片をつけた針が滑っていく。
花の形のスピーカーが、拾った音を奏で始めた。
流れ出たのは、優しくて少し楽しくなるようなメロディーのピアノ曲だった。
ぷつぷつ、軽い雑音が入るのは埃やちいさな傷まで針が拾うから。
いい音だとは思う。綺麗な曲だとは思う。
……けど。
「修理は……納得のいかない出来、だったのか?」
訝しげに、シャアが聞いてくる。
違うんだ。
「サティは、嫌いだったか?」
曲の作り手か演奏者なのか、
……そんなのはどうでもよかった。
「ピアノは、好きだったろう?」
猫の“レイ”も、何を心配してくれているのか…脚にまとわりつく。
抱き上げれば、判っているよとばかりに頬をすり寄せて喉を鳴らしてくれる。
まるで、『僕はわかっているよ』とでもいいたげに。
「サティ、……が、嫌い、…とか…じゃなくて」
もどかしい。
ああ、どう言ったら、ちゃんと、誤解なく伝わるんだろう!
胸の中でもやもやしている気分にぴったりの言葉が、見つからない。
貴方には、きちんと言葉にして形にして伝えなくちゃ。
ニュータイプの感覚ばかり研ぎ澄ませていって、
形にならない感情をむき出しにして、すれ違って……
すれ違った挙げ句殺しあいまでやった、あの愚かだった頃に戻るのは…もう、いやだ!
シャアは困ったように、でも辛抱強く、待っていてくれる。
「サティ、が、…嫌い、じゃなくて…」
「うん?」
「ピアノなら、何でも好き…じゃ、なくて……」
「うん?」
優しいバラ色に染まった目と柔らかな相づちに、勇気をもらう。
きっと、この言葉なら……貴方に伝わると信じて。
「貴方の音、貴方のピアノだから、好きなんだ」
蓄音機の音は、遠い昔の、誰かの音。
貴方の音じゃないんだ。
だから、嫌なんだ。
「貴方が弾いてくれるなら、きっとこの曲も…好きになる」
「…それは、残念だな」
黄昏色の風に、金の髪が揺れた。
手を広げて、裏、表と返して…結んでは開く。
「技巧的なレベルだけならば、おそらくは弾けるとは思うのだが…
楽譜がなければ、どうにも習得のしようがない。
君のおねだりなら、何としても叶えたいけれどね。
どれだけ時間が掛かっても構わないなら、待っていてくれるかい?」
「待つよ」
嘘じゃない印に、オレから抱きついた。……ついうっかり、レイを忘れて。
みにゃあ!
オレたちの間から、ちいさな抗議の声。かしかしと爪まで立てられる。
慌ててすこし隙間をあければ、レイはするっと床に飛び降りた。
去り際、お邪魔しましたとばかりに尻尾でオレたちの脚を撫でていく。
そのまま、部屋からどこかへ行ってしまった。
「……昔から聡い子だったが」
「……ふーん。昔からあのコの前でこんなことしてたんだ?」
シャアがぎくっと身体を強ばらせた。
どーせ相手はナナイさんだろうけどさ、ムカシノオンナを出すことないじゃん。
じーっと冷たい視線を向けてみれば、かわいそうなくらいシャアは引きつっている。
ま、許してやるか。
ぽふん。
頭をアイツの肩に預けた。
「いいよ。別に。
今は貴方…オレのモノだから。許してやるよ」
「今だけと言わず、未来永劫ずっとだとも」
音も。指も。身体も。髪の一筋…ううん、心の一欠片まで。
ここにある、貴方という存在の全てが、オレの物。
「少々キザだったか?」
「まぁね、…でもそれくらいじゃなきゃ貴方らしくないし?」
笑いあう。
「どういう意味なのかね……まあいい。
キザついでに、…曲のタイトルを知っているかい?」
「ううん」
シャアは悪戯を思いついた子供の顔になった。
…キザにも程があるよ、ばか。
だってあいつはこう囁いてくれたんだから。
『私の気持ちそのままなのだよ
……“Je Te Veus”(君が欲しい)』
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