IとYou気と
-Sympathetic Magic-

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 クワトロ・バジーナは目の前で必死で大振りのオムライスをばくつく少年を微笑ましく見守っていた。
 視線に気付いたのか、少年が慌てて顔を上げる。と、同時に焦ったように口にオムライスを入れたまま礼を述べ始めた。

「くわほろはひひ(クワトロ大尉)、はひはとうほっ…」
「いいから、先に食べてしまいたまえ、アムロ」

 小さな子供のようだぞとくすくす笑いながら頬に着いた米粒を取って無意識なのか自分の口に運ぶ金髪の男に、アムロは一瞬呆けて、継いで真っ赤になってもう一度オムライスに顔を埋めた。
 クワトロは、気付いているのかいないのかちょっと辛いな、などと呟いている。

「食後のアイスクリームも頼もうか?」

 自分は前にコーヒーを置いただけの男はそう言うと、アムロの返事も待たずにカウンターに立ってバニラアイスクリームを注文した。席に戻ったその後で、視線をもういちど少年に戻す。

「全く、いつから食べていなかったんだ?」

 クワトロの言葉に、大盛りのオムライスの皿をほとんど空にした少年が、スプーンを持ったまま顔を赤くして、返事の代わりにオレンジジュースをストローから一口すすった。

「食堂に行きそびれて、昼食を食べられなかったんだって?」
「は、はい…」

 恥ずかしそうに俯く少年を連れ出したのはクワトロの方だった。艦の少年パイロットの教育を一手に任されているクワトロだが、機体整備のことでアムロと話をしている最中に、少年の腹が結構な音を立てて鳴り響いたのだ。

 羞恥で真っ赤になるアムロをよくよく問い詰めると、昼食時間に食堂に行こうとして、食べ盛りの少年達で盛況の食堂でたかる人並みに気圧されておろおろしているうちに、昼飯にありつき損ねたまま休憩時間が終わってしまったのだという。
 食べ盛りの少年に昼食抜きは堪えるだろうと、クワトロは遠慮するアムロを引っ張って時間外でも食事のとれる士官用のラウンジまで引っ張ってきたのだ。

 どうも、このアムロという少年は同じ年頃のカミーユはジュドー達少年パイロットと比べて、些か内向的な所があるというか、一歩引いてしまっている観がある。
 決して気が弱い訳ではないのだが、コミュニケーションが下手なのだろう、とここの所目をかけている天才的なニュータイプのパイロットの少年に向かい、クワトロは微笑んでみせた。

「少しは落ち着いたか?」
「はは、はい」
「よし」

 言いながら優しく頭を撫でられる行為にも、クワトロ以外ならば子供扱いしないでくれと噛み付くところだったが、何故かそんな気分になれずアムロはまた赤くなって俯いた。

 アムロの恥ずかしそうに頬を染める様子を見て、クワトロは心の中がほわんと温かくなるのを感じていた。元々、生き別れの妹が居るクワトロは、若手パイロットの面倒を見るのが特に苦痛ではなかった。
 中でも、才能は在り過ぎるほど在る癖に何処か自己表現の下手なアムロを構って居るときは、遠い日に置き去りにしてきたはずの優しい記憶までもが甦ってくるような気がする。

「アムロ、私に遠慮などする事はひとつもないのだからね、兄代わりというのも烏滸がましいかもしれないが、なんでも相談しなさい、構わないから」
「は、はい…」
「私が君を邪魔に思うことなんか、決してないんだからね」
「あ、ありがとうございます」

 クワトロの思いやりに溢れた言葉にアムロは感激し、見た目はかなり取っつきにくそうに見える(なんせ軍服からしてカスタムメイドだし、ばかでかいスクリーングラスはかけているし)この青年士官が、実は人情家で優しいのだと納得する。

「僕、クワトロ大尉みたいな人が上官で、嬉しいです」
「君こそ嬉しいことを言ってくれるな、アムロ・レイ。私こそ君のような優秀な少年を教えられて何よりだ。さ、食べたら整備に戻るぞ」
「はい!」

 嬉々として満面の笑みを浮かべるアムロと、その少年の姿にとろけそうな微笑みを浮かべて相対するクワトロ大尉の姿に。

 その士官食堂にその時運悪く居合わせた面々が、『苛々するから早くくっついてしまえ!ジレジレするなぁー!』と心の中で総ツッコミを入れていたのは、本人達の感知しない話である。


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 パイロット達の管理を任されているクワトロが、少年達をぞろぞろ引き連れてミーティングをするのは今ではよく見られる光景だった。

「今日は、精神力を高める訓練だからな。手袋をしている人間は外して」

 言いながら円座になって少年達を座らせ、隣の人間の手を取るように指示を出す。
 初めは恥ずかしがったり嫌がったりしていた少年達だが、苦笑混じりにクワトロが手を叩くと、大人しくなって隣の人間と手を繋ぎ始めた。

「そうだ、目を閉じて、周囲の空気を感じて、隣の人と手を握って、体温はどちらが高い?自分の方が温かい人間は相手に温かさを分けてあげるように……」

 言いながら、クワトロも片手で隣の人間の手を掴んだ。すると、ひやりとかなり冷たい。
 おや、と思って隣を見ると、案の定アムロ少年が眉間に軽く皺を寄せるような表情で座っている。クワトロは溜息をつきたくなった。本来ならば大人の自分より、まだ少年のアムロの方がずっと体温は高いはずなのに。
 証拠に、クワトロのもう片手を握っているカミーユの手の平は、クワトロよりも温かい。

―――全く、今度はどうしてこんなに手を冷やすほど思い詰めているのだね、君は。

 後で問いただしてみないといけないな、と思いながら、クワトロは僅かに温かい己の熱をせめてアムロの心に分けてやろうと、手袋を外した手の平の指を絡めて、少年の手をぎゅっと握りしめた。

 ただ、冷たく冷えた手の平を温めてやりたかったのだ。

 アムロの身体がびっくりしたように僅かに硬くなったが、クワトロはその手が温かくなるまで、繋いだ手を離そうとはしなかった。


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 アムロが居なくなった、という報告を受けたクワトロは、艦内を少年の姿を探して走り回っていた。

「僕っ、…」

 アムロは目に涙をいっぱい溜めてロッカールームの片隅で一人泣いているようだった。探して探してやっと見つけたクワトロは、その前に座り込む。

「やっと見つけた、アムロ。みんな心配していたぞ?一体何があったんだ?」
「く、わとろ、たいいっ」

 ひぐひぐと鼻の頭を赤くしながら、それでも泣いているところを見られまいと精一杯ごしごし顔を擦るアムロの腕を止め、クワトロはその前にしゃがみ込んだ。

「何を言われたんだ、言ってご覧?」
「…っ、く、他にもニュータイプがいるのに、僕が、僕だけが、ニュータイプ専用機に乗るのはおかしいって、」
「…ああ」

 クワトロが苦々しい顔をする。νガンダムは確かに『ニュータイプ専用機』だが、アムロとの相性が抜群で、主に彼だけが専用に搭乗している。
 脳波の調整などの問題もあるし、機体との好相性は他のニュータイプのパイロットであるカミーユやジュドーも十分に認めるところなので、彼等は寧ろアムロ・レイが乗って当然だと思っているのだが。
 外野はとかく意味も分からずに口だけ出したがる、とクワトロは溜息を付き、アムロの頭を撫でてやった。

「人の言うことなど気にすることはない。アムロが一番ガンダムを使うのが上手なのは、みんな知っているじゃないか?」

 しかし、クワトロの言葉に首を振り、アムロは意外なことを言い始める。

「そんなこと、ないんですっ…、それに、それに、カミーユやジュドーも巧くνに乗れるって、僕知ってるんです、知ってるんだけど、知ってるけど、僕、ガンダムの操縦席を誰にも譲りたくなくて、だから降りずにいて、僕、自分が卑怯だって、最低だって分かってて、だからっ…」

 ほう、とクワトロは内心舌を巻いた。アムロが見た目より勝ち気で芯が強いのは知っていたが、コックピットを譲り渡したくないと言い出したのは初めてだったのだ。

「いや、それはパイロットとしては良いことだと思うが。相性のいい機体は大事にしてやらなければな。君のパートナーになるのだし」

 言いながら、クワトロは不安を取り除いてやろうとアムロの手を握った。その小さな手は当たり前のように緊張でひやりとしていて、自分が彼の手を握るときはいつも体温を分けてやるばかりだな、とクワトロはどことなく切ないような気持ちになりながらスクリーングラスを外してアムロの方を見つめる。
 アムロは、恥ずかしいのか下を向いてしまったので、せめて手だけでも、とクワトロはアムロの手を握り締めることに意識を集中した。

 慌てて引っ込めようとするのを許さずに握っている内に、ふとクワトロはあることに気付いて愕然とした。
 未だ少年の筈のアムロの手は、思っていたよりもずっと固くて、あちこちにマメのようなものが出来ていて、指の先でなぞっていくと切り傷も無数にあるようだった。


『νガンダムのコントロールではこんな傷は出来ないはずだから、前のRX-78に搭乗していたときに出来たのか?操縦桿を握るときは万一のために手袋をしているはずだが…そうか、時には数十時間も乗り続けることもあるものな』


 切り傷は、整備の時にでも付いたものだろう。パイロットは万一計器が故障したりしたときはカバーを手で叩き割ったりするので、大抵手の甲の保護のためにも手袋の着用がほぼ必須である。勿論、クワトロ自身も例外ではない。

 それに、アムロは自分の機体の整備に、出来る範囲は最大限で参加したがった。
 それは好奇心などではなく、彼が本当にガンダムが好きで大切にしている気持ちから出ている事を知っている整備班の面々も、何も言わずに少年を仲間に入れて居る筈だった。
 確か、整備主任のアストナージからも、そんなことを聞いたことがあるような気がしたのだ。


『こんなに手が荒れるまで毎日、必死になっている少年を、愛機から降ろせなどと言った奴が居るのか』


 クワトロはそちらの方に無性に腹が立ってきて、更にアムロの手をきつく握り締めてしまったらしい。流石に、驚いた顔でアムロがクワトロの名前を呼ぶ。

「あ、あの…クワトロ大尉?」
「アムロ、君は絶対に最低などではないよ」

 クワトロがアムロのもう片手も握りながら真摯な瞳でアムロの瞳を覗き込んだ。
 青い瞳に真摯なまでに見つめられたアムロが狼狽えたように視線を彷徨わせる。

「え、ええっ…?!」
「アムロ、私はパイロットとしてではなくても君が好きだよ」

 その言葉に、アムロがさっと顔を赤らめた。

「ほ、ほんとう…?」
「ああ、だから君はもっと自信を持ってガンダムに乗って構わない。いや、乗るべきだ」
「クワトロ大尉…!!」

 クワトロの言葉に励まされるように握っていたアムロの掌の温度がどんどん上がり始め、クワトロが少し安心し始めていたその頃。


 ロッカールームの外では、入るに入れない他のパイロットの面々が、このクソこっぱずかしい田舎芝居はいつ終わるんだろう、っていうか自室でやれ自室でー、と内心大ブーイングを起こしながら大量に溜まっていたという。







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日誌に書いていたものをまとめました、27と15の恋愛以前な楽しい毎日です(笑)
なんか色々間違っている気もしてしょうがないです(笑)
コンセプトは「めざせおお振りのアベミハ」で。

緊張して冷たく悴んで、ガンダムの操縦桿が上手く握れないアムロを安心させようと、手を握って勇気づけるクワトロ大尉・・・すっごい胡散臭く爽やかで好きです。(誉めてます)

 

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