誰かの願いがかなう頃
-FALLING INTO INFINITY-





**********


小さなことで大事なものを失った
冷たい指輪が私に光ってみせた
「今さえあればいい」と言ったけど そうじゃなかった
あなたへ続くドアが音も無く消えた
あなたの幸せ願うほど わがままが増えてくよ
それでもあなたを引き止めたい いつだってそう
誰かの願いが叶うころ あの子が泣いてるよ
そのまま扉の音は鳴らない
みんなに必要とされる君を癒せるたった一人に
なりたくて少し我慢し過ぎたな
自分の幸せ願うこと わがままではないでしょ
それならあなたを抱き寄せたい できるだけぎゅっと
私の涙が乾くころ あの子が泣いてるよ
このまま僕らの地面は乾かない
あなたの幸せ願うほど わがままが増えてくよ
あなたは私を引き止めない いつだってそう
誰かの願いが叶うころ あの子が泣いてるよ

みんなの願いは同時にはかなわない


小さな地球が回るほど 優しさが身に付くよ
もう一度あなたを抱き締めたい できるだけそっと



*:*:*:*




 無意識に溜息をつく癖があるね、と誰かに指摘された。

 そうかな、俺も年だから、と苦笑してみせることにしている。

 何かやりたいことはないの?と良く聞かれる。

 俺の答えは決まっている。

「やりたいことは特にありません。俺は今の生活に満足していますから。」

 或る意味で本当。嘘偽りのない真実の気持ち。自分の金じゃなく好き放題モビルスーツをいじらせて貰って、豪邸といえる屋敷に住んで破格の給料を貰って、地位は士官学校さえ出てないのにこの歳でもう大尉だし我が儘は言いたい放題だし欲しいものはなんだって手に入る。

―――自由以外。

 だけど人生なんて元々不自由なもんだし、自由と引き替えさ、なんて拗ねてみせる年でもないし。

 だから俺は笑って前向きに答えることにしている。満足だ、と。


*:*:*:*



「なんで、俺ロンド・ベルに来たんだろう…。」

 アムロの呟きに、シャアが反応した。
「アムロ、今更我々と来たことを後悔しているのか?」
 咎めるような響きに、アムロが違うよと苦笑する。二人してたまたま空き時間の入りが重なって、少しお茶でも飲んで話をしようかと入ってきた休憩室での事である。

「そうじゃなくて、不思議だよなって。だって俺、別にシャイアンでの生活がイヤだった訳じゃないんだぜ?実験とかはそりゃ、気持ち悪かったけれど薬とかは極力避けたりエスケープする術もばっちり覚えたしさ。それだって熱心だったのは最初の二、三年だけで後になってくると殆ど形骸化して、研究らしい研究なんてされなかったし。」
 その台詞を顔を顰めて聞いていたシャアが、ぼそりと連邦は結局ニュータイプ理論とデータを使いこなせなかったからな、と呟いた。おや、とアムロが瞳を開く。

「詳しいね。」
「君のことはずっと追っていたからな。」

 何処か苦いものが口調に混じるのは、それならばもっと早く攫いに来れば良かったのに、とアムロに言われるとでも思ったのか。アムロが揺れる心を感知して微笑する。

「別にあなたを責めている訳じゃない。…不思議に思ったんだ。どうしてあの足りた日々を捨てられたのかなって。」

 シャアが少し驚いたような顔をした。
「籠の鳥だったのにか?」
「それはあなただって同じだろう?何時でも籠の鳥じゃないか。鳥籠は大きいかもしれないけどさ。確かに自由はなかったけど、それ以外はなんでも貰えたし、不満だってなかった。やりたいこととか特になんにもなかったしさ、あなたと違って。」
 同じように自由を引き替えにしている人たちからすると、すっごい不等価だと思うんだけど。心底不思議そうなアムロをシャアがまじまじと見つめる。気付いたアムロが居心地の悪さを覚えた。

「なにさ。」
「君は…その、本気で言っているのか?」
「そうだよ。なんで?」

 信じられないと言う口調で尋ねられたアムロが首を傾げると、今はクワトロ大尉と呼ばれる男は深く溜息を落として頭を抱えた。

「全く、信じられないな君という男は…。自分の本当の願いにも気付いて居なかったとは。」
「なんだよ、馬鹿にして。」

 呆れたような口調に些かむっとして言い返すと、冗談ではない、と呟きながらシャアがスクリーングラスを外し、アムロの顔を至近距離から覗き込んだ。

「いいか、アムロ・レイ。」
「な…なんだよ。」

 間近に迫る地球のような青い瞳の湛えた真摯な光に、アムロが思い切り動揺した。
 スクリーングラスを外したシャアの美貌と言える整いすぎた顔立ちは免疫のないアムロには心臓に悪すぎる。シャアは自分自身の顔になどさほど興味がない…というか頓着したことがないので無自覚な分、こういうときの破壊力は絶大である。ましてや長い金の睫が触れそうなほど近づいているのだ。ついでに言うと彼はアムロの昔の想い人、セイラの実兄である。…ということはアムロは只でさえこの手の顔立ちに弱い。

 そのまま、低くて甘い声が薄い唇から紡ぎ出される。吐息が顔に直接かかって、アムロは心筋梗塞か脳卒中を起こしそうになった。

「君は、代償として与えたのは『自由』だと言ったが、それ自体が間違いなのだよ。」
「…え?」

 シャアの言った言葉をアムロが認識するのには暫く時間が必要だった。根気強くアムロの視線から戸惑いが消えるのを待ち、シャアが続ける。

「君が、君の言う『足りた生活』と引き替えに渡したものは君自身の人生だ。確かに不等価に過ぎるよ。高々屋敷だの金だの地位だので買えるものか、君という奇跡の存在の人生が。」

 馬鹿馬鹿しい、と吐き捨てるように言うシャアは本当に腹を立てて居るようだった。
「奇跡だなんて、そん…。」
「奇跡だよ。少なくとも私にはそうだった。君に惹かれて此処まで来たのだ。…今更違いますと言われても困る。」
「ちょっとちょっと、そんな勝手に言われても!理想化されても俺の方が困るよ!!」

 シャアが肩をすくめる。

「そう思うのは君の勝手だ。君がどう言おうと私は君という存在を追いかけて宇宙に留まり続けているのだ。…さっさと舞台から降りてしまいたいのに道化も演じてね。」

 アムロがだから、と顔を赤らめる。分不相応な言葉に落ち着かなくて尻の辺りがもぞもぞする。
「そんな…事。」
 嘘をつけとは言えなかった。哀しいかなアムロの特異な能力は、人の言葉の真贋を見極めるという点では頗る付きに役に立つもので、だからこそシャアが真摯に、心の底からそう思って言っているのが分かる。…その分余計にタチも悪い。
 シャアが優しく諭すように続ける。

「君は、君という存在を認めてあげるべきだよ、アムロ。…そして自分にもう少し優しくしてやるといい。君にはそれだけの価値が本当にあるのだから。」

 シャアの言葉はまともに受け容れるにはくすぐった過ぎて、アムロはわざと悪態を吐く。
「なんでだよ。…俺がファーストニュータイプだから?」
 違う、そんなことはどうでもいい、とシャアが首を振る。なんで俺の事なのに俺よりシャアの方が悔しそうなんだ、とアムロはぼんやりと思った。

「馬鹿だな、そうではない。…君は君という人間の人生の主役を演じなければ、と言っているのだよ。君はさっき、やりたいことはない、と言ったな?それは君が与えられる人生に慣れてしまったからだ。好きなものも己で選べない人生なんてつまらないと思わないか?連邦の奴らの与えた暮らしは、君から人生そのものを奪ってしまったのだ。全く許し難い所行だと私は思うが。」

 今、心の中で思っただろう、と続けられてアムロがぎくりとする。自分ほどではないにせよ、シャアも他人と感応出来るのをすっかり忘れていた。

「な、なにを?」
「どうして……。」
 そこで言葉を切り、探るような眼差しでじっとアムロを内面まで見通すように凝視する。全くこの人は心臓に悪い、とアムロは逃げ出したくなってきた。その時わかった、とシャアが小さく呟く。

「…ああ、”なんで俺の事なのに俺よりシャアの方が悔しそうなんだ”、か。…アムロ、そう君が思うこと自体が悔しくて哀しい。何故君が君自身のことなのに腹が立たないのだ?君の為だけの人生なのに他人事の様だなどと…全く許し難い。」

 言いながら、シャアはアムロの頬に触れて呆然としたままの瞳を覗き込む。

「アムロ、真っ直ぐ見てみろ。私の瞳の中に何が見える?」

 深い深い海色の瞳の中にはアムロの顔が映っている。でも、それは。

「…俺って、こんな顔してたのか?」

 鏡なんて意識して覗いた事なんてない。

「ああ、そうだ。私の見ている君を君に伝えたいよ。君の声も姿も想いも君自身にはちっぽけだと思えるかもしれないがね。成りたい自分さえいない、透明人間の時期はもう止めにしないか、アムロ。…此処には、ロンド・ベルには正直似合わんよ。」

 アムロがシャアの瞳に捕らわれたまま、困惑したように呟く。

「だけど俺、成りたい自分なんて知らないよ、分からない。」
「そんなもの。」

 シャアがアムロの顔から自分の顔を離し、長く優美な指先でその鼻をぴんと弾いた。

「痛!」
 酷い、止めろよただでさえ低いんだから、とぶうたれるアムロにシャアが笑う。

「そんなもの私だってわかってなどいないさ。人生は可変で流動的なものだ。昨日の私と今日の私は多分少しずれているし、明日には全然変わっているかもしれない。けれど、それはいけない事じゃないだろう?」

 にやりと不敵に微笑んで言い放つシャアにアムロが首を振った。
「俺、あなたがなんでそんなにタフでしぶといのか何となく分かった気がする…」

「と、いう訳で分かったかね?」
「なにが?」

 シャアの突然の台詞にアムロが驚いて顔を上げると、今度こそシャアは呆れ果てた顔でくしゃりとアムロの頭をかき混ぜる。

「わぁ、何するんだよ!子供扱いするなよな!」

 当然ながらアムロは抗議した。

「子供じゃないか。いいかい、君は『何故自分はロンド・ベルに来たのか』と私に問うた。今答えをあげよう。それはアムロ、君自身が望んだからだ。…強くね。それがきっと私達を引き寄せた。君の人生は長いこと与えられ受け容れるばかりだった。初めて君はその円循環を壊したいと思った。理由などそれで十分だ。大人の階段を初めて昇った気分はどうだい?」

 言いながらシャアはふむ、と呟いてまじまじとアムロの顔を改めて眺める。アムロの顔にまた血が上って熱を持ってきた。

「だから、……何なんだよ?」
「そう言われてみれば、一年戦争で初めて会った時よりずっといい顔をしている。まだまだ物足りないがね。」
「うるさい、物足りなくて悪かったね!」
「いやいや、発展途上で実に魅力的だよ。」

 くすくすとシャアは上機嫌に笑い、最後にもう一度にやりと悪戯っぽく微笑んでアムロの耳元に唇を近づける。そして、完全に腰の引けたアムロに向かって囁いた。

「こちらこそ、今日こそ本当の君に触れた気がする。…なかなか悪くない。」

 言うと、金魚のように真っ赤になって言葉もなく口をぱくぱくさせるアムロを残し、じゃあ私は次のシフトで待機任務に入るから、と立ち上がる。

「これからはもっと君自身のことを教えて貰いたいものだな、是非。一体君の中の何が私を宇宙に留まらせるのか私としても知りたい所なのだよ。なんなら私にも一緒に探させて欲しいものだ。…本当の君を。」

 ふわりと微笑んで聞きようによっては口説き文句か愛の告白のような意味深長な台詞を残し、シャアはスクリーングラスをかけて部屋を出ていった。


*:*:*:*



―――本当の俺、か。

 ひとり話をしていた休憩室に取り残されたアムロは長いこと魂が抜けたように茫然自失としていたが、時計の針が半周するより先にはっと己を取り戻す。
 そして腕時計を見て自分も次の予定があったことを思い出し、慌てて立ち上がろうとして壁に掛かった鏡が目に留まった。シャアの言葉を思い出してそんなに変わったかと思わず近寄ってまじまじと覗き込んでしまう。

 映っているのは赤茶けた癖のある髪の毛と鳶色の瞳、背はまぁ低い方で顔立ちは幼い方だけれどありふれていて、飛び抜けて秀でたものなんか何もない青年の姿だった。

 なんだ変わらないじゃんか、と思おうとして、そもそも『前の自分』がどんなものだったのか印象が思い出せないほど希薄であることに気付いてしまう。そういうことか、と今度こそ苦笑した。


「初めましてアムロ・レイ、これからも宜しくな…とでも言おうかな。」


 戯けて呟いてしまい、誰も聞いてなかっただろうな、と周囲を見回す。戦闘の緊張状態が続くラー・カイラムの休憩室には相変わらず人の気配はなく、それだけでホッとする。

「欲しいものはありますか、やりたいことはないですか、か……。」

 呟きながら鏡の中の自分と、他人とするように感応しようと意識を拡散する。指で鏡の中の自分に触れて、そして。

―――火傷でもしたようにぱっとその手を引っ込めた。

 鏡像というものは嘘は映さない。或る意味何よりも正直で冷酷だ。

「…え。」

 今こそ、アムロは自分が欲しかったものが分かってしまった。追いかけたかったものも。

「…やっばい。どうしよう。」

 思わずしゃがみ込んで顔に手を当ててしまう。手の平に感じる温度は平時より熱い。

「ああー、もう、やばいってやばいってやばいって!」

 わしゃわしゃと頭をかき混ぜる。…困ったなぁととどめに呟く。

「うわーもう、どーしよう俺。」

 どうしようといっても今更自覚してしまったのだからもうどうしようもないのだが。普段はとことん鈍い癖にこんな時だけ酷く鋭い自分を恨めしく思う。それもこれも、シャアがちょっと…いやかなり自分に執着を覚えてくれていたりして、しかも自分にそれが見えちゃったりなんかしちゃったりなんかしたりしたのが全部悪い。

 引っ張り込まれてしまった。また。やけっぱちに叫ぶ。

「あーもう、どうするんだよって俺はだから!」

 折角引き込まれる地球の重力という存在から逃げたのに、別のものに惹かれては本末転倒だ。

「ああ、俺の自由はどこにあるんだ……。」

 がっくりと項垂れたけれどスケジュールとタイムテーブルには勝てず、それ以上落ち込んでいる暇も一人ボケツッコミをする時間もなく慌てて走り出す。



―――欲しいものはありますか?

 俺は、あのひとが欲しいかもしれない。
 それがあの人の視線なのか希望なのか心なのか存在全部なのかはまだ決めかねているけれど。



―――やりたいことはありますか?

「…そうだ、新しいガンダムとか設計したいな。」

 その背中にはきっと羽根をつけようと心に誓う。
 あの人に求められるような、さっきの台詞を違わず五年後も十年後も言って貰えるような。そんな俺で居たいと思う。



 地球にいても再び宇宙に帰ってきても、アムロの視線はずっとあの赤い男の背中を探していた。

「アムロ、行きまーす。」


 戯けて呟いた口元がどうしようもなく微笑んでいたのは、アムロ自身しか未だ知らない秘密である。



 とりあえずは走りだそう、そして走り続けよう。





 アムロの答えを一緒に探してくれるあの人は、きっと明日のその先にいる。





**********











+++END.

 

 

というわけで(何が)うちのスパロボ話のアムロ大尉フォーリンラブv(寒)のお話です。
シャアは完全に無意識天然です。意識しない方が撃墜率は高いと評判でっす(爆笑)
てゆーか。「こんな惚れてんのにあんな意地悪するか。」というのがうちのアムロの基本です。
本人曰く「照れ臭い」らしいです。…不憫だ、シャア。(大爆笑)

タイトルはほらあれだ、「キャシャーン」の主題歌…ウタダだ。

 

+++ back +++