愛情増量ミルク抜き




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「アムロ、コーヒーを淹れてくれないか」

 書類束から目も上げないで言う恋人に、アムロは軽い溜息をついた。

「根を詰めすぎだぞ」
「うん…」

 シャアからは生返事しか返ってこない。無論、シャアが無理押しして仕事をこなしているのは自分との時間を作るためだと誰よりも承知しているアムロもそれ以上何も言えなくて、リクエスト通りにコーヒーを淹れるべく席を立った。

 時間を惜しんでいるのか、シャアは休息も取っていなければ、コーヒーを時々口にする他は軽食すら口にしない。
 自分の恋人が集中力と精神力のお化けだということは知ってるが、それでも心配になるのは彼を想う人間としては仕方がないことだ。

「嬉しくない、訳じゃないんだけどな」

 俺も大概我が儘だよな、とひとりごちながら、終わったら十分甘やかしてやろうと決意して、アムロはシャアの分のカップを手に取った。
 コーヒーを落としている間に、アムロは手近な戸棚の中を物色する。一緒にチョコレートやクッキーなどを持っていっても、シャアはそれらには手を出さない。

 少しは糖分を採らせないと血糖値が下がって眩暈を起こすぞ、あいつと思いながらうろうろと添えるものを探していたアムロが、やがて何かを思いついたように目を輝かせた。





「お待たせ」
「ん……」

 ことりと手近に置かれたカップの気配に、シャアは書類から視線も上げずに手を伸ばす。

 カップの取っ手を指先で探り、アムロがいつだったか揃いで買ってきたマグカップを手に取り、淹れ立ての香りを味わうのもそこそこにゆっくりと口に含んだ。

 途端、口中に感じた違和感に眉を顰める。

「…甘い」

 自分はいつもコーヒーはブラックだし、アムロもその事は知っているはずだ。
 何故砂糖を入れたのだ、と視線だけで非難すると、アムロは空惚けたように自分の分のカップに口を付けている。

「そうか?俺は愛情しか入れてないつもりだけど」

 甘過ぎたか?と言いながら片目を瞑ってみせるアムロに、シャアは参ったなと苦笑して再びカップを取り上げる。

 どうも、食事もしていないので心配をかけてしまったらしい。

「…いや、美味しいよ。君の愛情では、飲み干さない訳にはいかないな」

 言いながら微笑んだシャアに、ふとアムロが悪戯っぽい表情を浮かべた。

「気に入ったならお代わりも入れようか?」

 すかさず継がれた言葉に、流石に砂糖たっぷりのコーヒーと二杯も付き合うのかと一瞬頭を過ぎったらしいシャアが是非頼む、と覚悟を決めたように言い返すまでの僅かな間を笑い飛ばしながら、アムロは二杯目はこれで勘弁してやるよ、と唇に軽いキスを贈った。

「胸焼けされても困るしな」
「…君も言うようになった」

 糖分過多気味の差し入れを受け取ったシャアの仕事が全て終わるのも、どうやらそう遠い時間の話ではなさそうであった。










>>>>>お代わり





 アムロはメカ類を弄り始めると文字通り寝食を忘れて部屋に引き籠もってしまう。

 全く悪い癖だ、とシャアは思うが、仕事に興が乗っているときの自分も大して差がないことには気付いていない。
 この辺り、付き合いの長いブライト・ノア大佐あたりが呆れたように『割れ鍋に綴じ蓋』と二人のことを表現する所以でもあった。

 それはさておき、今回は自分の方が正気なので例によってアムロの心配を始めたシャアは、遂に居ても立っても居られなくなり、立ち上がるとキッチンに向かって歩き出した。

 シャアは冷蔵庫を覗きながら暫く顔を見ていない同居人を思い浮かべ、軽く溜息をつきながら軽食とコーヒーを用意すると、階上にあるアムロの部屋のドアをノックした。

「アムロ、何か少し腹に入れたまえよ、体を壊すぞ」
「んー…」

 部屋の中から気のない返事が聞こえ、がちゃりとドアが開いて死んだ魚のような目をしたアムロが現れた。半死体かリビングデッドかはたまた未確認生命体か、というその姿に些か怖じ気づいたシャアだったが、悟らせないようになんとか平静を保つ。

 暫くぼぅっとしたようにシャアを見つめていたが、やがていい匂いを嗅ぎつけたのか鼻をひぐひぐと動かす。

「あー…食い物」
「全く君は…」

 手を洗おうともせずにシャアの持ったままのトレイに手を伸ばすアムロの手の平をぴしっと叩きながら、シャアが呆れ顔でホットサンドをひとつ手に持って差し出す。

「ほら」
「ん」

 シャアの手からそのままサンドイッチに囓り付く青年に、私は恋人と同居しているのであってペットを飼っているのではないのだがなと内心苦笑しつつ、シャアがマグカップを手に取って差し出す。

「コーヒーは?」
「飲む」

 単語だけで会話を成立させつつ、むぐむぐと口を動かしていたアムロはマグカップを手にとって一口中身を口に含んだ。
 と、おや?と言うようにちょっと眉を顰める表情に、シャアが問いかける。

「甘過ぎたか?」

 シャアとしては、この間砂糖を入れてくれたアムロが、『愛情だよ』と言ってくれたのを真似てみようと思っていたのだ。
 その為に、わざわざ普段アムロが飲むものより一杯ほど砂糖は多目にしてある。

 が。アムロはシャアの顔を見上げ、カップをそろそろ両手で差し出す。

「ううん、もうちょっと甘いのがいい」
「…………了解した」

 紡ぐ予定だった甘い台詞を中断させられ、当てが外れたような表情でサンドイッチの皿の乗ったトレイを手渡して、コーヒーのマグカップを手に砂糖を追加するためにキッチンに戻っていくシャアの後ろ姿を見て、アムロはこっそり舌を出した。

「俺、結構甘党なんだよね。ごめんシャア」

 どうやらまだ、甘いものに関しては白い悪魔が一枚ほど上手のようであった。









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+++END

 

 

拍手にほうりこんであった短編をまとめました。一生やってろ(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

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