初恋クレイジー




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 ヘンケン・ベッケナーは煮詰まっていた。

 愛しのエマ中尉を首尾良くデート(と、いうかラーディッシュの補給の買い出し任務を艦長自ら行きたいと強権発動し、エマに同行して貰うよう頼み込んだだけなのだが)に誘ったのはいいが、時は戦時中、そう度々二人きりになれる筈もない。
 ヘンケンとしては、折角掴んだチャンスを逃さずにここらで一発気の利いた決め台詞でも発してエマの心象を格段に良くしておきたい所なのだが、だからといってそうそう決め台詞などが浮かぶわけもない。

 メモ代わりのカンペに浮かんだ台詞を書き付け、咄嗟に口から「するっ」とでるように練習しようとブツブツ呟きながら練習していると、遭遇したカツ・コバヤシには思い切り敬遠と軽蔑と憐れみの眼差しで見られてしまった。
 全く、ブライトが手を焼くだけあって生意気な小僧だ。俺が「君の瞳に乾杯☆」などというのがそんなにオカシイか、と腹立たしく思いながらヘンケンはそのブライトからの呼び出しに答えてアーガマへと出かけていった。


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 ブライトとの打ち合わせも終わり、ラーディッシュへと帰る為に廊下を歩きながら、まだヘンケンは悩み続けていた。

「あなたのために、たとえ世界を失うことがあっても、世界のためにあなたを失いたくない、なんていうのは大袈裟か……」

 呟きながらその視線を二重線で消していると、角を曲がったところで丁度向こうから歩いてきたクワトロとカミーユを見つけ、ヘンケンは渡りに船とばかりに二人に声をかけた。

「おーい、いいところで会った、クワトロ大尉、カミーユ」
「おや、ヘンケン艦長、来ていたのかね」

 カツ君は元気か、と聞いてくるクワトロに、元気だよ、クソ生意気だがな、と返してから、ヘンケンは徐に二人に聞いた。

「なぁ、聞きたいんだが、今までで言われて一番嬉しかった台詞ってなんかないか」
「嬉しかった台詞ですか?」

 カミーユが暫く考えこみ、少しだけ淋しそうな顔で、僕はカミーユっていい名前だっていわれたのが嬉しかったですけど、と言った。

「一体、それがどうかしたんですか?」
「いやいや、なんでもない! ただ、今後の参考に少しな」

 しどろもどろになりながら言ったヘンケンに、クワトロが何かに気付いたように少し笑いながら聞いた。

「エマ中尉かね?」

 途端、ヘンケンが赤くなって勢い良く両腕を胸の前で振る。

「い、いやいやっ! 違う、違うぞ! 確かにエマとは明日出かけるが、断じてその事とは関係ない!」
「バレバレですよ、ヘンケン艦長……」

 呆れたように呟いたカミーユの隣で軽く吹き出して、クワトロはそれでは私もなにか思い出さねばなるまいな、と言った。

「そうだな。私ならば、『守ってみせるさ』と言われたのが今までで一番感動したな」
「意外な台詞だな、クワトロ大尉」

 そりゃまた剛毅なお嬢さんとお知り合いなんだなと感心したように言うヘンケンの前で、その『剛毅なお嬢さん』のことを思い出したクワトロが笑いを堪えながらそうだな、と頷く。

「振られてばかりの相手だったものでね、特に嬉しく思ったのだろうな」
「そうか、クワトロ大尉も苦労しているんだな。……こいつは、俺もひとつ、頑張らにゃいかんだろう」
「ああ、応援しているよ」

 クワトロに激励するように肩を叩かれ、ヘンケンは大尉のお墨付きがあれば勇気百倍だな、と豪快に笑いながら去っていった。
 その後ろ姿を見送りながら、カミーユが呟く。

「クワトロ大尉」
「なんだね」
「もしかして、あの台詞って、……ヘンケン艦長が「言う」んですよね、言われるんじゃなくて」

 ちょっとずれてるんじゃないですか、むしろファとかレコアさんに聞くところなんじゃ、と首を傾げる少年に、クワトロが肩をすくめる。

「いいのではないか? 要は気持ちの問題なのだろう?」
「それはそうなんですけど……、大尉の言われたのって、それってもしかしてアムロさんの台詞なんじゃないですか? 女の人ですらないじゃないですか、ひっどいなぁ」
「何を言う、ヘンケン艦長は『言われて嬉しかった台詞』としか言わなかったぞ? 確かに、口説き文句ではないが」

 嬉しかったことに偽りはないと主張するクワトロに、アムロのその台詞はむしろ他の人間には「シャアに手を出すヤツは俺が相手になるからかかってこい」にしか聞こえなかったとは言い出しかねる、運悪く現場に居合わせたニュータイプのカミーユ・ビダン少年であった。

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 後日、エマとの買い出しデートで気合い一発、「エマ中尉のことは俺が守ってみせるさ!」と言ってはみたヘンケンが、「なにを言うんですか、あたしの仕事がラーディッシュを守ることです!」と即言い返されて轟沈したことは言うまでもない。





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映画版より気味、むしろヘンケンエマ万歳(笑)
クワトロ大尉は鈍さが醍醐味です。

 

 

 

 

 

 

 

 

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