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「はい、プレゼントだよ、あなたに。」
そう最愛のベターハーフに言われた瞬間、確かにシャアはこの上なく幸せそうな至福の表情をしていたのだ。
しかし。
差し出された包みを受け取り、開けた瞬間。秀麗な顔は一瞬にして引きつった。
「アムロ、これ、は…。」
「ん?見てわかんない?」
にっこりと微笑んだアムロは背後からもう一つ「それ」を取り出す。
「…古式ゆかしいペアルック、ですけど。」
いや、ちょっと待てそうじゃないだろう、とシャアは心の中で突っ込む。
古式ゆかしいペアルックを二人でする事に依存はない。
ペアといっても色々方法はあるだろう。前時代的なもっさい色違いとかそういうのじゃなく…例えば自分達のように男同士とかでも、なんていうかお洒落にさり気なく。
―――そもそもペアで何か揃えようというその心根がお洒落でもさり気なくもない、という事実には突っ込んではいけない。
まぁともかく。シャアだって機会があれば。適当なものが見つかりさえすれば。例えば誕生日とかクリスマスとかそういうコテコテなイベントにかこつけたり或いはクソ恥ずかしいからそこからも外すかもしれないが、とにかく。
状況と口実さえ揃えば、嬉し恥ずかしお揃いグッズを恋人に贈ることに吝かではない。
問題は、シャアがいままでそんな素っ頓狂なものを贈る気に僅かでもなった相手が目の前の青年オンリーワンだったという事実だけで。
しかし。
しかしながら。
たった今目の前でアムロからこの上なくにこやかに差し出された贈り物、それは。
もっさいどころか送り手の正気も疑うような…というか半ば以上本気で真剣かどうか疑うような…というか真剣なのもそれはそれで怖いというか…という所謂『贈られて困るもの』の代表。
しかもはっきりきっぱりまず同性、しかも男性なんかからは贈られるはずもないもの。
つまり、簡潔に説明するならば。
―――素敵に浮かれた、「手編みの」セーターであった。
ご丁寧にも胸の中心部分にはシャアのイニシャル入りだ。
深い落ち着いた色調の赤の中にくっきり浮かび上がる真っ白な「C」の文字に、シャアは真剣に目眩を覚えた。…まだしも、クワトロの「Q」よりはマシだったのかもしれないが。
そして。アムロが目の前で嬉しそうに掲げているもう一着の方。生成りに近いざっくりとした白いセーターだが、そちらの方には見間違えようもなくど真ん中に「A」の文字が入っている。ということは、これは。
いわゆる噂に伝え聞く、ペアルック最上級生のみにチャレンジが許されるという伝説のアイテム、「手編みのイニシャル入りお揃いセーター(愛情投入過多)」で有ることは間違いなかった。
着ると防御力はアップするが人気と統率力が減少する。
気力が上がるか下がるかは着る人間によって個人差があるが、確実に呪いはかかるという例のアレである。
…思わずシャアは己の手の中にある赤い方の表面を撫でた。
その後で、ふと送り主の赤味のかかった頭髪を見上げる。
まさか髪の毛なんか混ぜ込んでないだろうな、と一瞬不吉な思考が頭を過ぎったことは疑いようもない。
「…なに?あんまり嬉しそうじゃなさそうだけど。」
アムロがそのシャアの様子を見て表情を曇らせる。シャアは咄嗟に言い訳をした。
「い、いやアムロ、違うぞ、断じてそんなことはない!これは…その、ちょっと驚いて…感激、そう感激したんだ!今までこんなプレゼントを貰ったことがなかったから!」
なんというか、殆どアムロに対するよりは自分自身を説得するためのような台詞を続けながらシャアは取り繕ってしまった自分にちょっと愕然とする。
確か自分は、意に添わない贈り物は突き返すか廃棄する冷淡な性分に属する性格だったと思うのだが。
なんではっきりくっきり考えなくても痛いことこの上ない男からの手編みのセーターなんぞ脂汗浮かべながら受け取って居るんだ。
考えると目眩がしそうなので思考を無理矢理に一時停止させ、シャアはふと息を付いた。
確かに。こういうプレゼントを貰ったのは初めてのことだ。それは嘘ではない。
今までシャアが貰う贈り物といえば高価な宝石貴金属、絵画美術品から始まって、服飾品や小物は全て一流のもの、挙げ句は土地建物に帰ってきたらベッドに寝ている裸の女性とか爆弾毒薬の類まで。想像力の思いつく限りあらゆるものを貰ったことはあるが。
インパクトでは間違いなくこれが一番だ。いやきっと、それはこれから先でも変わらなく不動の一番であるに違いない。大体、何処の世界の人間がシャア・アズナブルに手編みのセーターなんぞプレゼントしたいと思うものか。
一種感慨深いとでも言える想いを噛みしめながら手編みのセーターをつくづく眺めるシャアに向かって。
アムロはこの上ないほど優しく微笑んで…最終通告を突きつけた。
「で、シャア。勿論着てくれるよね?」
「…え?」
シャアの表情が流石に引きつる。
着るって、このこっ恥ずかしいセーターを、今此処で?!
ちなみに、打ち合わせの途中だった二人が現在居るのはラー・カイラムの中のブリーフィングルーム。キッパリハッキリと公の場である。
アムロは軍服だし、シャアに至ってはネオ・ジオンの総帥服をきっちり着込んでいる。
ついでに自室へ帰るためにはそれなりに人目のある場所、つまり廊下やなんやかやを通らなければならない。
自室なら。
きっとシャアは迷わなかったと思う。多少躊躇はしても、照れながらセーターに袖を通してみせただろう。
しかし。
「アムロ、本当に…ここで、なのか?しかし君、いつも他の人間に示しがつかないだろうから私と君がこういう仲で在ることは極力目立たないようにしよう、と言っていたではないか。」
シャア・アズナブルは、過去から現在に至るまでに遭遇したトラブルの中でも、ある意味最大の窮地に立たされていた。
アムロが僅かに顔を伏せる。
「…イヤなんだ…。」
―――だーかーらーっ!!!
シャアは心の中でそれは狡いだろう反則だろうと絶叫する。アムロにそんな哀しげな顔をされたら。
「…ね、駄目?」
「あ…。」
―――多分、アムロのやつは絶対に確信犯に違いない。
「俺、シャアのために一生懸命編んだんだよ…夜も寝ないで。袖のところの編み目に穴を開けないようにするのが難しくてさ…。」
「…む……。」
―――これでこの手に乗せられて着たら最後、陰で絶対馬鹿にされるのだ。目に見えている。
分かっている、のに。
アムロが伏し目がちな視線のまま、シャアの前に両手を差し出した。指には、痛々しいほど絆創膏が巻かれている。
「ね…ほら、見てよ。指、絆創膏だらけになっちゃった。それでも俺…俺、あなたの為だけに。」
「………ろ。」
ふるふると赤みがかった睫毛が震える。盛り上がってくる水滴に、シャアは腹の底から冷えてくるような気分になった。
―――分かったから泣くな!泣くんじゃないってのに!!それじゃ犯罪というか恐喝じゃないか!!
まぁちなみに寡聞にしてシャアが知らないだけで編み物で指に絆創膏を巻くほどの傷が出来るなんてことは絶対に無いのだが。
いかなシャア・アズナブルといえども政治経済と地球連邦やネオ・ジオンの動向やモビルスーツや文学音楽絵画芸術や環境問題には明るくても編み物には詳しくなかったようで。
「……シャア。」
北島マヤも真っ青な演技力の元、アムロが大きな瞳を見開いてここぞとシャアを見上げる。その目尻から一筋だけ堪えきれなかった涙がぽたんと落ちて。
こいつ、この男は絶対こんな事で泣くようなキャラじゃないのに畜生、とは思いながら。
シャアは完全に兜を脱いで白旗を揚げた。未だ嘗て一度も経験したことのない無条件降伏である。
「…分かった。」
―――だから泣いてくれるな。
天国の月影先生、マヤは…マヤは恐ろしい子です、と内心お前は姫川亜弓かい、という一人ナレーションをかましつつ、シャアは諦めたように悄然と肩を落として。
アムロ作の手編みのセーターを着るために、身につけていたネオ・ジオンの赤い総帥服の上着を脱いだのだった。
+*:*:*+
その後、戦艦の廊下をどこか開き直ったように胸にイニシャル入りのどこからどう見ても「手編みです」と主張しているセーターを着た、ついでに「売約済みです」の看板も背負って歩いているような金髪碧眼の超美形の男の女性陣による評価が地に墜ちたことは言うまでもない。
彼女たち曰く。
「嬉しそうに売約済みの赤札付けて歩いていて平気だなんて、男としてはちょっとねー。」
だ、そうである。
+*:*:*+
その頃。
「だから言ったでしょ、アムロさんが贈れば大尉は着るって。」
青い髪の毛の少年が勝ち誇ったように言い放つ。
言われた方のアムロの前には、さっきまでアムロが持っていて、今シャアが色違いの片方を着ている手編みのセーター。
ちなみに、真実はカミーユ監修ファ指導の元で編み上げた逸品であったりする。
設計図はコンピュータープログラミングで作成して目の数まで計算したのがアムロとカミーユらしいといえばらしいのだが。
アムロはどこか呆然とした口調で呟いた。
手にはまだ、先程の小道具の目薬を持ったままだ。
「嘘だ…絶対どんな理由付けたってごねて着ないと思っていたのに…あいついつからあんなにクソ恥ずかしい男になり果てたんだ…。」
カミーユが苦笑する。
「クワトロ大尉、アムロさん好きですからねー。」
「そりゃ俺も知ってる!でもな、好きって、好きって言っても…物事には限度があるだろうが!あいつにはプライドがないのか!!」
俺の永遠の好敵手はどこに行ったんだー!と往生際悪く叫ぶアムロに向かって、カミーユがにこやかにじゃ、罰ゲームですねと通告する。
「ってわけで、賭は俺の勝ちですから、アムロさんもさっくりこれ着て歩いてください。」
カミーユが白い方のセーターを手にとって差し出したので、アムロの顔面にさぁっと青く縦線が入る。
「…無理、無理だからっ!!!」
カミーユが剣呑な微笑を整った顔に浮かべながらアムロに迫る。
「無理じゃないですよー、愛があれば。現にクワトロ大尉着てるじゃないですか。」
あれは、と自分で着せておきながらアムロが言葉に詰まる。
「あんな存在自体が恥ずかしい男と一緒にすんな!」
「はーいはいはい、往生際悪いですよ、アムロさん。」
その後、アムロもカミーユの手によって無理矢理着ていた軍服の上着を剥ぎ取られたのだった。
+*:*:*+
ついでに。
お目出度いことこの上ない紅白のイニシャル入りの手編みのセーターでペアルックになっている縁起物バカップルの二人は、この晩だけでブライト艦長の胃薬の量を実に五倍に跳ね上げたらしい。
連邦軍所属、宇宙最強はぐれ部隊ロンド・ベル。
結成はされたものの、とりあえずは宇宙の外敵よりも身内の処理だけで手一杯のようである。
あんたら、一体いつ戦闘してるんだ、というツッコミは無しの方向でお願いしたい。こんなでも正義の味方なのだから。
モットーは、『愛は宇宙を救う』だそうである。
……その『愛』とかいう余計なものが重いんじゃー、などとは、口が裂けても言ってはいけない。
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+++END.
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