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08:泣かないで、笑って
うーん、とロックオンは考え込む振りをしながら目の前の男を盗み見た。
(だけど彼ったらアタシよりアタシのガンダムにお熱なの、ってか)
すっかり食事の手が止まっている。これが嫁なら食事中にお行儀が悪いとびしばし叱るところだが、生憎ロックオンは目の前の男の嫁ではないし、保護者でもない。
電子新聞の中で、影だけのガンダムとやらが動いている。機影を見る限り、刹那だろう。
あーあ、こりゃあ、またティエリアが怒るなと思いながらロックオンはこの男と出会ったときのことを思い返していた。
☆ ★ ☆ ★ ☆
人気の無い田舎道を、急ぎ足で走っていた。今にも雨が降りそうなのに。土地勘がないことも国外であることも、グラハムの足を急がせる要因になっていた。
そもそも、なぜAEUの片隅の小国で独り彷徨う羽目になったかというと、共同演習があるからと上から命じられて出張してきた筈なのに、気付いたら新型機を巡る陰謀の俎上に乗せられていて、あわやスパイの濡れ衣を引っ被る一歩手前で逃げ出してきた、という一連のごたごたが降りかかってきたからだった。
諜報部に異動した覚えはないが、こういうときに閨閥の一つも持ってない、後ろ盾のない人間は苦労する。
揉めた挙げ句に行き先不明の車から飛び降りられたのは良かったが、どうせ苦労するなら、モビルスーツに乗っているときに願いたいものだ、とため息をつきながらグラハムはまた、田舎道を歩き出した。
既に本国の部隊には一連の騒ぎは報告してある。後は、数日以内にどこかの空港から帰還できればそれで仕事は終わりの予定だった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
一番近い村か町まで日のあるうちに辿り着ければいいが、と思いながら先を急いでいると、甲高いエンジン音と共に、派手なラリーカーがグラハムを追い越していった。
が、その車がグラハムを通り越して暫く行ったところで急ブレーキを掛ける。
驚きながらもグラハムが車の側まで行くと、窓が開いて、大振りのサングラスをした若い男が顔を出した。
肩に掛かるくらい長く伸ばされた鳶色の髪の毛が、くるりと利かん気そうに毛先を跳ね散らしている。
「乗っていくかい? お兄さん」
続く台詞はお決まりのものだったが、グラハムはそれでも驚いてしまった。
「……いいのか」
「いいさ、見たとこ、困ってるんだろ?」
「正直、有り難い」
さっさと腹を決めたグラハムが荷物を抱えたまま助手席に乗り込み、シートベルトを締める。手荷物はそれ程大きくはないので、足下に置いた。
中に入っているのは着替えの軍服だけだ。田舎道でユニオンの軍服は目立つので物陰で着替えていて、現在はスーツ姿だった。それ以外のパイロットスーツなどは、陰謀に巻き込まれる前に既にモビルスーツごと本国に送り返してしまっている。
どこまで、と行き先を聞かれて、空港か駅舎のありそうな街ならばどこでもいい、と言った。
「公共交通機関に乗ることができれば、あとは自力でどうにかできると思う」
「そうかい」
それじゃ、適当に。そう請け負った鳶色の髪の毛の男の、革手袋をしている手が流れるようにギアを変えていくのを目を細めて見ながら、グラハムは感想を口にした。
「……ランツィアか、いい車だな」
「お世辞はいいぜ。お前さん、ユニオンの人なんだろ?」
それは本当かい、とサングラスの下の口角を上げた口元が言っている。
確かに、前輪駆動の癖にわざわざ後部座席も取り払ってエンジンを二機搭載している車は、お世辞にも乗り心地がいいとは言えなかった。
「どうして分かった?」
グラハムはさして驚いた風でもなく答える。ロックオンは愉快そうに笑って言った。
「訛りがあるからさ」
グラハム自身はユニオンの標準的な言葉で話しているつもりだったが、歴史の古いこの国の人間からすると、それは訛りになるらしい。
成る程言葉か、とおかしそうに笑って、グラハムは続けた。
「WRCで世界を席巻した車をいい車と言わずしてどうするんだね」
おっ、兄さん博学だね、とロックオンが嬉しそうに微笑む。
「骨董品に乗って、ってうちの身内にゃ大不評だけどな」
本来なら博物館にあってもおかしくない代物だ、と男が笑うのに、グラハムは肩を竦めた。
車に大した知識があるわけでもなく、無趣味なグラハムは価値など実際の所それ程分かっては居なかった。この車を見たことがあったのだって、以前の上司がこの手のものが好きで、話を聞いたことがあったからに過ぎない。
けれど、グラハムはパイロットとしてただ一つのことは理解できた。
「乗ってやらずしてどうやって愛でるのかね」
言いながら、金髪の男が優しげな手つきでサイドボードを撫でた。
「私にはとても喜んでいるように見える。だからいい車だと言った」
「……」
ロックオンは一瞬押し黙ってしまった。
この車には、付き合っていた女でさえ乗せたことがない。なのに、人気の無い道を足早に歩く金髪の男の後ろ姿の、凜とした背筋を見た途端、車に導かれるようにブレーキを踏んでいた。
その己の直感に、ロックオンは賭けてみることにした。
「なあ」
「?」
「俺と付き合わないか?」
女と別れたばかりだった。ロックオンは別にバイセクシャルでもないが、少々女には疲れを覚えていた所だ。
声を掛けたのは気紛れだったが、口説く方法などさして知っているわけでもない。けれども、友達になりたいと思った訳でもなかった。
金髪の男は、言い淀むこともなく答える。
「いいとも」
「マジでか?」
自分から話を振っておいて、ロックオンは頓狂な声を上げた。
「ああ、宜しく頼む。私の名前はグラハム・エーカーだ」
そちらは、と言われてロックオンはハンドルを動かしながら返事をする。
「俺か? 俺の名前は……ロックオン・ストラトス」
「……そうか」
ちらりと愛車ランチア・ストラトスのダッシュボードに目を送りながら言うのを聞いて、ああ、偽名なのだなと思ったが、グラハムはそれ以上追求しなかった。
「なんで構わないと思った?」
問われ、グラハムが口を開く。
「車が喜んでいる、運転が丁寧で的確だ。そして何よりも私を見付けてくれた。これを運命と言い表す以外の方法を、乙女座の私は持ち得ていない」
以上だ、と試験面接の質疑応答のように簡潔に答えきった男に軽く笑い声を上げて、ロックオンは道ばたに車を止めた。サイドブレーキを引くと、シートベルトを外す。
「?」
「乗り心地は、試乗期間つきで試してくれていいぜ」
囁くように言いながら、サングラスを外した男が顔を近づけてくる。吸い込まれるような青い瞳に目を奪われて、グラハムは翠の瞳を伏せもせずに口付けを受け入れた。
「……抵抗しろよ」
「恋人に?」
くっとおかしそうに笑うグラハムは、逆にロックオンの頬に手を添えて、口付けを深いものに変えてきた。シートに背中が着いて、覆い被さられるようにしながら、ロックオンは荒くなる呼吸の下で、車の中じゃ駄目だぞ、汚したくないと付け加えた。
「どっちが上で下かも話し合えてねえんだから」
「了承した。一番手近な宿泊施設まで送ってくれたまえ、ロックオン」
さらりと言って快活に微笑んだ男にロックオンが完全にいかれてしまったのは、多分この時だった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
いつまで恋人で居られるか、とロックオンは思って居る。
二人を出会わせた車は、次に宇宙に上がるときに処分していくつもりだった。弟のライルは、風変わりな兄からの贈り物を喜びはしないかもしれないが。
(十四年分の誕生日プレゼントだ)
俺の宝物だからな、と思ってロックオンは笑った。
「……っと、すまないニール、君を独りぼっちにしてしまっていた」
その時、タイミング良く向かいの金髪の男も顔を上げる。いつの間にか、本名を教えるほどに心を許してしまった男を相手に、ロックオンは鷹揚に構わないぜ、と言って、微笑んだ。
こちらの宝物の方は、たとえ半身が相手でも、くれてやるつもりは毛頭なかった。
>>>END.
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