月光

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07:もう何度目かの決断を



 夜更けに。貪るように見つめていた寝顔に、ニールは頭を振った。

 月光が、真っ白なシーツの上に散る黄金の髪の毛を煌めかせている。整った顔つきは彫刻のように麗しい。

 ああ、とニールはこっそり息を吐いた。

 意志の強い翠の瞳が見えていない今は、余計に作り物のようだ。

 あんたは綺麗だな、といつだったか言うと、しかし、街を歩いても女性から声が掛かるのは君ばかりだ、とやや心外そうに言われた。

 ばぁか、場数が違う、と茶化したが、真実など教えてやる気にはなれなかった。

 ニールは、自分の容姿が十人並みよりちょっといい程度だと考えている。身長が高くて、陽気なアイリッシュ系とくれば、素のままでいて普通にもてる。姿形の問題ではない。

 恐ろしいほどに整った美形、弟分の刹那やティエリアが成長すればそうなるかもしれないが。

 一体この世の女のうち何人が、己よりずっと美しい男など連れて歩きたいものかよ、と思う。

(ま、女は普通、敬遠するだろうな)

 ああ、男もか。思って、ニールは少し笑った。グラハムにまじまじと見つめられて、自分は最初、喧嘩を売られたのか癇に障ったのかと思ったのだ。

 その位、グラハムの真摯な瞳はニールの心を切り裂いてくれた。

(俺が気になって見ていただけだとか、……ねえよなあ)

 後に、照れたように告げたこの恋人は、自分の視線の破壊力を知らないようだ。怜悧な瞳でじっと見つめられると、腹の奥底まで覗かれている気持ちがするのに。

 ああ、だめだ、引き込まれる、と思って、ニールは上半身を起こした。その気配に気付いたのか、眠たげな声がニール、と男の名前を呼ぶ。

「……水、呑んでくる、だけだ」

 寝てろよ、と言われて、追いすがるように伸ばされた腕はぱたりと落ちた。シーツの海の中、どこまでも沈んで行ったのはほんの数時間前のことなのに。

 ドアを開けて外に出て、月光だけが照らすキッチンで、ニールはグラスに冷たい水を汲んで渇いた喉を潤すと、ぼんやりと机に寄りかかった。

「……」

 グラハムにも水を汲んでいってやろうと思う。そうしたらきっとお礼にキスをくれるだろう。優しい抱擁も、まだ少し寝ぼけた表情で柔らかい微笑みも。

 なにもかも、思い浮かべるだけで泣き出しそうに愛おしいのに。

 ぼんやりと、服のポケットに入ったままの携帯端末のことを思う。

 もしかあれが鳴り響いたら、その時点から彼はニールの天使ではなく悪魔へと変貌を遂げる。

 末期症状に陥っている自覚はあった。

 どこに居ても何をしていても、呼吸をするように自然に彼のことを思い出している。

 朝日の黄金の煌めき、宇宙で地球越しに見えるダイヤモンド・リング。

 爽やかな新緑の木漏れ日、故郷を表す幸運の四つ葉。

 グラハム・エーカーは、ニールにとってこの世の美しいもの全ての象徴になりつつあった。

(世界が変わったら……俺、あんたに裁かれたいな……)

 あの両手が断罪してくれるならば、と考えて、そんな風に安らいで死ぬことなど許されるはずもないと自嘲した。

 だから、手放さなければならない。これはもう、決まったことなのだ。

 とっくに決断はできているのに、動こうとしない身体を、暗闇から暴き立ててくる月の光からニールは両腕で隠すように掻き抱いた。

(浅ましい……人間ってのは)

 かたり、と寝室で音が聞こえた。帰ってこないニールに不審を覚えたグラハムが起き上がったのか。

 だめだ、来ないでくれ、と狼狽えてニールは隠れる場所を探した。

「……ニール?」

 明かりも点けないで、と言いながら入って来た男の視線とかち合ったとき、ニールは分かってしまった。

 グラハムの方も、とっくに決断を下しているのだと言うことに。

 揺らめく翠の瞳をとても綺麗だと思った。

 どちらからともなく伸ばしあった指先が触れる。そっと触れただけのそれは絡み合い、金髪の男は頼りなく佇んだままの男を自らの身体でできた闇の中に匿うように引き寄せた。

「抱き締めたいな、ニール・ディランディ。心ごとだ」
「……ああ」

 縋り付くように、男の腕が背中に回った。こうやってただ与え合えるだけの時間が、どれほど夢のようで貴重なものかと、心から噛みしめながら。



 






>>>END.



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B’zの「月光」という歌より。大好きすぎる歌でござる。
これはニールサイドなのでグラハムサイドも書くかも知れないです。

 

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