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05:月明かりが消えるまで
部屋を出て行く彼を追いかけるのは止めようと己に命じていたはずだった。女ではない。グラハムに抱かれる自分と折り合いを付ける時間も必要だろう。
心に迷いがあることも感づいていた。
その全てを許容しようと決めたのは早かった。それなのに。
だめだと己に言い聞かせながら、グラハムの手は寝室の扉を開けていた。明かりも点けないキッチンで、月光の下で独りぼんやりとしていた鳶色の髪の男が、切羽詰まった瞳でこちらを見てくるのが分かった。
(私は駄目な男だ、君を一人で泣かせてあげられない)
どんな些細な彼の動揺も不安も、どうやら大きな秘密を抱え込んでいることに起因する屈託も、全て自分だけのものにしてしまいたい、などと。
いつから自分はこんなに欲深い男になったというのか。
(だって君は、……私の敵なのだろう、ニール・ディランディ)
なのに、気がつくと手を伸ばしているのだ。
指先が触れると、あちらからも伸びてきて繋ぎ合わされる。ひやりとした体温に眉を顰め、遠慮するのを強引に抱き寄せて、永久の闇に隠すように腕を引いた。
グラハムは軍人だ。
それが彼の矜持であり、たった一つの守るべき自身の身上だ。それを曲げる気は毛頭無い。だがしかし、……心の中に浮かぶ疑念を確かめるのが恐ろしい。
どんな戦場であろうと、恐怖を覚えたことなど一度も無いのに。
あの、陽気な中に悲しみを湛えた青い瞳の男に、これ程に惹かれるとは。
否、初めから、分かっていた。
赤味がかった鳶色の髪の毛が風に嬲られるのをそのままに、気持ちよさそうに青い瞳を細めて、太陽を見上げていた。
ああ、融けてしまいたいのだろうな、気持ちのいい青空だと。
思って見つめていると、目が合った。
グラハムは、容姿のせいもあって他人に誤解されやすい。だからその時も、直ぐに視線を逸らそうと思ったのだ。不躾なのはグラハムの方であったので。
それなのに。
しばらくこちらを眺めていて、男はにっこりと笑ったのだ。
青空のような笑顔だった。
それだけで、衝撃が走った。軍用機がパーティカル・キューピットを成功でもさせたような。空をこよなく愛するグラハムが、彼に惹かれるのは至極当然だった。
青空は、誰のものでもない。
だから、と思って居るのに。朝が来ない夜の間だけ、慾に任せて抱き締め続けて、ニールの隠している熱を暴き立てる。
今だって、月光に照らされたシーツの海の中で呼吸を求めて喘ぐような口唇を塞いで、逃がさないように縫い付けている。
「……早く、来てくれ、グラハムっ」
逃がさないでくれと懇願されて、金髪の男はどういう顔をしていいか分からなくなって、首元に顔を埋めた。こんな事を幾らしても身体を繋げても、ニールが己のものになることはないのに。
(いつの間に、独占欲など)
我慢弱い事には自覚があるが、執着とは縁遠かった筈なのに。
月明かりが消えるまでが、許された時間なのであれば。……ならば私は太陽をも凌駕してみせようと不遜なことを囁く金髪を、ニールは心底愛おしそうに抱き締めた。
>>>END.
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