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04:時が止まる錯覚
ぽかん、と口を開けてニールは対面に座る男を見ていた。
「お前……そのマッシュポテト、軽く芋一ダース分くらいあったんだぞ……?」
手も止まろうと言うものだ。七割方グラハムの腹の中に姿を消したジャガイモは、確かにニールの好物でもあるのだが、だからって限度というものはある。
「ああ、久々に心ゆくまで好物を味わった気がする」
満足そうに言っているが、さっきまで調子に乗って作ったニールが内心で「モンブラン」だの「ベイクドアラスカ」だの好き放題呼んでいたそれで、向かい側に座る金髪の男は見えなかったはずなのに。
さすがにげんなりして、ニールは自分の皿に残っていたマッシュポテトは回避して、隣のニンジンを突いた。少しでも色の付いているものを食べたい、なぜだかそんな気分だ。
「うっそだろ、太らないのかよ」
「……? 私は一食当たり三千カロリーは取らないと、逆に痩せてしまうのだが」
さらりと告げられて数字を脳内で計算して、ニールは思わず立ち上がっていた。
「はぁ!? あんた体脂肪率幾つだ!」
そこで問い詰めて吐かせた数字に、ニールは絶望の呻き声を上げた。
「アスリートかよ……」
「まあ、近いものではあるね」
モビルスーツのパイロットなどという商売は体力が勝負だから、と言われてニールは鉛でも飲み込んだ表情になった。嫌味か、嫌味かおい、と問い詰めてやりたい。
突出した機体性能にがっちり護られているガンダムの中の眠り姫と、茨を切り開いてくるフラッグファイターの王子様では鍛え方が違いますかそうですか。
(ってまあ、俺が言ってないから知るわけがねえんだけどさ)
無論、グラハムは自分がエースパイロットであることなど口にしないが、以前それとは知らずニールの前で披露したあの曲芸に近いフラッグの空中変形。あのGに耐えられる体躯となると、そうなってくるのだろう。
決してマッチョには見えないが、鍛えて居る筋肉がそもそも違うと言うより、これはもう、全身が筋肉だ。
些か反省しながらニールは己の腹筋を撫でた。一応、ニールだってそれなりに鍛え上げてはいるのだが、ベッドの中で自分より小兵のこの金髪の男にいつも好き放題にされるのは、そういう所にも原因があるのかも知れない。
フリーの戦場カメラマンだというニールの話をどこまでグラハムが信じているかは分からないが、カメラマンを名乗るにしては体力のある方だと思っていたのだけれども。
「すげえな、職業軍人は」
だから、ついついそう言ってしまった。
「当たり前だ、私は君を護る」
「……」
再び、ニールは食事の手を止めることになった。はっきりと意思を持つ声で言い放ったグラハムは、それ程大きな声は出さずに続ける。
「君を護る、仲間を護る、この国を護る、この星を護る。……その為に、戦っている」
静かな調子で金髪の男は続ける。凜と伸びた背筋に、ニールは己が見惚れていることを自覚した。
「グラハム」
「戦うから、……明日には帰ってこないかもしれない」
「……」
テロリストと軍人と。置かれている境遇は然程変わらないはずなのに、この差は一体何なのだ、とニールは愕然としながら思った。
「だからこそ、何があっても私のことを笑顔で送り出してくれれば、君にはもう他に何も望まないとそう言った」
「ああ、……言ったな」
あれはそこまで覚悟のある言葉だったのか。ただ、ニールのご機嫌取りのためのものだとばかり。
その覚悟を、まるで明日の朝食のメニューでも話すようにさらりと言えてしまう。躊躇うこともなく、常に心の中に存在しているからだろう。
(悔しい、覚悟の程が違うってのか)
戦いが終われば全ての償いはすると、ニールとてそう考えては居たのだけれど。
男としての格の差を見せつけられたようで面白くないニールが口唇を尖らせるのを見て、グラハムはこの拗ねたような恋人の表情を護るために明日からも戦おうと、明後日な方向のことを考えていた。
>>>END.
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