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―――セイシンテキレンアイは、肉体的な何者をも凌駕する、絶対の愛。
それだけが俺の精神をここに縛り付けてくれる。
この想いは、不純なものじゃ、絶対にないんだ。己にそう言い聞かせ続けてどの位になるだろう?
あの人は、俺などの穢れた手で触れられる存在ではない。
だから、だ。俺は差し出された手など、畏れ多くて受け取れない。
何処に太陽の側に居続けられるなどという壮大な夢を見る愚か者が居ると言うんだ?
それでも、一時でも側にあって、そしていらないと―――もしも要らないと言われたら、その瞬間に俺は死ぬ。
即死、だ。間違いない。
だけれども生きるに臆病な俺は、未だ其処までの覚悟は持てない。
理想の姫君を追い続ける騎士のように心の中に面影を宿し、勝利した折りにくれる彼女のヴェールを宝物として押し頂く戦士のように身体に刻みつけられた傷を撫でる。
最も崇高な男同士の恋は、死して後、火葬の煙が彼の人の方に流れてゆくのを見て初めて「それ」と知れるのが本当に理想的な形なのだと、そう聞いた。
だったら俺は、この想いを抱えたまま殉じて死のうと思う。―――いや、死ねる。
だから、俺があなたを追うときは、俺が死ぬ覚悟をしたときだと、そう―――あなたは決して知りはしないだろうが、そう思っても構わない。
戦場で塵となれば、流星となってあなたの元に墜ちよう。そうしたら、少しは思いだしてくれるだろうか。
莫迦な男と嘲笑うか、私などの為に死ぬなど君は可哀想だと言ってくれるか。
―――いや、きっと言ってくれるだろう。あなたは、やさしい、ひとだから。
叶わない妄想に頭をやられた男の戯言と取ってくれても構いはしない。もしも病気だと言われたら、治療など拒んで窶れて儚くなってしまおう。
あなたがたとえ振り向いてはくれなくても、心の中に抱えた永遠の人が俺ではなくとも。
俺が、あなたを選んだのだから。
◇◆◇◆◇
vol.1【Sweet Tastes of Seduction】
思い出すのはどんなときでもあなたの姿。
「”恋死なむ のちの煙に それとしれ つひに洩らさぬ なかの思ひは”…か」
「『葉隠』だな」
背後から声を掛けられ、アムロは驚いて振り向いた。
「クワトロ大尉」
「恋の歌か。…誰か、捧げたい相手でもいるのか。それは、片恋の歌だろう」
言われて、アムロは柄にもなく動揺した。まさか、目の前の人間を想って口にしていたなどとはとても言えたものではない。
「そう…なのか、知らなかったよ。この間カイから借りた本に書いてあった」
「ほう。なかなか古風なものを読んでいるのだな」
クワトロは少し笑顔を浮かべ、それでは、とアムロの肩を叩いて去っていく。颯爽とした後ろ姿を見送って、アムロは溜息を一つ零した。
一体どうして、こんなことになってしまったのか。考えて答えが出るものではないのだが。
それでも、アムロはこの想いを抑えに抑えてきたのだ。
彼は、ただ一人が独占していい人じゃない。手に入らない葡萄なら、あれは酸っぱいのだからと決めつけて欲しくないふりをするのがいい。
ずっと、そんな風に自分自身に言い聞かせ続けて来たはずだった。
なのに、そのバランスが崩れようとしている。アムロは泣きたい気持ちで一杯だった。
もしも彼にこの想いがばれて、拒絶されたら?―――彼は男で、自分も男だ。その可能性は十分にある。
あの紺碧の瞳に軽蔑の色が浮かぶところを想像しただけで、アムロは即死できそうだった。
死んだ後、願うことなら二つ名の通り白銀の流星になってあなたの元に墜ちようと思っていた。
それで、あなたが俺の想いを感じてくれるならそれで良いと思った。ニュータイプのプレッシャーを使って振り向かせようなどと思っていない、その位少年の日から大事に大事に懐に抱いてきた想いだ。
なのに!
アムロが親指の爪をぎりりと噛む。
事のはじまりは、数日前の更衣室での出来事だった。
ロンド・ベルのパイロット達はそれぞれ高い撃墜数を誇っているのだが、一回の出撃で誰が一番多く墜としてこられるか、という話になったのだ。
エースパイロットであるアムロとクワトロは黙って居たのだが、俺最近頑張ってるよ、と名乗りを上げたジュドーが、とんでもないことを言いだしたのだ。
「じゃ、俺が撃墜数、一番だったら、クワトロ大尉が俺の相手してくれるって約束、どうです?」
「ジュドー?!」
全員が困惑する中で、何事も直球勝負ストレートの少年が言い放つ。
「や、俺常々クワトロ大尉にだったらドーテー切ってもらってもいいかなーって」
こないだみんなで一緒に風呂入ったときに、あんまり綺麗だったから見とれちゃってたんですよねー、と屈託無く言ってのけるジュドーに、周囲はまず呆気に取られた。
「血迷ったか、ジュドー・アーシタ?!」
激したように真っ先に叫んだのはアムロだった。
その時のことは確かに覚えていて、水に濡れて艶の出た濃い蜂蜜色の金糸の髪の毛とミルク色の肌に見とれていたのが自分だけではないという事への嫉妬半分、そしてさらりと事も無げに言葉に出せる少年の若さへの悔しさが半分で、つい語調がきつくなる。
その言葉に、ジュドーが丸い緑の瞳をぱちくりさせた。
「ヤキモチですか?アムロさん。ちょっとクワトロ大尉と仲がいいからってー」
揶揄するように言われ、アムロが苛々と言葉を続けた。クソ、どうしてシャアは一番に言い返さないんだ?
「違う!第一、クワトロ大尉は男だろう?」
「恋愛にイマドキ性別なんて関係ないですよ、ねぇ、大尉?」
話を振られ、クワトロがたじろぎながら律儀な返事をする。
「…まぁ、そうだが。しかし、個人的に同僚と肉体関係を持つというのはどうも」
特に君なんか私の部下みたいなものじゃないか。そういう相手をどうこうする気はないよ、とにっこりと微笑みながらさらりと拒絶され、ジュドーがちぇ、と頬を膨らませた。元よりそこまで本気では無かったらしい。
「じゃ、キスだけでもいいですけど。どうです?」
「のった!」
今度はアムロが制止する前に誰かがそう叫び、結局の所ブライトも苦虫を噛み潰すような表情ながら「クワトロ大尉の口唇争奪戦」を黙認することになったのだった。
勿論、この金髪の男に密かな好意を寄せるアムロがそれで収まる訳がない。
「信じられないよ、あなた男としてプライドはないのか?!」
苦笑しながらとんでもない賭け事を容認したクワトロに、その場を離れたアムロが食ってかかる。金髪の男は君は真面目だな、と肩をすくめた。
「まぁ、ただでさえストレスの多い戦場だ。十やハタチの小娘でもなし、キスの一つや二つくらいでがたがた言うこともあるまい」
さらりと言い放つ口調には経験豊富な大人の影が見え隠れして、不意にアムロはクワトロの今まで生きてきた過去そのものにまで嫉妬しそうな自分自身に気付く。
いつの間にか、そこまで肥大していた自分の想いにも。
―――あなたはなくても俺は言うんだよ!
よっぽどそう言ってやりたい衝動に駆られたが、アムロは敢えて自分を押し留めた。
そんな、ことより。
その日の戦場は、普段以上に殺気立っていた。
敵陣営にはさぞ不幸なことであっただろうが、こちらは撃墜数を競っているため、雑魚敵でも容赦なく誰かが撃墜に入る。クワトロ自身はこの戦闘には参加しておらず、艦橋のモニターで半ば呆れ顔で戦況を見守っているはずであった。
大体片が付いたところで一位は予想通りジュドーのZZガンダムで、この賭けを征してやろうと密かに心には決めていたものの、本当に自分の気持ちを表に出して良いのかどうかにまだ躊躇いがあるアムロは僅差の二位に付けていた。
そこに、敵の援軍が現れたという一報が艦橋から入電される。
ジュドーがこれで勝負を付けてしまおうと、張り切って主砲のチャージを始めた。
『この一発でクワトロ大尉のハートは俺のものですよね?行くぞ、ハイメガ・キャノン―――』
ぷつ。
その放送がコックピットに流れ込んだ瞬間、アムロの中でなにかが切れた。
殆ど無意識に指がコンソールの上を滑り、νガンダムの機体からは白銀に輝くプレッシャーが流れ出し始める。
『…け、……行け、フィン・ファンネル!!!!!!!!!!!!!』
その瞬間、戦場は縦横無尽に走る白い裁きの天使の御使いによって、敵にとっては文字通り阿鼻叫喚の地獄と化したのだった。
「お帰り、よくやったな!」
デッキに次々収納される機体を、出迎えのクルー達が労う。その中には、一際目立つ金髪の美丈夫の姿もあった。
「アムロ大尉、素晴らしい撃墜劇でした!」
結局、敵の増援をほぼ一人で撃破したアムロが撃墜数単独トップで、クルー達が次々と拳を差し出してくる。
その一つ一つに軽く自分の拳を当てて応えながら、アムロは最後に件の男の元に辿り着いた。
赤い手袋をした手が差し出されるのに、アムロが躊躇うようにその顔を見上げる。
「クワトロ大尉」
「助けてくれてありがとう、とでも言えばいいのか?私は」
クワトロは微笑んで拳を差し出した。―――それを見て、男の鈍さにアムロがかちんとなる。
元はといえば一体誰の為に、人がこんなに、必死で。
なのに、そんな想いに気付きさえしないで、この男は…!!
「アムロ?」
じっと差し出した拳を睨むアムロに、不審を抱いたクワトロが声をかける。それを聞いて、アムロはゆるゆると腕を上げた。
クワトロがふと頬を緩ませ、その拳に自分の拳を軽く当てる。ホッとしたようにクワトロが言葉を続けた。
「本当に、君は私の最高の好敵手……」
しかし、そこでクワトロの言葉は勢いを失う。アムロは拳をかつんと会わせた後、そのままその手で男の腕を掴んだのだ。
クワトロの腕をがっちりと捕らえたまま、低い声でアムロは唸る。
「死んだ後で煙になるとか流星になるなんて辛気くさいことは止めた」
「?」
「あなたは…撃墜数の一番多かった人間のものになるんだろ?」
「アムロ?」
「十やハタチの小娘じゃあるまいし、一回や二回男に抱かれたところでガタガタ言わないんだよ…な?」
「…っ?!」
そこで、やっとアムロの言わんとしていることに気付いたクワトロが声にならない悲鳴を上げる。
自分はもしかしてとんでもない悪魔に魅入られたんじゃないだろうかと、今更ながら己の無防備さをクワトロは呪ったが、後の祭りで。アムロは意気揚々とシャアの腕を掴んで歩き出した。
「さ、行くぞ、シャア」
「いや、待ちたまえ、アムロ!私にも心の準備が!」
「んなもん、終わる頃には着いてるって。とりあえず始めてみてから考えりゃいいだろ」
「そういう簡単なものではないぞ、アムロ!」
「だーいじょうぶ、俺上手いから。シャイアン時代に鍛えたテクを見せてやるって」
「見せてくれなくて構わない!…だ、誰か、なんで誰もアムロを止めないのだね?!」
クワトロは必死で主張したが、いやだって、切れたアムロさんマジ怖いから嫌ですー、とはギャラリーの誰も云わず、白いハンカチを振って「お達者で」と言いながら綺麗さっぱり男の身柄を売り渡す。
その後のクワトロの運命については誰も黙して語らないが、連邦の白い悪魔アムロ・レイの最愛のスイートハニー(失笑)が金髪のとんでもない美形だ、と言うことだけはいつの間にか全宇宙公認の事実へと変わってゆくのであった。
◇◆◇◆◇
vol.2【Beyond Seduction】
「ねぇ、そんなに固くならなくてもいいじゃないか」
部屋に入るなり身を固くして入り口の所から動かなくなった金髪の男に、アムロが苦笑して言葉をかけた。
「取って食う気はあるけど、命まで獲ろうってんじゃないんだから」
「当たり前だ」
自分の初心な処女か何かのような反応が流石に気恥ずかしかったのか、クワトロが少し緊張を弛めてアムロの元に近付いてきた。
「何故…」
「うん?」
スクリーングラス越しに見つめられ、その下に隠された蒼い双眸を思ってアムロがうっとりした表情で男の顔を見上げる。
アムロの年頃にしては幼い顔を見つめながら、僅かに切羽詰まったような口調でクワトロが尋ねた。
「何故、私なのだ?」
「それを聞くなんて、自分自身に対する評価が低すぎるんじゃないか、あなた」
特に見た目へのね、アムロが苦笑しながら言うと、クワトロは一瞬ぴたりと口を噤んで、その後苦い口調で語りだした。
「人というのは、面食いなだけなのさ、誰も皆」
その後で、ふと軽い溜息をつく。
「…君だけは、違っていると思ったのに」
その言葉に、アムロはすっと冷静になる自分を感じた。
「なんだって?」
しかし、アムロの言葉など耳に届いていないように、どこか遠いところを見つめながらクワトロは言葉を紡ぐ。
「君だけは違うと思っていた。私のこの外見などではなく、『ジオンの赤い彗星』などという仮初めの称号でも、ジオンの息子などという肩書きでもない―――ただの私を、見てくれているのじゃないかと思っていた」
アムロが息を呑んで男の名を呼んだ。
「シャア」
苦笑して、男が首を振る。
「だが、私の期待し過ぎだったようだ、すまない」
その後で、何処か吹っ切れたようにスクリーングラスを外し、手近な棚の上に乗せると、服の前の合わせに手をかけた。
「”私”が所望なのだったな。約束は約束だ、好きにしてもいい」
言いながら、赤い上着を脱ぎ落としてすいと一歩アムロに向かって足を踏み出す。
自分を見つめる揺らめく紺碧の双眸に、どこか暗い影が差しているのを目敏く発見して、アムロは少し後退った。
「シャア…」
「どうした?君が当然受け取るべきものだ、好きにしていい。幻想を抱いていたのなら壊してしまうかもしれないが、別に君が思うほど私は清らかな人間でもないのでね」
初めてなどではないよ、と少し自嘲気味に微笑みながら、クワトロはアムロの着ている青い連邦軍服の肩に手をかけた。
「どうする?」
「?」
「先に口ででも奉仕した方がいいか?それとも、シャワーを浴びようか?…直ぐにベッドに行くのでも構いはしないが……」
低く呟かれる声ともの慣れた娼婦のようなその内容にアムロは最初激昂しそうになったが、すぐにさっとその熱は引いて、代わりにひたひたと水のような悲しみが胸の中を満たして行くのを感じた。
リアクションを起こさないアムロに焦れたのか、クワトロが取り敢えずベッドに腰を下ろす。
「アムロ?」
名を呼ばれて、鳶色の髪の青年はその側に近づくと、額にかかるたっぷりした緩く波打つ金糸の髪の毛をかき上げ、現れた額に刻まれた赤黒い古傷に口付けを落とす。
まさかそう来るとは思っていなかったのか、クワトロが目をぱちくりさせながら目の前にある青年の顔を見上げた。
「…アムロ?」
「約束は…賭けになってたのはキスだけだっただろう?これでいいよ、俺の取り分は」
「いいのか?」
当てが外れたような声で尋ねてくるクワトロに、アムロが気が変わった、とひらひら手を振った。
「そんな怯えたウサギみたいな目をしてる相手が抱けるかよ。俺だってどうせ…」
言いながら、自分の顔がどんどん泣き笑いの表情になっていくのを自覚する。
「どうせ…あなたとなら、楽しい方がいいに決まっているさ」
そのアムロの言葉に、心外だとでも言うようにクワトロが眉を顰めた。
「私は泣いてなど居ない」
「泣いているよ、あなたの…」
言いながら、アムロがふわりとクワトロを頭越し胸の中に抱き込む。
「心は、泣いている。―――俺には聞こえる。済まなかったな、そんなんじゃなかったんだ。俺はただ、あなたが他の誰かのものになるのが酷く口惜しくて耐えられなくて」
言いながら、指先にクワトロの黄金で出来たような髪の毛を絡めて遊ぶ。
それは思った通りとても貴重なもののようなさらりとした心地よい手触りで、アムロは余計に泣きたくなる。
こんなに綺麗で大切なあなたが、全身に哀しそうな波を漂わせている所なんて。
「俺のことなんか、そんなに気にしてくれているとなんて、露程も思って居なかったんだ。ごめんよ、泣かないで―――」
囁きながら、指先に絡めた一房に愛おしむようなキスを贈る。
腕の中に抱えるクワトロの、先程までは貝のように固く閉ざされていた思念が、僅かに色付いたものに変わっていくのがはっきりと分かった。
やがて、クワトロがくすりと小さく微笑みを洩らす。
「…ニュータイプが相手というのは、どうも筒抜けでいかんな」
「あなたくらい素直じゃない人の相手なんて、俺ぐらいで丁度良いんだ」
照れ隠しなのか、憎まれ口のような台詞を叩くクワトロの白磁でできたような頬に指を滑らせながら、アムロが耳元で囁く。
「な、俺にしておけば?お得物件だと思うけど。あなたみたいな素直じゃない人の内面まで理解できる人間は宇宙広しといえどなかなか居ないと思うよ?」
その台詞に、腕の中のクワトロが僅かに顔を上げて目をぱちくりさせる。
「もしかして口説かれているのか?私は」
アムロは微笑んで頷いた。
「そのつもり」
「だったら」
クワトロがアムロの胸の中から顔を上げ、ふわりと少し表情を崩して微笑む。
「とても、嬉しい」
アムロは一瞬その表情に完全に見惚れ、その後でさっと顔を赤くして照れ隠しのように膨れ面をする。
「反則だろ、そんな顔…」
逆に、いつもの調子を取り戻したクワトロは悪戯っぽく笑うだけだ。
「なにが。私はいつも恋愛はフェアプレーだと思っているのに」
「アドバンテージ大きすぎだよ。その顔で釣って、釣れたら面食いだって怒るのなんてナシだ」
「じゃあもう一度聞くが、君は私の何処に惹かれるんだ?」
卑下するつもりはないが、顔以外に大した才能は持っていないぞ、君が惚れるようなものは、と余人が聞いたら怒りそうなことを冗談に紛らわせながら、その実瞳に真摯な色を湛えてクワトロが問う。
アムロは小さく息を吸い込んだ。
「そりゃあ勿論、そのど綺麗なお顔―――…」
微笑んで言いながら、アムロがクワトロの頬を両手で挟んで軽く口付けながら囁く。
「…の、下にあるダイアモンドみたいに綺麗なタマシイ、かな」
クワトロは呆気に取られたようだったが、直ぐに笑いながらアムロの胸に顔を埋めてきた。
「参ったな、いきなり魂と来たか。予想外だったよ」
「や、だってイレモノとか外的要因挙げてもキリがないんだもん、あなた」
言いながらアムロがもう一度口唇を重ねてくるのをゆったりと受け止めながら、クワトロが含み笑いを続ける。
「しかも君、手が早いな。さっきは額へのキスだけでいいと言わなかったか?」
「…気が変わったんだよ!あなたがあんまり可愛らしいから!」
「男に可愛いなどと言われたのも初めてだよ」
腕の中で笑い続けるクワトロに、ああもう、やかましいな、黙れよ、と言っても笑い上戸が止みそうに無かったので、止めてやろうとムキになったアムロは、腕の中に抱えた身体ごと体重をかけて金髪の男をベッドの上に引き倒した。
その後に起こった出来事は、二人だけしか知らない。
◇◆◇◆◇
vol.3【The Education of a Seduction】
朝も昼も夜ももう一つ次の朝を数えても、ベッドから出なかった。
流石に呆れ果てたように金の髪の毛の男が身を起こそうとするのを未練がましく引き留めたら、枕を顔にぶつけられた。
「いつまでこうしている気かね、アムロ。私はそろそろ通常人の日常生活に戻りたいのだが」
「ん、もうちょっとだけ側にいてくれても良いじゃん」
「君は若いな。私は生憎年寄りでね。流石にもう限界だよ」
さっぱり言い捨てて尚もベッドから出ていこうとするクワトロを、慌ててアムロが背後から抱き締める。
「なぁ、分かったよ、じゃあもうえっちなことしないから、もうちょっと側に居てくれないか」
「君のその『もうしない』に何回騙されたと思っているんだ。二度と信用しない」
「シャ〜ア〜」
「情けない声を出すんじゃない、君は仮にも連邦のエースだろう!」
ふう、と息を付きながら金色の緩やかな髪の毛を掻き上げるシャアに見惚れながら、アムロは自分の口元が際限なく弛んでくるのを感じていた。
この何もかも綺麗な人に、やっと想いが通じて、しかもシャアも俺が好きだったなんて、最高だ。
そんなことを考えかけて、ふととある事に気付いたアムロははたと顔を上げた。
「なぁ、シャアって俺のこと好きなわけ」
「なんだ?急に」
「いや、そういえば俺は散々好き好き言わされたけど、あなたからは聞かなかった気がする!」
「そうだったかな」
「そうだ!」
突如思いついた由々しき問題にアムロがじりじりとシーツの中からクワトロににじり寄る。金髪の男はその雰囲気に飲まれたようにじりじりと後退った。
「言ってよ」
「…なにを」
「だから、俺のこと愛してるって今ここで」
「それは、どうしても今ここでなければならない問題か?」
「俺が不安だもん」
「だけれども…」
クワトロが秀麗な顔を少しだけ曇らせる。アムロがその表情に不安げに問いかけた。
「俺にそんなことを言うのはいや?」
「ではないが、もう少し、時間をくれないか」
「時間?」
「君から貰ったものは、そう軽々しく返せるようなものではないということさ。私にとっては」
言った後で、弱々しく微笑む。
「認めてしまえば致死の毒にも天上の幸福にもなるものだから」
その顔をじっと凝視していたアムロが、ふぅと小さく息をつく。
「ふーん。じゃ、死ねば」
あっさりと言い切って、アムロが男に迫る。
「俺なんかとっくにあなたのジャンキーでさ、死にそうなのにあなただけ普通の顔してんの切ないじゃん。だから死んでよ。俺が居ないと生きられないって、そう言って」
「……………君、なぁ」
普通そういう風に切り返すか、と流石に呆れ果てたようにクワトロが恋人の拗ねたような顔をつくづくと眺める。
「全く、君のどこを気に入ったというのだろうな?私は。分からなくなってきたよ」
「俺に聞くか、それ?!」
あまりな恋人のつれない言い草に、アムロががばっとベッドから身を起こす。
その青年の顔を穴が空くほど眺めた後、クワトロは紺碧の双眸に不意に温かな色を閃かせ、とろけるような笑顔を浮かべる。
「だが、それがわからないという事が、きっと私が君に心底惚れているということの、何よりの証拠なのだろうな」
だからそんな膨れた顔をするんじゃない、と窘められ、上手の経験値豊富な恋人に良いように丸め込まれて悔しいような、満開の笑顔を見られて幸せなような複雑な気分になりながら、アムロは真っ赤になって黙り込む。
恨めしげなその表情に、遂にクワトロが肩を震わせて笑い出した。
「クッ、…まったく…君は可愛いな」
「言うか、それを、あなたが!」
以外に笑い上戸だったクワトロが遂に含み笑いを爆笑に変えて、アムロが悔し紛れにその肩を枕で殴りつけ、それでも止まない笑い声をキスで塞いで、もう一度シーツの中に沈み込もうとする頃。
天の岩戸よりも固く閉ざされたアムロの自室のドアの前では、一向に部屋から出てこないパイロット管理の両責任者を、ノックするのも躊躇われ、かといって内線を鳴らすのも映像が映るのも恐ろしいからと呼びには来ても声もかけられないで帰る馬には蹴られたくない(勿論νガンダムにも)な人々の姿が入れ替わり立ち替わり見られたという話で。
この日のシフトが無事に終えられたかどうかは、……聞くだけ野暮というか、聞かない方が心の平穏のため、というものである。勿論、こんなことならホワイトベース時代にアムロをジオン軍に売り渡せば良かった、などと物騒な事まで考えだした哀れなブライト・ノア艦長の胃薬の量が増えたことだけは想像に難くない。
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+++END
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