EL DORADO
-たった一つの黄金をみつけた竜と勇者の物語-

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【ハネウマライダー-EL DORADO:ANOTHER STORY-】


 むう、と膨れっ面をいくら晒したところで、思う通りになる男などではないことは分かっていた。
 溜息の一つでもつきたいところだが、所詮零しても無駄なのでむかつくのでついてやらないことにする。
 そんなアムロの思いを知ってか知らずか、金髪の同室の住人は涼しい顔で、ここ暫くお気に入りなのか手元から離さない小難しい古文書などを読み耽っている。
 いつかあの本こっそり暖炉の焚き付けにしてやる、と内心でアムロは誓い、溜息をつく代わりに何度も目を瞬いた。
 ふわり、と風が安普請の宿の窓枠に申し訳程度に吊された薄汚れたカーテンを揺らして部屋の中をくるりと一回転した。どうしたの?とでも言いたげな風の妖精達の様子に、アムロはぴくぴくと尖った耳を動かしてなんでもないと答え、窓の外に視線を移す。

「いい天気だなぁ……」

 思わず言葉が漏れる。カミーユとジュドーとブライトは、三人でこの街の町長に頼まれたモンスターを倒しに、街はずれの森に出かけている。アムロとシャアがなぜ留守番をしているかというと、この街はやたら張られている結界が強く、一歩踏み入れる前から不調を訴えていたアムロの所為であった。
 しかしながら、旅を続ける上でこの街の神殿で得られる神託がどうしても避けられず、無用の摩擦は避けたいと目立つ外出を辞退した異教の神官であるシャアと、普段の半分の力も出せないアムロ(とはいえ、それでも下等なモンスターの一個小隊くらいは敵ではないが)は、ブライトに留守番を言い渡されたのだった。
 いい機会だからゆっくり休め、と言われたが、アレは絶対に気を使って二人きりにしてやる、という意味だったと思う。カミーユもジュドーも心得ているのか、やけにそそくさと支度を整え、聞きもしないのに強敵かもしれないから帰りは夕方過ぎになります、などとわざとらしく言っていた。
 グリプス戦役の勇者であるカミーユ・ビダンが手こずるほどの強敵なら、「赤い彗星」と呼ばれる剣士のシャアと、竜王である自分が付いていかないでいいわけがないのに。気遣いがくすぐったいような気がして、アムロは精々手こずってくれよ、などと気安い返事を返した。最も、シャアは呆れたような顔をしていたが。
 そうして早朝に三人を送り出して、部屋に帰ったその瞬間から、普段ゆっくりできないから、などとこの薄情な金髪男が読書タイムに突入して、既に数時間。
 流石に一人で放って置かれるのに耐えきれなくなったアムロが背中に枕を投げつけたりしても、ぴくりとも動かない。

「俺も行けば良かったかな、モンスター退治」

 少なくとも、この情の薄い金髪の男と二人で居るよりはそちらの方が充実していた気もしてきた。口に出してしまうと更に退屈さが増して、情けなく眉を下げながら、アムロはぼふっと腰掛けていたベッドに倒れ込む。普段こういうときならシャアに向かって一緒にどうかなどと戯けた誘いの一つもかけるのだが、既にそれさえ億劫になって、金色に光る目を閉じた。
 このまま昼寝でもしてやろうかな、などと思っていると、ふう、と満足げな吐息が聞こえ、ぱたりと本が閉じる音がした。あ、読み終わったんだ、と思ったが、嬉しそうに終わったのか、などと聞くのも今更癪で、目を閉じたままタヌキ寝入りを決め込む。どちらにしても自分は本が開いている間は本には勝てなかったのだから。
 そう思うと益々腹が立って、呼ばれてもすぐには起きてやるものかと心の中でシャアを驚かせる計画を練り始めると、シャアはそんなアムロに関心も抱かずに、荷物の中から水筒を取りだして喉の渇きを癒しているようだった。
 ごくり、とシャアの喉が水を嚥下していく音さえ、アムロの耳には克明に聞こえる。少しその気になれば、この世の全ての物音を聞き分けられる耳である、少しくらい力が弱っていたって、シャアの動きくらい、音だけで知覚できる。喉の渇きを潤したらしい男は、そこで初めて珍しく大人しい同室の連れのことを思い出したらしい。

「アムロ?」

 今日、初めて名前を呼ばれた。
 それが嬉しくもくすぐったくもあったが、同時に今頃思い出したのかよ、という悔しさもあって、寝たふりを続行することに決める。それに、シャアがどう出るかを知りたくもあった。いつもだったら飛びついて行くばかりの自分が無関心だったら、シャアはどうするだろう。そこまで考えて、そういえば過去にこの手のことを企んでも全部全敗だったじゃないか、何を今更、と少々どころではなくしょげた気分になった。

「アムロ? 寝てしまったのか」

 案の定、シャアは二回ほど名前を呼んだだけで、ふいとアムロから視線を外してしまう。関心は別のことに向けられてしまったようであった。ほらな、と或る意味予想通りながら、それでもなかなかに切ない結果に、アムロは今度は目を覚ますタイミングを伺い始める。
 世話を焼かなければならない相手が眠っているので、これ幸いともう一度読書を始められたりしたら、結構立ち直れないかもしれない、などと折角カミーユ達が気を使ってくれた二人きりの時間の過ごし方を真剣に練っていたアムロは、だから少々気付くのが遅れた。
 まさか、シャアの方から自分の方に近付いてくるなんて、想像もしていなかったからかもしれない。

「君が無防備に眠っているなど、本当に珍しい」

 低くて甘い声の呟きが思ったより近くで聞こえて、アムロは危うく飛び上がりそうになるのをなんとか堪えた。ぎしり、とスプリングの弱いベッドが悲鳴を上げるのが聞こえて、閉じた瞼の上に影が差す。
 どきん、と大きく心臓が跳ねた。シャアが自分の上に覆い被さってきている。

 でも、なんで?

 俄には答えのでない問いを咄嗟に抱えてしまうくらいには、アムロは自分の想いの一方通行具合に慣らされてしまっていた。シャアの行動の真意は分からないが、これだけは分かる。
 今アムロが目を開けたら、シャアはさっといつもの保護者の顔になって、何もなかったことにするだろう。
 だったらとことんまで我慢してやる、根比べだ、と、そこでアムロの腹の中も一瞬にして固まった。
 タヌキ続行を決めた竜王に、シャアはふ、と微笑んでその赤味の差した鳶色の髪の毛に指を伸ばす。

「起きているときは、一刻たりとも私の好きにはさせてくれないからな」

 言いながら癖のある髪の毛を指に絡める気配に、アムロは危うく好きにさせないのはどっちだと思っている、と怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢する。シャアが、アムロに接触を求めてくるようなことは、殆ど皆無だった。
 もしかして、ちょっとでも、シャアからも、触れたいと思っていてくれたんだろうか。
 そんな勝手な、希望的な願望にふと火が点る。この見事なまでに堅物の、ストイックが服を着て歩いているようなお堅い神官様が実際そんな風に思う可能性は低いと思わざるを得ないが。過剰な期待をしないようにと己を戒めていたアムロは、しかし次の瞬間に、ほんの少しだけ体を引きつらせることになった。
 シャアの顔が、近付いている。僅かな息づかいを、口唇のすぐ側に感じた。
 一瞬にして、アムロの頭の中が沸騰する。

 ちょ、ちょちょちょ、待、あなた寝込みを襲うようなそういう人間だったっけ?

 そうは思っても、シャアから触れられた、というか自分から強引に触れていったのが殆どだが、そのなけなしの経験を思い出すと、アムロの瞳はいっそ己の精神力を誉めたくなる程固く閉ざされていた。
 吐息が、アムロの口唇を温める。どきどきとうるさく鳴り続ける心臓を無理矢理にねじ伏せて、アムロはそのまま降りてくるはずの熱を待った。それなのに、なかなか間近に感じる熱は与えられない。わざと寝返りでも打てば、重なってしまう距離。いっそ本気で自分から触れてしまおうか、いや、それでも、と躊躇しているうちに、ふ、と近付いてきた熱は、与えられることなく離れてしまう。
 え、と驚いたアムロが残念に思うより前に、再びその熱は、今度はアムロの両方の瞼に近付けられた。生気を帯びて良く動く二つの黄金の瞳を隠した瞼の一つ一つの上を、触れることなくシャアの口唇が掠めていく。アムロは完全に石にでもなったようにぴくりとも動けないで居た。少しでも体を動かせば、触れることはできる。そんなことは分かっている、けど。
 寸止め、生殺し、という言葉がアムロの脳裏で踊った。いっそ一度も触れたことがなければ、期待だけで終わったかもしれない。だけれども、残念なことにアムロはその熱が自分に与えてくれる心地よさを、存分とは言えないまでも既に覚えてしまっていた。
 数えるほどしかないその熱に触れたときのことを思い出して、アムロの体がぞくりと震えた。シャアはそんなアムロに気付いているのかいないのか、額と眉間に、そして首筋にまで同じように決して触れない唇を近付けて、そして最後にもう一度微かな吐息でアムロの口唇を温めると、こんどこそ、と全身で期待するアムロを余所に、不意に体を起こした。

「え?」

 離れていく熱に、ぱちりとアムロが瞳を開ける。我慢しきれなくなって、がばりと体も起こした。

「え、ちょっと、なんで? シャア」
「やっぱりタヌキ寝入りだったか」

 呆れたようにベッドサイドに立ったままアムロを見下ろしている男の表情は、ずっと目を閉じていたことを後悔するほどいつものままで、全身の神経でシャアの口唇の温かさを追うことだけに集中していたアムロは、さっと顔面に朱を登らせた。

「だ、騙したな!」
「先に騙したのは君だろう」
「うるさいな、俺は本当に寝ようかとしていたところだったんだ!」

 単純な誘導に引っかかってしまったのが悔しくて、何よりもシャアには自分を煽る以上の心づもりがなかったのに腹が立って、アムロはぷいとそっぽを向いて、再び不貞寝をしようとした。このままでは、自分は物欲しげにシャアの口唇を眺め続けてしまうだろう。それがただ、腹立たしくて。
 しかし、アムロのベッドへの逃亡は、意外にも伸びてきた腕によって阻まれることとなった。

「まぁ、睡眠など夜でも取れるだろう。折角だから話し相手にでもなってはもらえないかね」

 カミーユ達も気を利かせてくれたことだし、などといけしゃあしゃあと勝手なことを伸べる唇に、アムロはそれこそ開いた口が塞がらなくなった。ついさっきまで、自分が幾ら気を引こうとしても歯牙にもかけなかった癖に。
 それでも。
 ふざけるな、と突き放してしまえないくらい、喜んでいる自分が癪で、アムロはわざと精一杯の仏頂面を作った。

「さっきまで本にしか興味なかった癖して」
「いや、……ここ暫く君、結界の強い街ばかりに当たって、体力を削られ通しだっただろう? 軽い防壁のようなものでも作れないかと思って。幾ら竜王が底なしの理力を持っていようと、辛いものは辛いからな」

 大体術式を考えついたから、少し相手になってくれと言われて、アムロは軽く目を見開いた。ここ暫く何を真剣に古文書を紐解いているのかと思えば、新しい術の開発に勤しんでいたというのか。しかも、アムロの為に。
 底なしの体力と魔力を持つ、人外の生き物である自分が少しでも居心地がいいようにと、たったそれだけの為に。
 沈黙しているアムロの態度をどう取ったのか、油断は良くない、いつ何時強敵と遭遇するかもしれないのに、君の力の無駄遣いはしたくないと些かピントの外れた方にシャアの説明がぶれる。

「今日には完成すると思ったから、君を置いていくように私からブライト達に頼んだのだよ」

 なんでそんな卑怯なことを、この時にその顔で言うか、腹立たしい。
 アムロは思わず黄金の瞳で目の前の金髪の男を睨み付けた。

「余計なお節介だ、バカ」

 どうしても、素直にありがとう、などとは言えない。二人で居るのに一人ぼっちだと寂しく思っていた、アムロのことなどどうせ相手にしていないだろうと空回りしていた自分が酷く馬鹿馬鹿しく思える。

「いい加減に認めろよ、あなた俺のこと、好きなんだろう?」
「嫌いな理由がないだろう? 君に欲しがられるのはなかなか気分がいい」
「そんな、卑怯な言い方が、あるかい!」

 望む言葉を与えてくれないシャアに、アムロは思わず苛立った声を上げた。
 あなただけが俺の時間を回す、いつだって。
 なんだよ、俺の事なんて全部分かってる、なんて顔をして、風のように気紛れに、気の遠くなるほど長い年月を何事にも捕らわれず生きていた筈の、孤高不恭の生き物である竜王アムロ・レイをその側に縛り付けているっていうのに。
 こんなに欲しいと思った存在は、他に知らないっていうのに。
 余裕さえ感じさせる蒼い双眸を見続けるのが居たたまれなくなって、アムロはぷいと拗ねた子供のように視線を逸らすと、ぎゅっと拳を握り締めて呟く。

「すごい、悔しい」
「そうか、光栄だ」

 これがまぁ、惚れた弱みってことなのか、と。
 心の底から憤り、同時に呆れながら、アムロは手を伸ばしてシャアの服を掴む。欲しがられるために煽ってくれたのなら、こっちだってねだるのが礼儀というものだろう。なんなら癇癪を起こした子供のようにじたばた暴れてみせたっていいくらいだ。

「お望み通り欲しがってやるから、ちゃんとあなたも俺になんかくれ」
「……開き直ったな、君」

 苦笑しながら、シャアはアムロの頬に手を添えて、その秀麗な顔を近づけてくる。

 どうしてこんなマイペースで我が儘で自己中で気紛れで身勝手な酷い男に惚れてしまったのか、やっぱ外見だろうな、面食いな己が恨めしい、と一通りの嘆きを心の中でぼやき、アムロは一番忌々しい緩んでくる口元を引き締めると、待ち望んだ熱がやっと触れてくるのを感じてゆっくりと瞳を閉じた。






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+++END.

 

 

竜王アムロ、番外編。
できあがったのは書けませんでした…。
シャアはアムロの拗ねた顔が結構好きだというどうしようもない嗜好です(笑)

 

+++ back +++