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【FANTASISTA-EL DORADO:25-】
シャアが抱きかかえるようにして連れて帰ってきたアムロの憔悴した様子に驚いたブライトは、直ぐにミライに言いつけて薬湯を用意させ、寝床の用意を調えるように言う。
「悪漢に襲われそうになっていてね、危ないところだった」
手短に事情を説明するシャアに、アムロさんを襲うような肝の据わった悪漢がこの世に居たんですか、という喉元まで出かかった疑問を呑み込みながら、カミーユとジュドーも素早く立ち上がってノア夫人に手を貸す。
「アムロ、大丈夫か?眠れるまで側に着いていようか?」
優しい顔と声で囁かれたシャアの言葉に、アムロは少し考えこんで、首を振った。
「…いい、ひとりに、して」
「分かった」
それでも頭を撫でてやりながらシャアはアムロの身体をもう一度抱き上げ、用意された部屋へと運び込んだ。ベッドに降ろしてやりながら、額の髪の毛を掻き上げて、子供にするような小さなキスを一つ落とす。
「もし、何かあったらただちに呼びたまえ。どこにいても直ぐに君の元に駆け付けて来るから」
「うん、ありがとう」
シャアにどれだけ優しい言葉をかけて貰っても今は辛いばかりで、アムロは目をしぱしぱさせながら、毛布を引き被るようにして布団の中に潜り込んだ。
「アムロ、寝たのか?」
シャアが部屋を出ていって暫くして、ブライトが薬湯のカップを手に入ってきた。ノックの音にアムロはごそごそとベッドの中で動き、起きているよとくぐもった声で返事をする。部屋の中に入って来てベッドサイドの椅子に腰を下ろすと、ブライトは薬湯の入った茶碗を差し出した。
「起きられるか?これだけ飲んで、もう一度寝なさい。竜にも効く薬湯だ。ミライはとても腕のいい薬師だよ」
「知ってるよ。…そこ、おいといて」
毛布の中から素っ気なく言われ、ブライトはお前、一体何があったんだ、と溜息をついた。
「ただの人間相手にお前がそこまでダメージを受ける訳がないだろう。シャアとでもなにかあったのか?」
どう考えてもそれしかないだろうと言う疑問をブライトが口にすると、アムロはびくっと身体を奮わせた後、益々身体を縮こめて、丸くなってしまう。ブライドがそれでも辛抱強く待っていると、やがて毛布を被ったままの細い身体が震え始め、普段の青年らしくもない弱々しい声が聞こえてきた。
「ブライト…ぉ」
「どうした?」
「シャアに、…シャアにきらわれた…」
「シャアに?」
有り得ない、というニュアンスを持たせたブライトの言葉は、アムロには伝わらなかったようだった。暫くしてはっきり泣き声とわかる声で、だって嫌われたんだもん、というアムロに、ブライトはそんな筈がない、と諭すように言う。
「あいつがお前を嫌ってなど居るものか。人に対する好き嫌いをはっきり表に出す男だからな、本当にお前のことを何とも思っていないのなら、そもそも口さえきかないはずだ」
「でも、でもっ…」
しゃくりあげるアムロを暫く眺めていたブライトが溜息をつく。
「なぁアムロ、シャアを慕うのはそんなに辛いのか」
「…うっ、…つ、らい」
「なら、シャアに対するお前の気持ちを凍らせてしまおうか?」
その言葉に、アムロが毛布の中で目を見開いた。
「…え、なん…て?」
「お前の中の、シャアに対する想いを、そこまで膨らんだ前の段階で氷漬けにしてしまおうかと言っているんだ。残念ながら消したり、シャアにお前を振り向かせることは出来ないが、凍らせて止めることなら出来る。俺は刻の賢者だからな」
驚いたのか、涙も止まったままの泣き顔を隠すのも忘れ、がばっと起き上がってきて、アムロが尚も問うた。
「その、凍った想いはどうなるの」
「どうもなりはしない。消えることはないが、お前の中で忘れ去られるか、…」
どうする、と聞かれ、アムロは明らかに逡巡した。
「ちょっと、考える」
「…そうか」
ブライトが何も言わずアムロの頭をぽんぽんと優しく叩いた。その後で、僅かに遠い、眩しいような目をしてアムロを見る。
「お前も、しかし俺が初めて見つけた頃はただのちんまい雛だったのにな」
「自分で飛べるようになるまでブライトが育ててくれたんだよな。覚えてるよ」
目元をごしごしとこすりながら、まだ少し掠れた声で照れ臭そうに言うアムロに、あの頃は人間の姿になれるなんて思っても居なかったから、ある日お前が人間の男の子の格好で現れたときは驚いたよ、とブライトが続けた。
「シャアが、好きなのか?」
「うん」
アムロは膝を抱え込んで俯きながら、はっきりと即答した。
「幸せなのか」
その問いには咄嗟に答えず、アムロはブライトに話の水先を向けた。
「ブライトは…?」
アムロが男の方を振り向く。
「ブライトは、ミライさんとどうやって出会ったんだ」
『刻の賢者』ブライト・ノアは、青年の質問にただ微笑した。
「昔の話だ、もう忘れてしまったよ」
暗に他人を参考にしても仕方がないと告げるブライトに、なんだよケチ、と少し口を尖らせると、アムロはもう一度膝を抱えて座り込み、深い溜息をついた。
ブライトの持ってきた薬湯を飲み、暫くうとうとして目が覚めると、身体の方は綺麗に完治しているようだった。元々怪我をしたわけでもないので、体力さえ戻れば元通りといっても差し支えない。
ぼんやりと天井を眺めてみても埒が明かないので、アムロは起き上がって衣を整え、部屋を出てみることにした。居間には誰もいなかったので、家の外に出てみる。そして、庭の向こうに見える小高い丘の上を見て、息を詰まらせた。
シャアが、カミーユと並んで歩いていた。何事か談笑しながらシャアがふと指を伸ばして少年の青い髪の毛を撫でてやる。カミーユが少しはにかんだように頬を膨らませた。どうやら、子供扱いしないで、と少年は言ったらしい。アムロの胸に、鈍い刃で斬られたような痛みが走った。
「…っ」
声をかけるにかけられず、じっと眺めていると、先にアムロの気配に気付いたらしいカミーユがアムロに手を振り、シャアの腕を叩いてそちらに注意を呼びかけた。シャアが振り返る。
「アムロ」
にっこりと微笑んで、名前を呼ばれる。距離があっても、アムロの耳にはその声は届く。なんと返事して良いのか分からない複雑な感情に支配されて眺めていると、シャアの緩く波打った黄金の髪の毛が悪戯な風に攫われてゆらりと宙に舞った。その様が美しくて、風をこっそり呼び寄せて何度も繰り返させる。
「……シャア」
やっとの事で名前が呼べた。この泣き出しそうに幸福な気持ちを、氷漬けにすることなんて出来ないと思った。
好きなんだ、と完全に自覚した。
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【ゆうべ見た星-EL DORADO:26-】
その夜、普段と同じようにシャアにくっついて同じ部屋に入ってきたアムロを、シャアは少し意外に思った。流石に、自分でもあの洞窟の中でのアムロへの態度は惨かったと思う。シャアにしてみれば、誇り高い竜の一族であるアムロがそこまで自分を慕っているとは正直思えなかったのだ。
「シャア、じゃ、さっさと寝ようよ」
部屋に入るなりアムロがそう言ったので、シャアは内心ああ、またかと思った。結局、あれだけ言い聞かせても、状況は余り好転してはいないようだ。それとも、気の長い竜の一族の事だから、シャアが再び気を変えるのを待つことにしたのか。そうなってくると子供なりに一生懸命自分を慕ってくれているアムロがいじらしくもあり、ごそごそと自分に続いて同じベッドに入ってくる青年を咎めはしなかった。
「狭くはないか?」
「ん、俺は平気」
言いながら、アムロは甘えるように鼻先を胸元に押し付けて、早く寝ようと促してくる。手を伸ばして癖のある髪を梳いてやると、気持ちよさそうに目を閉じて、もっととねだるように頭を擦りつけてきた。
「今日は大変だったな」
「ン、でも…シャアが来てくれるって、信じてたからさ」
ぼそぼそと低い声で言った後、アムロはその話はそこで終わりとでもいうように、お休み、と布団を引き被った。シャアも苦笑して、お休み、いい夢を、と囁いて、アムロの頭の天辺に軽いキスを落とす。
「どこにも行かないし、決して君の側を離れないから…、安心して休むといい」
「ん…」
半分寝惚けたようなアムロの返事に、やはり子供だし、さしもの竜といえど心労が重なって疲れたのだろうと独り合点して、シャアは自分も瞳を閉じ、直ぐに眠りの世界へと落ちていった。
シャアの呼気が眠っている人間のそれになって暫くしてから、アムロの尖った耳がぴくぴくと動き、青年はそっと頭を上げる。気配を殺してシャアの寝顔を見つめ、体を起こし、首を伸ばして額の傷にそっと唇をつける。
”Per favore non mi provi antipatia.”
音に出さずに唇だけで呟いて、聡い男が起きないように気を配りながら、アムロは切なげな表情でその胸にもう一度顔を埋めた。
「まだ、もう暫くはあなたが望むような子供で居ることにするよ。あなたを諦められないから」
祈りにも似た言葉が、神官の元に届くには、いましばしの時間が必要なようであった。
ブライトの家族に別れを告げた一行は、アムロの背に乗ったまま、ハマーン・カーンの住むというネオ・ジオンの近くの町まで飛ぶことにした。
「結界の線に触れてしまうと怪しまれるだろうから、近づけるところまででいい、出来るか?」
《任せておいてよ》
背中越しシャアが声をかけると、再び白銀の竜身に転じたアムロが鱗をさざめかせて返事をする。カミーユが、まだ慣れないらしいZZの剣を背中にくくりつけたジュドーを振り返った。
「ネオ・ジオンに一番近いっていったら、どの辺になるんだ?」
「どこまで行けるか分かんないけど、ソロモンの要塞くらいが限界じゃないかなー!」
周囲の風を切る音に負けないように、ジュドーが声を張り上げる。アムロの結界で体には風は当たらないが、それでも高速で飛行していることに違いはない。
「あの辺、今や周囲が化け物の巣窟みたいになってきてて、ソロモンの要塞に残ってる人達、孤立してるって噂に聞いたし」
「だったら、状況次第では多少の手助けもやむを得んかもしれんな、カミーユ」
クワトロの言葉に、カミーユがやや緊張した面持ちで頷いた。
「しかし、ソロモンには確か、ジオンの勇将、エギーユ・デラーズが総督として出向いていた筈だが」
デラーズ・フリートなどと呼ばれて、ブライトのロンド・ベルのように半自治領になりつつあると聞いていたが、とシャアが国内情勢に詳しいところを見せると、意外な方からそれがさ、と声が飛んできた。
「俺の友達に、あそこに出稼ぎに行ってて帰ってきた奴がいるんだけど、なんでもさ、デラーズってそのオッサン、怪しい女に操られているって噂だぜ?」
「怪しい女?」
「そう」
カミーユが口火を切ったジュドーに問いかけると、ジュドーはここぞとばかりに身を乗り出して話し始めた。
「なんでもさ、ソロモンの城の周囲に化け物が出だした時に、城の兵士達はなかなか手が出なかったんだと。そこに、どこからとも無く現れた仙女がその化け物退治をさせてくれって、願い出たんだと。みんな最初は半信半疑だったみてぇだけど、その女は本当に要塞の周囲の化け物を追い散らして、隣街と行き来できるようになって、デラーズは諸手をあげてその仙女を雇い入れたんだが、その後がなーんか妙なんだって聞いたな」
「妙だ、とは?」
シャアが話に乗ってきたので、ジュドーがなんかお師匠、えらい気にするね、と言いながら聞き囓った話の残りの部分を披露する。
「なんでも、人が変わったみたいになっちまって、折角回復した隣街とも交易を断っちまったらしいし、今じゃ、要塞の扉を閉め切って、誰も出入りできないようにしているらしい。昔から使えていた何とかっていう兵隊の隊長も追い出したらしいし。俺の友達は、税金が凄く高くなりそうだって噂を聞いて、命からがら逃げ出したって話だな」
ジュドー、とシャアがやや真摯な面持ちで少年の緑の瞳を覗き込みながら問いかける。
「な、なんだよ?」
「さっき君は、要塞の隊長が追い出されたと言ったが、もしやその隊長の名前はガトー、フルネームは『アナベル・ガトー』といいはしないか?」
シャアの質問に、ジュドーはえーっと、と首を捻った。
「さぁ、そんな名前だったかな。お師匠、知り合い?」
「ああ、旧知の人間だ」
シャアの声に、懐かしさが混じる。
《仲良し?》
その時、突然にやや尖った声で割って入ってきたアムロに、シャアが来たな焼き餅妬きめ、と苦笑してアムロの鬣を撫でる。
「ああ、戦友だ。といっても、カミーユ達は知らないと思うがね、古い知り合いさ」
《ふぅん》
ふん、と鼻を鳴らしてそれきり黙ってしまったアムロに、拗ねたのかとやや呆れながら、シャアは白銀の鱗が覆う耳元に囁いた。
「名前は可愛らしいがね、勇猛果敢で知られる偉丈夫だよ。彼の姿を見かければきっと君も安心するさ」
《だれもそんなこと、言ってないじゃないか》
「おや、私の思い違いかな?妬いてくれたと思うのは自惚れかい?」
《…ここからソロモンまで降りて歩いて貰ってもいいんだけど、俺は!》
「そんな意地の悪いことを言わないでくれないか、アムロ」
犬も喰わない痴話喧嘩を始めてしまったシャアとアムロを呆れ果てた視線で一瞥すると、聞き取りを放棄した金髪の男に代わって、ブライトが少年に問いかけた。
「その、怪しい仙女とやらの名前などは分かっているのか」
「えーっと、シーマって聞いたな。そう、『シーマ・ガラハウ』って女だよ」
すげぇ迫力の美人らしいけど、と付け加えたジュドーの言葉は無視して、ブライトは何か考えこんでいるようであった。
もうじきソロモンだよ、とアムロが風に乗る竜独特の声で、一声鳴いた。
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+++To be Continued.
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