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【もう迷わない-EL DORADO:17-】
すっかり緊張感が崩れ落ちてしまった一行はそのままアムロが採ってきた果物で食事の後のデザートへともつれ込んでいたのだが、やがてシャアがこほん、と咳払いをして場の仕切直しを宣言した。
「さて、ロンド・ベルまでどうやって行くかだが」
その時、嬉しそうに相変わらずシャアの膝の上に陣取っていた(ジュドーが何か言いたそうなのをカミーユが横合いから必死で制していた)アムロが声を上げる。
「あ、俺乗せていこうか?」
「「「…………」」」
思わず一同の視線がアムロの方を向く。アムロがきょとんとした表情になった。
「なんでそんな目で見るんだよ。西の国はちょっとまぁ、そのなんとかいう魔女の所為か結界きついんだけど、この国の上空なら北の神殿崩壊してから結界緩いから平気だと思うよ?ロンド・ベルって東の国境だろ?その辺までなら問題ないと思う」
あっさりと言いきられた言葉に、カミーユとジュドーがアムロを崇め倒しそうな表情になった。
「師匠、僕心の底から師匠に感謝します」
「あ、俺も!」
「お礼に是非この冒険から帰ったらアムロさんと結婚してあげてくださいね」
「あ、俺からも頼むよ、それ!」
「君達、私を一体なんだと思っているのかね…」
「竜王の花嫁!」
「馬鹿、ジュドー、アムロさんが嫁なんだから花婿だろ?」
「あ、そうか」
「いや、だからだな…」
なんだかどっと脱力しながら辛うじてツッコミを入れる。特にカミーユなんか自分を助けに来てくれたのではないのか。
何時の間にアムロの手先になっているんだカミーユ、君の師匠は私ではないのかね、などと忸怩たる思いを抱えつつ、シャアがアムロに尋ねた。
「しかし、君の上に…と言っても、どうやって」
フッフールの上に乗るアトレーユじゃあるまいし、アムロの上に乗れるのか?などという疑問も頭には浮かんでくる。しかし、それにもアムロは事も無げに答えた。
「ん、まぁ、風からは防壁みたいなの張れると思うから、鬣に掴まって貰えれば」
「そうか…君はとても魔力の強い竜だったものな」
シャアがやっと納得したように微笑む。その笑顔に表情を弛めているアムロを見て、カミーユとジュドーは顔を見合わせた。
「な、カミーユさんのお師匠さんて、人外専門のタラシ?」
「まぁ、そんなとこかな…」
「カミーユさんも結構くらっと来てた?もしかして」
にやにや笑いながらジュドーがつっこみを入れ、カミーユがムキになって反論した。
「変なこと言うな!師匠は、昔はそりゃホントにかっこよかったんだぞ、昔は」
「聞こえて居るぞ、そこの二人…」
シャアの青筋付きのツッコミで話は中断し、一行は再度真剣にロンド・ベル行きを検討することになった。
結局、まともに歩いて関所を突破しながら辿り着くには目的地は遠すぎ、アムロの申し出以上にいい意見も出なかったので、全員でアムロの背中に乗って旅立つ事になった。
「すごい、フッフールの背中に乗ったアトレーユかバスチアンみたいだ!」
子供のように昂奮してはしゃぐカミーユとジュドーを苦笑しながら眺め、シャアがゆったりとアムロの真珠の板のような背中を撫で、純白の鬣を指で梳いてやりながら囁いた。
「大丈夫か、アムロ。国の中の方はやはりまだ結界がキツイだろう?」
途端、空気を震わせるように、音にならない返事が直接にシャアの『中』に届く。
《平気だよ。ちょっと鱗がちりちりするけど。それより、落ちないでよ?》
「私はそこまで間抜けではないさ。後の二人は知らないが」
《あなたをこんな風に背中に乗せて飛ぶ日が来るなんてな》
「全くだ。しかし、想像はしていたが、矢張り素晴らしいな、君の力は」
かなりの高度の辺りを相当な速度で飛んでいるのだろうが、アムロが自分の力で結界のようなものを張り巡らせてくれているのか、背中のシャア達はそよ風か何か程度にしか風の流れを感じない。
アムロが得意そうに小さく笑う気配がした。
《風の術は得意なんだ。それに、その俺と互角以上に戦ったあなたが何を言うんだか》
「昔の話だ。それより、きつくはないか?休息を取ってくれても構わないぞ」
《平気だ。もう少しで着くから、休んでおいてくれ》
「了解」
言いながら再度アムロの鱗を撫でてやると、白銀に輝く竜身が喜んだように七色に輝いた。
ジオン公国領と連邦の境界にある自治領、ロンド・ベル。今の所は連邦との同盟国だが、その内に独立運動を起こすのではないかという噂も絶えず存在する、辺境の一国である。
領主を勤めるのは『刻の賢者』の称号を持つ大賢者ブライト・ノアで、その力で小国ながら自治を保っていられるのだという噂もある。
その国の外れに、カミーユ達一行は音もなく降り立った。人目のない森の中で、アムロも竜身から再度人間の姿を取る。
ジュドーが再び青年の姿に戻ったアムロを見て、つまらなさそうに口を尖らせた。
「ちぇー、なんだよアムロさん、竜の方が断然かっこよかったのに」
その台詞に、カミーユが呆れたように黒髪の少年の背中を小突く。
「ジュドー、お前竜を連れて街の中に入る気か?」
「大丈夫だろ、クワトロ師匠なら」
「ジュドー、君は私を一体どんな人間だと思っているのだ?」
また嬉しそうに側に寄ってくるアムロに腕を取られながらシャアがジュドーを軽く睨む。
「いや、だからドラゴンスレイヤーって名前の竜コマシでしょ?」
「せめてアムロ以外の竜を落としたときに初めて言ってくれないか、その称号は」
「ダメだよ、俺以外の竜なんて!ただでさえ竜は綺麗なものが好きなんだから!」
途端、アムロが焦ったようにシャアの腕を引く。シャアが分かったから、とそちらをいなし、シャアは唯一まともに話が通じそうな愛弟子を促した。
「では、行くか。カミーユ」
「そうですね。でも師匠、ブライトさんに会って、アムロさんとのことを聞かれたらどうするつもりなんですか?」
「…仕方ないだろう、事実を話すさ」
「竜王と婚約中ですって?」
「カミーユ、君までそんなことを言うのか…」
「真実を述べただけです」
呟きながらさて街の方へ歩き出そうと歩を踏み出した所で、カミーユ達は人の気配を感じて立ち止まった。
「誰だ!」
カミーユが腰の【Z】に手をかけながら誰何の声を挙げる。その脇でジュドーとシャアも身体を硬くしていたが、シャアの腕に取り付いていたアムロが、何かを感じ取ったようにぱっとその側を離れて走り出す。シャアが慌てて制止しようとした。
「待て、アム…」
しかし、その手は空を切り、アムロは嬉しそうに人影に向かって声をかける。
「ブライト、久しぶり!!」
その言葉に、木陰の奧からがさがさと音を立て、年の頃はシャアと同じ位だが、落ち着いた印象の黒髪の男が姿を現す。
「アムロ?!お前、アムロじゃないか!」
その男に飛びつく勢いで両手を取ってぶんぶん振り回しながら、アムロは矢継ぎ早に問いかけ始めた。
「ブライト、会いたかった!!ミライさんは?ハサは?チェーミンは?元気?」
「いや、それよりお前なんでここに?」
「あのね、ブライト。聞いてくれる、俺さ、今度恋……」
「久しぶりだな、ブライト」
アムロが意気揚々と口を開いて喋りかけるのを危ないと踏んだシャアがそこで強引に話を打ち切る。
視線を移したブライトが、再び驚いた声を挙げることになった。
「カミーユ、それにクワ…シャアじゃないか。なんだ、ジュドーまで居るのか?一体なんの組み合わせなんだ、これは?」
「それは…」
紹介の言葉に詰まるシャアの隣でカミーユが事も無げに言い放つ。
「あ、話せば長い事ながら、ぶっちゃけ僕とジュドーは旅の道連れで、師匠は巻き込まれた人で、アムロさんは師匠の押し掛け女房です」
「いや、だから」
どちらかといえば生真面目な性格のブライトが眉間に深い皺を刻むのを見ながら、シャアはこれは自分で説明するしかない、と悲壮な覚悟の腹を括った。
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【時間の谷間-EL DORADO:18-】
「…つまり、西の国の氷の魔女、ハマーン・カーンからここにいるジュドーの妹を取り返すために旅を始めたわけだよ、私達は」
事情を掻い摘んで説明しながら、シャアはブライトに用件を切り出す。
「なので、再び武器が必要となった。ブライト、預けていた剣を取りに来た。返して貰ってもいいか」
「ああ、構わないが、……」
言いながらブライトはちょっと困ったように眉間の皺を深くした。
「お前からは何を預かっていた?エクスカリバーか?ストームブリンガーか?つらぬき丸?アンドゥリル?グラム?ゲイ・ボルグ?バルムンク?…いや、ジョワイユーズだったか、ディソーナか、デュランダル?クルタン?ミムング?どれだ?多すぎていちいち思い出せなくてな、すまん」
シャアが思わず頭を抱える。カミーユはアンドゥリルまでしか分からない…と呟いていたが。
「ブライト、君は宝剣のデパートか専門店かオリバンダーの店かね?」
「仕方がなかろう、皆私の所を愛剣の墓場か何かと勘違いしているようだが」
その言葉に、シャアがそれはすまなかった、と苦笑した。
「『刻の賢者』の元に在れば、血塗られた相棒も安らかに眠れるだろうと皆思うのだろうよ」
そこまで言った後、シャアはすっと手を出す。
「私の相棒は【サザビー】以外にない。他の剣には興味はないよ。『彼女』を出してくれ、ブライト」
その言葉に、何故か横からジュドーがええっと声をあげる。
「そんな無欲な!勿体ないですよクワトロ師匠、貰っておけばいいじゃないですか、村雨丸とかストームブリンガーとか!」
気楽な物言いの少年にシャアが顔を顰め、その後で思いついたようにブライトの方を向く。
「私は破滅するのは御免だよ、ジュドー。…そうだ、ブライト、なにかこの少年にも適当な剣を見繕ってやってくれないか?」
「ジュドーにもですか?」
ブライトが暫く何か考えこむような表情になった。その後で、意を決したようにジュドーに向かって言う。
「よし、じゃあジュドー、お前もシャアが【サザビー】を迎えに行く時の洞窟に一緒に来い」
ジュドーがエメラルドの瞳を大きく見開いた。
「ええ?俺も?!」
「そうだ。もしかしたら、お前の剣との巡り会いがあるかもしれない」
ブライトの言葉に、アムロが大きく頷いた。
「ああ、あそこか、水晶の結晶で出来たみたいな…懐かしいな、俺もあそこで【ν】と出会ったんだっけ」
「アムロ、君も剣を使うのか?」
思わず、驚いたようにシャアが青年に尋ねた。アムロがムッとしたように頬を膨らませる。
「失礼な。そりゃまぁ、竜で居るときは武器なんか必要ないけどさ」
「…君のヒートブレスは強力だものな……」
戦ったときのことを思いだしたのか、些か遠い目でシャアが呟く。さっとアムロが頬を染めた。
「いやだな、シャア、そんな昔のこと覚えてるなんて」
「当たり前だろう。君の印象は強烈だったからな」
「そんな、一目惚れだなんて、照れちゃうじゃないか」
「いや、一言もそんなことは言っていないが」
ぐりぐりと恥ずかしそうにシャアの腕を指でつつくアムロに、シャアが微笑みをあくまで絶やさないままナチュラルにツッコミを入れる。
そんな二人の様子を呆然と見ていたブライトが、ゆっくりとカミーユを振り返った。
「カミーユ、あれはなんだ?」
しかし、少年達の反応はキッパリしていた。
「蜃気楼です」
「そうそう、いちいち視神経通して脳味噌に伝達してたらおかしくなっちまうぜ」
無視無視、素無視!と無情なことを言い張る少年達に、ブライトは先程シャアが旅の事情は語っても何故アムロが一緒にいるかを深く語らなかった訳をなんとなく察して、精神衛生のためにもこの先決して尋ねるまいと密かに決心するのだった。
ブライトは、一行を街ではなく、森の更に奥の方に案内する。生き物の気配すら感じられないほどの鬱蒼とした森の奥の奥、日の光さえ殆ど射し込まない様な場所にブライトはどんどんと分け入って行く。
最後尾に着いて歩くシャアの元に、先頭のブライトの後に小鴨のようにくっついていたアムロがそろそろと戻ってきた。シャアの隣りの定位置で腕を伸ばして手を握ってきたアムロに、金髪の男が首を傾げる。
「どうした?ゴッド・ファーザーに久々に再会して嬉しいのだろう?私のことになど構わなくていいぞ」
「うん…」
アムロの返事が冴えないので、シャアがもっと不思議そうな顔をした。
「なんだ、調子でも悪いのか。顔色があまり良くない様だが」
「ん、でもないんだけど、この辺流石によそ者を弾く結界が強くて、ちょっと頭痛がするんだ」
ぼそぼそと呟く言葉腕にと擦りつけられる額に、シャアがふむ、と小さく考え込む素振りを見せた。
「…難儀だな、竜も。何処に行っても余所者扱いされて」
「慣れてるけどね。連邦の向こうとか、ネオ・ジオンの遙か彼方とかには他の竜も居るのかもしれないけど、この辺には竜は俺だけしか居ないはずなんだけど」
「君の居住範囲はどの位だ?」
「人間達が変な所有権を言い張ってるところを退けたら幾らもないよ。別に何処に行く訳でもないんだけどさ」
返事をするアムロが本当に調子が悪そうなので、シャアが暫く何か考えて、つっと指を伸ばしてアムロの額に幾つか文様の様なものを描いた。
「隠形の術をかけたよ。少しは楽になるはずだ」
小さく微笑みかけるシャアに、アムロが嬉しそうな笑顔を見せる。
「ん、…ん、ちょっとましかも。ありがとう、シャア」
「なに。おやすい御用だよ」
低い声で会話を交わしながら手を繋いで歩いてくるシャアとアムロの前を歩いていたジュドーが、耐えきれなくなったようにその前を無言で歩き続けるカミーユに追いつく。
「カミーユさん、俺も彼女欲しくなってきた」
「言うな!いいか、意識の欠片もあっちに向けるんじゃない。考えたら負けだ」
「いいなー、俺もあんな風に慕ってくれる子がいいなー」
「…プルはどうした」
「あっ、また痛いトコ突くよね、カミーユさんてば」
ジュドーが蹌踉めいて胸を押さえるふりをしたところで、前をひたすら黙々と歩き続けていたブライトが立ち止まる。
「さぁ、着いたぞ。これがロンド・ベルの宝とも言われる、時の洞窟【ラー・カイラム】だ」
言いながらブライトがそそり立つ岩壁の一角を指さす。しかしそこには洞窟どころか蟻の子一匹這い入るような隙間すらない。
「ブライトさん、間違えて案内したんじゃないの?それともよそ者は入れたくないとか?だったら俺達待ってる…」
「失礼な。これからだ、黙って見ていろ」
ジュドーが恐る恐る言いかけるのを軽く睨み、ブライトは手にしていた樫の木の先に青い宝玉を飾った長い杖を翳す。
「”Kyrie eleison, Christe eleison, Kyrie eleison.”」
ブライトの唇から抑えた声で短い呪文が紡がれる。唱え終わった瞬間、目の前の壁が低く唸るような音を立てて振動を始めた。
「え?!うわ、何?!」
「ちょ、クワトロ師匠?!」
「落ち着きたまえ、カミーユ、ジュドー。大丈夫だから」
シャアが苦笑して少年達を抑える。やがて、目の前の岩壁に大きな亀裂が入り、大きく二つに割れて開いていった。
ジュドーが感嘆の声を上げる。
「すげぇ、これが時の洞窟?!」
呆気に取られるジュドーとカミーユの前で、振り向いたブライトがゆっくりと洞窟の奥を指し示しながら言った。
「ようこそ、【ラー・カイラム】へ」
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+++To be Continued.
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