EL DORADO
-たった一つの黄金をみつけた竜と勇者の物語-

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【つづる想いを-EL DORADO:13-】


「着いた…の、か?」

 体中を擦り傷でボロボロにしながらカミーユが低い声で呟く。少年は、絶壁にも見えた岩場を八割方登ったところで、棚の様になった僅かな出っ張りに辿り着き、身を引き上げた所であった。

 既に一度夜が明けて日が没し、また夕暮れに差し掛かり始めている。なんとか狭い岩場に身を滑り込ませたカミーユは、ふぅと息を吐いてさて、と周囲を見回した。

「どこかに入り口があるはずなんだけど…」

《カミーユ》

 ふと耳元で囁く声と目にははっきり見えない指先に一点を指し示された気がして、カミーユは無味乾燥に見える岩壁の一角を凝視する。すると、明らかに工作の手の入ったと思しい不自然な個所が見受けられた。

「あそこが出入り口か」
《気を付けて、カミーユ》

 頭の中に囁く声に大丈夫だよと微笑んで答えながら、カミーユは剣の剣柄に手を掛け、そろそろと入り口に向かって進んでいった。



 周囲を調べて見つけた仕掛けを作動させると、石造りのドアが音も立てず外側に向けて開いた。

 クワトロの安否を確かめるまでは穏便に事を進めたかったカミーユがほっと胸を撫で下ろす。

 緊張を全身に漲らせ、一歩ずつ部屋の中に踏み込んでいく。外側の岩山からは全く想像が付かないほど、その岩室の中は整えられていた。深紅の絹布が壁紙代わりに貼られた室内、瀟洒な細工の施された家具。思っても見ない程豪奢な部屋の中にはマントルピースも据え付けられ、暖炉の中では赤々とした炎が爆ぜている。

 少々どころではなく驚きながらも、カミーユは抜かりなく歩を進めていった。どうも、この部屋は居間か何かのようで、奧にもう一つ部屋があるらしい。猫のように足音も立てず、気配を殺す術はクワトロに教わった。ひたひたと部屋を横切り、開いたままのドアを覗き込む。仄暗い室内には大きなベッドが片隅に見えた。寝室か、とカミーユは思う。この岩で作られた牢獄の中には他に部屋はなさそうであったから、恐らくはここにクワトロは居るのだろう。

 目は直ぐに慣れ、部屋と同じ色調のファブリックの中に人の居るらしい盛り上がりを認めたカミーユがそっと室内に入る。先ずはクワトロの安否を確かめるのが先、とそろそろベッドの方角に歩を進めた。

 と、その時。

 緋色の絹張りの寝具の中から、ゆっくりと青年が半身を起こした。

「…誰だ?寝所に突然押し入って来るなんて、無粋だな」

 掠れた甘いトーンの高めの声が闇に響き、爛々と光る黄金色の二つの眼がひたりとカミーユを見据える。肉食の猛獣を思わせるしなやかに筋肉の付いた上半身の裸体と、顔に浮かんだ獰猛な微笑みにカミーユが息を飲んだ。―――その身に寸鉄さえ帯びていないというのに、丸腰の相手から感じるこの凄まじいばかりのプレッシャーはどうだろう。今まで出会ってきたどの敵とも、格が違う。

「ああ、…凄いな、ここまで登ってきたのか」

 アムロに圧倒されかけているカミーユに気付いているのか居ないのか、アムロは収まりの悪い癖のある髪を掻き上げ、ふっと嗤った。カミーユは挫けそうになる足を叱咤してぐっと踏みとどまり、アムロを睨み付ける。

「師匠を…あなたが攫って行ったという、シャア・アズナブルを返して貰おう」
「シャアを?」
「そうだ。師匠を一体何処にやったんだ、アムロ・レイ」

 青い髪の少年の言葉に、アムロが大きな鳶色の目を軽く見開く。その後で、にやりと意地の悪い微笑みを浮かべた。

「君は、大事なお師匠様を救いにここまで来たんだ。その努力は誉めてあげよう?…でも、少しばかり遅かったね」
 その言葉に、カミーユが愕然として口を開く。
「遅かった、って…」
「君は間に合わなかった。シャアなら…」

 言いながら、アムロはとろけるように嬉しそうな笑みを浮かべ、自分の傍らのシーツを捲り上げる。

「ここに、居るよ」

 そこには、白い羽根枕に薄明かりの下でもさんざめく煌めきを放つ金の髪を散らし、仄白くさえ見える白磁の裸身を晒して、静かに眠る見知った男の姿があった。何事が、と息を飲むカミーユの前で、アムロは愛おしそうに未だ眠りから覚めないシャアの身体の上に屈み込み、腕を回す。

「シャアなら、ここにいる。―――ずっと俺の側から離れないって、誓ってくれたから」
「ししょ、う」

 どこか呼吸が詰まったように言葉を紡ぐカミーユをまた威圧する視線で牽制しながら、アムロがにぃっと勝ち誇ったように笑った。

「だめだよ、この人はもう…俺のものなんだから」

 言うと、くすくすと笑って青年はシャアの身体に取り縋り、額の傷に口付けを落とす。

「ねぇ?俺のシャア」

 その言葉に、ぴくりと金糸でできた睫毛が反応した。

「…ん…アムロ、もう少し寝かせてくれないか…私は…ね…む…」

 掠れた声で言いながら隣に腕を伸ばしてアムロの腰の辺りを抱き寄せる。
 その明らかに房事の後で睦んでいる恋人同士としか思えない仕草に、茫然自失から我に返って、速やかにカミーユが切れた。

「とっ…」

 少年の全身からどす黒いプレッシャーが放たれる。流石に悪寒を感じたのか、ぱちりとシャアが目を開いたが。

「とっとと目を覚ましてください、そこの色ボケ師匠ーっ!!」

 時既に遅く、言いながら、ずかずかと今度は遠慮なく大股にベッドに近付くと、腰に履いていた剣を鞘ごと引き抜いて思い切り金髪の男の頭を殴り倒す。―――寸前で、嘗ては剣豪クワトロ・バジーナと呼ばれた男は辛くも身をかわした。当然アムロはさっさとベッドの端まで逃亡している。

 焦りながら、シャアは目の前に降って湧いた弟子の名前を呼んだ。

「カミーユ、君、辿り着いたのか?!」
「ええ、着きました!助けに来なきゃ良かったって今心底後悔していますが!」
「いや、ちょっと待ってくれ、カミーユ、これには深い訳が、だな…」
「分かりましたから、とりあえず服を着てください、服を!」

 いつまで裸で居るつもりですか、と言われ、取り敢えず素肌にシーツ一枚身に巻き付けていただけのシャアは深い溜息をついて隣で興味深そうに二人の言い争いを眺めていたアムロに咎めるような視線を送る。

「君、何を言ったんだ」
「さてね」

 アムロは惚けるように言うと、シャアの纏っているシーツを三十センチほど自分の方に手繰り寄せた。




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【すこしだけあやしげな唇-EL DORADO:14-】


「では、《説明》とやらをしていただきましょうか」

 場所を今の応接セットに移し、ソファに座って目の前の男を睨み付けながら断罪口調でカミーユが言う。

 床の上に脱ぎ落とされていた服を身につけ、前に座るシャアの腕には同じく服を着るように言われたアムロが自分の腕を回してぴとりと貼り付き、きゅうと嬉しそうにくっついて身を寄せている。
―――何処から見ても新婚さんか出来上がりたてホヤホヤ馬鹿ップルのその様子に、カミーユは心底酷い頭痛を感じて深い溜息をついた。真剣に心配して危険を冒して救いに来た自分が馬鹿みたいだ。

 自然シャアに対して愚痴と嫌味の一つや二つや三つや四つ、言いたくなろうというものだった。

「必死に探して助けに来たら自分は敵の筈の竜王といい仲になっていちゃついてるってどういう了見ですか!」

 全く骨折り損をさせてくれて、この馬鹿師匠、と憤懣やるかたないカミーユと、敵の気配を感じてカタカタ好戦的に抜いてくれと促しているらしい腰の宝剣【Z】に、シャアが冷や汗を浮かべつつ弁解を試みる。

「いや、だから…」
 しかし、その言葉をアムロが横合いからかっ攫っていく。
 先程から、アムロはカミーユが『シャアを連れに来た』事に対してかなり過敏になっている様子だった。

「シャアは俺のことを好きになってくれたんだよ。俺のものになったんだ。抱いてくれるって約束したじゃないか、ねぇ?シャア」

 隣にある秀麗な容の顎を人差し指で掬い上げて視線を合わせ、アムロがうっとりと微笑みかける。ああ、俺のシャアってやっぱりいい男だよねぇ、という解説付きで。
 しかし、その言葉にカミーユはあんぐりと口を開ける羽目になった。

「だ、抱く?」

 男同士で?クエスチョンマークを飛ばすカミーユに対し、アムロは嫣然と微笑んで頷く。

「そうだよ。さっき君も見ただろ?俺とシャアは、そういう…一つのベッドで眠る様な仲なの」

 当然だが、これにもシャアは反論を試みた。
「いや、カミーユ、違…」
 が、その反論はアムロの鉄壁の笑顔にあえなく弾かれてしまう。
「違わないだろ?シャア、さっきまであんなに情熱的にしてくれてたじゃない」

 俺を抱き上げてベッドまで運んでさ。
 にこにこ笑いながら言うアムロの顔には、大きく《復讐》の文字が綴られている。先程、子供扱いして房事を途中で中断したのを根に持っているらしい。
 シャアは内心舌打ちをしたい気分だった。ああ、君は、だからそういう所が全然まだ子供だと言うのだよ、アムロ!

 当然だが、その発言を受けて、カミーユが激したように拳を握って立ち上がる。

「竜…ってぇ!その子、まだ子供じゃないですか!そんな大人、修正してやるー!!!」

 言葉と共に飛んでくるカミーユの修正パンチをシャアが慌てて避けている横で、アムロが唖然としたような表情になった。

「な…なんだよ、あんたまで俺を馬鹿にするのか!」

 カミーユにまで子供扱いされたアムロが愕然とした表情をして、その後で憤慨したように叫ぶ。
 しかし、カミーユはそちらはサックリ無視して男の方に食ってかかった。

「師匠、竜だって淫行は淫行ですよ!」
 シャアの方も疑いを掛けられては敵わないとムキになって叫び返す。
「だ、誰が淫行だというのだ、断じてまだ手は出してない!」
「当たり前です!だって、この人には大人の竜なら人間になったときに額に開いているはずの『第三の眼』が開いてないじゃないですか!」
 ざくっと一刀両断するカミーユに、言われたシャアでなく隣のアムロが嘘、気付かなかった…等と呆然と呟いている。シャアの方は当然、というように深く頷いていた。

「そうだ、この子はまだ子供だ、カミーユ」
 言って、さっとシャアがそのアムロを背に庇うようにした。
「アムロには何が良いか悪いかの善悪の判断もついていないのだよ」
 だから酷いことを言わないでやってくれ、とシャアが自身結構酷いことを言いながらアムロを弁護する。アムロがちょっと待て、と声を上げた。

「ちょ、シャア、それ失礼…」

 しかし、カミーユはまたもそのアムロの発言はさっくり無視して険悪な視線でシャアを問い詰める。
「その善悪の判断も着かない様ないたいけな仔竜を寝台に引っ張り込んで無体を強いるなんて、師匠は鬼ですか!」
「無体など強いてはおらんよ!何もしていないと言っているだろう?大体、襲ってきたのはアムロの方で…」
「へぇー、『アムロ』。そりゃまた随分と仲良くなられたんですね」

 殆ど子供の喧嘩のレベルに等しいシャアとカミーユの言い合いに、忙しなく二人に交互に視線を送っていたアムロだったが、やがて鬱陶しくなってきたらしい。

「ああ、もう、やかましい!!」

 一喝すると、吃驚した様にアムロの方を向いた二人をきっと睨んで問い正す。

「んで結局あんたらはどうするのさ?!俺をどうしたいの!!言えよ、はっきりと!!」

 特にそっちの勇者!俺を退治してこの人を連れて帰るんじゃ無かったのか、と言われ、カミーユはああ、そういえばとぽんと手を打った。

「いや、事情が変わったんですよ。僕の仕事は邪悪を退治することですから」

 カミーユはそう返事をしながら、アムロにはにっこりとした微笑みを向けつつ、ちゃきんと腰のものを鍔鳴りさせる。
 その後で、地獄の底から響くような底冷えする声で死刑宣告の判決文を読み上げた。

「この場合、どっから見ても師匠が邪悪ということで」

 即刻処刑が行われそうな雰囲気に、いや、だからだね、とシャアがカミーユを制した。
「ちょっと待ちたまえ、その邪悪の基準は誰が判断するのかね?」
「僕です!」
「それが正義か?!」
「正義とは時に虚しいものなんだって教えてくれたのは師匠でしょう!」
「私の言葉を曲解して解釈していないか、カミーユ!」

 またヒートアップしていく師弟の言い争いを暫くは眼を白黒しながら聞いていたアムロだったが、やがて飽きたように大きな伸びを一つすると、こてんとシャアの背中にもたれかかった。

「ねぇ、シャア。なんでもいいけど、あなた俺と一緒には居るんでしょう?誓ったんだから」
 まさか勇者と呼ばれた事もある人間が約束違えたりしないよね?念を押され、シャアが頷く。
「…うん?ああ、…まぁ、な」
 その言葉に安心したように、アムロはふあ、と軽く欠伸をした。

「だったらもう後は好きにしていいや。俺、寝直すから。お休み」

 アムロはそのままソファの上でころんと丸くなると、シャアの広い背中に頭を預けたまますうすうと寝息を立てだした。
 その竜王と呼ばれる存在とも思えないあどけない姿に、毒気を抜かれたようにカミーユが低い声で呟く。

「………師匠」
「なんだね?」
「またえらいのに好かれましたね」
 神官の次は龍神の花嫁ですか、うわー、とぱちぱち手を叩くカミーユに、シャアが微妙な微笑みを浮かべる。
「お褒めに与り光栄だ」
「ええ、賞賛は贈ります。代わってくれって言われても断固拒否しますけど」
「有難う、誉め言葉だと受け取っておこう」
「で?」
「うん?」

 なんだ、と見返してくる金髪の男に、カミーユが険しい視線を送った。

「……まさか、この子供に惚れたとか言わないでしょうね」
「さてね」
 シャアはなんともつかない返事をした後、手をあげてアムロの癖毛をゆったりと梳いてやる。
 昔自分が寝付かれないときにも横で話をしながら師匠よくやってくれてたなぁ、それ。安心するんだよな、結構。…でもこうやって客観的に見てみるとなんかエロティックだよなぁ、今にしてみると、等と思いながら、カミーユは呆れた声を出す。
「怪しいなぁ。師匠、人外好きだからなぁ、好かれるし」
「人聞きの悪い」
 じろりと視線を上げてシャアがカミーユを睨む。しかしカミーユは綺麗にシャアの視線を無視した。

「忘れもしない、グリプス戦役の時も何でしたっけ、そう、レコア・ロンドとかいう女吸血鬼に追い掛けられ、西の氷の魔女ハマーン・カーンに恨まれ…」
「昔の話じゃないか」
「挙げ句、辿り着く先は淫行で竜姦でゲイでしかもロリコンですか…」
「話を聞きたまえよ、カミーユ」
「聞く耳持ちません」

 とりあえず、元エゥーゴの最強剣豪師弟は、何処か妙に暢気な性格のコンビでもあった。






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+++To be Continued.

 

 

話は完全に曲がってしまいました〜・・・(苦笑)
とりあえず、カミーユを牽制することには成功したらしいです、アムロ。
カミーユは作者に愛されているので、色々と回避できて宜しいですね(あれ?師匠とアムロは?)

 

+++ back +++