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【深い夜に-EL DORADO:7-】
剣の剣柄にもたれ掛かり、背中を立木に預けて、カミーユはうつらうつらと浅い睡眠を取っていた。
《カミーユ》
柔らかい声で呼ばれ、ふと目を開ける。そこには、夜目にほの白く輝く、青い髪の毛の少女が微笑んでいた。いずれ魔性のものか、闇の眷属か、と思えないでもないような少女に向かい、しかしカミーユは微笑んで腕を伸ばす。
「フォウ、…どうしたんだい、こんな所まで」
《カミーユが心配で》
「今晩は妙にはっきりと君が見える…嬉しいけど、どうして?」
青い髪の毛の少女はふわりと微笑む。
《この辺りは、魔力が強いんだ。竜がいるからかな》
その言葉に、カミーユが眉を顰めた。
「アムロ・レイだろう。知っているよ、俺はそいつを倒しに来たんだ」
《でも、カミーユ》
「止めないでくれ、フォウ。君が心配してくれているのはよく分かるよ。でも、俺は、師匠を助けたい」
カミーユが名を呼んだ少女は、以前戦場で巡り会い、心を通わせた異国の少女だった。しかしながら敵陣に心を操られた彼女はカミーユと戦い、命を落として、今はカミーユだけに見える存在として少年の側にある。
その少女の表情に、ふと影が差した。
《カミーユ、なんだかあたし、嫌な予感がするんだ。カミーユは行かない方がいい、っていう…》
「でも、俺が行かなくちゃ、誰があの人を助けるんだよ!」
《カミーユ》
「フォウ、ありがとう。でも、俺は例え竜王と戦って差し違えても、あの人を助けるつもりだから。」
そうしたら、フォウの側に行けるかもしれないな、と最後に冗談めかして笑う。
「もう二度と、目の前で大事な人に逝かれるのはごめんだ。君の時に、心底思った。だから……」
《分かった、カミーユの好きにすればいいよ。でも、カミーユが死んでも悲しむ人が沢山居るって事、忘れないで》
青い髪の少女は、それだけ告げるとフッと姿を消した。
「俺が死んだら、悲しんでくれる人、か」
両親はとうにない。唯一の身内と思えるクワトロの安否も未だ確認できては居ない。皮肉っぽくそう思ったときに、ふと頭の中をキラキラと輝く緑柱石の輝きが過ぎった。
「ジュドー・アーシタ」
礼も言わずに出てきてしまった。妹を探す旅の途中だと言っていたが、無事にその後妹とは会えたのだろうか?黒曜石の髪の色と、太陽を閉じ込めたような生気に溢れる瞳の光を持つ、あの少年は。
そのとき、カミーユの耳にふと届く言葉があった。
―――――”Io sono prigioniera.”
「…なんだ?」
不審を感じて座っていた木陰から身体を起こす。そのカミーユの側に、先程消えたはずの少女が姿を現して、耳元で囁いた。
《カミーユ》
「フォウ、一体これは…」
《竜が啼いているわ》
「…竜が?!」
この近くに棲む竜といえば、アムロ・レイのみ。と、いうことは、まさか。最悪の想像をして、カミーユの全身が総毛立つ。
「馬鹿な、アクシズが巡ってくるまでにはまだ時間があるはずだ!」
言いながら、カミーユは夜の森の闇の中へ、走り込んでいった。竜王の居城のある方角へ。
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【蒼い水の上の夜-EL DORADO:8-】
静寂だけがその部屋の中を支配していた。
瞳を閉じて、アムロの次の行動を待っていたシャアは、いつまで経っても青年から何もリアクションがないことに不審を感じ、目を開けて身体を僅かに起こした。
「どうした。何もしないのか?」
「……」
アムロは黙ったまま、鉤爪のある指でそっとシャアの頸動脈の辺りをなぞった。
ひやりとした感触に、流石にシャアの身体も強張る。そこに、爪を立てて切り裂かれでもしたら、間違いなく致命傷だ。
しかし、そこでアムロはまた全ての動作を止め、あの不思議な金色の瞳で、じっとシャアの顔を覗き込んだ。
「誰か、助けに来てくれるあてがあるのか?」
「?」
思いがけない言葉に、シャアが首を傾げる。しかし、アムロはシャアではない他の何かに気を取られているようであった。
「ここに、俺の城の近くに、人間が一人、近づいてる」
言いながら、アムロは全ての感覚を研ぎ澄ませるように目を閉じた。
「まだ、若い。…剣を下げてる。…精霊?かなにかを一人、連れてるな。青い髪の、少年…?ああ、この身体じゃ、竜の時ほどはっきりは見えないな」
アムロはそう呟いただけだったが、シャアには十分すぎる情報だった。脳裏に、嘗て戦場で別れた愛弟子の姿が浮かび上がる。
―――カミーユ・ビダン…!!しかし、彼は行方不明のままの筈…。
取り繕ったつもりではあったが、ちらりとそんなシャアの表情をアムロが探るように見る。
「ふぅん、心当たり、あるみたいだね」
「…知らんな」
もしも本当にカミーユだとしたら、危ない目に遭わせるわけにはいかない、とシャアは殊更嘯くように呟いた。しかし、アムロは彼のいうことなど、全く信用していないようにふんと鼻を鳴らす。
「囚われのお姫様を助けに、勇者が来た訳だ。ララァを救いに、あなたが俺の所に来たように」
「心当たりがないし、恐らくは君の思い過ごしだ」
「思い過ごし?思い過ごしで、竜の棲拠に人間が近づくとでも?」
「…―――」
青い視線が何も語らないのに、アムロは強情だねと軽く溜息をついた。
「だったら」
「だったら?」
「だったら、俺があの人間を殺しても文句は言わない?」
言った途端、シャアから感じられる雰囲気が明らかに殺気を含んだ物に変化を遂げた。
「アムロ・レイ、君は勘違いをしていないか?嘗て君と対峙した私が、君が無益な殺生をするのを黙って見ているとも?」
組み敷いた下から凍り付きそうなほど冷たく燃える蒼い眼光で射られ、アムロは無意識にぺろりと口唇を舌で湿す。
「―――その目だ、俺が欲しいのは」
シャアが皮肉っぽく口唇の端を吊り上げて嗤う。
「抉り出してみるか?その爪で」
「まさか、俺が持っているどんな宝玉よりも綺麗だと思うよ、あなたのその、瞳」
アムロは上体をゆっくりと倒しながら、手の甲で確かめるように、慈しみさえしているようにシャアの頬を撫でた。
「―――…ゾクゾクするね」
呟きながら、ちろりと赤い舌でシャアの薄い唇を舐め、そのまま味わうように深く、ゆっくりと口付ける。
閉ざされた黄金の瞳を彩っていた赤銅色の睫毛をシャアは冷ややかな瞳で見つめていたが、やがて口腔の中を蹂躙するようにそろりそろりと舌が忍び込んでくると、秀麗な眉を顰めた。
そして。
「っ、つ!!」
アムロが短い声を上げ、頭を上げる。シャアに噛み切られた口唇の端から、つぅっと細い血の筋が流れた。
「その身体ではご自慢の鱗も用をなしていないようだな?」
言いながら、シャアが抑え付けられていた腕を外し、アムロの喉笛を掴む。息が詰まったのか、アムロが苦しげな表情になった。
「喰われるのは性にあわない、と私は言ったな?」
「っっ、それじゃ、あなたが―――味見してみることにしたんだ?」
「減らない口だな」
何処か苛立つように言いながら、シャアがアムロの首を掴む指に力を込める。アムロが益々苦しそうな表情になった。
「……このまま」
だが、絶対不可侵の生き物とも思えぬその華奢さと儚さに、シャアの指はどうしてもそれ以上の力を込めることが出来なかった。
戸惑った金髪の男は結局腕を放し、咳き込むアムロの躰の下から抜け出る。
「…甘いにも程があるな。自らの首を自分で絞めるとは」
自嘲するようにひとりごちるシャアの背に、アムロがそっと体を寄せて囁く。
「あなたに俺は殺せないよ」
「何故、そう思う」
「だって、俺は。俺は心の中にララァの魂を持っているって、あなたはもう知っているからね」
「………」
言葉に詰まった男の背中から抱き締めるようにアムロが腕を回しても、シャアは抵抗もしなかった。
どうせ、アムロが本気になりさえすれば、ただの人間である自分を屠る事など造作もないと悟っているからなのだろう。
「俺にしなよ。俺を選べば?―――俺以外の事なんて、忘れても良いじゃないか」
竜の言葉は甘美な毒に似た呪文めいてシャアの耳朶から身の内にじわじわと浸透していくようだった。
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+++To be Continued.
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