EL DORADO
-たった一つの黄金をみつけた竜と勇者の物語-

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【Io sono prigioniera-EL DORADO:5-】


 竜とは、なんという美しい生き物なのだろう。

 嘗て竜王、アムロ・レイと対峙したとき、シャア―――当時はクワトロ・バジーナと名乗っていたが、は恐怖よりも先に感嘆を覚えたものだ。
 白金に輝く真珠色の鱗、此方を射竦める琥珀の瞳。ぎらぎらと怒りに燃えていたが、それでさえ竜身の優美さを些かも損なうことはなかった。

《ララァを返せ》

「…なんだと?」

《ララァを返せ、と言ったんだ。あれは、彼女は俺の半身だ、人間如きが触れても良い存在じゃない》

 昼の間は白鳥に変身し、夜だけ人に戻る少女、ララァ。

 クワトロが出会った瞬間に恋に落ちた少女は、竜王アムロに仕える巫女で、竜王の呪いによって人以外の姿に変えられているのだと聞いた。元に戻るには、竜王に願うしかないと。
 だからクワトロは北の辺境を越え、竜の住まうというア・バオア・クーまで遙々やって来たのだ。しかしながらアムロは、当然だがただの人間に過ぎないクワトロの言い分になど耳を貸してくれなかった。

《ララァを奪いたければ、俺を倒してみるか?》

 挑発され、剣を抜いた。―――戦ってでも、倒れても。彼女はクワトロには必要な存在なのだと決心していたので。

 戦いは、ややアムロが優勢―――いや、むしろ人の子であるクワトロが良く善戦していたといえるだろう。
 伝説の金属、オリハルコンで出来ているはずの赤い愛刀の刃は、ただ斬りつけるだけではアムロの鱗の表面でさえ傷付けることができない。それでも、鋳鉄ではない武器を警戒したのか、アムロはやや距離を取り、接近戦には持ち込ませない構えを取っていた。

 向こうには翼があり、鈎爪があり、牙もあり、そして炎を吐く事さえ出来る。
 満身創痍のクワトロが流石にそろそろ覚悟を決め始めていた、その時。

 その戦場に、一羽の白鳥が舞い込んできた。

―――やめて、止めて、二人とも。

「ララァ!」

 クワトロが叫び、白鳥に向かって腕を伸ばす。アムロが焦れたように恫喝した。

《ララァ、退け、退いてくれ!こんな奴に惑わされて、俺のことを忘れたのか?!》

―――いいえ、いいえ、アムロ。忘れた訳じゃないわ。あなたにだって分かっているはず。だけれど、私は。

 闇の中に、アムロにだけは見える褐色の肌とエメラルドの瞳の少女が浮かび上がる。竜は彼女の名を呼んで吼えた。

《ララァ、ララァ、ララァ!!》

―――あなたが大好きよ、アムロ。けれど、私はこの人を愛してしまった。

《錯覚だ!》

「ララァ、奴との戯れ言を止めろ!君を救えるのは私しかいない!」

 途端、アムロが燃える瞳でクワトロを睨む。

《馬鹿なことを。人間とララァが一緒に暮らせる訳もなく、ましてララァは俺が滅びれば》

 そこまでで言葉を切り、舌打ちしたアムロが、そのまま白鳥に気を取られているクワトロを狙う。

―――待って!

 その瞬間、アムロの放ったヒートブレスは狙い過たず間に飛び込んだ白鳥を貫いた。

「ララァ!!」

《しまった!!》

 一瞬の虚無にも似た沈黙の後、二人は何かに突き動かされるように戦いを再開した。―――アムロの鉤爪がクワトロの額を掠めて切り裂き、クワトロの剣がアムロの肩を貫くまで。
 それを潮時として、気が抜けたようにその場に崩れ落ちたクワトロにとどめを刺さず、アムロも傷を庇いながら居城まで退く事にした。

 耳の中では、ララァの最期の言葉だけがこだましていた。


―――体は消えても魂は消えないわ。アムロ、これから先はずっとあなたの側にいるから、だからあの人を許してあげてね。


《分からないよ、ララァ》

 分からないから、その後アムロはずっと、クワトロ―――この戦いの後、国に戻った彼はまた名前をシャア・アズナブルに戻していたが、男の事を見張っていた。

 そして、いつの間にか決心していたのだ。失った半身の代わりに、必ずこの黄金の男を手に入れようと。




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【片言のアモール-EL DORADO:6-】


 人型になることが出来ると知ったのは、そう言えばこの部屋に閉じ込められた初日に、シャアを攫ってきたアムロがそのまま青年に変化したのを見たからだった。

 黄金にも見える琥珀の瞳、赤味がかった鳶色の癖毛。白金の鱗の転化した蜂蜜色の肌は、まるで少年のようだった。
 魂は同じだと言った癖に、ララァとはちっとも似ていないな、と思った気がする。―――随分若いな、とも。

 アムロはまだ子供だから、とそういえば、ララァが言っていたような気もする。まだ子供だから。

 だから、―――だからあの人を許してあげてね。

 そんな声も、確かに聞こえたか。あれは、彼女はあの言葉は、どちらに対して言ったのだろう?

 ぼんやりとした思考の中で、シャアはそんなことを考えていた。一歩、二歩と歩み寄って足を止める。

 眼下では、しゃがみ込んでしまったアムロが、ぱたぱたと透明の涙を落とし続けている。

「私をこんな所に連れてきて閉じ込めて、手に入らないと君が泣くのはおかしいだろう」
「おかしくなんかない、お、かしくっ」
「分かったから、泣きやみたまえ、子供じゃあるまいし。全く、毒気を削がれるな、君には」

 言いながらハンカチを出そうとして、金剛石を布で受け止めても仕方がないと思い直し、手を伸ばして指で拭った。

「そんな風で、私が欲しいなどとよく言えたものだ」
「う、うるさい!」
「頭から屠った方がましではないのか?」
「言っておくけど!」

 そこで、なにが逆鱗に触れたのか―――いや、アムロは竜だから文字通り逆鱗は何処かにあるはずだが、アムロがすっくと立ち上がる。

「言っておくが、俺は、竜は、人間なんか喰ったりしない!いや、食事だなんてそんな風に糧を摂らなきゃ生きていけない存在とは違うんだ、からかうのは止してくれ」
「では、愛を交わしたり子を成したりもしないのだろう?どうしてそんなに私が欲しい?」
「……別に、欲しい訳じゃ」

 冷静に切り返されて、アムロは言葉に詰まったらしかった。人間の行うそれは、全く必要がないものじゃないのか、というシャアの問いはずばり金的に命中したようだ。

「ララァは俺のものだったんだ」
「ああ、聞いた」
「その、ララァをあなたが奪っていった」
「否定はしないな。しかし、ララァが最期に選んだのは君だ」
「でも、それでも!あなた方人間と違って、俺にはララァしか居なかったのに」
「……アムロ」
「ララァを返して欲しかった、あなたを手に入れたら、ララァがもっと、俺の所に帰ってくる気がするんだ」
「淋しいのか?」

 ぐずる子供のように鼻をすするアムロに、シャアは軽く息をついて頭を恐る恐る撫でてやった。
 すると、また邪険に頭を振って振り払われる。どうも、理力の源の角の辺りに触れられるのは嫌うらしい。

 シャアは溜息をつき、自分を玩具か何かのようにただ手に入れたいと、思い通りにならないと癇癪を起こす青年に言う。

「君には、恋は分からないか」
「知るものか、そんなもの!」
「確かに、竜王などには下等に過ぎる感情かもしれないが―――君こそ、もっと理性を保たずにどうする。竜の、王なのだろう?」

 苦笑した。シャアとて、現在ではまがりなりにも神職に在る身分である。

「王―――なんて、人間が勝手に呼んでるんじゃないか。そもそも、この世に俺という竜は俺しか居ないんだから」

 ふと呟き、アムロは何処か遠い目をする。
「あなた達の言葉で言うような王ならば、俺は「王」じゃないよ。闇に属するもの達も、もっと自然に近しいもの達も俺に確かに傅くが、俺は支配している訳じゃない。あちらが俺に、より強いものに敬意を払い、畏怖し、祭り上げているだけだ。同じ竜に至ってはもっとそうだ。不干渉で、近づくことさえない」
「―――一匹狼というやつか」
「俺は狼じゃない」

 独り言に律儀に返事をされ、分かっているよとシャアは苦笑した。この時点で、全くアムロと諍う気は削げてしまっている。
 そういえば、ララァもこの世に類を見ない不思議な存在感のある少女だった。―――だから惹かれた。全く、人外のものにばかりよくも縁があるものだ。

「他とは交わることさえ本来はない、孤高不恭の存在、か」

 気を、弛めていた。その隙を、つかれた。

「だから、―――あなたの味を教えて?」

 ひゅっと、これは補食する動物の素早さで、アムロが懐に飛び込んできた。虚を突かれたシャアはそのまま床の絨毯の上に押し倒される。

「―――アムロ」
「捕まえた」

 馬乗りになったまま下にあるシャアの顔を覗き込んでにっこりと微笑み、琥珀の瞳に黄金の炎を閃かせる。

「俺のものになってくれるよね?シャア」

 ちろりと赤い舌が閃く。

「―――好きにするんだな。どうせ、君に囚われた時点で私は君の所有物なのだろう」

 諦めたように呟き、シャアは往事は矢車草とも讃えられた深い青の双眸を閉ざした。






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+++To be Continued.

 

 

はいはいはいはい、じっくりいちゃついてください。
カミーユ苦労してるのに、師匠〜〜〜(笑)

 

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