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【ぼくもういかなきゃなんない-EL DORADO:3-】
「この道は、まだ使えますか」
青い髪の毛の少年に尋ねられ、伐採作業の中休み中だった男はゆっくりと振り向いた。
「ああ、途中までは、多分な。だけども、こないだ竜王がレウルーラ神殿を襲ってからこっち、スィートウォーターは奴等の国になっちまった。坊ちゃん、悪いことは言わねぇ、この先にゃ行かない方がええ」
少年は小さく微笑んで首を振り、迷いのない足取りで森の中の岐路を特定の方向に向けて進み始める。
樵の男が、おい、ちょっと、坊ちゃん!と少年を呼び止めた。
「待て、おれの話が聞こえなかったのか?この先にあるのは魔界か地獄だ。人間の行く場所じゃねぇ」
カミーユは、静かにありがとう、とだけ行ってそれでも先に進む足を止めなかった。
人の良さそうな樵の不安げな視線を背中に受け、それすらも振り切り、人の世界の境界に別れを告げる。
腰に下げた剣だけが少年の武器であったが、不安などは感じていなかった。カミーユが使う剣術は、嘗て竜王アムロ・レイさえ戦って退けたことがあるという、剣豪クワトロ・バジーナ直伝だ。
しかし、そのクワトロ、今はシャアという名前に戻った少年の師匠は、他ならぬその竜王に囚われている。贄にされるのだと聞いたが、いずれ昔の戦いの遺恨も含まれているのであろう、とカミーユは看破していた。早く行かねば、シャアの命自体危ない。
―――クワトロを、あの人を救うためならば、何処へでも。
呟いて、胸のペンダントに触れた。先のグリプス戦役で、カミーユは一度正気を失って廃人と化していたのだ。
その先で出会ったジュドー・アーシタという少年に助けられ、傷を癒しているカミーユの下に届いた、レウルーラ神殿陥落の悲報。
取るものも取り敢えず、ジュドーへの礼もそこそこに、出奔するようにジオン公国へ戻ってきたカミーユである。
もしも、とカミーユは思う。もしもシャアが、剣を取り上げられて神官などに祭り上げられていなかったら、アムロ・レイなどにむざむざ連れ去られはしなかったのに。
クワトロが常に携えていた、赤く輝く刀身を持つ宝刀【サザビー】も、神官職に就く時に国王に没収されたのだと聞いた。
「皆が、よってたかってあの人の羽根をもいでしまうんだ」
クワトロと揃いの拵えの青い刀身を備えた、ただ【Z】としか銘の刻まれていない愛刀の剣柄に手を掛け、カミーユが唇を噛む。
カミーユが引き離され、前線に送られたのもその一環としか思えない。カミーユは、クワトロ程ではないにせよ、所謂【勇者】と呼ばれても差し支えない名声の持ち主であった。内乱を起こした異民族の首領、パプテマス・シロッコを倒した人間として。
しかし、現実には人々はカミーユ・ビダンの名前は知っていても、彼の姿も、ましてやまだ十代後半の少年に過ぎないことなど、誰も知らないに違いない。そういう意味で、華々しく送り出されない道行きもカミーユには都合が良かった。
名声に縛られる様では、複雑な立場のシャアを救いに行くことなど、到底敵わなかっただろう。
行く手の空は、障気で淀み、灰色の雲が重く垂れ込めている。しかしカミーユの足は速度を決して鈍らせることなく、ただひたすら主を前へと運んだ。
「地獄なら、とうに見て来たさ」
事前にやっと収集することが出来た乏しい情報を合わせると、どうもアムロはシャアを天然の奇岩から創った塔の天辺に閉じ込めているらしかった。
竜族が己の神に祈りを捧げ、生け贄を屠るという暗黒の月、アクシズが巡るまで、後ちょうど暦では一ヶ月残っている。
カミーユは決然と顔を上げ、ほぼ獣道としか思えない森の中を、蘖を切り払いながら先に進む。
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【Adesso e Fortuna-EL DORADO:4-】
「シャア、ねぇ」
くすくすと青年は愉快そうに嗤い、仏頂面の男に何がそんなに気に障るの、と尋ねる。
「俺があなたを攫った理由が分かって、さっぱりしたんじゃないの?」
「…納得はしたが、気に入ってはおらんよ。私は龍神の花嫁になるほど殊勝な存在じゃない」
きっぱりと言い放つ男の背後に纏う金彩の気が、僅かに好戦的な気配を帯びて朱金に変化を遂げてゆく。
その様をうっとりと眺めながら、アムロはぺろりと舌で口唇を舐めた。
そのまま、そろそろと先程鉤爪で切り飛ばしたシャアの詰め襟の神官服の下から覗くシャツにも爪を伸ばす。
ぱしん、とシャアがアムロの手を払い退けた。
「止めたまえ。君に喰われる趣味はない、と言った筈だ」
「お堅い神職だ。―――でも、こうやって人の肌に触れたことが無い訳じゃ、ないでしょう?」
誘うように歌うように言いながら、アムロがまたそろりと音もなくシャアに詰め寄る。シャアは眉を顰め、険しい表情をした。
「ね、こんな風に、ララァを抱いたんじゃないの?」
「―――下卑た勘ぐりは好かんよ」
「どうして、俺じゃダメなの?俺は、ララァの魂の半身なのに」
言われた言葉に、シャアが思わず動揺して青い瞳を上げた。
「なんだと?」
「ララァと俺とは魂の半身だ、って言ったんだ。竜はね、殆どが何処かに片割れを伴って生まれるんだ」
だから永遠にも近い寿命を持ち続けているのだとアムロは続けた。
「彼女は竜じゃなかったけど、この世で最も俺に近しい存在だった。俺には彼女のことはなんでも分かっていた、そして」
そこで言葉を切って、切なそうに男を見上げる。
「彼女はとても、あなたを愛してた。―――俺のこと以上に」
「ララァ」
シャアが思わず、嘗ての愛しい恋人の名前を呼ぶ。
―――途端、アムロがまたひらりと剣呑な表情を閃かせ、警戒を緩めたシャアの元に近づいた。
「ララァを奪われたあの時は、随分とあなたを憎んだよ、シャア」
アムロの手が男の腕を捕らえ、ぎりり、と鉤爪を備えた指が、シャアの服の袖に食い込もうとする。
が、その手はまた急に力を失い、するりとシャアの腕から滑り落ちる。
一体なんなのだ、とシャアが青年の方に視線を送ると、アムロは何処か虚ろな瞳で、哀しそうにシャアを見上げていた。
「ずっとね、俺は…本当はララァが羨ましかった」
「―――?」
「なんで、ダメなんだよ。俺とララァは同じ魂を持ってるのに、なんで俺じゃダメなんだよ!」
「―――…アムロ」
「俺にも、ララァと同じ物を、っ―――くれよ」
ぽたぽたと落ちる涙がその場で固まってきらきらと光り輝く金剛石になり、床に落ちて転がる。南海の鮫人の涙は落ちて紅玉に成ると言うが、竜王の涙は金剛石に変化するのか―――そんなことを思いながら。
シャアは、人外の青年に向けて、ゆるりと腕を差し伸べた。
「そんな風に、泣くものじゃ…ない」
その言葉に、アムロがとろけた琥珀色の瞳を上げ、赤味を帯びた焦げ茶の長い睫毛を震わせて輝く涙を弾きながら、震える声でか細く鳴く。
―――――”Io sono prigioniera.”
その言葉の意味はシャアには理解できなかったが、アムロが嘘偽り無く心の底から自分を求めているのだ、と。
そしてその事で彼自身もまた苦しんでいるのだということだけは、分かってしまった。
―――決して。
嘗て、弟子のカミーユ・ビダンにも教えた言葉がシャアの頭の隅を回る。
―――お前が一人前の戦士ならば、決して敵を理解などしてはならない。
共感するなど、同情など以ての外だ。ああ、確かに自分は弟子であった少年にはそう、教えた。
けれど。
「そんな風に、泣かないで欲しい。―――頼む、から」
ころころと、新しい涙がまた絨毯の上に転がり落ちる。
それを踏みつけながら、シャアはゆっくりとアムロに向かって歩み寄っていった。
それが過ちであることは、頭の中では正しく理解できていた筈なのに。
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+++To be Continued.
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