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玄関のインターフォンが鳴ったので、アムロはとぐろを巻いていたダイニングの暖炉の前からいそいそ立ち上がって玄関に駆けた。
が、途中でどうにも違和感を感じて失速する。アムロが待っている人間は、インターフォンなんか鳴らさないし、それにこの、ドアの向こうから感じる波長はアムロも確かに良く知っているが、待ち望んでいる人物とは違う…。
「…カミーユ?」
かちゃりとドアを開けると、ドア前に花束を抱えて立っていたのは想像通りカミーユ・ビダンで、アムロは分かっていたはずなのに、それでも何となくがっかりして肩を落としてしまった。
「いらっしゃい、カミーユ」
「こんばんは、アムロさん。総帥じゃなくてごめんなさい」
そんなアムロの思考を的確に読んだらしい同じニュータイプのカミーユも、苦笑混じりにそんな挨拶をする。アムロが困ったようにごめん、と小さく呟いた。
「いいえ」
カミーユも微笑んで首を振り、花束と同時にこれどうぞ、と抱えてきた包みを差し出す。
「うわ、悪いね。なに?」
「ワインです。あの人のコレクションほど良い物じゃありませんけど…」
「いいや、十分だよ。あの人が居ないと、セラーに入ってもどれが良いか分からないしさ。上がって」
青年を屋内に誘いながら、アムロが白系統の色調でまとめられた花束を見て微笑む。
「綺麗な花だね」
「ああ、それは…僕からじゃないです」
すまなさそうに言うカミーユに、アムロがまたふっと表情を翳らせた。
「ここの所、遅いよね。俺よりも」
「そうですね」
今ではモビルスーツに乗っていない文官勤務のアムロと、同じく医務官として日常勤務しているカミーユ(とはいえ、寛大な配慮には甘えつつも有事の際には二人ともパイロットに戻るつもりは十分あったが)が揃って呼ばれていないということは、いずれきな臭い問題が出来しているということで、それだけで文句の一つも言えず家で帰らない人を待ち続けるアムロとしては、何も言えなくなってしまう。
その辺りは十分察しているので、カミーユはさっさと話題を変えてしまうことにした。
「で、今日はなんの記念日なんですか?総帥がもう本当に僕に代役を頼むとき悔しそうで、出来ればサボる気さえ満々だったらしくて、最後の最後までゴネてガトー少佐にこっぴどく叱りとばされていたみたいなんですが」
この分だと脱走してきかねませんよね、あれ。
苦笑混じりに言うカミーユに肩をすくめるリアクションだけで返事を返し、アムロはダイニングへと青年を案内した。
◇◆◇◆◇
「うわ…な、なんか、スゴいんですが」
そこに据え付けられたテーブルの上に並んだ料理の量と質を見て、カミーユは絶句した。
テーブルセッティングも完璧だ。中央に花が飾ってあって、キャンドルが立って、キラキラ輝く銀器と食器が整然と並べられている。
確か、シャアは今日も朝早くから総帥府に詰めていたから、じゃあ昨日帰ってからこれを一人でやったということだろうか。昨日だって決して帰りは早くなかったのに。
「俺はなんでもいいってのに、シャアが凝るんだよ。いつもはこんなんじゃない」
カミーユのもの問いたげな視線を受けて、アムロが些か照れ臭そうにふいと顔を背けた。
「料理だって適当でいいって言ってるのにさ、こんな用意して。食べきれないってのに」
「いえ、僕昼抜いてきましたから。アムロさんが常日頃最高だと自慢してる総帥の腕前がどんなものかと」
「カミーユ!」
仄かに赤い顔で年下の青年を睨みながら、アムロがどうぞ、と席に着くよう促す。
「給仕なんかいないからね、一応全部料理は並べてあるんだ」
どれからでも遠慮なくどうぞ、と言いながらシャンパンのコルクを抜こうとしているアムロに向かい、カミーユは頂きます、と声を掛けた。
「アムロさん」
「なに?」
「僕、正直アムロさんの言葉、話半分に聞いていました」
ごめんなさい美味しいです、くそうとどこか悔しそうに料理を口に運ぶカミーユに、アムロがシャンパンを飲みながらそういうことは俺じゃなくて本人に言えよと苦笑する。
カミーユは諦めたように肩をすくめただけだった。
先程、アムロはこの淡い黄金色の発泡酒のコルクを静かに抜いていた。こういう席に慣れているのか、この場にいない金髪の男に派手な音を立てるのは本当は不作法だからと教えられているのか。恐らくは後者だろうが。何故なら、昔確かにカミーユも教えて貰った覚えはあるのだ。今もできる自信はないけれど。
知識でも、なんでも。与えることを臆さない人だから、自分達は今、ここにいることが出来るのだろう。
「いや、あの人誉めてもお相伴に預かれる訳じゃありませんから。胡麻は最高権力者に擦っておかないと」
「誰が最高権力者だよ…そんなに気に入ったなら俺の分も食べたら、そのラグー」
「いいんですか?」
「や、まだ温め直したらあるし」
アムロは微笑んでいたが、これはいつでも食べられる人間の余裕だろう。なのでカミーユは遠慮しない事にした。
後でジュドーに自慢してやろう、ギュネイにも、等と思いつつ。
◇◆◇◆◇
「ところで、本当になんの記念日なんですか、えらい豪勢な…」
或る程度空腹を満たしたところで、再び問いかける。シャアが記念日男だとは特に思っていなかったが、アムロが同意する位なのだから、何か特別な出来事だったのだろう。
さっき一度はぐらかされている身としては躊躇わないでもなかったが、ほんの少し好奇心が勝った。
「うーん、ほんとに言うのが恥ずかしいくらい大した日じゃないんだけど」
小さく照れ臭そうに笑って、やっとアムロが口を開く。
「俺と、あの人が初めて出会ったのが、もう十数年も前の、今日だった」
カミーユが綺麗に言葉を失った。アムロは一切の余計な説明を省いて、事実だけを淡々と述べる。想い出そのものは語らないで。―――そちらには触れるなと言わんばかりに。
よく見ればテーブルセッティングは三人分で、カミーユはもしかしたらアムロが寂しくないように他にもシャアが声を掛けるつもりだったのかな等と暢気なことを思って居たのだが。―――これは。
「なんかさ、しんみり飲もうとか言ってたんだけど、辛気くさくしてたら本当に気が滅入るからぱぁっと行こうとかあの人が言いだして、それで気がついたらこんなことになってたんだけど」
「それは―――…」
不意に、カミーユは自分がなんでこの場にいるのだろうという気分になった。そうして、心の中で金髪の男を詰る。どうしてあなたは帰ってこなかったんですか。―――知っている、皆があの人を求めているから、帰らせなかったのだ。あんなにあんなに帰りたいと繰り返し言っていた。
自分だって一緒になって、あの人の身代わりにここに来て、都合良くアムロからシャアを取り上げている。本能的に、今日だけは帰らなくてはと感じ取っていたのはあの人の方だった。ブライトが以前揶揄して言っていた、『シャアは殆どアムロ専用ニュータイプみたいなもんだからな』等と。今なら少し分かるかもしれない。
なにが、ニュータイプだ。隠すのが上手いこの人の本当の内側を見定められたのは、あの人だけだったじゃないか。
カミーユは自分を罵りながら、話題をすり替えていく。
「アムロさん」
「なに?」
「そういや僕、前にあの人に聞いたことあるんですよね」
「なにを?」
「アムロさん、脇腹が弱点だって」
その言葉に、ぼっとアムロの顔が真っ赤になる。
「だ、うわーもう、一体何の話してんだよあの馬鹿!」
「医局に健康診断ついでに惚気にくんなって釘刺してくださいね」
「当たり前だ!五寸釘より太いのぶっすり刺し込んでやる!」
一通り喚いた後で、アムロがほんの少し躊躇った様子でカミーユに振る。
「…な」
「なんです?」
「他にシャア、なんか言ってた?…その」
「アムロが居ないと生きていけないとか?」
「…そんな公害余所で撒き散らしてるのか…」
「まぁ、公害だけで妨害はしてませんから」
「当たり前だ!公務執行妨害で処罰してやる、あの男!」
「とかなんとか言いながら嬉しそうですよ、アムロさん」
「や、嬉しくない」
「はいはい、そういうことにしておきます」
もうこれは、とことんシャアの話題でも振って、惚気に付き合うのがここにいない人への手向けと言うものだろう。
暫くああでもないこうでもないと気安い軽口混じりの惚気だか悪口だか判別のつかないシャア談義を繰り広げた後、時計を気にしていたカミーユが、ふとアムロの方を向いてそうだ、と言った。
「アムロさん、さっきこの頃よく眠れないって言ってましたね」
その言葉に、面食らいつつアムロが頷く。
「あ、うん」
「じゃ、主治医として処方箋を書きましょう」
「え?」
「薬は院外処方で受け取ってくださいね」
「ああ、うん」
今ここで?よく分からないままアムロが頷くと、カミーユはよし、と言ってポケットから携帯電話を取りだし、おもむろに何処かに電話をかけ始めた。
数コールで相手は出たらしく、カミーユがにっこりとアムロの方を見て微笑んだ。
「もしもし?ご多忙な総帥閣下ですか?」
暫くして、電話口の向こうから低い声が聞こえてくる。
『…嫌味かね、カミーユ』
「とんでもない。お陰様で楽しい代役を務めさせて頂いております」
どうやら、カミーユの電話の相手はシャアだったらしい。青年の意図が見えず、アムロはきょとんとしながら首を傾げた。
『君は今…ああ、そうか、私の家か』
「ええ、楽しい時間を過ごさせて頂いてますよ。総帥、料理上手ですよねなにげに」
『アムロは?どうしている?』
しかし、シャアはカミーユの質問などには答えず、いきなりアムロの様子を聞いてきた。
嫌になるなこの人達、と思いながらカミーユがにっこりと微笑む。勿論、シャアにはその人を食った笑みなど見えないだろうが。
「ああ、今度という今度は愛想が尽きたからカミーユに乗り換えようかなって……」
『?!』
「…なーんて事は言っていませんから安心してください」
『カミーユ…上官をからかって楽しいかね…』
「いや、少しはアムロさんの溜飲も下がるかと」
楽しそうにシャアをからかい倒しているらしいカミーユに、アムロがいや、俺言ってないし!巻き込むなよ!と手を振って制止するが、カミーユは気にした風もない。
「しかしアムロさんって、可愛いですねー。総帥がメロメロなのも分かります。俺ノン気だと思ってましたけどちょっとよろめきそうですよ」
「カミーユ?」
ぎょっとして目を見開くアムロを視線で制して、カミーユはにやにやと笑いながら続けた。
「どうせ総帥は帰ってこられないんでしょう?このまま夜の方も代役勤めさせて頂こうかと思って居るんですが」
「ちょ、カミーユ?!」
こちらで聞いていたアムロも驚いたが、電話口の向こうはそれ以上だったらしい。
なにやら怒鳴り声が聞こえてくる受話器を、カミーユはほい、とアムロに放り投げる。
そして、カミーユはおもむろにアムロの背後に回り込んだ。
アムロは投げて寄越された電話にびっくりしながらも素直にそれを受け取った、瞬間。
「ちょ、カミーユ、なにすっ…?!やぁっ、やめ…!!!!」
電話口の向こうまで響くほどの、アムロの悲鳴混じりの絶叫が響き渡った。
◇◆◇◆◇
床に落ちた携帯電話の通話終了ボタンををぴ、と押してカミーユが拾い上げる。その顔には人の悪い笑みが満面に浮かんでいた。
「賭けてもいいです、絶対半時間以内に駆け付けてきますよ、あの人」
ねぇ、アムロさんと言われた相手はぜえぜえと喘ぎながら床の上に蹲っている。
「カミーユ、俺、脇腹弱いって言っただろ!」
いきなりくすぐるなんて反則だぞドちくしょー!しかも携帯渡して手塞ぐなんて!!抗議するように涙目で睨まれて、カミーユはすいませんと全く反省していない笑顔で言う。
「いやでも、たまには焦らせたらいいんですよ。仕事言い訳にしてアムロさんほったらかしにしてたらえらい目に遭うっていう」
「いや、えらい目に遭ってるの俺だし!」
しかも多分これからもっとえらい目に遭うし!と思わず食ってかかるアムロの目の前で、カミーユは携えていた鞄の中から一枚の紙を取りだし、サラサラと何かをしたためてアムロにはい、と手渡した。
「なに、これ」
「カルテです。これをあの人が帰ってきたら渡してください。じゃ、僕、馬に蹴られる前に帰りますから」
にこやかに微笑むと、カミーユは御馳走様、と言って自分の座っていた席を片付けた。
「デザートは総帥とどうぞ、アムロさん」
「いや、だから…」
「食後のコーヒーは僕も自宅で頂きますから」
にこにこ微笑むカミーユとは裏腹に、手元のカルテに視線を落としたアムロが居たたまれない表情になる。
曰く、『症例:恋患いに起因する不眠症―――処置:早期の恋人の投与が必要』等と書かれていては。
「それじゃ、僕は本当にこれで…あ、アムロさん」
はっとしたように顔を上げ、その後微笑むカミーユにとんとん、と俯いた肩を叩かれ、アムロが顔を上げかけて、また俯く。
「そんな、照れなくても良いじゃないですが。もう…後一ブロック…半ブロック?総帥は自分で運転しちゃいけないって法律あった筈なんですけどね」
同じニュータイプのカミーユに感じられるものは、アムロにだって感じられる。ましてや、相手は無意識にでも気配を探ってしまう唯一の相手なのだ、分からない方がおかしい。
嬉しいのに、何処か素直に喜べないアムロに向かって、カミーユが苦笑しながら上着を羽織った。
「じゃ、後は仲良く、っていうか僕が安全圏まで逃げ切るまで、総帥ここに引き留めておいてくださいね、頼みましたよ」
「…ありがとう、カミーユ」
「どういたしまして。僕はお二人の主治医ですからね」
「あいつ仕事、平気なのかな」
「そんなこと言って、遠慮してたらいつまでも仕事言い訳にされますよ。高々会議の一回や二回あの人がすっぽかしただけで沈む国なら沈めちゃったらいいんです」
にこにこと恐ろしいことをさらりと言ってのける青い髪の青年に、なんていうか、強くなったねカミーユ、ていうか強すぎ、という感想は奥底に封じ込めつつアムロが少しだけ微笑んだ。
「そうだねぇ。それで困ったときには俺も手伝うか」
「その意気です」
頑張ってください、とぽんと背中を叩くカミーユに向けて小さくガッツポーズをした後、アムロは青年に出入り口とは別のドアを指差す。
「それではマオトコの正統な出入り口はあちらで」
「僕、裏口から逃げ出すの初めてですけど」
「窓よりマシだろ。セキュリティは切っておくから、頑張って」
「アムロさんも、くれぐれも!総帥引き留めてくださいよ!!色仕掛けでも身体でもなんでも使って!」
「…あのな」
「じゃ!」
言って走り出したカミーユを笑顔で見送り、アムロはカミーユの書いたカルテを片手にゆっくりと玄関に向かって歩き出した。
「さて、こちらはこちらで迎撃といきますか」
ドアを開けて飛び込んできた人影にいきなり抱きついたら撃たれたりしないかな、と苦笑しながらアムロはそれでも、際限なく緩んでくる顔をどうしても引き締めることができないでいた。
◇◆◇◆◇
「…もしもし?俺だよ。今、何してる?…今から行くから、コーヒー淹れてくれないか、飲みそびれちゃってさ」
その頃、アムロの努力の甲斐あって総帥宅から無事に脱走したカミーユが、すっかり当てられて珍しく自分から恋人に電話したのは、また別の場所、別の話として語られることである。
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+++END
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